Semua Bab 花の国の女王様は、『竜の子』な義弟に恋してる ~小さな思いが実るまでの八年間~: Bab 11 - Bab 20

25 Bab

11.叔母がしてくれた話

「『竜の子』? ってなに、叔母様?」「帝国の皇帝の子のことよ。実はね。帝国の皇帝というのは人ではないの。黒い竜なのよ」 意外なことを聞いて呆然とするジゼルを気にすることなく、フラヴィは帝国の話を続ける。 竜は不思議な力を持つ存在だが、人との間に子を成した竜は子に与えるため大半の力を失う。 代わりに生まれた子は大いなる力を持つ『竜の子』であり、成長してからは新たな竜になる。 そしてその子が次代の皇帝となり、つがいとなる人間を見つけて結ばれて子を授かり、こうして帝国は続いて行く。 つまり帝国の皇帝というのは全員が竜であり、人の間に生まれた『竜の子』なのだと。「私は子どもの頃から分かっていたわ、自分が竜のつがいとなる運命として生まれたのだって。だから私の息子は、大いなる力を秘めた『竜の子』。……どう、ジゼル? あなたは従弟が『竜の子』であっても、ずっと仲良くしてくれる?」「それは、もちろん……」 かすれた声で答え、ジゼルは夢見るような目つきのフラヴィを悲しく見つめる。「……だけど叔母様。お話が本当なら、あの子はいつか皇帝になるのよね? この小さな花の国で生きる私からすると手の届かない人物だわ」「平気よ。今日、あなたが仲良くしてくれたあの子は『竜の子』だけど皇帝にはならないし、竜にもならないの。今回はかなり不規則なことが起きているのよ。帝国の長い歴史を紐解いてみてもありえなかったことが。私には分かってるわ。あの子は花の国へ来る運命なの。大好きな私の故郷、いつかあなたが治めるこの国へ、あの子はきっと来る」「そう……」 ようやくジゼルに視点を合わせて叔母は微笑む。それがあまりにも美しかったので、ジゼルは鼻の奥がツンとしてくる。「周りは反対していたけど、なんとか押し切って花の国へ来て本当に良かったわ。ジゼル、これからもあの子をよろしくね」 嗚咽をこらえるジゼルは何も言えなかった。返事の代わりとして引き攣った頬になんとか笑みを浮かべると、フラヴィはジゼルの口の前に自身の人差し指を立てて片目をつぶる。「このことは時が来るまで誰にも言わないでおいてね。あなただから教えたけれど、本来なら竜のことは他国には絶対に秘密の話なの。帝国の最重要機密なのよ」 フラヴィはそう言い残して部屋を去った。 もちろんジゼルはフラヴィから聞いた内容を誰にも話さない。特に父
last updateTerakhir Diperbarui : 2025-06-03
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12.ちょっとした情報

 フラヴィの死後、『竜の子』であるライナーは名義上の父である貴族から、きっと冷遇された。 その事実をピエールは知り、いてもたってもいられずにこの国へ引き取って自分の子としたのだ。 そう考えればすべての辻褄が合う。 あんなに素直で可愛らしいライナーは、これまで寂しい人生を送ってきたはずだ。 だけどこの国に来たからにはもう不幸になんてさせない。ジゼルはライナーを全力で幸せにするつもりでいたし、ライナーにも幸せになってもらいたいと心から願っていた。 今日もジゼルは出会った騎士から「ライナー様の武術に関する賞賛」を聞いて良い気分だった。 せっかくだから父にも教えてあげようと考え、ジゼルは部屋へ向かう予定だった足を城の外方面へ向ける。この時間なら父は外の庭園にいるはずだ。 窓の外に広がる青い空を見ながら足取りも軽く石の廊下を歩いていたジゼルは、厨房横の小さな部屋でライナーの侍女を見かけた。 彼女とは昨日、会っていない。もしかしたらライナーの新しい話を聞けるだろうか。 ジゼルは小部屋に入り、侍女の横に立つ。「こんにちは。今日の花茶を選んでるの?」「ええ、そうです、ジゼル様」 ライナーの侍女は難しい顔のまま、花茶を収めた棚から視線を外さずに答える。「今日は天気も良いですし、爽やかなものにしようかなと思うのですが……昨日や一昨日とはまったく違う香りにしたいですし……」「ライナーは好き嫌いがないものね」「はい。どれも好きだと仰っていただけますし、感想も丁寧にくださるので、生産者たちにとっても、私どもにとっても、非常に嬉しいことです」 侍女からそう聞かされるジゼルもとても嬉しい気分だ。「ところであなたは、ライナーに仕えてもうじき一年になるでしょ? 何か気になったことはある? 何でもいいわ」「何もございません」 しかし口に出した後で、侍女はふと棚から視線を上げる。「ああ、でも……ライナー様がお着替えもお風呂もお一人でなさると知ったときは最初は少し戸惑いました。帝国の方だと聞いていましたから余計にです」 感慨深く呟く侍女の言葉にジゼルは目を丸くした。初耳だ。 隣の帝国はとても大きく豊かなので、貴族や王族たちに仕える者たちも多いそうだ。おかげで着替えや入浴などはもちろんのこと、窓を開けたり、机の本を端へよけるといった程度ですら間近に控える召使たち
last updateTerakhir Diperbarui : 2025-06-04
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13.晴れた日、庭園で

「……それにしても。ライナー様がこのお城にいらしてもうじき一年ですか。月日が経つのは早いですね。私たちも最初はきちんとお世話できるかどうか緊張していたんですけど、おかげさまで今はとっても楽しくさせていただけてます」「ライナーがあなたたちにとって良い主人になれているようで安堵したわ。これからもよろしくね」「もちろんです」 再び花茶とにらめっこを始めた侍女の邪魔にならないよう、ジゼルはそっと小部屋から出る。護衛が厨房で何かを手伝っているのを見て、ジゼルは外へ続く扉を自分で開けた。あの護衛もジゼルの行先が庭園だと知っているのだから、用事が終われば追いかけて来るだろう。 徐々に濃くなる香りを道しるべにして庭園へ入ると、さまざまな色をした満開の薔薇が出迎えてくれる。 この辺りの薔薇は今が盛りだ。青空の下で様々な色の薔薇が「見てくださいな」とばかりに咲き競っているさまは本当に美しい。 左右に目を奪われながら目的の『愛しの君』が咲く中心部へ進むうち、ジゼルは行く先の方から何やら声が聞こえてくることに気が付いた。 話しをしている声は二人分。そのうち片方は父のピエールのものだ。そうして、聞いているだけで浮き立つもう片方の声は。(ライナーだわ) 予定外の場所でライナーの声を聞けて、ジゼルは思わぬ良い拾い物をした気分になる。(二人で何の話しているのかしら?) 立ち聞きは礼儀に反すると分かっているが、好奇心には勝てなかった。ジゼルはドレスの裾を持ってそっと進み、大きな木の陰に身を隠して耳をそばだてる。 最初に耳に届いたのはピエールの声だった。「相手のイメージを自分の象徴花にするなんて、珍しいね」 その言葉を聞いてジゼルはどきりとする。 ライナーはこの城にきてからずっと、自分の象徴花を何にするのか悩んでいた。一年近く経ってをようやく決めたらしいが、ジゼルが気になるのは「どの花になったのか」ではなく。(……相手のイメージを自分の象徴花に……ってどういうこと?) 意図せぬまま荒くなった呼吸の音が聞こえてしまいそうな気がしてジゼルは右手で鼻と口元を押さえる。 そんなジゼルに気づくことはなく、男性二人は話を続ける。「珍しいですか」「うん、あまり聞かないかな。象徴花は名の通り『象徴』だから、自分自身のイメージとなる花を選ぶ人がほとんどなんだよ」 ピエールの言
last updateTerakhir Diperbarui : 2025-06-05
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14.心がある場所

「これはまた言うねえ」 ピエールはどこまでも朗らかだ。「でも私はその考え方、いいと思うよ」「ありがとうございます!」「で、何の花にしたのかな?」「ええと……」 ライナーの声は少しはにかんだ様子だ。きっと今は頬を赤らめているはず。ライナーを見続けてきたジゼルには、彼がどんな表情をしているのかありありと思い浮かべることができた。(ライナーの想う相手の花。……どんな花? どんなイメージの人なの?) 次期国王となるジゼルは象徴の花を持たないが、今までいくつかの花に例えられてきたことはある。 カトレア、ダリア、薔薇、ピオニー。 ライナーの挙げる花がその中のどれかであれば良いのに、とジゼルは思った。しかしライナーは、まったく思いもよらない花の名を告げた。「菜の花です」 ジゼルの肩に幹が当たった。足がふらついたせいで倒れそうになったのを木の幹が支えてくれたらしい。 変なの、と胸の中だけで呟いてジゼルは唇を歪める。 想像もしていなかった花の名をライナーが口にしただけなのに、どうして自分の足は急に力が入らなくなってしまったのだろう。「……ほう。菜の花か……」 五つ呼吸をするだけの間をおいて、ピエールの声がする。「またずいぶんと意外な花を選んだね」「そうですか? 僕はすごくぴったりだと思ったんですけど……駄目でしたか?」「駄目なんてことはないよ。ただ、少し驚いたかな。……うーん……菜の花……。菜の花か……。私には今一つ分からないけれど、竜の子には分かるところがあるんだろうなあ。……そうか、菜の花……」「あの、|義父様《とうさま》。もしかして面白がっていません?」「まさか。私は単純に感じ入ってるんだよ」「……僕はこのところ、義父様の嘘が少し分かるようになってきました」「おやおや。子どもは成長が早いね。――いや、好きな相手がいるくらいだからこの程度の成長は当然だよな、うん」「やっぱり面白がってるではありませんか……」 これ以上二人の話を聞くのは止めよう。そもそも立ち聞きは失礼なのだから。 両手で耳をふさいだジゼルは来たときとは別の道へ向かい、急いで庭園を出る。そのまま小走りに王宮の裏手へ回り、|人気《ひとけ》のない木陰で座り込んだ。(……立ち聞きしてしまったのは申し訳なかったわね。でも、ライナーの想う相手の名を聞かなかったのは良かった
last updateTerakhir Diperbarui : 2025-06-06
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15.義姉の変化

 この日を境にジゼルは、ライナーから少しずつ距離を置くようになった。 今までのジゼルはライナーのことならなんでも知りたがった。侍女や兵にライナーに関する話を聞いて回っていた。時間を見つけてはライナーのもとへ行って世話を焼いていた。  それなのに周りへ話を聞きに行かないばかりか、ライナーと一緒に行動することがぱたりとやんだのだから、人々は当然ながらジゼルの変化に気づいた。  二人の間に何があったのかをそれとなく、あるいは直接聞いてくる者も多くいたが、ジゼルはそのすべてに、「ライナーがこの国に来て一年になるのだし、あの子だってもう一人で大丈夫だと思うの」 と返していた。 こんな中途半端な答えに納得してくれたかどうかは不明だが、問いかけてくる相手が割とあっさりと引き下がってくれたのは、もしかしたら「ジゼルは物珍しい『|義弟《おとうと》』に飽きたようだ」とでも考えたのかもしれない。 いずれにせよあまり深く追求されないのはジゼルにとってありがたいことだった。ライナーのことを話すときはいつも胸が痛いので、多くを語れば想いが隠し切れなくなりそうだったから。 一方でライナーもジゼルの変化には当然気づいていたようだ。  ジゼルがライナーに会いに行かなくなったのと代わるようにして、今度はライナーがジゼルの部屋を訪ねて来るようになった。内容は、「今日はいい天気ですね。僕と庭園へ行きませんか? もっと花のことを教えてほしいんです」 「書庫でこんな本を見つけました。これ、きっと|義姉様《ねえさま》がお好きな内容だと思うんです。一緒に読みましょう」 といった日常の他愛ないものから、「明後日に城外の視察へ行くのですが、義姉様もご一緒にいかがですか」 といった少し大きめの話まで様々だった。 ジゼルはライナーからの申し出をほとんど断っていたが、申し訳なさが勝ったときは何度かに一度だけライナーの提案を受けることもあった。だが、ライナーの姿を見るたび、声を聞くたび、彼には誰か好きな相手がいるのだという事実がジゼルを打ちのめす。  結局ジゼルは、ライナーと一緒にいてもなるべく彼を視界に入れないよう努め、なるべく彼の声を聞かなくて済むよう最低限の話しかしなかった。  ライナーにとってジゼルの態度はかなり素っ気なく感じただろうし、場合によっては冷淡とも取れたのでは
last updateTerakhir Diperbarui : 2025-06-07
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16.亀裂

 思わずジゼルは後退るが、ジゼルが庭園で話を聞いてしまったことを知らないライナーは満面の笑みだ。「実は僕、ずっと前に象徴花を決めていたんです。実際にピンが届くまでは決めたことを義姉様にナイショにしておいたんですけど、でも、出来上がったら真っ先に義姉様に見ていただこうってずっと決めてました。だってこの花は――」「もういいわ」 硬い声でぴしゃりと言い切ると、興奮した様子で話していたライナーが戸惑ったように目を瞬かせる。「あの……義姉様?」「象徴花を決めたのね、おめでとう」 顔を背け、ジゼルはそのまま扉を閉めた。「義姉様?」 廊下でライナーが呼び、扉を叩く。ジゼルが無視を続けていると音は少しずつ大きくなり、ライナーがジゼルを呼ぶ「義姉様!」という声も必死さを帯びてきた。「義姉様、義姉様! 僕、何か悪いことをしてしまいましたか? でしたら謝ります、ごめんなさい! だからどうか、扉を開けてください!」 もちろんジゼルに扉を開けるつもりはなかった。ライナーの声を聞きながらずるずると座り込み、床の上で唇を噛んで耳をふさぐ。 そのままどれほど経っただろうか。扉を叩く衝撃が背中越しに伝わらなくなったので、ジゼルは両耳からそっと手を外した。しばらく待っても何も聞こえないのでライナーは帰ってしまったのだろうと思ったとき、外からぽつりと小さな声が聞こえた。「……義姉様、ごめんなさい……」 悲痛な声を残してライナーは扉の前から立ち去る。その足音は、はげしい疲労を覚えたかのようにゆっくりとしていて、十一歳の少年とは思えないほどに重いものだった。 何も悪くないライナーに謝らせた罪悪感と、自分の身勝手さに対する腹立ちとが、ジゼルの心にどっと湧き上がってくる。 それでもジゼルは扉を開めたままだった。ライナーの背に向かって声をかけようともしなかった。 この日を最後にライナーは、ジゼルへ誘いをかけてくることがなくなった。 ジゼルと会っても挨拶程度の会話しかしない。 たまに遠くから寂しそうなライナーの視線を感じることもあったが、ジゼルはすべて見ないふりをした。 ライナーの襟元に菜の花のピンが飾られるようになっていたためだ。 それはライナーの心が他の誰かのもとにあるという証拠。ピンを見るたびに胸が締め付けられるジゼルは、どうしてもライナーと行動を共にすることができな
last updateTerakhir Diperbarui : 2025-06-08
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17.隙間から風が吹く

「お父様、ご気分はいかが?」「……ああ、ジゼル……」 ベッドに横たわったピエールが目を開けて、痩せた顔に笑みを乗せる。 倒れてから三か月近く経つというのにピエールの容体は一向に回復しない。 季節が悪い、とジゼルは思っている。 何しろ今は冬のただ中だ。石で出来たこの城は古く、壁をタペストリーで覆っていてもどこからか入ってきた隙間風が部屋の気温を下げる。 これまでも父は冬になると体調を崩すことが多かったし、今だって不調が続いているのはきっと寒さのせいだ。(早く暖かくなってくれたらいいのに。そうしたらお父様だって良くなるわ) 暖炉の薪がパチパチとはぜる音を聞きながら、ジゼルはベッドの横に置かれた椅子に座る。「お休み中にごめんなさい。あのね、私、婚約者の候補となる方を決めたの。お父様がこの方をどう思うか伺ってもいい?」 ピエールが微笑んだまま黙っているので、ジゼルは片手に持っていた書面を父に向かって示す。「ほら、何年か前にうちの蜂蜜酒を買い始めた国があったでしょう? あの国の第三王子よ。あちらも、うちとの繋がりをもう少し強固にしておきたいと思っていたみたいで、内々にだけど話を持ち込んでみたら、好感触だったの」「……そうか」「お父様のご裁可をいただけたら本格的に話を詰めようと思うのだけど、いかが?」「お前がその王子を良いと思うのなら、このまま話を進めなさい」「……それだけ? これでも私、どの方にしようかってすごく悩んだのよ」「悩んだ末にお前が出した答えならば、私は反対しないよ」 捉えどころのない父の答えを聞き、ジゼルはため息と一緒に「もう」と不満の声を漏らす。「そもそも。お父様がもう少し早く、私の婚約者を決めておいてくださってたら良かったのよ。私、あと少しで十六歳になってしまうんだから」「ああ、そうだね……本当に大きくなった。体の弱い私とコリンヌの娘だからね、正直に言えば『大人にはなれないかもしれない』と気をもんだよ。けれどお前は健康に育ってくれた。こんなに綺麗に、こんなに立派に……」 言って細く息を吐き、父はジゼルへ向けた顔から不意に笑みを消す。「ジゼル。お前には誰か想う人がいないのか?」 突然の質問に、ジゼルは何を返してよいのか分からなくなる。一度唾を飲み込み、ようやく頭の中で答えを見つけた。「急にどうしたの? そんな人、い
last updateTerakhir Diperbarui : 2025-06-09
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18.父の思い

 この花の国は建国以来、一度も大きな動乱は起きていない。 小さく貧しいから他国からみて攻め落とすほど|う《・》|ま《・》|味《・》がないとか、民が陽気で反乱を考えない気質だというのも関係しているだろうが、それだけで平和が維持できるはずがないというのは書庫に残された膨大な数の資料が示している。 ピエールは国に安寧をもたらした賢王で、ジゼルの祖父も、曾祖父も、その前の先祖も、歴代の王はずっと賢王。ジゼルはそんな国の次代の王となる。 正直に言えば重圧はある。自分に本当に王の役目をまっとうできるのかという不安も。そんな気持ちが表に現れてしまってふと泳いだ視線を捉えたのだろうか、父は穏やかに言う。「私も信じているよ、ジゼル。お前だってきっと、賢王の一人になってくれる」「……なれるかしら」「なれるとも。だから私は、お前の婚約者を決めなかった」 前後の言葉の意味が離れすぎていたのでジゼルは意図がつかめない。父の顔を見つめ、少し首を傾げる。「……どういうこと?」「簡単な話だよ。お前の伴侶は、お前自身で決めてもらおうと思っていた。王としてのお前を理解し、重荷を分かち合い、心を安らげてくれる相手。私にとってのコリンヌのような相手。それがどこの誰なのかは、お前でなければ分からないからね」「お父様……」 父は微笑む。娘を見つめる瞳に深い慈愛を籠めて。「可愛いジゼル」 そう呼んだ父が腕を動かしたので、ジゼルは書面を持つ方とは違う手で父の手を握る。体温の高い父の手は熱い。「お前がこれからの人生を共に歩みたい相手を見つけたのなら、その人を夫としなさい。私にはただ『選んだ人がいる』と伝えるだけで十分、相手の名を言う必要もない。私は、それが誰であろうと、絶対に反対はしない」 そう言って、ピエールはジゼルを見つめていた瞳を書面の方へ動かし、唇を開く。「ジゼル。お前にとってはその王子が、これからの人生を共に歩みたい人なんだね?」 森の奥の湖のような静かな瞳は嘘など簡単に見抜いてしまいそうだった。ジゼルは唇を噛んで顔をそむける。父娘はしばらく窓がたてるカタカタという音を聞いていたが、やがて先にピエールが口を開いた。「ライナーは騎士になるそうだよ」「え?」「騎士になって、守りたいものがあるらしい。……ジゼルは知らなかったろう?」 含みのある父の言葉はなんだか癪だっ
last updateTerakhir Diperbarui : 2025-06-10
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19.嘆きの冬

 ジゼルは現国王のたった一人の王女で、一枚しかないこの国の切り札だ。 どこの国との結びつきを優先するべきか慎重に考えなくてはならないせいで婚約者探しに時間がかかっていると思っていたのに、まさか当のジゼルの気持ちを優先するためにあえて考えていなかったのだとはこれっぽっちも思い至らなかった。 しかしそれはジゼルにとっては悲しいばかりだ。 好きな相手はいる。ライナーだ。ジゼルが想う人物はライナーで、そして当のライナーには既に想う相手が別にいる。 最後にピエールの言った「ライナーと仲良くするんだよ」という言葉がジゼルの胸を千々に乱す。この気持ちをどうして良いのか分からなくて、両手で頭を抱えたジゼルは手をぐしゃぐしゃと動かした。朝に結ってもらった髪が引きつれ、もつれ、何本かが切れる気配があったが、今のジゼルにはその痛みすら感じなかった。「無理に相手を選ぶよりほかに道はないんだもの! 私には! 私だけの気持ちでは! どうにもならないんだから!」 もしも次に父と会った時、同じような話をしたらジゼルは平静を保てるかどうか自信がない。あの瞳に見つめられたらきっと今度こそ本心を吐露してしまう。そのとき父は、なんと言うのだろうか。 しかしその心配をする必要はなくなった。 この日の夜半、ピエールは静かに息を引き取った。 叩き起こされたジゼルがピエールの部屋に向かったときにはまだ息があったはずなのに。 医師が下す最終判断を聞きいて周りの人々が泣き崩れる中で、ジゼルは囁くように呼ぶ。「……お父様……?」 ジゼルの呼びかけにも父は応えることがなかった。右手で触れた父の頬は、昼間に握った熱い手が嘘だったかのように冷たかった。 父はもう、あの青い瞳に二度とジゼルを映さず、優しい声で「ジゼル」と呼んでくれない。 急な別れを思い知らされてジゼルが立ち尽くしていると、隣に立つ人物がジゼルの左手をぎゅっと握った。その熱を感じてのろのろと顔を横に動かすと、立っているのはライナーだった。(ああ、そういえば、ライナーはずっとここにいた……) ライナーが何度も「義父様」と叫ぶ声を聞いていたというのに、ジゼルは彼の存在をいま初めて認識した。しばらく避けていたから、ライナーをこんなに近くで見るのはずいぶん久しぶりだ。くしゃくしゃに顔を歪めて涙を流す姿は相変わらず守ってやりたくなるほど愛
last updateTerakhir Diperbarui : 2025-06-11
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20.季節は過ぎゆく

 死者を悼む儀式も|恙無《つつがな》く終わった。国は未だ深い悲しみの中にあるが、生きているものたちは先へ進まなくてはいけない。 第一王位継承者であったジゼルが十六の誕生日を迎えた春の日に「女王の戴冠式が二か月後に行われる」と発表されたのは人々の暗かった心に明かりを灯す出来事だった。 しかしジゼルが誕生日に行ったのはそれだけ。いつもなら、生誕の祝いとして催されている祭りにジゼルが顔を見せたり、王家から蜂蜜酒が振舞われたり、王城で夜会が開かれたりするのだが、今回はそういった特別な出来事は一切なかった。「仕方ないよ。先王陛下が亡くなられたのは先月だ。ジゼル様がそんな気分になられないのも当然さ」「代わりに二か月後の戴冠式では、うんとお祝いして差し上げよう」「その頃はうちの花壇の花がとても綺麗に咲いてるはずだから、籠に入れてお城へお届けするわ」 人々は寂しい心を埋めるかのように楽しい話を繰り返す。 王宮内でも同じことは起きていた。戴冠式の触れを聞き、召使たちはジゼルや王宮内をどのように飾るかの話でもちきりになっている。それに少しばかり釘を刺すようなことを言ったのは、女王となる当のジゼルだった。「そんなに立派にしなくていいわ。でないと国庫管理係たちの頭が禿げ上がっちゃうでしょ」 ジゼルが言うと、侍女頭は「ですが」と顔を曇らせる。「他国からの賓客もお見えになるのですし……」「そうは言っても、うちの国はあんまり豊かじゃないもの。とりあえず王宮は花で埋めて、私自身の飾りつけに関しては手持ちの……アクセサリーにはあんまり見栄えするものが無いから、歴代女王や王族女性が使用した品の中に良さそうなものがないか調べてちょうだい。それを繕ったり磨いたりして使えばいいわ」「殿下……いえ、女王陛下。ですが、さすがに」「いいのよ」 笑顔で、しかし有無を言わせぬ調子でジゼルが言い切ると、侍女頭は何かを言いたそうな表情ではあったが黙って頭を下げる。 さすがに悪かったかと考えたジゼルは少し考えて口を開いた。「綺麗な宝飾品やドレスは人目を引くかもしれないけど、それが全てじゃないでしょう? 化粧や髪結いの技術だって同じことだもの。あなたちなら高価な宝石なんてなくたって、私を綺麗にしてくれると信じてるわ」 顔を上げた侍女頭は目を見開いた。続いてぐっと腹に力を入れ、今度は驚くほど
last updateTerakhir Diperbarui : 2025-06-12
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