温井美朔(ぬるい みさ)と唐沢桂昇(からさわ けいしょう)が別れてから八年目だった。桂昇は彼の愛する人のためにウェディングドレスをデザインしてほしいと依頼してきた。別れてすぐ海外に行った頃、美朔は桂昇が海を越えて自分を引き止めに来ることを夢見ていた。まさか、再会がこんな形になるとは思ってもみなかった。「温井さん」冷たい声が響いた。男は茶色いロングコートを着て、その下には体にフィットするタートルネックのセーターを着ていた。ポケットに手を入れている。その顔立ちは、あの頃よりもさらに鋭さを増し、背が高く、成熟した男の雰囲気を醸し出していた。彼は静かな目で美朔を見つめていた。それは、あの頃と同じ冷たさだった。黒い瞳には、美朔には理解できない感情が隠されているように見えた。少し怯えを感じ、同時に胸が締め付けられるような痛みもあった。「こちらで話しましょう」美朔は視線を逸らし、テーブルの上のスケッチを掴んで会議室へ向かった。「こちらにいくつかの初期デザイン案があります」美朔は紙を一枚ずつ広げながら、伏し目がちにプロフェッショナルな口調で言った。「奥様とご一緒にご確認いただけますと、新婦様のご意向をより正確に反映でき、ご安心いただけるかと存じます」「大丈夫だ。彼女の好みはよく知ってるし、サプライズにしたいんだ」そんな自信ありげな言葉を聞いて、美朔は目頭が熱くなり、痛むのを感じた。二人が付き合っていた頃、桂昇は彼女がイチゴ味とチョコレート味のどちらのアイスが好きかさえ知らなかった。忘れていたのではなく、ただ覚えようとしなかっただけなのだ。彼が不器用でロマンチックなことができなかったのではなく、自分が彼に気を遣わせる価値がなかっただけなのだと。大学二年生の時、美朔は親友の伊藤織絵(いとう おりえ)の誕生日パーティーで桂昇に一目惚れした。桂昇が親友の幼馴染だと知った時、彼女は「近くにいれば先にチャンスを掴める」と気楽に思ったが、そのチャンスはもっと近くにいる人のものだということを知らなかった。美朔は桂昇を追いかけるためにあらゆる手を尽くした。授業の時間を狙って待ち伏せしたり、毎日高価なプレゼントを贈ったり、偶然の出会いを装ったり......ついに桂昇が図書館から出てきたある日、傍らにしゃがんでいた美朔に手を差し伸べた。
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