老臣はジゼルを中へ促す。「どうぞお入りください」 この扉の向こうに父はもういない。その事実がジゼルの胸を痛ませ、足をすくませる。 だが、次期女王となる者が毅然としていなくてどうするのだ。 そう自分に言い聞かせたジゼルはぐっと顔を上げて老臣が開いた扉の中に足を踏み入れ、そして、息をのんだ。 部屋の中央には、トルソーに着付けられた一着のドレスがあった。「これ、は?」 かすれた声でジゼルが問うと、老臣が答える。「ピエール陛下のご命令でお作りしていたドレスです」「……お父様が?」「はい。今年のジゼル様の誕生日祝いにと用意しておられました。どうかお近くでご覧になってください」 声に促されてジゼルは震える足でドレスに歩み寄る。 |滑《なめ》らかな光沢をもつアイボリーのドレスには、黄金の糸を使って様々な花がたくさん刺繍されている。おかげで朝の日差しを受け、ドレスはほんのりと輝いて見えた。 開きが少なめの胸元は角形をしており、上半身はきゅっと締まったデザインだ。代わりとでもいうように腰から下はゆるやかに広がっており、長いスカートは優しいカーブを描いていた。手首まである袖口もゆったりと開いており、全体的にたっぷりと布が使われている。これを作るにはずいぶんと費用がかかっただろう。 今までだってピエールはジゼルの誕生日に贈り物をくれた。しかし今回の贈り物は今までとは違う。十六歳の誕生日を祝うために用意したと考えるにはあまりにも高価すぎる。「……このドレスは本当に、誕生日の贈り物?」「そのように仰せでした」 老臣は淡々と告げているつもりのようだが、奥には拭いきれない寂寥感がある。――それでジゼルの疑問は確信になった。「……そう。お父様が……」 もう一歩近寄るとドレスに刺繍された花々の詳細が見えた。春から冬まですべての季節のものが選ばれ、どれ一つとして同じ花はない。そしてドレスの一番上部分、右胸側には薔薇の花が、左胸側に菜の花があった。菜の花を見たときにはジゼルの胸の奥が少し痛んだが、今のジゼルにとってそれは些細なものだった。 扉の辺りで誰かが話をしている。 その声が誰のものなのかは振り返らなくても分かった。 扉が閉まり、他の人物の気配が遠のくと同時にジゼルは呟く。「お父様が用意してくださっていたの」 まだ低くはなりきらない声が返事をする。
Terakhir Diperbarui : 2025-06-13 Baca selengkapnya