電話が切れたその瞬間、達哉は呆然と立ち尽くした。奈々が、自分から電話を切るなんて――そんなこと、今まで一度もなかった。慌てて掛け直したが、冷たい自動音声が響くだけだった。「おかけになった電話は、現在電源が入っていないか……」すぐにメッセージを送るも、すでにブロックされていた。達哉の胸の奥は重く沈んでいった。どれだけ怒っても、奈々はこんなことをする人じゃなかった。そのとき、達哉の脳裏に浮かんだのは――奈々が最も信頼している人物、桜子だった。夜の闇を突き抜けるように、達哉は車を走らせた。桜子のアパートの扉が開くと、彼女は冷笑を浮かべて達哉を見下ろした。「あら、精子提供で恩返しする朝倉さんじゃない。今日は何の用?次の提供先でも探しにきたわけ?」達哉はその耳障りな言葉を無視し、押し殺した声で言った。「奈々はどこにいる?」桜子は目を細め、「知らないわ」と冷たく言い放つと、ドアを閉めようとした。達哉はとっさに手を伸ばしてドアを押さえた。扉の端が指に当たり、思わず唸り声を上げた。その痛みに涙目になるも、歯を食いしばって離さなかった。「……どこに行ったか教えろ」桜子は嘲笑を含んだ目で睨みつけ、吐き捨てるように言った。「他の女を妊娠させておいて、今さら奈々を探すつもり?いい加減恥を知りなさいよ」達哉は苦しそうに目を伏せ、低い声で説明した。「麻衣は……癌なんだ。あいつは俺の命の恩人なんだよ。最後に希望を残してやりたかっただけだ。それだけなんだ……」「命の恩人?」桜子は鼻で笑い、鋭い目を向けた。「あんたの命の恩人は、奈々の方よ!」達哉は、一瞬何を言われているのか理解できず、言葉を失った。「……何だと?」桜子は無言で数枚の写真を突きつけた。そこには、救急搬送される奈々の姿が写っていた。彼女は青ざめた顔で、腹部からは血が滴り落ちていた。「五年前の路地裏で、あんたを救ったのは奈々よ。彼女も銃弾を受けて、死にかけたの。あんたは、目を覚ましたときそばにいた佐伯麻衣を、恩人だと勘違いしただけよ」達哉の頭の奥で、轟音が鳴り響いた。あの夜、暗い路地で襲われ、意識が遠のく中で黒い影が飛び込んできたことは覚えている。目を覚ましたとき、そばにいたのは佐伯麻衣だった――だから、
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