病院の入り口で。伊坂悠川(いさか はるかわ)は、妊娠中に大量出血していた私を置き去りにして、離婚相談中の女性依頼人を送っていくのだと言い張る。足元を伝って血が溢れ出していても、彼は一度も振り返らず、焦った様子でその女のもとへ去っていった。深夜、本来なら私の付き添いで病室にいるはずの悠川は、なぜかその女のツイッターに登場していた。【頼りになる私の弁護士先生。酔っ払ってもちゃんと二日酔いのお味噌汁が出てくるの、あれ?それって私だけ?】私は一睡もできなかった。翌朝早く、静かに電話をかける。「お父さん、私、決めた。三日後、家に帰って会社を継ぐから」電話の向こうで、父は少し黙ったあと、深くため息をついた。「そうか、帰ってくるんだな。よかった、家で待ってるよ」父の声を聞きながら、胸の奥が苦しくなって、私は電話を切った。すでに平らになったお腹をそっと撫でる。止めようのない涙が溢れ出す。医者は私に言った。「赤ちゃんはやっと形になったばかりです。もう少し早く来ていれば、違う結果だったかもしれません……」赤ちゃん、ごめんね。ママがちゃんと守ってあげられなかった。許して……私は声を抑えきれず、泣き続けた。見回りに来た若い看護師さんがドアを開けて入ってきた。似たようなことは何度も見ているだろうに、それでも少し目を潤ませている。「流産なんて大変だったでしょう、どうして一人なの?ご主人は?」その優しい声に、私はますます涙が止まらなくなる。見知らぬ看護師さんだけが、私を気遣ってくれる。私の夫は、今ごろ他の女のぬくもりの中で目覚めているんだろう。私はだんだんと泣き止み、苦い笑みを浮かべて呟いた。「夫、死んだんです……」看護師さんは気まずそうに謝り、私への同情が目に浮かぶ。私は医者の忠告も聞かず、無理を言って退院手続きをした。手元の流産報告書を見つめる。足元がふらつく。あんなに大事にしていた命が、ただの紙切れになってしまうなんて。でも、この痛みを私一人だけで背負うつもりはなかった。家に戻った。誰もいないリビング。やっぱり悠川は帰っていない。男女が夜遅くに二人きり、何もなかったなんて、誰が信じるだろう。以前なら、怒りの電話を何十回もかけていただろう。でも今は、もうただただ疲れていた。
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