All Chapters of これより黄昏に春は見えず: Chapter 1 - Chapter 10

「宿主様、藤原悠真（ふじわら ゆうま）との幾世にもわたる縁と情愛を、これから先の五十年分の寿命に交換しますか？交換が成立したとたん、宿主様は感情を抜かれ、二度と誰かを愛することはありません」藤原美咲（ふじわら みさき）は診断書を手に、苦笑を漏らした。まさに今日、彼女は末期の癌と診断されたのだ。それなのに、夫である悠真は、10桁もの莫大な財を投じ、ある豪邸を競り落とした。ただ、別の女の誕生日のためだけに。「交換の契約書に署名しておいて」システムはそれを聞いて、応じた。「承知いたしました。ですが、一つ忠告しておきます。この契約は、あなたが病で息絶えた後に発効します。それまでの間、あなたは病の苦痛をそのまま味わうことになります。新しい生を得るまでは」システムの言葉が終わるか終わらないかのうちに、美咲のスマホが激しく震えた。悠真の親友からだ。「美咲さん、旦那さんが大変なことになってる！早く戸籍謄本持って、十分以内にカエツバーへ駆けつけてくれ！」美咲は心臓がドキンとした。外は雨の夜だったが、彼女は胸いっぱいの疑問を抑えつけ、戸籍謄本を持ってヴィラを飛び出した。個室の中は熱気に包まれ、豪華なカードテーブルの周りには多くの人が集まり、口々に囃し立てていた。「悠真さんは本当に情熱家だな！十年も待った挙句、今度は自分の結婚まで賭けにして、全部陽菜ちゃんに負けちまった！」「誰だって知ってるだろ、陽菜ちゃんこそが悠真さんの一番だって。あの美咲なんてただの盲目的に尽くす哀れな女だよ。もしあの時、陽菜ちゃんが結婚してなかったら、悠真さんがあの女のプロポーズを受け入れるわけないだろ」「俺に言わせりゃ、美咲さんは後で大騒ぎするに決まってる。あんなに悠真さんを愛してるんだ、離婚届にサインするわけないだろ？」嘲笑の中、美咲はドアノブを握りしめ、顔色を真っ青にしていた。結局、彼が巻き込まれたという「大変なこと」というのは、誕生日を迎えた田中陽菜（たなか はるな）を喜ばせるために、カードテーブルで十回連続で負けたというだけの話だった。そして、その賭けの対象は......彼らの五年間の結婚生活。この五年、必死に寄り添った日々から、今や同じベッドで違う夢を見る日々へと変わった。本当に、もう終わりなのだ。思い返せば、そもそも悠真と知り合ったのは、

悠真は当然のように、またしても一晩中帰ってこなかった。翌日、美咲はけたたましいスマホの着信音で目を覚ました。全身の痛みに耐えながら、目を開けた。「藤原さん、本当に治療を受けられるおつもりはないのですか？まだお若いのですから、積極的に治療すれば、数年寿命を延ばすことは問題ありませんよ」病院からの電話だった。美咲は落ち着きを取り戻し、掠れた声で尋ねた。「あの、治療しないなら、どれくらい生きられますか？」だが、彼女が言い終わるか終わらないかのうちに......「どれくらい生きられる、だと？美咲、どうしたんだ？」悠真が突然ドアを開けて入ってきた。眉間には深い皺が刻まれている。電話の向こうで、医者はため息をついた。「良くて三ヶ月、もしかしたら一ヶ月も持たないかもしれません」その後の言葉は美咲には聞こえなかった。彼女は電話を切り、帰ってきたばかりの悠真を無表情で見つめた。「何でもないわ。去年、海外にスケッチに行った時に拾った野良猫が、最近病気になったの」悠真は気のない返事をして、すぐにまたスマホに目を向け、何気なく尋ねた。「そういえば、この前体調が悪いって言ってたけど、検査結果はどうだった？」美咲は少し考え、枕の下から一枚の検査報告書を取り出し、手渡した。だが、悠真はちらりと目を向けただけで、すぐにまた視線をスマホに戻し、「うん」と頷いた。「分かった。最近は家でゆっくり休んでろ。あんまり心配させるなよ」その検査報告書の最後に書かれた「末期胃がん」という文字は、まるで隠されているかのようだった。いや、もしかしたら、悠真は最初から見ていなかったのかもしれない。彼は気にしていなかったのだ。美咲は彼の画面を横目で見た。案の定、陽菜とチャットしていた。【悠真さん、うちの子が病気になったかも。昨日から何も食べないし飲まないの】【もう半年も飼ってるのに、どうしよう、すごく怖い】陽菜は子犬の写真を送ってきた。悠真は眉間に皺を寄せ、文字を打って返信した。【今すぐ行く、待ってろ】美咲は口を開いた。「悠真、私......」「美咲、今夜は食事の約束があるんだ」悠真は彼女の言葉を遮り、ヴィラの購入契約書をベッドサイドに置くと、素早く着替え始めた。「ヴィラを一つ買ってやった。最近ちょっと忙しいんだ。二、三日したら会社で温泉の社

部屋の中の騒ぎは、他の人たちにも聞こえていた。近くに泊まっているのは皆、藤原グループの社員たちで、皆が興味津々にドアの前に集まり、既にこれらの言葉を聞いていた。「なんてこった、この奥様はこんな悪女なの？まさか人を雇って田中秘書を襲わせるなんて」「田中さんも可哀想すぎるだろ。普段は争いもせず、ただ黙って社長の傍にいただけなのに、これでどうやって生きていくんだ？」皆の噂話は、悠真の顔色を恐ろしいほど陰鬱にさせた。美咲を見る彼の目は、まるで氷のように冷たかった。彼は地面に倒れている男を勢いよく蹴りつけた。「言え、誰が君を寄越したんだ？」「は、はい、あの奥様です。彼女がお金をくれました」その瞬間、美咲は絶望して目を閉じた。「私、そんなこと......」「もういい、美咲！君じゃない、とでも言うのか？じゃあ陽菜ちゃんがどうして君の部屋にいるんだ？この男は何なんだ？君は本当に気が狂ったんだ！」悠真は上着で陽菜をしっかりと包み込み、片腕で抱き上げた。立ち去る前に、ドアの傍らにいた美咲を勢いよく突き飛ばした。だが、彼女はあまりに痩せていた。まるで風のように数メートル先まで吹き飛ばされ、額をキャビネットに強く打ちつけ、無残にも地面に倒れ込んだ。その瞬間、悠真の心は急に焦った。理由もなく不安になり、陽菜を下ろして美咲を助け起こしたいという衝動さえ生じた。だが、それも一瞬のことだった。なぜなら、腕の中の陽菜がまた泣き出したからだ。「悠真さん、奥さんが、私の動画をスマホで撮ってたの」その一言だけで、悠真の目には再び怒りがいっぱいになった。「怖がるな、俺がいる。誰も君をいじめさせない」悠真は慰め終わると、前に進み出て美咲のスマホを掴み、手を振って傍の温泉プールに投げ込んだ。彼はなにも言わず、断固として自分の警告と不満を示し、陽菜を抱きかかえて振り返ることもなく去っていった。その日、最後に美咲がどうやって家に帰ったのか、彼女自身も覚えていない。まるでこの夜に一度死んだかのようだった。彼女は腫れた目で、窓辺に長い間座り続けた。使用人が恐る恐る夕食を運んできた。美咲は無理に数口食べた。そして、どこから湧いてきたのか分からない力で、狂ったように物を捨て始めた。彼のために手作りした安眠用のお香、彼のために二ヶ月かけて調合したクールトーンの香水、

朝のランニングから戻ってきた悠真が駆け込んできた。陽菜を腕の中に引き寄せ守るように抱きしめる。女の目元は赤く腫れ、涙がとめどなく零れ落ちる。「悠真さん、私、ただこの絵を拾ってあげようとしただけなの。なのに、彼女が無理やり奪おうとするから、それで絵が二つに破れちゃったのよ。ちゃんと謝ったのに」悠真はその二つに引き裂かれた画用紙を見て、眉をひそめた。「たかが絵一枚で、殴るなんてことないだろうに......」だが、彼の口から出かかった言葉は、美咲の顔一面の涙の跡を見た時、突然止まった。心を何かに突き刺されたような気がして、悠真は思わず胸が痛みかけた。次の瞬間、陽菜が泣きながら叫んだ。「悠真さん、顔がすごく痛いよ。不細工になっていないか。全部私が悪いの、奥様のものを壊しちゃって」悠真の心臓がキュッと締め付けられた。素早く陽菜を抱き上げた。「大丈夫だ、病院に行こう。この絵は......」悠真は美咲を見た。「安心しろ。世界で一番の修復師を見つけて、必ず直してやる」彼は明らかに美咲に約束を残そうとしていた。だが、それはもうどうでもいいことだった。美咲はその二切れの画紙を胸にしっかりと抱きしめた。彼女は背を向け、二度と悠真を見なかった。「いいわ、もう行って......」彼女の声はとても小さく、全身が急速に枯れていくかのようだった。「悠真、今度こそ、私たちは本当に終わりよ......」だが、悠真は、これが彼女のまた一度の許しと妥協に過ぎないのだと、呑気に考えていた。彼は陽菜を抱きかかえて立ち去った。そして、美咲が地面にうずくまって黒い血を吐き出したことには気づかなかった。彼女の病状は、どうやら想像していたよりも早く進行しているようだった。その日から、美咲は食事への欲求を失った。使用人たちでさえ、心配で目を赤くしていたが、彼女はただ静かにそこに横たわり、時折お気に入りの画集をめくるだけで、生命が終焉を迎えようとしていることへの悲しみはあまり見られなかった。その日、彼女は突然、海外からの電話を受けた。出るなり、電話の向こうの澄んだ男の声が、たちまち咽び泣いた。「姉さん、病気なんだろ？どうして治療しないんだ！」「病院の友達が姉さんを説得してくれって言わなかったら、今でも知らなかったよ......あの藤原はどこに行ったんだ？

その日、悠真は水に落ちた陽菜を病院へ連れて行った。何事もなかったのだが、陽菜は可哀想に胸元を押さえながら言った。「悠真さん、胸が苦しくて、息ができないの」悠真は病床の傍らに立ち、再びスマホを開いた。美咲からのメッセージが一件もないのを見て、彼は少し苛立たしげに眉をひそめた。陽菜に対しても、もはや我慢がならなかった。「具合が悪いなら医者を探せ。俺に言っても何になる？」陽菜は悠真の不機嫌さに気づき、そこで口を閉じた。だが、病室が静かになったのは一瞬だけだった。悠真のスマホが突然鳴り響いた。見知らぬ番号だった。出てみると、電話の向こうの中年男性は真剣そのものだった。「藤原様でいらっしゃいますか？こちらは華町第一病院です。誠に遺憾ながら申し上げます。藤原様の元妻である佐藤美咲（さとう みさき）様が、先ほど病院で救命措置の甲斐なくお亡くなりになりました。今、ご自身でいらして手続きをなさるお時間はございますでしょうか？」悠真の呼吸が一瞬止まった。落ち着きを取り戻すと、彼は「元妻」という二文字に刺激されたかのように、はっと気づいた様子で冷笑した。「今の詐欺はここまで巧妙になったのか？たった三十分前まで、彼女は元気だったのに」「それとも、美咲が君に金を渡して、芝居に付き合えと言ったのか？もしそうなら、彼女に伝えてくれ。再婚の件は、一度チャンスを与えた、と」そう言い終えると、悠真はそのまま電話を切った。彼は黒い画面を数秒間見つめて呆然とした。今時の詐欺師は確かに大したものだ。彼が今いる病院を特定しただけでなく、演技までそれらしい。悠真は自分を慰め、心の中の不安を抑えつけようとした。傍らの陽菜が後ろから彼を抱きしめ、彼の思考を完全に遮った。「悠真さん、私、もう大丈夫よ。帰りましょう」悠真はその道中、どこか上の空だった。病院のエレベーターの中でさえ、階数を押し間違えた。一台の遺体搬送車が彼の傍らを通り過ぎた時、悠真は足を止めた。視線は、白い布から覗く少しだけ見えている手首を捉えた。ただ、その手は別の若い男の手に握られていた。その少年は、おそらく二十歳そこそこだろう。肌の色は冷たい白で、整った顔立ちには奔放な無関心が宿っていた。彼はそのまま目を上げ、赤くなった目尻で、まっすぐに悠真を睨みつけた。朝陽は終始美咲の手を離さ