All Chapters of 野蛮な彼女の彼女になる方法: Chapter 21 - Chapter 30

37 Chapters

無法島の一件 

『 グエン・エンバー Dead or Alive 生死を問わず 』 丁寧に折られた紙を、アラバマが鞄から出してきた。 グエンエンバーの手配書。 「島の当主はノーマン・ダーク。冷酷非道な男で、彼を怒らせたら、生きてこの島からは出るのは不可能と言われている。アレックス、お前も知ってるだろう……」 「ねぇ、グエンは一体なにをしたの?」 私は恐る恐るアレックスに尋ねる。 「こいつを怒らせたんだろ。ノーマンを」 「だから……なにをしたのかしら」 「お嬢さん、そんなことは誰も興味ないんだよ。興味あるのは懸賞金だけさ」 グエン・エンバーの手配書に顔を近づけ、まじまじと眺めるアレックス。見るからに狡猾そうな男の似顔絵。 「こいつのお陰で、落ちぶれた無法島が再び盛り上がりを見せているらしいぞ。クックックック」 再びガチョウみたいな笑いをするアラバマ。 彼女はその後、あー、仕事が忙しいと言いながら帰ってしまった。 掴めない人……。 ***** 夜、 家事も終わって、アレックスと二人でお酒を軽く飲んでいた。酒のつまみはその手配書。 「手配書なんて……今の時代にこんなことする?」 「だから無法島なんだよ」 「……すごい額の懸賞金ね。彼とは幼馴染なの?」 アレックスはコツンと机を叩いた。 「レベッカ……俺の部屋のシチュー、食べといてくれるか?……あと掃除と支払いもやっておいてくれ」 「アレックス……無法島に行くの?」 「ああ……」 これはチャンスだわ! 「私も連れて行って!」 「勝手に行けよ。その代わり、あたしが無法島での仕事を終えた後にしてくれ」 「一緒に行けばいいじゃない。きっと役に立つから」 「足手まといになるのが目に見えてる。絶対連れて行かないぞ」 「そんなぁ……ねぇ〜? アレックス〜、寂しいわ。お願い〜」 甘ったるい声を出してみたけど、おえぇぇと吐くマネをされ、叱咤される。 「そうだレベッカ! あの陰気臭いヤブ医者! あいつに連れて行ってもらえよ。コイ……アイ、じゃなくて-」 「ルイ医師」 「それだ」 「わざと間違えないでよ」 「今度こそ一緒に飲みませんかって、誘えよ」 ムカつくー!! アレックスの怪我を巡って不穏になったのは、いい感じ
last updateLast Updated : 2025-07-04
Read more

無法島の一件 2 到着

 無法島は見捨てられた島。  時代遅れの島-  十年前、無法島行きの船はカルバーンの港から毎日出航していた。  平和な自分たちの暮らしから少しだけ離れ、刺激を求め、人々は猥雑な不夜城に足を踏み入れた。  真っ赤な灯籠が通りを染め、食欲をそそる屋台が並ぶ。煌びやかな服や土産物。その奥に続く歓楽街や賭博場。  小さい頃、飲んだくれのおじさんから、ウサギの形をした飴や、光る玉のお土産をもらったっけ。  でも、自由に動けるようになった今、評判は一変した。  無法島の人気は急降下していた。今ではまるでゴーストタウンだと……。 **** 「あぁ、ドキドキするわ。アレックス」 「黙ってろ」  数年振りに、人でいっぱいになった観光船。  それは全てグエンに出された手配書……そこに書かれた金額のおかげとでも言うべきか。  手配書には生死を問わずの横にさらに、こう記載されている。    危険人物のため早急に捕まえたい。ヌーンブリッジ他、近隣地区も歓迎。  同額を与える。100,000バレル。  私たちの住んでいる町、カラバーンは近隣地区ということね。  青々とした島が目の前に迫って、子供のようにドキドキしてきた。  そう言えば船で島に渡るなんて、子供のとき以来だわ。 「ねぇ、なにか配っているわ」 「なんかの案内か?」  港に着くと、船を降りた全員に新しい手配書が渡された。 「なんで? どう言うこと?」 「Only Alive」  アレックスが手配書を指差した。  オンリーアライブ……条件が変わってる! 「生きて捕まえるってこと? そりぁそうよね。殺していいわけないもの」  保安部隊、デピュティたちはなにをしてるのよ。あ、この島はノーマンが所有してるから、デピュティがいないのか……。 「注意書きを見ろよ。変装している。または顔を変えている可能性があるためだと」  ええええ!?  どうやって捕まえるの? アレックスは幼なじみだから有利だと思ってたのに。 「顔がわからなくなっちゃうのね」 「手配書も当てにならないけどな」 「そうかしら、特徴があったと思うけど」  私は肩がけのサコッシュから手配書を出す。粗野で目つきが悪く、いかにも悪そうな若い男。特徴があるのは右頬の大きなホクロ。めったにない顔だと思うけど。 「アレックス
last updateLast Updated : 2025-07-02
Read more

無法島の一件 3 勧誘

 な、なによ。この化粧の濃い女……胸なんか見えちゃってるし。このぉ……アレックスにベタベタして……。あ、きっとこういう人をアバズレって言うのよ。そうよ! マーゴに見せてやりたい。私のことアバズレなんて呼んで。本物のアバズレはこれよ! 髪型とかローズマリーに似てるけど、こっちは全然品がないわっ!「ところで、あんたはグエン・エンバーを見たことあるのか?」「もちろん〜」とアバズレ女。「グエンはなんで、あんな懸賞金をかけられたんだ?」「さぁ……悪いことたくさんしてるから」 私は遠慮がちに質問をした。「あの……顔を変えたかもしれないんですか?」 アバズレ女は私のほうに振り向き、微笑んだ。目の横の泣きぼくろも色っぽく、不覚にもドキっとしてしまう。 答えてくれるのかと思いきや、挑発するように流し目をし、アレックスにこれみよがしにしがみついて胸を強く押しつけている。 ちょっ、なにしてるのよー!「あたしは悪い男には引っかからないよ。お兄さんみたいな、いい男なら別だけど!」 私のことは一切無視。「ああ……夕飯はここで食べる」「嬉しい〜! 宿もそのとき予約してちょうだいね。時間余ってたら、この先で二時間後にショーがあるから。品のない女たちが足上げて踊るって。お兄さん興味ある?」「……そうだな。寄ってみる」 女は私を押しやって、アレックスにしなだれかかる。アレックスも満面の笑みで女の腰をがっちり掴んで今にもキスしそう。 なにこれ? 私はなにを見せられてるの? 遊びに来たわけじゃないって言ったのはアレックスでしょ! 目のやり場に困り、私は反対側を向いた。女に見つからないように、アレックスの足を蹴った。「痛っ!」 ところが急に女は踵を返し、後ろの男たちに同じように話しかけていた。 はぁ? もうみんなして、誰でもいいのね! ……アレックスも同罪よ。「めちゃくちゃ嬉しそうでしたね!」「こっちもあんなキツい香りの女に抱きつかれたくないが」「へー、そうかしら?」 嫌味たっぷりに言う。「レベッカ、情報収集の邪魔するな。お前、場違いだっただろ?」 場違い? 確かに、さっきの女みたいに私は淫らでも色っぽくもない。でも場違いって酷いわ。本当に本当に傷ついた! ガキは引っ込んでなと言われるより。 あぁ、本当にルイ医師と来たら良かった。「ここ
last updateLast Updated : 2025-07-05
Read more

無法島の一件 4 覚醒

 アレックスは完全に体を預けてきて、私の肩に頭を乗せ、抱きついている。私はそれを支えながら歩く。 歓楽街をふらふらと歩く私たちは、退廃的でダメな恋人同士みたいだわね。「アレックス、大丈夫?」「あー、酔った」 なんだか滑稽だわ。すっかり無人島に馴染んでいるんじゃない? 気分も良くなってきた。 アレックスが私にしがみついてくるなんて、ほとんどないし。私がブランケットの代わりだとか言ったことはあったっけ……。「なんだか恋人同士みたいよね……アレックス?」 返事がない。お酒、そんなに強くなかったんだ。今度アパートで飲ませちゃおうかなぁ、なんてこと考えちゃった。そうしたら朝まで……あぁ……。 なんだか私も結構酔っているかも。雰囲気に飲み込まれているのかしら? 珍しいな。 なんか、目の前が……頭がぼんやり……。 ******どこ?  はっ!? 気がつくと、私は知らない場所で目を覚ました。 ここどこ? 私、寝てたんだ。 真っ暗な小さい部屋。最初は無法島に来たことさえ忘れて、自分のアパートと勘違いしてしまった。ちょうど寝室と同じくらいの広さだったから。頭は少し痛かったが、意識ははっきりしている。 あー、よく寝た。 いや……そんなこと言ってる場合じゃないわ。 目の前の扉から出ると、長い廊下の端の部屋にいることがわかった。 古くさびれた宿。不釣り合いな赤い絨毯……なんだか不気味。 部屋には小さなシャワーがあるだけ。掃除もおざなりで埃がたまっている。ここは仮眠室? って、そんなことはどうでもいい。 アレックスは? アレックスがいない。 良くないことが起きていると思った。窓から外を見ると、月が西側に傾いている。 そんなバカな……真夜中をとっくに過ぎているってこと?  思い出した。随分長く食堂で飲んで食べて……。 甘いたれの手羽先やスペアリブはすごくおいしかった。料理長がみんなにお酒を奢ってくれたの。怖い思いさせたお詫びにと。みんな大喜び。客のみんなと雑談もしつつ、お酒を飲んだ。怒鳴ってた男の人さえ上機嫌だった。 途中からアレックスが気分が悪くなって、外に出たいって……私もなんだかくらくらして……まだ夕方だったはず。 あの様子だと、アレックスはほとんど歩けないし、そもそも移動する手段もないわ。 舞台は? サービスするとか料理長がみん
last updateLast Updated : 2025-07-05
Read more

無法島の一件 5 緋色

夜中は確かに一階しかない古びた宿にいたはず。でもここは二階。運んでもらったってこと……アレックスが? さっぱり意味がわからない。 「アレックス、昨夜すごい怖いことが-」 「レベッカ、土が付いてるぞ! お湯が使える順番になったから、風呂に入ったらどうだ?」 「……え?」 「ここ、お湯が出るの時間制なんだ。とにかく風呂に入れよ、な?!」 アレックスが珍しく優しい……ちょっと強引だけど。気が利くなんてどうしたの? 風呂場はシャワーだけじゃなくて、浴槽がちゃんとある。 そうだ、建物が違うんだ。甘い炒め物とアルコールの匂いが身体中からする。あの大衆食堂の匂い。 それに確かに土も服に付いていた。酔っていたから転んだのだろう。 「……ほんと汚れてる」 私はふらつきながら、湯船を貯めようと浴槽の蛇口を捻った。 ゴボッゴボッ……。 なにか詰まっているような音。私は全開に蛇口を開ける。 ゴボッ、ゴボボボーボーボー! なっ、なんで?! 「ギャーーー!!」 真っ赤な真紅の水が吹き出してきた! 私は腰を抜かしてひっくり返った。はいつくばって、ベッドに座っているアレックスに体当たりした。 「痛っ! うるさいぞ。今度はなんだよ」 「あ、アレッ、あ、アレアレ、ア、アレックス!」 「落ち着け」 「血! 浴槽から血が! 吹き出してきたの!」 私はお風呂場を指差した。 「あぁ、確かに血の匂い」とアレックス。 ひぃぃぃと私は再び声をあげる。嗅覚の優れたアレックスが言うんだから間違いない! 「まだ眠いな」 なに言ってるのよ、逃げないと! 私は廊下に急いで出ようとした。 そのときドアがノックされた。 「待て! レベッカ」 アレックスの声も聞かず、またしても勢い良くドアを開ける。 すると、そこにはメイド服を着た少女が立っていた。あどけない少女。 かわいいけど……そんなことより、早く助けて! 「お客様、どうかなさいましたか!? 悲鳴が聞こえました」 「よかった。血が! 血が、お風呂場から出てるの!」 掃除道具を積んだワゴンが少女の後ろに置いてある。掃除の途中だったのだ。私は彼女の腕を掴んだ。 「蛇口から、真っ赤な血が出てきて!」 「ちょっと失礼させてもらいまーす」 そう言って掃除のワゴンから
last updateLast Updated : 2025-07-06
Read more

無法島の一件 6 広場

太陽が傾き、海や街、島全体が茜色に染まっていく。提灯が灯りさらに通りを赤く染め、宵宮のような屋台も並び始める。 肉の串焼きや味の濃い麺類、麦酒にぶどう酒。砂糖を溶かして作った飴細工や綿菓子など、まるで祭りのような賑わい。 今まさに、最終便に乗って船で渡ってきた人々は肉や砂糖が焦げる匂いに誘われ、屋台に吸い寄せられて行く。 昼間から島にいた人々は、胃袋もすっかり満たされできあがっていて、ギャンブルをしたり、ショーを観たりと大満足だった。 「俺たちなにしに無法島に来たんだっけ?」 「固いこと言うなぁ。こんな山と崖と、複雑な細い迷路みたいな路地ばっかりの島……グエンの居場所なんかわかんないって」 「それよりポスター見たか?」 「劇場でも言われたよ。大サーカスを招待したらしいぜ。俺たちそれをタダで観れるなんてラッキーだよな」 「また無法島が活気づいて嬉しいねぇ」 夕方から無法島の一番大きな広場で、無料でサーカスが観れるという。人々は充分に腹を満たした後、広場に集まっていた。 そのとき− 「いたぞ! グエン・エンバー」 男の大声に広場の皆が、一瞬固まった。 「どこ? どこだ?」 一斉に人々が辺りを見回す。 「グエンはどこだ!」 「キャー」 「捕まえて!」 広場の人々の中から黄色い声が上がる。群衆心理で、それは半ばパニック状態に陥った。 「キャー、見て! あれを見て!」 女が煙突のように背の高い鐘楼を指差した。大人も子供も、先端に鐘が備え付けられた塔を見上げる。 「鐘楼のてっぺんを見て!」 「しょうろー?」 広場の横に立つ鐘楼は、無法島のシンボルにもなっている。 細長い鐘楼の一番上に男が立っていた。 「誰だ?」 夕日が反射して、男の顔はよく見えない。男は女を抱えていた。 男は上下とも薄汚れた黒い服で、帽子を深くかぶっており、顔が見えない。捕えられた若い女は長いドレス着ている。 「グエンだ! グエンが女を人質にしているぞ!」 「助けて!!」 女が叫ぶ。下の広場では観衆が更にざわめいている。 「グエンのやつめ」 「女が捕まっている!」 「な、なんて美しい……絶世の美女」 遠くても、夕日に照らされた女の美しさに皆が息をのむ。 「あの人、
last updateLast Updated : 2025-07-06
Read more

無法島の一件 7 死神

死んだの? どっちが? グエンなの? という疑問が広場に広がっていた。 屋上から落ちた男は手配書そっくりの目の吊り上がった男で、頬に大きなほくろを持った男だった。 すでに絶命しているだろう。 そこに大柄の熊のような男が現れた。男は部下に声をかけられた。 「ノーマン、こいつ死んじまったよ」 この島を支配している男、ノーマン・ダーク。長いコートを羽織り、フードで隠した顔はよく見えない。 「グエン・エンバー。ほんとに殺したかったわけじゃない」 そう言ってノーマンは、広場に横たわる手配書と瓜二つの男の顔をなでた。すると横たわった男の目から涙が溢れた。 「え?! 今、涙が……」 「ばかな、もう死んでるよ」 近くで見ていた人々は、なにか寒気を感じた。 「ひっ、なんだか肌寒いわ」「確かに」 まるでノーマン・ダークがグエンの魂を奪いにきたように見える。まるで死神のように。 「あれがノーマン・ダーク……」 「やっぱりでかいな。熊……っていうか死神……」 「やめて、怖いわ……」 観光客もノーマン達に聞こえないよう小さい声で囁き合う。 「医務室へ運ぶ。明日はしっかりと葬式をしよう」 ノーマンは弱々しい声で続けて言った。 「サーカスは中止だ……」 「はっ! サーカスは中止だ! 皆、宿に戻れ。今夜は外出禁止だ!」 護衛の男が叫ぶ。広場の人々は興奮状態。グエンの顔をチラリと見にきた数名が、背後にいる人々に大声で伝える。 「手配書の顔とまるっきり同じだ!」 「死んだのはグエンだよ!」 「やったー!」 広場の見物人たちは、見知らぬ人同士でも構わずに、抱き合って喜んでいた。 「グエン・エンバーは死んだ!」 その声は広場の人々に徐々に広がっていく。 「自業自得だ」 「俺たちも殺されかけたんだぞ!」 「ねぇ! 屋根を見て!」 屋根の上で、グエン・エンバーを勇敢に取り押さえた男が立ち上がった。下の広場から声がかかる。 「あんた、すごいね!」 「無法島のヒーロー!」 口笛や拍手喝采を浴びる男。手を挙げ拍手に答える。「大金持ち!」 「バカ、生け取りに変わっただろ? 金は貰えない」 「その通り。ノーマンの護衛が捕まえたんだ。仕事を全うしただけさ」 「だ
last updateLast Updated : 2025-07-07
Read more

無法島の一件 8 真相

はぁ〜! のんきなもんやねぇ。あいつら…… 鼻にかかる訛った声。絶世の美女の口からこぼれる言葉にしては品がない。 さらに違和感……声が低過ぎる。女にしては。 グエン・エンバーに誘拐され、見事空中を舞った美しい女が広場を見下ろして言った。 「なぁ、アレックス。久しぶりの再会だったのに、俺たち息ぴったりだったやん〜! いやぁ、飛ぶの怖かったなぁ」 「ふざけるな……」 アレックスに体を寄せるドレスの美女。アレックスは眉間にしわを寄せ、体をのけぞらせた。 「気持ち悪いぞ グエン・エンバー」 「へへへっ、似合うだろ?」 アレックスは深く被った護衛の帽子を脱いだ。結んだ長い黒髪が現れる。 「グエン! お前のせいでこんな猿芝居に付き合うことになるとはな」 「ありがとう! これで俺は間違いなく死んだ。広場の連中、全員が目撃者だ。みんな、お疲れ様!」 アレックスは、ドレスを着て宙を舞った女……ではなく……ドレスを着た男、グエン・エンバーを呆れた顔で眺めていた。 ***** 私からいろいろ説明させてちょうだい。グエンやこの島のこと。広場の一件から、半日前に遡るの。 血のお湯が出たホテルの一室からよ。 「お前ら、素直に昨夜ショーを観に行けばよかったのに……」 心臓の鼓動がうるさいくらい背中に響く。後ろから羽交い締めにされ、首にナイフを突きつけられて、私は恐怖で心臓が爆発しそう………あれ? 心臓って背中にあったっけ? この状況、初対面のアレックスにやられたのと同じ。あのときと比べたら、私は冷静よ。 じゃあ、この心臓の音は…………。あぁ、掃除に来た少女の心臓の音なんだわ。 少女の神経はきっともう限界。それに反し、アレックスは淡々と……。 「俺がアラバマの一番弟子だと。それは譲れないと伝えろ……いつも卑怯で、どこまでも臆病者で、自尊心だけは一人前のグエン・エンバーにな」 私を掴んでいる少女がわなわなと震えている。 「なっ、なっ、なんだと! うぅぅ…………チキショー! 全部お前のせいやろがー!」 少女は叫んで、ナイフをアレックスに向かってぶん投げる。軽く避けるアレックス。 「アレックスのあほー!!堪忍してよぉー。昔から意地が悪いんやから」 「グエン、久しぶりだな」 ええええ?! はぃ?
last updateLast Updated : 2025-07-08
Read more

無法島の一件 9 冷酷

グエンは孤城のような薄暗い建物の地下へ、アレックスと私を案内した。メイドの衣装から着替え、ゆったとした白いシャツと黒いズボンのグエン。 髪は太陽のような山吹色をし、女の子のような甘い顔立ち。  これはモテるわ……。 グエンがゆっくりと扉を開けると、冷たい空気が足元に流れ込んできた。彼は私たちを一人ずつ見据えた。「長くはここにいられない。寒くて死んでしまうからね」  声も綿あめのような甘い声。「手配書と同じ顔だな」「本当に寒いわ」 私はアレックスの腕にしがみついた。 北の果てには氷の国があって氷山があるらしい。 まるでその氷の国のように寒い地下室は氷室(ひむろ)になっていて、男が眠っていた。永久に起きることはない。 しっかりと藁で覆った氷を周りに敷き詰めて棺を冷やしている。  手配書の顔の男。名前はグエン・エンバーではないけど。「こいつらが出入りするようになって、無法島はどんどん廃れていったんよ。言いがかりをつけてはマリアに金を要求して。その後は、人を雇って引き抜きをさせたり」「マリア?」「ノーマンの娘。マリアは頭のいい女性なんよ。君たち会ってるよ。坂道の途中にいたろ? 意地っ張りでウェイトレスも客引きも、舞台女優もやるって言うて」「客引きって、……あ、あの人?!」 島に着いてすぐに声をかけてきた客引きの超アバズレの女! そう思ったけど、いろいろ事情があるのね。 まさかノーマンの娘だなんて。「だからって……倒れてしまうわ」「そうなんや。疲れがでてなぁ。今休ませてる」「どうりで。あいつ香水だけじゃなく、キツい香辛料や食べ物の臭いがした。抱き合うとき頭の匂いを嗅いだ。怪訝な顔をされたがな」 大きく頷くグエン。「そうなんよ。アレックスはこっちの誘導に引っかからんて、マリアと料理長から連絡が入った。料理長は店を七つ分、裏で回してる。料理はどこの店も全部同じなんだよ。厨房は一つだから」「誘導に引っかからん奴ら、遅効性の眠薬をちょいと酒にいれてた。あ、漢方の一種で体に害はないからね〜」 そう言って私にウインクする。ぐっ……かっこいいけど、惑わされないわっ! ていうかやっぱり薬を入れられたんだ……酷い。「アレックスはその前に悪酔いしたから、眠薬は飲まなくて済んだわね」「酔ったフリだ」「え?! フリ?」「それより真っ青だ
last updateLast Updated : 2025-07-10
Read more

無法島の一件 10 代役

「今夜、観衆の目の前で追いつめられて女を人質にとって、自殺という筋書なんよ。広場のホテルからこいつを投げる」 えええ? 何を言ってるの? この、グエンて人。犯罪の片棒担ぐのなんて嫌ですけど! 「報酬は? あと、こいつがなんで死んだか知っておきたい」 淡々と聞くアレックス。グエンは話し始めた。 「それはそうだね。俺はゲイルの部下。あ、こいつの名前。いや、部下と言うより奴隷かな。命令されて無法島の女の子たちをスカウトしてた。ほら僕、かわいくて甘い顔してるでしょ? みんなうっとりして聞いてくれる」 自分のことはよくわかっているのね。金髪をかきあげるグエン。 「ワケありの……家出したい子とかね、女の子たちを勧誘して倍の給料を出すって条件を出したら簡単に船に乗ってくれた。あと腕の立つ男たちもね」 「どうして……そんなこと」 「ギャンブルの借金が膨らんで……仕方なかった。まあ、それもはめられてたんよなぁ。それで5回目に上陸したとき、俺をマークしていたマリアに見つかってさ」 マリアとグエンは路地で激しい言い合いになった。逃げるグエンを無理に引き止めるマリア。 そのやりとりを島中が見ていた。 ***** 無法島、一週間前。 「グエン、なに見つかってんだ! そいつはノーマンの娘、マリアだ。逃げるぞ。もうこの島に搾取するもんはない。全部奪ったからな」 こそこそ話している二人に近づくマリア。 「あなたが元凶ね。こんな子供みたいなチンピラ雇って、島の子たちを連れ出しているのは」 「そのガキが勝手にやってることだ。俺はやめろって言ってるんだぜ」 手配書の男、ゲイルはニヤついた。 「あなたたちはずっと前から嫌がらせしてるじゃない。全てわかってる」 「私は雇われてるだけです。借金があって」 グエンが口を挟むと、ゲイルはグエンを壁に叩きつける。 「やめなさい!」 マリアは動じない。 「なんだよ、父親の次はこのガキに色目使うのか? 」 「ふざけたこと言わないで。弱い者いじめしか脳がないのね」 それを聞くと男は逆上し、唸り声をあげてマリアに襲いかかる。 同時に銃声が響いた- ***** 地下に料理長が顔を出した 「グエン! 早く広場へ……あ、また会いましたね」 「どうも」 アレ
last updateLast Updated : 2025-07-10
Read more
PREV
1234
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status