「一ノ瀬さん、本当に……中絶するご意思で間違いありませんか?」 一ノ瀬千歳(いちのせ ちとせ)は手の中の検査報告書を強く握りしめたまま、こくりと頷いた。 「はい。間違いありません」 医師は惜しそうにため息をついたが、強く止めることはしなかった。 「分かりました。中絶の最適時期は妊娠から35日〜55日です。お身体の状態を見て、10日後に予約を入れておきました」 「ありがとうございます」 千歳は病院の長い廊下に腰掛け、無意識にお腹をそっと撫でながら、スマホで10日後の帰省チケットを予約する。 そのとき、近くのテレビでは長宏グループの新商品発表会が生中継されていた。 製品の品質だけでなく、社長である一ノ瀬智也(いちのせ ともや)の私生活も世間の注目の的だ。 顔よし、頭脳明晰、資産も豊富。 そして、「愛妻家」として知られる男。 初代音声AIの名前は「チイちゃん」――千歳の名前をもじったもの。 そして、今回発表された新作スマホの名は「トシネ」 智也の「妻への愛」は、まさに世界中に見せびらかすようなものだった。 その影響もあって、新製品は女性層に大ウケ。 取材中、ある女性が笑顔でインタビューに応えていた。 「正直、新しいスマホの機能なんて全然分からないんです。でも……旦那にこれ持たせたら、智也さんみたいに妻を大事にしてくれるかも、って期待しちゃいますよね」 この発言を聞いた記者が、本人に伝える。 「一ノ瀬社長、皆さんご存じの『妻バカ』ですが――もし将来、奥さまとの間にお子さんができたら、『子バカ』にもなるんでしょうか?」 カメラが寄る。 智也は一瞬、真面目な顔つきで考え込み――やがて、ふっと口元を緩めた。 「その日が来るのが楽しみですね。ただ、すべては彼女の意思を最優先にしたいと思ってます。それに、『子どもバカ』より、『妻バカ』って肩書きのままのほうが、俺には合ってる気がするんです」 会場は和やかな笑い声に包まれる。 …… 千歳のスマホが震えた。 表示されたのは、親友の坂野比奈子(さかの ひなこ)からの連続メッセージだった。 【ちょっとあんた!智也止めてよ!】 【無理ならもう、あんたらの赤ちゃん作って!今日うちの子、撫でられすぎてハゲそうなんだけど!!】 【正直さ、千
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