自宅マンションにどうやって帰ってきたのか、思い出せない。 スマートフォンが何度も何度も震えていた。陽翔からメッセージが送られてくるが、目を通す余裕がない。きっと「何があったの?」「ごめん」といった内容なのだろう。 帰ってきてから電気もつけずに、ベッドの上で、膝を抱えて俯いたままだ。頬には何度も涙が伝った跡が残り、目の周りは熱く腫れていた。 この涙は、トラウマの恐怖と、陽翔への態度の後悔からだった。彼のことを考えると、また涙が溢れた。温かな手のひらと、近づいてきた顔。そして、傷ついた表情。「……やめて、なんて、本当は……言いたくなかった……」 俺は怖かっただけだ。陽翔から優しくされることが、真っ直ぐ見られることが。 ――好きになってしまったら、彼の優しさが、これまでの態度が、全て壊れると思った。 好きになっちゃダメだと、あれだけ自分に言い聞かせていたのに、でも――。 もう、とっくに、陽翔のことを好きになってしまっていた。胸の奥で燻っていた感情は、確かな形を持った恋心だった。「……俺、どうしたら良かったのかな……」 陽翔から逃げたはずなのに、胸の奥に残ったのは、好きだと言ってくれた時に感じた、温かさだった。それを思い出すと、また涙が溢れた。 暗闇の中、スマートフォンの画面が再び明るく灯った。震える手で画面を見ると、陽翔からのメッセージが十件以上届いていた。最新のメッセージを開く。『叶翔くん、大丈夫? 無事に帰った? 心配だから返事だけでも……』 指先がスマートフォンの画面の上をさまよった。返事をするべきか、このまま無視するべきか。 高校時代、あんなに傷ついて、もう二度と誰かに心を開かないと誓ったはずなのに。なのに、なぜ陽翔には、こんなにも簡単に心を動かされるのだろう。 陽翔さんは違う――そう言いたい自分がいる。でも、また裏切られたらと思うと怖くて仕方がない。 スマートフォンを胸に抱きながら、俺は小さく呟いた。「陽翔さん……ごめん……」 窓から差し込む月明かりが、涙で濡れた頬を優しく照らしていた。
Last Updated : 2025-05-19 Read more