あぁ……なんてこと− 目の前には錆びた包丁と、べとべとした樹脂のような、脂肪ような塊がこびりついているまな板がある。 ないまぜにされた異臭が立ち込める。 ハーブのような、泥臭いような…… 獣のような- 「さてと……」 男は椅子から立ち上がった。 男は華奢で、茶色のニット帽を深く被り、目の下に真っ黒なくまを作っている。 視線は定まらない。麻薬の常習者そのものといったところだ。背は思ったより高くない。その細い身体を隠すかのように大きめの汚い黒いシャツ着ている。 「ヒッ」 ふらふら男は近づいてきて、後ろから手を回すように肩を抱かれた。そして……。 「チッ」と舌打ちされ、耳もとで息を吐かれた。耳がザワザワして気持ち悪い。すごい汗でベタベタして、なんか埃とハーブの臭い。 「はぁ……上手くいってたのになぁ。ここからが一番重要なところなんだが!」 今度は私の首もとに顔を近づけて、息を吸われる。あぁ……気持ち悪い! 「す、すみません! あの、あの、あ……なにも、私見ていません!」 しどろもどろに私は答えた。これでは、見てしまったと告白しているようなものじゃない。私の大馬鹿! 男は私の右腕を掴んで、正面に立たせる。品定めするかのように、頭からつま先まで舐めるように見回す。 私はくせっ毛でまとまらない髪がコンプレックスだ。変な髪型の女だと思っているわ……。 いや、今はそれどころじゃないけれど。 そして、男の人差し指でつうぅと、頬を触られる。 「あんた可愛い顔してるな、お嬢ちゃん」 「お嬢ちゃんと言われるほどではー」 男は机をバシンと叩く。 「俺の目が節穴だってのかぁぁ?!」 「そんな事は……なかったことにしてください。家に帰して下さい!」 私はさっきから直立不動で動けないでいる。トイレに行きたくなってきた。 「ただじゃ済まないのはわかっているだろう? お嬢ちゃん、どうしてくれるんだ!」 「すみません!」 「早く洗わないとまな板がべとべとなっちまう!」 「どうぞ、早く洗ってください」 「あぁ?」 「すみません!」 ただ謝ることしかできない。 あー、こんなところに来るんじゃなかった! ここで殺されるのだろうか? この男が麻薬を扱っているのを知ってしまった以上、もう許してもらえないだ
Terakhir Diperbarui : 2025-06-17 Baca selengkapnya