Semua Bab 愛を待つ蓮台、涙を捨てた日: Bab 1 - Bab 10

15 Bab

第1話

海市のみんなは知ってる。朝霧颯真(あさきり そうま)が私と結婚を決めたのは、仕方なく……だったって。この七年間、何度私が想いを伝えても、彼はいつも数珠を撫でてばかり。その瞳には、一度だって欲なんて浮かばなかった。でも、あの夜だった。彼が、心を寄せる女からの国際電話を受けたのを見てしまった。女の子の声を聞いた瞬間、あの冷静だったはずの彼が、明らかに動揺して……熱を帯びたその手には、欲望が溢れてた。次の日、小早川美苑(こばやかわ みその)が帰国。彼は躊躇いもなく私を車から突き落とし、自分は空港へ向かった。私は大橋から落ちて、記憶をなくした。その間に、彼があの女にプロポーズしたニュースが、街中を駆け巡った。そして、その翌日。彼はようやく現れた。病室で彼は言ったの。「結婚届は出してもいい、ただし――ふたり同時に妻にする」って。そのまま、三人の結婚式を発表してのけた。呆気にとられる私は、誠士の腕に抱かれながら、ぽかんと彼を見つめた。「……あんた、誰?」私の問いかけに、颯真は鼻で笑うように短く息を吐いた。 「また、何の茶番だ?」 そう言って私の手首を掴み、誠士の腕の中から無理やり引き離す。 突然の見知らぬ男からの接触に、私は思わず腕を引いた。 「誰よ、あんた。触らないで!」 その言葉を聞いた彼の目には、さらに冷たい色が浮かぶ。 「俺のことを知らない?七年も俺を追いかけてきたくせに? ひより、俺はお前と結婚するって決めた。美苑にもちゃんと式を挙げるってだけの話だ。 そこまで他人のふりをする必要があるのか?」 私は隣にいる「自称・彼氏」の御影誠士(みかげ せいじ)に視線を向けた。彼の目は嘲るように細められている。 「冗談もほどほどにしていただきたい。ひよりはあんたの妹よ?結婚なんて、ありえないでしょ」 颯真の目が鋭くなり、数珠を操る指先が早まる。 「まさか、こいつまで引っ張り出してくるとはな……でも、そんな手には乗らない。妹?それで結構。式には『妹』として出ればいい」 言い合いが続く中、美苑が病室に飛び込んできて、慌てて場を収めようとした。 「あんたの兄さん、また変なこと言って。家に帰ったら、私からきっちり言って聞かせるから。三日後の式には、妹として絶
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第2話

誠士が電話に出るために病室を出た。 戻るまで待ってろと言い残して。 考え込んでいると、親友の東雲楓(しののめ かえで)が目を赤くして病室に飛び込んできた。 「あんなクズ、忘れた方がマシだよ。先生が言ってた。脳が自分を守るために、一番つらい記憶だけを消したって」 スマホのチャットには、七年間分の私の全てが詰まっていた。 母が颯真を助けて焼死した日から、私はそのまま彼の家の「妹」になった。 彼は私に優しかった。だから私は、それを恋だと勘違いした。 やがて私は、恥も外聞もかなぐり捨てて、何度も彼にアプローチした。 彼は冷静な顔で私に服を着せ、そして――結婚を承諾した。 それでも私は信じた。ようやく想いが届いたんだって。 けれど、あの夜。 彼が仏前に跪き、電話越しの美苑にむき出しの欲を吐いた声を聞いた。 「彼女を娶るのは、恩返しと因縁の清算。来世で、もう関わらずに済むように」 そのとき初めて、自分の愚かさを思い知った。 あの晩、楓と二人で泣きながら語った。 「彼のことを忘れられるなら、骨を抜かれて皮を剥がれてもいい」 朝まで泣き明かしたあの日。 私の顔色が悪いのを見た颯真は、焦って私を抱きかかえ車に乗せた。 けれど途中で、美苑が帰国したと知ると、あっさりと私を車から突き落とした。 走ってきた車に弾かれ、私は海を跨ぐ橋から落ちた。 そして願い通り、彼の記憶だけを――綺麗さっぱり失くした。 過去を聞いても、心が重くなることはなかった。ただ、ほっとした。 「楓、三日後の式――私があんたの代わりに誠士と結婚するよ」 颯真との婚約が発表されたあの日、彼氏のいるはずの楓までもが、政略結婚を求められた。 「正気?相手は颯真の宿敵なんだよ?何年も女優囲ってるような男に、あんたを渡すとか無理。奈落の次が地獄じゃん」 私は手術同意書を見せた。そこにあるのは、誠士の名前だった。 「天敵じゃなきゃ、こっちから願い下げだよ。 少なくとも、命を助けてくれたし、あの場の恥もかかせずに済んだ。 誰と結婚しても変わらないなら、せめて借りのある人の方がいい……それに、お義父さんが御影家に逆らえると思う?」 あの頃、海市中が私を後ろ指さしていた時、楓の父が私を「娘」だと公言してくれた。 だから
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第3話

ソファには、かつて冷静だったはずの颯真が座っていた。 手の中には水気を帯びた木珠があり、それを握る喉仏が上下している。 「……美苑」 以前、チャットで楓に愚痴ったことがある。 あの人の数珠なんて、私には触らせてもくれなかった。 でも彼女には……こんなふうに好き勝手に弄らせてる。 美苑は顔を赤くしながら、ふてくされたように唇を尖らせた。 「もう、そういうのやめて……颯真、もう待ちたくないの。ねえ、いいでしょ?」 颯真の呼吸は乱れ、低く笑った。 その目に宿っていたのは、私が一度も見たことのない、むき出しの欲。 私はドアの前で立ちすくんだ。背筋を冷たいものが這う。 「ひより、盗み見の趣味があるなんて!」 美苑が突然叫んで、頭を彼の胸に埋めた。 颯真はすぐに反応し、彼女を包むように自分の袈裟を被せると、私を睨みつける。 「誰の許可で入ってきた?」 なるほど、暗証番号を変えたのは、私を締め出すためだった。 以前は、彼の冷たさに怯えながらも必死で愛を乞うていた私。 でも今は――何の感情もなかった。ただ、距離を取るような口調が自然に出る。 「ごめんなさい。あなたの家に来たなら、ノックすべきだったわね」 何かが違うと気づいたのか、颯真は眉をひそめ、私を一瞥する。 「他の男とくっついて、一晩経たずにここが『自分の家じゃない』ってか? ひより、お前そんなに自分を安売りして、いいと思ってるのか?」 そのときだった。 部屋の奥から、使用人が大きな箱を抱えて現れた。 中には、かつて私が彼のために選んだ――あの薄手の、どこか色っぽい部屋着がぎっしり詰まっていた。 箱が傾き、床にぶちまけられる。 「これ、自分で燃やせ。全部、恥だ。二度とこんなものを着ようなんて思うな。ちゃんと女としての節度を持て」 私たちだけの秘密は、こうしてあっけなく暴かれた。 美苑が指先で一着をつまみ上げ、あからさまに嫌悪を顔に浮かべる。 「ひより、ずいぶん派手な趣味してるじゃない……ねえ、今日の病院でもダンナと何かあったんじゃないの?」 けれど私には、何一つ覚えがなかった。 羞恥で顔が熱くなる中、反射的に否定した。 「やめて、そんなこと言わないで。それ……私のじゃない」 男はさらに激昂した。
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第4話

私は婚約指輪を外して、服の上に落とした。 「兄さん……もう、あなたにまとわりついたりしない。これからは、二度と一線を越えたりしない」 恋を自覚してから、私はわざと「颯真」と呼んできた。 「兄さん」じゃなければ、きっと障害なんてないと思ってた。 でも結局、彼は――ただ私を、愛してなかっただけだった。 久々に「兄さん」と呼んだその瞬間、彼の足が階段の途中で止まった。 血のように染まった絨毯が、やけに目に焼きつく。 瞳孔が一気にすぼまり、颯真は勢いよく駆け寄ってきた。 私のそばに膝をつき、力いっぱい抱きしめてくる。 その顔は、あの日――母の葬儀で、私を抱いたときとまったく同じだった。 「ひより……!」 「一歩引くことくらい知ってるんだな」 美苑の冷たい皮肉が飛んできた。 その声にハッとしたように、颯真は我に返る。 そして、私を抱いていた腕をほどき、無造作に地面へ投げ出した。 美苑はその隙に指輪を拾い、自分の薬指にはめる。 さらに一枚の制服を手に取って、くるりと彼のほうへ振り向いた。 「これ、着てみようかな。どう?似合うと思う?」 私は目を閉じた。 体中を這うように広がる、無数の痛み―― あの頃、颯真は私が痛みに弱いことを知っていた。 少しでも熱を出せば、ずっとそばにいてくれた。 あの年、学校で熱を出したとき。ちょうど彼は出張中だった。 私は急患室で、隣の男の子の手を噛みながら泣いていた。 彼は、三時間かけて夜道を飛ばし、病院に来てくれた。 「ひより、俺がいる」 あのとき私は、彼が来るって信じていた。 彼も、私が待ってると知っていた。 まつげに落ちた血が、一粒、音もなく零れ落ちた。 空気が張り詰めるなか、ふと、ひと粒の飴が私の体に落ちた。 それは、私が昔から大好きだった手作りの飴。 かつて颯真は、私を元気づけるためによく買ってくれていた。 まさか今でもポケットに、こうしていくつか入れているなんて思ってもみなかった。 飴をつまんだ指が微かに震える。 理由もなく、目の奥がじんと熱くなる。 そのときだった。 美苑が唐突に地面へ唾を吐いた。 その唾液にまみれた飴が、私の顔にまで飛んできて、べたりと貼りついた。 「うっわ、甘ったる……
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第5話

「颯真が言ってたよ。あの服、あんたは一度も着てくれなかったって。そんなのに、よく平気な顔して戻ってこれたわね。まさか本気で、私たちの結婚式に出るつもり?」 美苑はそう言いながら、机の上にあった私と母のツーショットを手に取った。 そして、容赦なく引き裂いた。 「ふたりそろって下品ね。娘を金持ちに嫁がせるために、火に飛び込んで死ぬなんて――安っぽい命」 病院で見せていた猫なで声が嘘のようだった。 けれど驚くよりも先に、怒りがこみ上げた。 私は全力で彼女の頬を叩いた。 颯真をどれだけ愛していたのか、もう覚えていない。 でも母が命を賭けたあの日に、打算なんて一片もなかった。 美苑は負けじと、私の髪を乱暴につかみ返してきた。 取っ組み合いの拍子に、机の上の香炉が倒れる。 部屋中に火が回った。 警報が鳴り響き、煙が天井を這う。 そのとき、颯真が扉を蹴破って現れた。 けれど彼の視線は私の姿を捉えてすぐに逸れ、美苑に向けられる。 「颯真!彼女が私を殺そうとしたの。自分が新婦になりたいんだって!」 私は母の写真の破片を握りしめ、怒りのままに叫んだ。 「黙りなさい!あんたたち二人とも、心底気持ち悪い! 昔の私がバカだっただけ。あんな結婚、もうまっぴらよ!」 颯真の眉が深く寄せられ、目の奥に怒気が走る。 「俺の妻になることが、そこまで嫌なのか……!」 その目に、哀しみも未練もなかった。 私の目には、ただ一刻も早くここから逃げたいという思いしかなかった。 けれど次の瞬間、彼が私の腕を掴んだ。 強引に力を込めて――私を、炎の中へと突き飛ばした。 「お前の母が今のお前を見たら、火で人を傷つけるような女に育ったこと、きっと後悔するぞ!」 私は大量の煙を吸い込み、床に倒れ込んだ。 かすかな意識の中で、沈みゆく体を引きずり、最後の力を振り絞って、颯真の足を掴んだ。 「……こんなに長い間一緒にいて……私が火を一番怖がってることも知らなかったの?」 その一言を残して、私は完全に意識を失った。 ――次に目を覚ました時、病室には楓だけがいた。 「颯真、退院手続きしてる。あんなに取り乱してた彼、初めて見たよ。 それに、これ。あんたの腕に付けてるの、あの人が持ってきたんだって。 『
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第6話

「へぇ、意外と分かってるじゃない。自分から骨壺を渡すなんて。 私ね、体が弱くて、身に着けるお守りが必要なの。 あんたのお母さん、命をかけて人を助けて亡くなったんでしょ?だからこの骨灰、すごく『ご利益』ありそう。 昨日、私が火傷したのもあんたのせい。これ、慰謝料ってことで受け取ってあげる」 そこに私がいるとは思ってなかったのか、颯真の眉がわずかに動く。 驚きと、それ以上に――どこか罪悪感のような色が混じっていた。 私は信じられなかった。 彼が、ここまで無神経で、下劣で、恥を知らない人間だったなんて。 母の骨壺を、必死に胸元に抱きしめた。 「……消えて。今すぐ、ここから消えて! そんな馬鹿げた話、よく信じられるわね。 私の母は、あんたを助けて死んだのよ。よくそんなことが言えたわね、どういう神経してるの!」 颯真の表情が一瞬揺れた。 けれど美苑はすぐさまその変化を察して、ぴたりと彼の腕を取った。 「ねえ颯真、これは、あんたが私にくれるって言った『結納品』なのよ。これがなきゃ。私、あの子と『二人一緒』に嫁ぐなんて、納得してないんだから」 颯真の目に、一気に決意の色が宿る。 そしてその大きな手が私の肩を乱暴に掴み、力で動きを封じた。 「少しだけでいいから」 その一言と共に、美苑はポケットから小さなガラス瓶を取り出し、 骨壺の中から骨灰をすくい取って、自分の首にかけたペンダントに収めた。 ――崩れた。私の中で、何かが音を立てて。 それでも、男の手が私を押さえつけ、私は何もできなかった。 「これも全部、三人で仲良く暮らしていくためだ。美苑だって受け入れてる。なのに、どうしてお前だけ――」 女がその場を去っていくのを見届けるまで、彼は私を離さなかった。 ようやく解放された時、私はその場に崩れ落ちた。 膝を抱え、かすかに震えながら、静かに言葉をこぼす。 「……うん、わかった。三人で、結婚しよう……」 結婚式の会場。私は淡いピンクのドレスを着せられ、美苑の隣に立っていた。 完全に「引き立て役」――そう言わんばかりに。 彼女は純白のウェディングドレス。 胸元には、煌びやかなダイヤで編まれた――母の骨灰を入れたネックレスがぶら下がっていた。 誰が見ても、新婦が誰なのか
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第7話

招待客たちは悲鳴を上げながら、我先にと会場を逃げ出していた。 でも私と美苑は、重たいウェディングドレスに足を取られ、身動きが取れなかった。 炎はどんどん燃え広がり、熱気で息もできない。 そのとき、背後から巨大なスクリーンが倒れかかってきた。 私たち三人の逃げ道は、それで完全に塞がれた。 颯真は背中でスクリーンを受け止め、私たちに向かって叫んだ。 「早く、逃げろ!」 私は混乱の中で、美苑の首にかかっていた骨灰のペンダントを奪い取った。 そして、立ち尽くす彼女を颯真の胸へと突き飛ばす。 彼は反射的に美苑を抱きしめた。 その隙に、私はひとりスクリーンを支えながら、後ろに残った。 颯真は美苑を抱き上げ、そのまま逃げ出そうとした。 でも、私がまだそこに残っていることに気づいて、足を止めた。 「ひより……!」 私は首を横に振った。 「早く行って。私も母と同じように、何度でもあなたを助けるから」 その言葉を聞いた瞬間、颯真の目に涙がにじんだ。 美苑はそのまま彼の腕の中で、気絶していた。 彼はもう迷わなかった。美苑を抱えて、会場の外へ走っていった。 ――次の瞬間、私の前に一本の梁が落下した。 出口は、完全に消えた。 爆音の中で、振り返る颯真の叫びが聞こえた。 「ひより!だめだ、戻れ!」 私は微笑んだ。 「颯真兄さん……幸せになって」 炎が迫る中、私は静かに、膝から崩れ落ちた。 颯真は、濃煙も炎も気にせず、素手で燃えた瓦礫をかき分けて進んでくる。 火が肌を焼こうと、そんなことより――私を助けたかった。 でも私は、あの夜の言葉を思い出していた。 「……こんなに長い間一緒にいて……私が火を一番怖がってることも知らなかったの?」 彼は命をかけて私を助けようとした。 けれど、結局は炎に呑まれ、意識を失ったまま消防隊に救助された。 式場は完全に焼け落ちて、瓦礫の中には――ただ一つ、焼け焦げた遺体が残された。 その頃、私はあらかじめ用意しておいた地下通路から脱出し、 すでに海城行きの便に乗り込んでいた。 「死んだ恋人」は、生きているときの恋人よりも――何倍も、男の心を狂わせる。 記憶に刻まれた罪悪感。それだけで、男は一生私を忘れられない。 颯真、これ
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第8話

看護師は、あまりに強く詰め寄られたせいか、やや苛立った様子でカルテを取り出した。 「……落下事故、心因性記憶障害、選択的記憶消失……」 その一語一語が、颯真の胸を鋭く突いた。 ――ひよりは、嘘なんかついてなかった。 彼女は、本当に「彼だけ」を、記憶から消した。 頭の中に、ここ数日、彼女が語った言葉がよみがえる。 あのときの彼女は、すでに本心から――彼を手放していた。 もう、愛してなどいなかった。 視線を落とした先で、看護師が紙袋を差し出していた。 颯真はそれをひったくるように奪い取り、中身を確認する。 中から出てきたのは――彼が渡した、あの数珠だった。 「三日前、樅山さんが退院する際に、落とされました。すでにご逝去されたと聞いていますので、ご遺族の方でお持ち帰りください」 颯真はその数珠を、手が震えるほど強く握りしめた。 「……嘘だ……ひよりが、死ぬわけがない……!」 その姿に、美苑はついに堪えきれず、冷たく言い放つ。 「颯真……もういい加減にして」 「あなたが倒れてたのは三日間よ。今日が、彼女の葬式の日じゃない!」 墓前に立った颯真は、泣き崩れた。 七年前、仏のような静けさを持っていた彼の心が、初めて「愛する者を失う」という苦しみによって、引き裂かれた。 美苑は何を言っても彼をその場から引き離せず、 体調を理由に、ひとり先に屋敷へと戻った。 そして深夜―― 人けのない墓地に、突如として人の声が響きはじめた。 「ここは、朝霧家が恩人のために買った風水の良い土地ですよ。つい最近、古い墓を移して空きが出たんです。 だから、今なら貸し出しも可能でしてね」 樅山家の墓前で、墓地の管理人が得意げに、新たな客に説明していた。 颯真の胸に、鋭い違和感が走った。 記憶の中で、数日前にひよりが骨壺を抱えて山を下りていった場面がよみがえる。 なぜ、墓を移した? その疑念に気づいた墓地の管理人が、そっと声を潜めて説明を加えた。 「朝霧さん……樅山さんが言ってたんです。この数年、ずっと辛い思いをしてきたから、環境を変えてあげたいって」 颯真の目には、赤く血走った怒りと後悔が浮かぶ。 ――自分は、これまであの子にいったい何をしてきた? 積もり積もった罪悪感が胸を
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第9話

男の問いかけに、美苑は甘えたように声を上げた。 「その話すると、また腹が立っちゃうの。爆発の音がしたとき、ひよりはまるで計ったかのように、私のお守りを奪い取ったのよ。まったく……死ぬ間際まで、ほんとケチなんだから」 その一言を聞いた瞬間、颯真の胸に冷たいものが走った。 もし命を引き換えられるのなら―― 死ぬべきだったのは、美苑の方だったのかもしれない。 そんな考えが一瞬でも浮かんだ自分に、愕然とする。 視線を戻し、目の前の女をじっと見つめた。 ひよりは、決して命を軽んじるような子じゃなかった。 誰かが少しでも親切にしてくれれば、きっと一生忘れなかった。 ましてや、こんな自分本位な言葉を口にするような人間では、決してない。 颯真は、美苑が腰に巻きつけていた脚を乱暴にほどいた。 そのまま、ひよりが使っていた部屋へ向かう。 室内は、まだ修復されておらず、黒く焼け焦げたままだった。 焼け残った箱の中、仏経だけが水に濡れて、かろうじて原型を保っていた。 ページの端に、整った小さな文字で書かれた言葉がある。 「颯真、あなたの代わりにお母さんの冥福を祈って写経したよ。だからもう、自分を責めないで――残りの人生、どうか前を向いて」 ――かつて、ひよりはいつも彼のそばで、よくしゃべる子だった。 七年前の火事をきっかけに、颯真は仏の道を信じるようになった。 その後も彼女は一度も責めたりせず、黙ってそばにいて、 ひたすらに彼の代わりに祈りを捧げ続けてくれた。 自分は、朝霧家の中でもっとも疎まれてきた私生児だった。 幼いころはいつも、郊外の古びた屋敷にひとり閉じ込められていた。 その扉越しに、いつも世話をしてくれたのは――隣家の樅山の母だった。 そして鉄門の向こうから、遊びに来てくれていたのが――ひよりだった。 あの火事のあと、朝霧家は「颯真は災いを退ける強運の持ち主」と言い出し、罪滅ぼしのように彼を本家に引き取って育てることにした。 それ以来、彼はひよりを見るたびに、取り返しのつかない罪を背負っているような感覚に苛まれてきた。 だからこそ、家が決めた政略結婚を素直に受け入れ、すべての「愛」を美苑に向けようとした。 ――けれど、どうしても心を制御できなかった。 本心では、ひよりに
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第10話

「朝霧家の別荘まで行ったのに、門前払いされたんだぞ。どれだけ不安だったか分かるか。お前にもし何かあったら、俺は未亡人みたいに一生独りで生きていくことになるんだぞ」 男の焦った様子は、初めて会ったときと何も変わらなかった。 あの日、病院のベッドで目を覚ましたとき、彼は全身びしょ濡れで私のそばにいた。 救助隊を待たず、自分で潜って私を助けてくれたらしい。 医者に「彼女は無事だけど、記憶を失っています」と告げられたとき、 ようやく少しだけ力が抜けた顔をしていた。 「あなたが、私の彼氏?」 そう聞いた私に、御影誠士は口をぽかんと開けて、しばらく黙り込んだあと、どもりながら答えた。 「そ、そうだよ……前から、けっこう好きだったし……でもな、お前の兄がひどくて、ずっと邪魔されてたんだよ」 あの日の会話を思い出すと、颯真が言っていたような悪い男には到底見えなかった。 「ごめん……あの日は本当は、母の遺品を取りに行くつもりだった。まさか、あんなことになるなんて。 でも、これからはちゃんとする。この政略結婚の後は、もう勝手にどこにも行かない」 顔を上げると、男の目はどこまでもまっすぐだった。 「政略結婚じゃない。これは俺のプロポーズだ」 誠士は私の頭をそっと撫でた。 「まずはお母さんを、ちゃんと見送ろう。それが終わったら、ゆっくり話すよ」 彼はすでに、独立した墓地を用意してくれていた。 そこに、母を静かに眠らせた。 墓前に並んで座り、彼は私の手を取り、私たちは一緒に額を地につけた。 「お義母さん、俺は十年間、ひよりのことがずっと好きでした。どうか、娘さんを俺に託してくれませんか」 陰った空に、ふいに陽が差し込んだ。 やわらかな光が、母の微笑む遺影にそっと降り注ぐ。 誠士が振り返り、眩しそうに笑った。 「うちの母、許してくれたな!」 その一言が胸に染みた。 たとえ結婚式の日取りが決まっていたとしても、颯真は―― こんなふうに、母に向き合ってくれたことは一度もなかった。 彼にはできなかったことを、 この「他人」だった男は、簡単にやってのけた。 私はうなずいた。彼はそのまま私を抱き起こしてくれた。 「俺さ、小学生のときに両親亡くして、ずっと『家族を喰う運命』って笑われてた
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