千歳は、すっかり多忙な毎日を送るようになっていた。 朝早くから夜遅くまで働き、時には徹夜での作業もあった。 まるで、他の研究職の仲間たちと変わらない社畜のような日々。 ――けれど、彼女の顔に浮かぶ表情は、充実感に満ちていた。 周囲の友人や家族は、あの離婚が千歳にとって致命的な痛手になると予想していた。 長いこと落ち込んで、何も手につかなくなるんじゃないか――と。 だが、千歳には「悲しむヒマ」すらなかった。 「このデータレポート、生産ラインに送って。あと展示会は、二人つけて一緒に来てもらえる?」 そんな彼女の指示が飛ぶ。 半年も経たないうちに、千歳は部長に昇格していた。 長い髪をすっきりまとめ、きちんとしたメイクに、堂々とした所作。 その姿には、色気と知性が自然とにじみ出ていた。 そして同時に、彼女はチームの中心人物でもあった。 短期間で隼人の会社と大学との連携を成立させ、さらに研究チームの規模を拡大。 投入された資金に見合う、確かな成果を次々と打ち出していた。 その日、ふと彼女がスマホをいじっていると―― 「ゴホン!」 近くで誰かがわざとらしく咳払いした。 千歳が顔を上げると、そこには隼人の姿。 ――もはや、ふたりの「暗号」のようなものになっていた。 千歳は胃腸が弱く、食事にはとても気を使っている。 だから隼人は、毎日違う手作りの弁当を用意して、彼女の健康管理を欠かさなかった。 ふたりは場所も選ばない。 ビルの非常階段の踊り場に腰を下ろして、仕事の話をしながら、もくもくとご飯をかきこむ。 まるで、息ぴったりのビジネスパートナー。 「午後の展示会、僕も一緒に行くよ」 隼人が自然な口調で告げた。 「最近、こっちの大学でギア系の新製品が出たらしくて、ちょっと気になっててさ」 千歳は顔も上げずに返す。 「――了解」 午後、ふたりは連れ立って展示会の会場へ向かった。 現地に到着すると、スタッフたちがすぐに声をかけてくる。 「如月社長、安原部長、ようこそお越しくださいました!」 千歳は、正直に認めざるを得なかった。 あのとき隼人が言っていた言葉は、やっぱり正しかった。 「奥さん」って呼ばれるより、「部長」って呼ばれる方が、ずっと、ずっと気持
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