私が北の都を離れると告げた時から、正幸の視線は私から離れなかった。「南の都に戻ったらどうだ?あの湖の見える別荘、気に入ってただろう」彼は続けようとしたが、私は遮った。「正幸、私があなたについて行くと思う?」たとえ純子が賢一の意のままに動いていたとしても、浮気をし、隙間なく別の女を連れ込み、私を追い詰めた事実は消えない。何より、純子自身がこの関係に溺れきっている。私の言葉に、彼女はそっと私の手を握り、笑みを浮かべた。「琴乃姉、いつか正幸さんと結婚する時は、必ず招待状を送ります!」その瞬間、正幸の呼吸が乱れた。陰影に半分隈取られた彼の瞳には、笑みではなく重たい喪失感が滲んでいた。「……まあ、その時は考えるさ。結婚なんて、案外つまらんものだと思い始めたんだ。若いうちは、もっと遊べるだろう?」純子の顔が青ざめた。彼女も気付いているはずだ--荒川正幸のような男の傍にいれば、日々は刃の上を歩くようなものだと。いずれ彼女も、私の二の舞になる。どんな情も、最後は清算されるのだから。私は悟った。石原純子がいなくても、次の女が現れるだけだ。早いか遅いかの違いに過ぎない。正幸は安らぐような男ではない。婚姻という城に閉じこもり、門を守り続けるような生き方など、彼には似合わない。彼は私の運命の人ではなかった。純子が正幸に詰め寄る間に、私は荷物をまとめ終えていた。行き先は誰にも告げず--南方の草原で馬を駆っている頃、南の都に残った手下から正幸の近況が届いた。私が去った後、彼は急ぎ進めていた結婚式を中止したらしい。純子が毎日のように騒ぎ、うんざりした正幸は別れを選んだという。私がこの国の半分を車で巡る間、彼は北の都へ頻繁に足を運んでいた。賢一と殴り合い、意外にも負けたそうだ。賢一は正幸に怒りをぶつけた。「お前が琴乃を守れなかったから、彼女は去ったんだ」正幸は逆に噛みついた。「お前の不甲斐なさが彼女を失望させたのだろう」草原の空を見上げながら、ふと自由を噛みしめた。人生とは心のままに生きるもの。晴れの日は陽を浴び、雨の日は傘を差す。十八歳の時、屋根裏部屋の絵を見て家を飛び出したあの日のように。定められた運命に抗ったのか、それとも賢一そのものに抗ったのか--半年かけて答えが出た。帰路の荷物に、その答えは詰
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