All Chapters of 目を合わせたら、恋だった。: Chapter 11 - Chapter 20

46 Chapters

第十一話 見透かすような目

 夕方、講義がすべて終わると、俺はキャンパスの片隅でスケッチブックを広げた。夕日に照らされた学舎がオレンジ色に染まり、春の名残の風が頬を撫でていく。 ――やっぱり絵を描くときだけは安心できる……。 気づけば夢中になってしまい、ラフから線画にまで手を進めていた。そうしているうちに太陽はどんどん西に傾き、そろそろ帰宅時間だと気づかせるように冷たい風が吹き始める。--……家に帰ったら、これに色を塗って、創作アカウントに投稿しよう――。 そんな小さな幸せを噛みしめながら、スケッチブックをカバンにしまってベンチを立ち上がる。キャンパスの一角ではサークル活動に勤しむ学生たちや、友達同士で話し込むグループが楽しそうに笑い合っていた。その風景を遠目に見ながら、俺はそそくさと通り過ぎようとした。 しかし、ふいに声をかけられ、背筋が強張る。振り向くと、そこには黒髪を綺麗に横分けにしたスリムな男――どこか冷たい美貌を湛えた人物が立っていた。「君……綾瀬くん、だよね?」 低く落ち着いた声色は耳障りが良いが、その瞳は笑っていない。どこか底意地の悪い光を感じ、俺は思わず目を伏せる。「……は、はい。そうです……」 目を合わせる勇気がなく、咄嗟に視線を下げたまま答えると、彼は“にこり”と口元だけで笑った。「ああ、ごめん。急に怖がらせたかな。俺は藤堂晴臣(とうどうはるおみ)。BLUE MOONってバンドのドラム担当してるんだ」 ――陽翔さんと同じバンド……。 思わず顔を上げると、そこには整った容姿があった。陽翔とは正反対のクールな印象。けれど、その目にはどこか鋭い光が宿り、こちらを見据えるように射抜いている。「最近、陽翔がやけに嬉しそうに君の話ばっかりするもんだから、どんな子か気になってたんだ。……ほんとにちっちゃくて可愛い感じだね」 口調自体は穏やかだが、その裏には何かしらの意図があるように思えてならない。俺は警戒心を募らせ、自然と身が強張る。「俺、あいつが誰にでも優しくしすぎるところ、どうかなーと思ってるんだよ。……うん、言うなれば“天然タラシ”ってやつかな。すぐ熱くなって、すぐ冷める。それで何人も泣かせてきたの、見てきたからさ」 その表情は笑っているのに、目がまったく笑っていない。嫌な汗が背中を伝う。藤堂は続けるように言葉を吐き出す。「だから……君が陽翔に何か
last updateLast Updated : 2025-05-19
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第十二話 好きとか、そういうのじゃない

 翌日から、俺は中庭での昼食を避けるようになった。別に藤堂から忠告されたのが理由というわけではないが、「どうせ飽きられるなら、最初から距離を置いたほうがいい」という思いがどんどん強くなっていく。 陽翔が有名なバンドのボーカルという立場であることを考えても、陰キャである自分と一緒にいたら余計な噂を立てられかねない。何より、相手がどれだけ好意を向けてくれたって、いずれ捨てられると思えば、傷が浅いうちに自分から離れておくほうが賢い。「俺なんかが、陽翔さんと話すことなんて、許されるはずないのに……」 そう自分に言い聞かせるたびに、胸の奥がズキズキと痛む。思わず頭を振って、切ない感情を振り払おうとする。 ――そもそも、俺はゲイだし、彼はきっとノンケ。モテるから可愛い女の子がたくさん周りにいるはず。 そう思えば思うほど、陰鬱な気持ちが広がる。陽翔のまっすぐな笑顔を思い浮かべてしまう自分を否定したくてたまらないのに、一度灯った想いは簡単に消えてはくれない。 --……俺には“好き”だとか“本気”だとか、そんな言葉を信じる資格なんかないのに……。 結局、自分のせいでまた傷つくくらいなら、最初から踏み込むべきではない。そう自分に戒め続けては、ぐるぐると同じ思考に囚われている。 そんなある日の昼下がり、校舎の裏手を通りかかったとき、ちらりと目に入った光景に足がすくんだ。 ――陽翔が、芽衣に何か話しかけている。 急いで物陰に身を隠し、こっそり様子を窺ってみると、陽翔は明らかに落ち着かない様子で、芽衣に詰め寄るような格好になっている。「ねぇ、君、綾瀬叶翔くんと一緒にいた子だよね?」 芽衣が少し怪訝そうな顔をする。「そうですよ。あたし、宮下芽衣って言います。陽翔さん、どうしたんですか? すごい血相ですよ」「いや……あのさ、叶翔くん、大学来てる? このところ昼食どこにもいないんだけど……」 切羽詰まったような声の陽翔。そんな彼を前に、芽衣は複雑そうに眉をひそめる。「来てますよ。そりゃあ、同じ授業も取ってるし……。会えてないんですか?」「……うん……」 陽翔がそこで何か言いかけて、声が小さくなる。何を言っているのかまでは聞こえないが、落胆とも焦りともとれる感情がにじむ空気が漂う。「……陽翔さん、叶翔のこと、本気なんですか?」 芽衣が低い声で問いかけた瞬間、
last updateLast Updated : 2025-05-19
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第十三話 本音の語らい

 昨日、陽翔と芽衣が話しているところを目撃してからというもの、胸のざわめきがおさまらなかった。まるで小さな虫が心臓の周りをうろついているような、落ち着かない感覚。 ――二人で、俺のこと、なに話してたんだろ。ってか、陽翔さん、なんて答えたんだろ? 一瞬聞こえてきた、芽衣の「叶翔のこと本気なんですか?」という陽翔への投げかけは、あまりにも直球すぎて息が詰まる。その答えが、イエスでも胸が痛くなるほど怖いし、ノーであっても……どこか失望してしまう自分がいることに気づいて、もっと怖くなる。 考えれば考えるほど胸がズキズキと痛み、自分の呼吸が浅くなっていくのがわかった。 ――いっそのこと、芽衣に俺がゲイで、高校の時のこと話そうかな……。 この前、俺が少し自分の心を吐露した時、芽衣は全く嫌な顔をしなかった。複雑そうな表情ではあったが、何か察したような、優しい眼差しだった。それを思い出すと、少しだけ呼吸が楽になる。 そう考えていた矢先、明るい声で名前を呼ばれた。振り返ると、そこには春の陽気のように明るい笑顔で、芽衣が手を振りながらこちらへ向かってやってきていた。「やっほー、叶翔!」「……芽衣」 頑張って笑顔を作ってみるが、自分でも顔がひきつっているのが分かる。頬の筋肉が硬直して、不自然な形になっている感覚。もう何年も心から笑ったことなんてないから、どうやって表情を作ればいいのかさえ忘れてしまっていた。「何? 次、空きコマ?」「……うん。芽衣も?」「うん! 予定ないなら、ちょっとしゃべらない?」 近くのベンチに二人で並んで腰掛けた。春の日差しが暖かく二人を包んでくれて心地よい。頬に感じる陽の温もりが、少しだけ緊張をほぐしてくれる。 まずは、この前、少しキツく言ってしまったことを謝ろう……。「この前は、ごめん」「え? 何が?」「……えっと……、友達とか恋人とか……期待したくないとか……ちょっと強く言ってしまったなって」 言葉につまりながら、視線を足元に落とす。こんな風に人に謝るのも久しぶりで、何を言えばいいのかわからなかった。 芽衣はケラケラと明るく笑った。風鈴のように澄んだ、心地よい笑い声。「なーんだ。そんなこと? 全然気にしてないよ?」 あっけらかんとそんなことを言われて、俺はほっとした。本当に芽衣はサバサバしていてあまり物事を気にしない
last updateLast Updated : 2025-05-19
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第十四話 声が近い

 芽衣のカミングアウトを聞いて、自分以外にも同性を好きな人がいると知れただけでも心が軽くなった。この大学の中に、自分と同じような人がいるということが、どれだけ大きな支えになるか。 その日はチューリップが美しく咲き誇っている花壇近くのベンチに腰掛けて、昼食を食べようとパンをバッグから取り出した。パンのほんのりとした甘い香りが鼻をくすぐる。 花壇の上にはミモザが黄色い花をゆらゆらと揺らしている。まるで春の風に踊るように、柔らかな黄金の花びらが光の中で輝いていた。パンを齧りながら花を眺めていると、次は花のイラストでも描こうとアイデアが湧いてくる。色とりどりの花々を紙の上に再現したくなり、パンを食べたらスケッチをしようと思っていたところに、急に後ろから走って近づく音が聞こえ、声をかけられてビクッとした。 振り返ると、そこには息を切らせた陽翔が立っていた。額に薄く汗をにじませ、胸を上下させながら、まるで何かに追われるように駆けてきたようだった。「もうっ! 叶翔くん! 中庭に全然来ないんだもん。探したよ」 その言葉に、胸がきゅっと締め付けられる。 ――いやいやいや、俺は陽翔さんを避けてたんだってば……。もう二度と、間違いを犯したくなくて――。 まっすぐ見つめてくる眼差しが痛くて、俺はスッと目を逸らした。視線を合わせると、吸い込まれそうで怖い。今までの努力が全て無駄になりそうで、怖い。「お、俺、毎日行くって、言ってない……」 ボソッと呟くと、陽翔は目を伏せて悲しげな顔をした。長いまつ毛が頬に影を落とす様子が、どこか儚く美しい。「俺は、毎日中庭に行って、待ってたんだよ……」 寂しそうな声色と表情に、申し訳なさと同時に、どこか温かいものが胸の奥で広がるのを感じた。陽翔は悲しげな顔をしながらも、当然のように、スッと俺の横に腰を下ろした。 ――なんか、表情と行動がちぐはぐなんですけど……。 肩が触れ合いそうなほど近くに座られたので、お尻をうかして少し横にずれる。心臓が早鐘を打ち始め、呼吸が荒くなるのを感じた。すると陽翔も同じく腰をうかしてピッタリと俺にくっつくように座り直した。桜の香りのする柔らかな春風が二人の間を漂う。 なんだ、この人は……。 横にずれても逃げられないと観念して、思わずため息が出た。熱いものが体中に広がり、どうしていいかわからない。「最
last updateLast Updated : 2025-05-19
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第十五話 ごはんの間だけ

 食事をしながら、陽翔は嬉しくてたまらないと言う表情を隠すことなく、ずっと笑顔を絶やさなかった。そして、バンドのことやら趣味のことやら自分のことを話してくれた。その声は、春の風のように心地よく耳に届く。「バンドの練習、ほぼ毎日あるんだけど、好きなことだから楽しいんだよね!」 そう言う陽翔の目は、本当に音楽が好きなんだなと分かるくらい、キラキラと輝いていた。「小さい頃、ホントはピアノとかやりたかったんだけど、うち、母子家庭でさぁ。できなくて。中学に入ってすぐに吹奏楽部に入ったよ! それが楽しくてさー」 陽翔は本当に音楽が好きなのだな、と感じた。音楽の話をする時の表情は、まるで恋する人の話をするような、情熱に満ちていた。音楽の話は尽きない。その話を聞きながら、だんだんと心が開いていくような、不思議な感覚を覚えた。「春フェスで演奏するから、バンドの方は今そっちの練習が中心なんだよね。春フェス、聞きにきてね!」 そう言って、陽翔は期待に満ちた目で俺を見つめた。その目がまっすぐ過ぎて、思わず目が合いそうになる。 俺は目を合わすことなく、うん、と小さく笑顔を作って頷いた。柔らかく微笑む自分の唇を感じて、自分でも驚いた。 それを見過ごさなかった陽翔は、嬉しそうに頬杖をついた。その目には温かな光が宿っていた。「おっ! 今、笑ったっしょ?」 そ、そんなこと言うなよ! すごく楽しそうに話すなと思っただけだし。 思わず頬が赤くなって俯いた。心臓が早鐘を打ち、呼吸が浅くなる。「やっぱ叶翔くん、笑顔かわいいじゃん!」 ――こういうこと、さらっと言える人、すごいな……。 こんなに明るくて、怖いほど真っ直ぐで。その言葉に、心の奥がきゅんと痛むような、甘い感覚を覚えた。 俺には無理だ。人を褒めたりするの。今まで人と関わらないようにしていたせいで、気の利いたセリフなんて言えない。言葉の選び方も、声の出し方も、全て不器用で。 でも、こんなこと言われても全く嫌な気がしないのは、陽翔が言うからだろうか? その笑顔と言葉には、嘘がないから? 出会った頃なら、逃げ出したいと思ったのに、今はそんな気持ちは一切湧かない。むしろ、もっとこの時間が続けばいいのにと思ってしまう自分がいた。「そうそう」 突然、陽翔がゴソゴソとスマートフォンを取り出して何やら操作し始めた。指が画面の
last updateLast Updated : 2025-05-19
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第十六話 目が合いそうだった

 ほとんど一人で陽翔がおしゃべりしていたお弁当タイムが終わった。陽翔は弁当箱を紙袋に入れたが、なんだか名残惜しそうに静かに俺の方を見ていた。その目には、まだ言いたいことがあるような、何かを求めるような色が宿っていた。 俺はというと、陽翔が創作垢をフォローしてくれていたのが少し嬉しかった。直接会ったこともないのに、こんな風に自分の作品を気に入ってくれていたなんて。だが、これが俺のアカウントだと言うことはバレないようにしたい。バレてしまうと、高校の時のようにSNSで実名で晒されることになるかもしれないから。絶対にそれだけは避けたい。 SNSの拡散力は半端ない。一度晒されると、周りの人から絶対変な目で見られるに決まってる。 陰キャなのにこんなことして……ってバカにされる未来が見える。それだけは絶対に避けたかった。 そんなことを考えながらふと顔を上げると、陽翔と視線がぶつかりそうになり、反射的に目を逸らした。心臓が大きく跳ねる感覚があった。 ――危ない……。油断してた。 しかし、一瞬ぶつかりかけたその視線は、とても優しい眼差しだった。宝石のように澄んだ瞳の奥に、陽翔のそれは、日に日に熱を帯びているようにも感じた。 出会った時は、見ないで欲しいと思っていた。ほっといて欲しいと思っていた。その視線が怖くて仕方なかった。 でも……。今、見てくれたことが嬉しいと思ってしまった。そんな風に思っちゃダメなのに――。 胸がどくんと鳴った。誰かの目を見て、こんな風にドキドキしたのは初めてだった。 多分、これは錯覚じゃない。何かが確実に、俺の中で変わり始めている。(これは、まずい。これは……危ない……) 目を逸らしても、陽翔の視線の残像が瞼の裏にしっかりと刻まれていた。あの澄んだ瞳と、優しい微笑みが、頭から離れない。 ただ一緒にご飯を食べただけ。ただそれだけなのに……。 どうしてこんなに、心がざわつくんだろう――。
last updateLast Updated : 2025-05-19
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第十七話 垢バレしました……

 芽衣へ俺の過去やゲイであることを打ち明けてから、不思議と彼女とは親しくなっていた。常に一緒にいると、一見すれば恋人同士に見えるかもしれない。だが、ゲイとレズという同性を好む二人が恋人になることはありえない。 こうして自分のことを受け入れてくれる人がいるという安心感からか、芽衣といる時は声を詰まらせることなく話せるし、笑顔も自然に浮かぶ。目を合わせることを恐れてうつむく必要もない。「そういやさ、あれから陽翔さんとはどう?」 ゴホッ! 唐突な問いに、思わず水を吹き出しそうになった。「な、なんだよ、急に……」 咳き込みながらジロリと芽衣を睨みつけた。視線が合うと、彼女はニヤリと意味ありげな笑みを浮かべる。「だってぇー、この前、陽翔さんと一緒にお弁当食べてたじゃんっ!」 芽衣は身を乗り出すようにして俺の顔を覗き込んできた。その目は好奇心に満ちている。「お、おまっ! 見てたのかよ?」 確かあの時、周りには誰もいなかったはずなのに……。 唐揚げを食べさせてもらったことを思い出し、頬が熱くなるのを感じた。少し前までは考えられなかった距離感だ。「二人で仲良く肩を並べて座ってたでしょ? 叶翔、すっごく嬉しそうな顔してたから、こっそり覗き見しちゃった」 ぺろっと舌を出してウインクする芽衣は、まるで悪いことなど何一つしていないといった表情だ。「それにさぁー。推し二人が仲良くしているのは嬉しいものだよ?」 ん? 以前、芽衣は陽翔のバンドが好きでこの大学に入ったと言っていた。推し二人とは? もう一人は俺?「推しって、陽翔さんのことだろ?」「あたしは叶翔も推してるんだよ」「へ?」 何を言っているんだと思っていたが、芽衣はスマートフォンを取り出し、画面をスクロールさせた。「ほら、これ。叶翔の創作垢でしょ?」 うぐっ! 目の前に差し出されたのは、誰にも明かしていない俺のイラスト創作アカウント。そういえば、芽衣には何度か下書きを見られていた。彼女の観察力は本当に鋭い。 しかし、芽衣は俺を否定したりからかったりする人間ではない。そのアカウントが俺のものだと認めてもいいかもしれない。「よ、よくわかったね。でも、誰にも言わないで! お願いっ!」 パンっと両手を合わせて懇願すると、芽衣は不思議そうな表情を浮かべた。「えー? なんでよ? 別にいいじゃん。
last updateLast Updated : 2025-05-19
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第十八話 距離、詰められてます

 芽衣が立ち去った後、陽翔は俺の隣にストンと腰掛けた。相変わらず肩が触れるほど近い。横にずれようものなら、追いかけるようにずれてくるだろうから、そのまま動かなかった。 --でも、こんなに近くにいるの、イヤじゃないんだよな……。逆に、嬉しい……。 そう考えている自分に驚いて軽く頭を振った。 いやいやいや、何が嬉しいだなんて思ってるんだ、俺っ! だって、きっと陽翔には他にいい人がいるだろうから……。 そう考えると、胸がキュッと締め付けられるような感覚に襲われた。「……あのさ……」 いつもより明らかに低いトーンの陽翔の声が耳に届き、俺はハッと我に返った。「な、なんですか?」「さっきの子……、彼女?」「へ?」 驚きのあまり、思わず陽翔を見上げてしまった。彼は俯いて視線を落としていた。長いまつげが頬に優美な影を落としている。 ――さっきの子って芽衣のことだよな?「すごく、親密そうに見えたから……」 陽翔の声は心なしか震えているように聞こえた。手の甲に血管が浮き出るほど拳を強く握り締めている。いつもの明るい陽翔とは別人のように見えた。「宮下さん……芽衣は、俺の彼女じゃないです! 学部が一緒で同じ授業が多いから仲良くなって……。それに――」 ――俺はゲイなんで。 思わず口から出かけた言葉を慌てて飲み込んだ。喉の奥がカラカラと乾いた。「……それに?」 陽翔が続きを促すように首を傾げた。彼の真剣な表情に、心臓が早鐘を打った。「いえ、なんでもないです……」 消え入りそうな小さな声で答えると、陽翔の表情が一変した。暗かった顔が、まるで太陽が雲間から顔を出すように、パッと明るくなった。「そっか。よかったぁ。でも……」 陽翔はこてんと俺の肩に頭を乗せてきた。 ちょっ、ちょっとっ!! 心臓に悪いんですけどっ! 突然の接触に体が硬直する。柔らかな茶色の髪が頬をくすぐり、シャンプーの甘い香りが鼻腔をくすぐった。「あの子にしてたみたいに、タメ口で笑いながら話しかけて欲しいなぁ……」「……っ!」 肩に頭を乗せたまま上目遣いで見つめられて、恥ずかしさに目を逸らした。頬が熱い。耳も熱い。顔中が火照っているのが自分でもわかる。「わ、わかりました……」「ほらぁ、もうっ! 敬語じゃん!」 ぷうっと頬を膨らませて抗議する表情が、不思議と愛らしく感じら
last updateLast Updated : 2025-05-19
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第十九話 言うから、ちゃんと聞いて

『好きだからだよ』 この言葉が何度も頭の中で繰り返される。陽翔の言う「好き」とは恋愛感情ではないはずだ。ペットとかに向けられるのと同じような「好き」のはず……。だって、自分から人を好きになったことがないって言ってたから。 午後からの授業はその言葉が頭の中を駆け巡り、全く身が入らなかった。教授の声も遠くからかすかに聞こえてくるような気がするだけで、ノートを取ることすら忘れていた。 それにしても、自分の思ったことをさらっと言える陽翔はすごいと感心する。俺は言葉にするのが苦手だし、相手がどのように受け取るのだろうと思うと怖くてなかなか口に出すことができない。 今日の授業が全て終わり、夕陽に染まる大学の様子をスケッチしようとしたが、なかなか手が動かない。鉛筆を握る指先が震え、頭の中には陽翔の笑顔や言葉が次々と浮かんでくる。 ――今日は陽翔さんのことで頭がいっぱいで、スケッチどころじゃないな。 パタンとスケッチブックを閉じて、家に帰ることにした。 大学の裏門から出た住宅街の一本道を自宅マンションへ向けて歩き出した。入学してからこのルートで帰るのが一番近いと言うことについ最近気づいたのだ。 この時間は帰宅を急ぐ学生が多く通る。春の夕暮れは、まだ少し風が冷たい。ぶるっと身震いをして家へと急いだ。「叶翔くん!」 後ろから声をかけられて振り向くと、そこには陽翔が立っていた。夕陽に照らされた彼の姿は、まるで舞台上のスポットライトを浴びているかのようだった。「陽翔さん?」 なんでここにいるのだろう? 陽翔の帰り道はこちらなのだろうか。「たまたま、見かけたからさ。追いかけてきちゃった」 屈託のない笑顔を見せられると、思わず胸がキュッと締め付けられる。「陽翔さんもこっちなの?」「えーっと……、う……うん。多分?」 目を泳がせている陽翔を見る限り、きっと違うのだろうな。わざわざ俺を探して来たんだ。その考えに、温かな感情が胸に広がる。まぁ、話に乗っかっておこう。「一緒に帰る?」「うんっ!」 子供のような無邪気な笑顔で頷く陽翔を横目に見て、俺はクスッと笑ってしまった。「あ、今、笑ったでしょ? 絶対笑った!」 そう言いながら俺の方を穴が開くほどガン見してくる。あまりにもしつこく見てくるので、恥ずかしくなって目を逸らした。「あー、もうっ! 今の顔、写真に
last updateLast Updated : 2025-05-19
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第二十話 無理だよ……そんなの

「俺、前にも言ったかもしれないけど、本気で恋愛したことなくて……。告白されることはあっても、したことなくて」 夕日のせいだろうか、陽翔の顔が真っ赤に染まっていた。平静を装っているようだが、声が少し震えている。「初めて、本気で好きになったのが、叶翔くん……なんだ」 口元を手で覆い、恥ずかしそうに俯いた。陽翔のこんな姿を見るのは初めてだった。いつもの自信に満ちた態度とは違い、今は不安と期待が入り混じった表情をしている。 俺はなんと言葉を返せばいいのかが分からず、しばらく沈黙が続いた。だが、それを破ったのは陽翔だった。「叶翔くん、好きだ。俺と、付き合ってください」 陽翔はギュッと拳を握っている。関節が白くなるほど強く握りしめ、血管が浮き出ていた。その姿は、まるで運命を賭けた剣士のように見えた。 ――なんて、答えたら……。 陽翔といる時間は、今まで感じたことないほど、心が暖かくなる。そう、高校一年の時、親友に恋した時と似ている。俺の中に、そのような気持ちが芽生えているのは、感じていた。 だが陽翔は、ノンケのはずで……。俺に対する好きは、恋愛の"好き"じゃないのではないのかと思ってしまう。「あ、そっか。叶翔くん、俺が男だから……。やっぱ、嫌だよね……」 陽翔は目を伏せて、悲しそうな顔をした。今まで見たことのない表情だった。こんな悲しそうな顔、見たくなかった。「……イヤじゃなくて、俺は……」 ――ゲイだから。 その言葉をまたも飲み込んだ。喉の奥が痛いほど乾く。 過去のトラウマがいまだに俺を苦しめる。俺のことを好きだと言ってくれた陽翔でも、俺がゲイだと知ったら、あの時のように、気持ち悪いって思われるかもしれない。 --そう思われるのは、嫌だ……。 俺は俯いて、眉間に皺を寄せた。あの時の悲しさが蘇り、目元が熱くなり涙が出そうになる。胸の奥がギュッと締め付けられる感覚。 その時、陽翔が一歩近づいて距離を縮め、俺の顔を覗き込んだ。「叶翔くん、泣いてるの?」 スッと陽翔の手が俺の頬に触れた。その瞬間に俺の心拍数が一気に上がったのが分かった。手のひらは少し荒いけれど、温かかった。 陽翔の瞳の奥が揺れていた。顎を掴まれて、顔を上に向けられる。親指でするっと頬を優しく撫で、唇の端をなぞられた。その優しい仕草に、体の奥から熱いものが押し寄せてくる。「
last updateLast Updated : 2025-05-19
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