Semua Bab 冷たい家族の中で: Bab 1 - Bab 10

20 Bab

第1話

お母さんの声が静かに落ちたとたん、みんなの視線が一斉に彼女に向いた。バースデーハットをかぶったお兄ちゃんが、人だかりの中心で真っ先に顔をしかめた。「……何なの?もう謝ったでしょ?それでもまだ足りないって、わざわざ僕の誕生日に水差すつもり?」その顔には、軽蔑と冷たさが浮かんでて。まるでお母さんが、注目を集めたくて騒いでるだけみたいに見てた。でも――私は気づいてた。お母さんの目の奥には、悔しさと、それでも折れない強さがあった。今日は、私とお兄ちゃんの10歳の誕生日。おばあちゃんは、私たちにそれぞれ大きなケーキを用意してくれた。ただ、様子はまるで違った。お兄ちゃんのまわりには、おばあちゃんと、お父さんの代わりに来た朝倉おばさん、それから大勢の人が集まってて「何のお願い事するの?」なんてにこにこしながら話しかけてる。それに対して、私のそばにいたのは、ろうそくをつけてくれてたお手伝いの杉山さん。誰も私の願いなんて聞かなかったけど、それでも私はワクワクしてて「早く火つけて!」ってせかしてた。……だけど、まだ吹き消す前に、お母さんが少しかすれた声で言ったの。「私の子どもでいたくないなら、私ももうあんたの母親ではいたくないわ」その言葉にお兄ちゃんは鼻で笑った。「は?調子に乗るなよ。朝倉おばさんの方がよっぽどママにふさわしいし。僕、本気であの人がママだったらよかったのに」その後ろで、朝倉おばさんが凍りついたみたいにうつむいて、まるで大きな秘密がバレたみたいに気まずそうにしていた。おばあちゃんは最初こそ驚いた顔をしてたけど、すぐに落ち着いて、指にはめたエメラルドの指輪をなでながら、いつもの偉そうな口調でこう言った。「澪(みお)、うちの暮らしはうまくいってるでしょう?藤崎家はあんたに何も不自由させてないわよね。それなのに、これはどういうことかしら?離婚って言うなら、それなりの理由を示してもらわないと」
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第2話

理由は――何だったんだろう。お母さんの代わりに思い出してみた。たぶん……一枚の紙だった。そう、たった一枚の作文用紙。先生が出した宿題は、「わたしのお母さん」というテーマで作文を書くっていう、すごくシンプルなもの。なのに、お兄ちゃん――蓮(れん)くんは、なかなか取りかかろうとせずに、先生からも軽く注意されてた。でも私は知ってた。彼の原稿用紙には、すでに細かい文字がぎっしり書かれてたことを。何気なくのぞきこんだ私は、そこで目を疑うような言葉を見つけた。【ぼくのママは、価値のない花瓶。家でダラダラしてるだけの役立たず。突然死んでくれたらいいのに。そしたら朝倉おばさんをママって呼べるのに】……そのあとには、朝倉おばさんのことをベタ褒めする文章が延々と続いてた。頭が良くて、自立してて、仕事もできて、自分に優しくしてくれる――今のママなんかより何百倍も素敵だって。私は思わず声を尖らせて、「なんでそんなこと書くの?」って問いただした。でも彼は私を睨んでこう言った。「紬(つむぎ)、余計なことに首突っ込むなよ」結局、蓮くんはその作文を提出しなかった。ただ適当に畳んで、ぐちゃっと鞄に押し込んだだけ。お母さんがそれを読んだかどうか、私は確信が持てない。でもそれ以来、お母さんは私たちの鞄を一切触らなくなった。どんなに使用人がいても、いつも子どもの世話を全部自分でしていたお母さんが――それをやめた。あの紙を、わざと鞄に入れたのか、うっかりだったのか。それも私にはわからなかった。でもあの時、まだ私は気づけてなかった。お母さんが、どれだけ苦しい場所に立っていたのかってことを。ただひとつだけ、はっきりしてたのは――お母さんが、だんだん無口になっていって、目の奥にぽっかり空いた悲しみが、まるで底なしの闇みたいに広がっていたこと。
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第3話

でもね、お母さんは、ちょっと風が吹いただけで折れちゃうような、か弱い草なんかじゃない。ちゃんと変わろうとしてたし――本気で、もがいてたんだ。しばらくして、私はお母さんがお父さんと電話してるのを耳にした。私とお兄ちゃんももう手がかからない年になったし、外に出て仕事をしたいって。でも返ってきたお父さんの声は、冷たくて、まるで他人に向けるみたいな口調だった。「働くのが最適だとは思えないよ。お前、もう10年も仕事から離れてるんだ。どこの会社がそんな経歴の人を欲しがると思う?それに俺の方がはるかに仕事の能力がある。俺が外で稼いで、お前が家庭を守る。それが一番効率的だ。どうしても退屈なら……生活費を少し増やしてあげよう。ほら、他の奥さんたちみたいに、カードゲームとか、ショッピングでもしてたらいいじゃないか」そんな言葉を投げつけられても、お母さんはへこたれなかった。それどころか、キラキラした目で、私と蓮くんにその話をしてくれた。その顔が、なんだかとても眩しくて――私は思わず、両手でグッとガッツポーズを送った。……けど、蓮くんは鼻で笑った。「やめとけよ。何にもできないくせに。そんなので月に4万円稼げんの?杉山さんの給料の5分の1もいかないんじゃね?恥かくだけだよ」その一言に、お母さんの目がカッと見開いた。震えるように立ち上がって、ぎゅっと拳を握りしめた指先は真っ白になってて――「蓮!あんたに何がわかるの!」「あんたが生まれる前、私はちゃんと仕事もしてたし、友だちもいた。自由で、楽しくて、誰にも縛られてなかった!それを全部、家族のために捨てたのよ。あんたと紬のために!家で家事してる人間は、働いてる人より価値がないって言いたいの?」
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第4話

「何の『価値』?家のことちょっとするくらいで、偉そうにしないでよ。ただ顔が良くて、たまたまパパと結婚できただけじゃん。ほんとは怠け者で、食べることばっかで、ろくに働きもしない。あのままだったらとっくに飢え死にでしょ?」そのとき、私たちは3人でダイニングテーブルを囲んで夕飯を食べていた。なのに――その一言で、部屋の空気は一気に凍りついた。今日のごはんだって、全部お母さんが作ってくれたのに。お兄ちゃんの皿にだって、あの大好きな焼き手羽先がちゃんと入ってるのに。そんなの全部無視して、蓮くんはお母さんのことを、あけすけに貶してくる。私は慌てて言った。「お兄ちゃん、そんなの違うよ。お母さん、毎日すっごく頑張ってるのに!」でも――私の言葉じゃ、お母さんの傷は癒せなかった。お母さんの表情はこわばって、苦しげに歪んでて――「じゃあ、食べなきゃいいでしょ!私の作ったごはんを口にして、そのくせ私をバカにして。そんなの、出てってよ!」その瞬間――お母さんはついに限界だったんだと思う。いつもなら優しくて、怒鳴ったりなんてしないのに。蓮くんの目の前で、そのお皿をごっそり、ゴミ箱にぶちまけた。すると、蓮くんも火がついたみたいに荒れた声で叫んで、「いらねーよそんなもん!誰が食うか!」言い終わるやいなや、手にしていたお皿を大理石のテーブルに叩きつけた。ガシャーン!って音が響いて、お皿の破片が四方に飛び散った。お母さんは向かいに座ってたから、避けきれなくて――頬に、長くて深い傷が走った。血が、止まらなかった。あまりに突然のことで、私はびっくりしてわぁって泣き出しちゃって。その声を聞きつけて、杉山さんが駆け寄ってきた。「ちょ、ちょっと奥さま!どうしたんですか、これ!」蓮くんも、まさか怪我させるとは思ってなかったみたいで、一瞬ひるんだ顔をしてたけど――それでも意地を張ったまま、「……自業自得だろ」って言って、乱暴に自分の部屋へ戻っていった。私はお母さんのほうを振り返った。彼女の瞳は――まるで墨を垂らしたみたいに、深くて暗くて、でも妙に静かで。何も言わずに、その場にじっと座っていた。
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第5話

お父さんは普段あんまり家に帰ってこないけど――あの騒動のことは、ちゃんと知ってた。そして、お兄ちゃんをきつく叱った。お母さんに謝るよう、命じた。でも……いつもならお父さんの言うことを素直に聞く蓮くんが、そのときばかりは真っ向から反抗した。頑なに謝ろうとせず、ついには「食べない抗議」まで始めてしまった。見かねたおばあちゃんが間に入って、「澪、蓮もね、悪気があったわけじゃないのよ。子どもの言うことなんて、所詮そんなもの。だから、もう水に流しましょ」そう言ったとき――お母さんは、それ以上なにも責めることはしなかった。ただぽつりと、「……はい」と、静かに答えた。それからというもの、私はなんだかお母さんが、遠くへ行ってしまいそうで怖かった。いつもは明るくて優しい声で話してくれたのに、それがピタリと聞こえなくなった。笑顔も減って、まるで別の世界に閉じこもってしまったみたいで。私は、自分の小さなお布団を抱えて、お母さんの部屋のドアをノックした。「ねえ、お母さん。今日、一緒に寝てもいい……?」すると、お母さんは前みたいにやさしく抱きしめてくれて、ぽつりぽつりと話し出した。お父さんとのこと。自分の過去のこと。お母さんとお父さんは、結婚するまでにたった一度しか会ってなかったこと。お母さんの両親は、おじいちゃんを助けようとして亡くなって――その遺言で、お母さんはおじいちゃんに託されたってこと。おばあちゃんは反対だったけど、おじいちゃんの強い希望で、結婚は決まった。ただし、ひとつだけ条件があって。「結婚したら、家庭に入って、子育てと夫のサポートをしなさい」――それがおばあちゃんの唯一の言葉だった。お父さんとお母さんの間には、最初から「愛」なんてなかった。だからこそ、離婚も、びっくりするくらいスムーズだった。……そのとき、私は初めて知った。お父さんはもう、お母さんを引き止めるつもりなんて、まったくなかったんだ。お母さんの声は、やわらかくて、ほとんど囁きみたいだった。私は眠気に負けて、まぶたが勝手に落ちてきた。その意識が途切れる直前――お母さんが、そっと泣きながらつぶやいたのが、聞こえた。「紬、ごめんね……でも、ママを責めないで。一生って、ほんとに、長いのよ」
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第6話

その日――朝倉おばさんから電話があった。今日の午後、お父さんが帰ってくるんだって。それを聞いた蓮くんは、まるでバネ仕掛けみたいに飛び上がって喜んでた。そしてなんとも不器用な口調で、「ママ、パパの好きな料理、二つ作ってよ」なんて言ってきた。でも、お母さんは無言でそれをスルーした。ちらりとも目を向けなかった。……だって、お父さんが帰ってくる理由を知ってるのは、私とお母さんだけだったから。離婚するために、だ。私はそっと、お母さんの服の裾を握って、耳元でささやいた。「……お母さんが離婚するなら、私も一緒に行く。でも、もし私がいらなかったら、それでもいい。そしたら、たまには会いに来てね」お母さんを傷つけたくなくて言ったのに、彼女はまた目を赤くしてた。そしてついに――お母さんとお父さんは、離婚の手続きを終えた。手を引かれながら、私はお母さんと一緒に、謝家に別れを告げた。蓮くんは、信じられないという顔で声を上げた。「ほんとに……離婚すんの?」それから今度は、私に向き直って叫んだ。「紬、あの人についてくの?バカじゃないの?貧乏暮らししたいなんて、ほんとお似合いじゃん。ま、あの人が金持ち捕まえたから、しばらくはヒモ生活もできるか?」……誰も止めなかった。お父さんも、おばあちゃんも、その暴言に何も言わず。お父さんは淡々と、お母さんに分ける財産についてだけ話して、それで終わり。おばあちゃんは、朝倉おばさんに「お見送りお願いね」と言って、杉山さんには「ごはんの支度よろしく」と。お母さんは、全部静かに「わかりました」と答えて――まるでこの家に来たときと同じように、たったひとつの小さなキャリーケースだけを持って、玄関を出た。私もその後ろをついていく。そのとき、少しだけ、わかった気がした。冷たくて距離ばかりあるお父さん。礼儀正しいのに、どこまでも上から目線なおばあちゃん。そして、浅はかで傲慢な蓮くん。……この家で息をするのって、ほんとに、つらかったんだ。思い出した。お母さんの枕の下で見つけた、大量の抜け落ちた髪。あれは、声にならない悲鳴だったんだ。玄関の扉を出る、その最後の瞬間。お母さんは振り返って、蓮くんをまっすぐ見て、静かに言った。「――あんたの望みどおりよ。もう、私はあんたの
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第7話

お母さんの声は、どこか晴れやかで軽やかだった。まるでこの瞬間から、ほんとうの人生をやり直せるって、そんな空気に満ちてた。離婚が決まっても、お母さんはお父さんが残してくれた郊外の別荘には行かなかった。その代わりに、街の中心にある小さな2LDKの部屋を借りた。広くはないけど、温かくて、居心地のいい空間だった。お母さんと一緒に、部屋のカーテンや壁の飾りを選びに行った。ふわふわのカラフルなクッションも、私たちふたりで選んだ。お母さんの手はすべすべしてて、あったかくて……どうしてだろう、ただそれだけで、ものすごく安心できた。「紬、母さんは父さんほど条件は良くないかもしれない。でも、できる限りの『いちばん』を紬にあげるつもり」――愛って、いつも「申し訳なさ」を連れてくる。お母さんは、私が藤崎家の環境を捨てたことを申し訳なく思ってたみたい。でも、私はむしろ、私がいることでお母さんに負担をかけてしまってるんじゃないかって思ってた。だから私にできることは、ただひたすら、お母さんを支えて、肯定して、励ますこと。引っ越しと同時に、私は転校もした。正直に言えば、私の成績はパッとしない。蓮くんに比べたら……平凡もいいところ。藤崎家では、私には何も期待されてなかった。でも蓮くんには、高いお金をかけて有名な家庭教師が何人もついてた。前にお母さんが、私にも同じような環境を求めてくれたことがあった。でもそのたびに、おばあちゃんが静かに――でも確実に、阻んでた。私はもう諦めてたけど、お母さんは違った。ずっと私の可能性を信じ続けてくれてた。「紬、ママが望むのは、紬が笑っていられることだけ。あとは全部、ママが何とかするから」そう言って、私のほっぺたをそっと両手で包み込んでくれた。だから私は、小さなスタンドライトを灯して、隣でお母さんが見守ってくれてる中、自分から机に向かうようになった。そのころから、お母さんもパソコンで求人を探しはじめた。もう一度、デザイナーとしての人生を――歩き出すために。
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第8話

でも――お母さんの再出発は、決して順風満帆じゃなかった。かつては将来を嘱望されていた有名なデザイナーだったのに、10年のブランクは想像以上に大きかった。世の中は、もうすっかり変わっていた。若くて自由な発想があふれていて、天馬行空なデザインに、お母さん自身も「すごい……!」って思わず拍手しちゃうほど。面接を受けては断られ、企画を出してはボツになって――ぶつかってばかり。でも、不思議なことに、そのたびにお母さんはますます輝いていった。そんなある日、私の小さなスタンドライトの下に、もうひとつ別の明かりが灯った。大きな頭と、小さな頭――ふたり並んで、机に向かってる。私は教科書を読んでて、お母さんは難しそうな資料や論文と格闘中。テーブルの上には、お母さんが買ってきたお花がふわっと香ってて、キッチンからはコトコト煮込んだチキンスープの匂いがふんわり漂ってた。私は、この静かな時間がとても好きだった。だから――こっそり、机の下でスマホをそっと奥に押しやった。そこには、またお兄ちゃんからのメッセージ。家を出てから、私はお父さんともおばあちゃんとも一切連絡をとってなかった。でも、蓮くんだけは違った。しつこいくらい、毎日のように私に連絡してきた。内容は、ほとんど嫌味と皮肉ばっかり。【どうせすぐ金に困って戻ってくるくせに。そのときはまず僕に土下座して頼めよ?機嫌がよければ、ばあばに口添えくらいしてやってもいいよ?】……はあ、バカみたい。私は一文字も返事しなかった。ただ、道化の踊りを見てるみたいな気分だった。でも、お母さんは、私の想像を超える努力をしてた。深夜になって、私がウトウトしながらノートに頭をぶつけそうになっても、お母さんは黙々とパソコンに向かってた。前の私は、藤崎家でずっと集中力が続かなくて、すぐに投げ出しちゃう子だった。でも――お母さんが隣にいてくれると、なんだか私も頑張れる気がして。気づいたら、私もあきらめずに勉強を続けてて。そしてついに――ちゃんと結果が出始めた。
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第9話

「はい、先生。ありがとうございます。はい……では、失礼します!」電話を切ったお母さんは、そのまま勢いよく私をギュッと抱きしめてくれた。「うちの紬、ほんとによく頑張ったわねっ!」転校したばかりの頃に比べて、私はテストの順位を5つも上げた。それを先生から聞いたお母さんは、大げさなくらい喜んでくれた。ちょっと照れくさかったけど……でも、どうしても顔がにやけちゃうのは止められなかった。「紬、今日は特別にお祝いしよう。ケーキでも買って帰らない?」……そういえば、藤崎家にいた頃は、高カロリーな甘いものなんて絶対NGだった。でも今のお母さんは、パッと手を振って言ってくれた。「大丈夫!人生は短いんだから、食べたいときに食べたいものを食べなきゃ損よっ」私たちは並んで、いちごが乗った小さなケーキを選んで、それを大事そうに抱えて帰った。ケーキには、ろうそくを一本だけ立てた。それは――私とお母さんの「再出発」の証だった。準備がすっかり整った頃、不意にお母さんのスマホが鳴った。私は慣れた手つきで通話ボタンをタップする。「奥畑澪さんですね?おめでとうございます。面接、通過されました!入社日はご都合いかがでしょうか?」その声を聞いた瞬間、私とお母さんは、飛び跳ねるくらい大喜び!「やったーっ!」ふたりでそのままダンスみたいに手をつないでグルグル回った。「今日はダブルでおめでとうね!これは記念日だわ、絶対に記録しなきゃ!」そう言って、お母さんはスマホを構えて、私たちの幸せいっぱいの写真を何枚も撮った。私もすぐに、あったかい言葉を添えてSNSに投稿した。その浮かれ気分がまだ冷めないうちに――お母さんのスマホが、また鳴った。今度は、顔からスッと笑みが消えた。「……あの、奥さま。坊ちゃんが体調を崩されて、ずっと奥さまの粥じゃなきゃ嫌だって言ってて……何度作り直しても、口にしてくれなくて」電話の向こうから、杉山さんの戸惑った声。お母さんは何も答えなかったけど――その沈黙が、すべてを語ってる気がした。そして、少しの間を置いて、杉山さんがぽつりとこう言った。「坊ちゃん、多分、奥さまに会いたがってるんだと思います。母子って、意外とすぐ仲直りできるもんですよ……一度、帰ってきてみませんか?」
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第10話

お母さんは、もう迷わなかった。そのまま電話越しに、はっきり言った。「杉山さん、今、蓮はそばにいる?電話、代わってもらえる?」「え、えぇ……」相手の向こうで、ごそごそと何か音がした。たぶん、蓮くんは話したくなかったんだろう。杉山さんが慌ててスピーカーモードに切り替えた。すると、お母さんの声が――とてもクリアに、冷静に響いた。「蓮、勘違いしてるみたいだけど、私が家で何もしてなかったって、ずっと言ってたよね?じゃあ、どうして今さら私が粥を作れると思うの?それに、前にも言った通り――私はもう、あんたのママじゃない。だから、これ以上私たちのことに関わらないで」それだけ言って、お母さんは電話をブチッと切った。そして電源を落として、SIMカードを引き抜き、そのままゴミ箱にポイッ。その一連の動きは、まるで映画のワンシーンみたいにカッコよくて――私は思わず見とれた。「紬、これからはね、私たちは私たちのために生きるの。誰にも、何にも、気持ちを振り回されちゃダメよ」その日から、私たちの毎日はすごく規則正しくなった。お母さんは仕事へ、私は学校へ。ときどきお母さんの職場に一緒に行くこともあったけど、お母さんはどこでも本当にまじめに頑張ってた。時には、担当外の仕事まで引き受けちゃうくらい。だから、職場の人たちの中には、皮肉を言う人もいた。「また出しゃばってる」「どうせ上司に媚び売ってるだけ」「要領悪いくせにね」「給料変わらないのにバカじゃない?」……そんな噂を聞いた私は、ちょっと心配になってお母さんに伝えた。でも、お母さんはただにっこり笑ってこう言った。「言わせておけばいいのよ。私は、学べたらそれで得してるって思えるから」その言葉に、私はちょっと感動しちゃった。誰に何を言われても、自分の道を貫くお母さん。だからこそ、私も誰に遠慮することなく、集中して勉強できるようになった。そして夕方、お母さんの仕事が終わるころには、私の宿題もだいたい片付いてる。そのあとは、お母さんの運転でふたり一緒に家へ帰る。お母さんは電話番号を変えたけど――ある日、見覚えのある番号からまた電話がかかってきた。「澪、蓮はそっちにいるか?」……お父さんだった。疲れた声だった。「いや、知らないよ」「朝倉が言うには、三者
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