部屋に入ったジゼルは思い切り面食らった。 もしもジゼルが、「今まで生きてきた中で最も戸惑った出来事を挙げろ」 と言われたら、ジゼルは「まさに今」と答えるだろう。「ああ、来てくれたね、ジゼル」 しかし父のピエールはジゼルの戸惑いに気づいていないのか、満面の笑みを浮かべて言う。「ほら、ジゼル。この子がお前の弟だよ。とても可愛いだろう? 名前はね、ライナーだ」 ジゼルのテーブルを挟んだ向かい、長椅子に座ったピエールがニコニコとしながら自身の右横を示す。ジゼルはその『弟』を三十秒の間きっかり見つめた後、父へ視線を戻した。「……あの。お父様……」「なにかな?」「私がこの小国の王女として生を受けて、十四年が経ったのわ。お父様のことや、王族の務めに関することも、少しは理解できたと思っていたの」「それはいいことだね」「だけどたった今、その考えが傲慢だったってことをまざまざと思い知らされたわ」 口からは思わず深いため息が漏れてしまったが、それも仕方のないことだ。「少し質問をしてもよろしい?」「もちろんだとも」「私はつい今しがたまで、国王ピエールのたった一人の子であったと思うの。この認識は違っていたのかしら?」「いいや、違わないよ。王女ジゼルは、王妃コリンヌが私に残してくれた宝物だ。唯一にして最高のね」 臆面もなくそう言ったピエールが、ジゼルと同じ青い色の瞳を細める。頬に血が上るのを感じ、ジゼルは照れ隠しのために一度咳払いをした。「そ、そう。では、この『弟』はどういうこと?」 ジゼルはピエールに向けていた顔を、再びほんの少し左へ移動させる。そこでは先ほどと同じようにライナーが行儀よく“座っていた”。 つまり、たったいま紹介されたばかりの『弟』は生まれたての赤子ではないのだ。 外見からするとライナーは十歳ほどだろうか。少し癖のある短い髪は黒色で、瞳は眩いほどの黄金色をしている。ピエールはジゼル同様に金の髪と青い瞳なので、ライナーの髪も瞳も、相手の女性譲りの色かもしれない。 ライナーの整った顔立ちは女の子のように愛らしく、着ている赤色の上下が良く似合った。しかしこの服は新品には見えないので、ピエールが子どもの頃に着ていたものなのだろうとジゼルは推測した。自身の服を譲るのだから、ライナーがピエールにとって大事な子なのは間違いがない。「王位の
Terakhir Diperbarui : 2025-05-24 Baca selengkapnya