All Chapters of 離婚しましょう、はじめましょう: Chapter 31 - Chapter 40

41 Chapters

第三十一話

重たい……。なんとなく寝苦しさを感じて、私は目を開けた。ブラインドの隙間から差し込む光が、眩しく目に刺さる。結構眠ったかも。思ったより、お酒飲みすぎたかな……。「そうだな」思わずつぶやいた心の声が、どうやら口に出ていたらしい。ビクリと肩を揺らして振り返ると、そこにはあくびをしながら、気だるげな表情を浮かべる尋人がいた。そして、よみがえる昨夜の記憶――。私は真っ赤になったあと、一瞬で背筋が冷たくなる。「あれ? あの、昨日って私……」寝室に運ばれ、服を脱がされた記憶までははっきりとある。そして、“初めてか”と尋ねられたことも。だけど――そのあとの記憶が、かなりあいまいだ。尋人は、経験のない私に気を使ってくれたのか、とても優しく、甘く、時間をかけてくれていた。そして――目の前が真っ白になった、その瞬間。そこで、記憶がプツリと途切れていた。「寝落ちしたな」「うそっ!!」なんて失態。ありえない。どうして……!私のバカ!いくら緊張していたとはいえ、アルコールの加減もせずに飲んだ自分を、今さらながら呪う。ガバッと起き上がって、ベッドの上に正座する。そして、自分が昨日のまま、下着姿であることに気づいた瞬間、再びブランケットの中へ潜り込んだ。横になったまま肘をついている尋人の視線が刺さる。……恥ずかしすぎて、顔を出せない。「本当にごめんなさい。怒ってるよね……?」顔まですっぽりと隠したまま、私は泣きそうになりながら、繰り返し謝罪の言葉を口にする。そのときだった。ブランケットごと、ギュッと優しく抱きしめられたのが分かった。「怒るわけないだろ」「これから時間はたっぷりあるんだから、焦る必要なんてないよ」「それに、十分堪能――」「バカっ!!」少しふざけるように、昨日のことを気にするなと気遣ってくれるその柔らかな声に、私はそっと目だけをブランケットの中から出す。すると、優しく微笑んでいる尋人の顔が目に飛び込んできた。視線をふと下に移すと、朝の光に照らされた彼の裸の上半身が目に入り、再び顔が熱くなる。百面相みたいに表情を変える私を見て、尋人がくすっと笑いながら問いかけた。「弥生、何してるんだよ?」「……だって、やっぱり恥ずかしいし……」好きな人と迎える、こんなに甘ったるい朝。こんなにも恥ずかしくて、でも、そ
last updateLast Updated : 2025-07-25
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第三十二話

「弥生、おはよう」電車を降りて会社に向かっていた私は、その声に振り返った。そこには、笑顔の佐和子がいた。「おはよう。おつかれさま」しばらく出張や外出が続いていた佐和子。こうして面と向かって顔を合わせるのは、久しぶりな気がした。「最近ほんとに忙しかった」綺麗な顔を少し歪めながら、佐和子は小さくため息をつく。そして視線を前に向けると、何かに気づいたように指さした。「あれ、尋人じゃない? それに宗次郎……」私も、数メートル先を歩いている尋人に気づいていた。けれどなんとなく会社で声がかけづらくて、後ろから黙ってついていっていた。「二人とも、おはよう!」しかし佐和子は、小走りで駆け寄ると明るく声をかけた。その呼び声に、尋人たちも振り返る。「珍しいな。一緒になるの」尋人がそう返すと、佐和子は宗次郎を一瞥もせず、尋人だけを見て笑顔を浮かべた。「そうだね。前は一緒に出社してたけど、今はみんなバラバラだもんね」「佐和子!」尋人が諌めるように声を上げると、佐和子は泣きそうな表情を見せた。「でも、本当のことじゃない……」最後は、消え入りそうな声だった。気まずい空気が流れる。宗次郎は何も言わない。前よりふたりの関係が悪化していることは、誰の目にも明らかだった。「とりあえず行こ?」会社の前で四人で立ち止まっていては、周囲の視線も気になる。それを察して私が声をかけると、佐和子は「ごめん」とだけ言って一人で歩き出した。「佐和子!」追いかけようと足を踏み出した瞬間、後ろから手を引かれて私は立ち止まる。「いいよ、追いかけなくて」「宗次郎……!」驚いて彼を見上げると、尋人が鋭く声を上げた。「俺は、俺なりにきちんと話したから。もう、いいんだ」淡々とした口調の宗次郎に、私は何も言えなかった。「わかったから、その手を放せよ」宗次郎が私の腕を掴んだままだったことに気づいた尋人が、不機嫌そうに言う。「尋人がそのセリフ言う権利、もうないんじゃない?」宗次郎がこんな挑発的な言葉を使うなんて――信じられなくて、私は目を見開いた。「お前……」怒気をにじませた尋人に、宗次郎は肩をすくめて軽く笑う。「悪い、どうかしてた。俺、先行くわ」そう言って歩き去る宗次郎を見送って、私たちは顔を見合わせた。そして、同時に息を吐く。「どうしたらいいん
last updateLast Updated : 2025-07-25
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第三十三話

◇◇もう一組のふたり◇◇「最悪だ……」本当に今日は最悪の日だった。ここ最近、出張や外回りで疲れていたことは否定しない。だからといって、朝の態度はない。夜22時を回った誰もいないフロアで、私は一人つぶやいていた。目の前には、大量の仕事が積まれている。いつもだったら、もう少し早く処理できていたはずだ。半年前からずっと粘っていた、北海道の大人気パティスリーのカヌレ。絶対にうちのショップに置ければ人気商品になる――そう思って、北海道を行き来し始めた。ようやくそれが達成できたのに、私の気持ちはどん底に落ち込んでいた。男勝りでキツく見える私は、いつも「男なんていらなそう」そう思われていたし、昔付き合っていた元カレにもそう言われて別れた。でも、本当はお化けも怖いし、雷も怖い。ゴキブリだってダメだし、蜘蛛もダメ。そんな自分を知られたくなくて、「自分を作らなきゃ」と思う気持ちが大きくなっていった。いつも虚勢を張って、強い自分を演じていた。でも本当は、嫌われるのが怖くて仕方がないし、弱いし、泣き虫などうしようもない人間だ。そんな私だったが、社会人になってから、一つ上の先輩の宗次郎と尋人、そして同期の弥生と出会った。みんなバラバラの性格だったけれど、仲良くなればすぐに打ち解けた。その中で、私は宗次郎に恋をした。いつも穏やかで、優しい彼。「この人が好き」――そう思うのには時間はかからなかった。初めて自分から人を好きになった私は、恋の駆け引きなんて知らなかった。今思えば、どれだけわがままに、自分の気持ちだけを押し付けていたかがわかる。『宗次郎、付き合ってよ』『結婚してあげてもいいよ』優しい彼は、それに笑顔で「いいよ」と言ってくれた。でも……。強引に迫った自覚のあった私は、だんだんと「自分ばかりが好きなのではないか」と、一緒にいればいるほど不安になっていった。そして、北海道に行くことが増え、宗次郎と過ごす時間も減ったころ――たまたま会社に戻ったときに目に飛び込んできた光景。宗次郎の隣で微笑む弥生。可愛らしくて、守ってあげたくなるような女性。大切な友人で、これまで私をずっと応援してくれていた彼女を――私は「うらやましい」と思ってしまった。弥生に優しく仕事を教え、笑顔で会話をする二人を見て、私はなぜか逃げ出していた。弥生には尋人
last updateLast Updated : 2025-07-28
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第三十四話

「なに?」宗次郎の声を聞きたいから、幻聴が聞こえるようになったのか。そんなことを思いながら、私は机に顔を埋めたまま口を開く。「宗次郎は可愛い女の子が良くなったんだよね。弥生みたいな。私なんか素直じゃないし、強引だし、男勝りだし……」自分で言っておいて、自嘲気味な笑みが浮かぶ。泣いているのか、笑っているのか、自分でもわからない。「どうしてそうなるんだ? 佐和子が俺のこと嫌になったんだろ?」今度ははっきりと聞こえたその声に、私は驚いて顔を上げて立ち上がった。その反動で、私は完全にバランスを崩してしまう。「佐和子!」鋭い声と同時に、力強い腕に引き寄せられる。そのまま二人でバランスを崩して床に倒れこんだ。「痛……っ」「ごめん!」私の下から聞こえた宗次郎の声に、ハッとして宗次郎の上で身体を起こした。私はどこも痛いところはなく、完全に宗次郎に守られたことを知る。宗次郎も身体を起こすと、壁にもたれかかり、小さく息を吐いた。「佐和子、痛いところは?」どこまでも優しい宗次郎。その問いに、フルフルと頭を振って否定する。「ごめんなさい……」流れる涙を自分で乱暴に拭うと、宗次郎から離れようとしたが、そのまま引き寄せられた。「え……」久しぶりに抱きしめられたその腕は温かくて、やっぱり好きだと実感してしまう。「さっきの、どういうこと?」抱きしめられていて宗次郎の表情はわからないし、その声音からも何を考えているのかはわからない。「さっきのって?」「俺が可愛い子が良くなったって」わざわざ私に言わせたいのかと、苛立ちとともにやけくそで話し続ける。「だって、私なんて可愛くないし、宗次郎、弥生といると優しいし、たくさん話すし……。私なんかより……」自分で言っていて、悲しくて仕方がなくなる。「なんでそんなことを……」大きく息を吐きながら、宗次郎が独り言のように呟いた。「なんでって、私ばっかり好きっていうし、結婚だって私が強引に決めたようなものだし。宗次郎は本当は嫌だったんでしょ」「そんなことあるわけないだろ!」初めてかもしれない。怒気をはらんだ宗次郎のセリフに、ビクリと身体を震わせた。「ごめん……。そうだよな。俺が悪いんだよなぁ」宗次郎の言っている意味がまったく分からない。穏やかな宗次郎が怒ったことで、「とうとう別れ話になるのかも
last updateLast Updated : 2025-07-31
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第三十五話

「佐和子が俺のことを好きだって言ってくれることが嬉しくて、それを聞きたくて、いつのまにか自分から言わなくなってた。そうしたら佐和子いつも俺に聞いてくれただろ?」確かにいつも気持ちを言ってくれない彼に、私が何度も繰り返していた言葉。『宗次郎好き。宗次郎も私のこと好き?』そう尋ねれば宗次郎はいつも笑顔で頷くだけだった。「あれで俺の気持ちは伝わってると思ってたんだよ。俺バカだから。それが佐和子を不安にさせてたなんて思ってもみなかった」嘘でしょ……。唖然としていると、宗次郎は優しく私にキスをする。その行為に驚いて涙が止まった。「ほら、顔が真っ赤。佐和子、かわいい」イジワルそうに言った宗次郎に、私はさらに羞恥が募る。「今までそんなこと言ってくれなかった……」そう呟けば、テンパっている私を宗次郎はもう一度優しく抱きしめた。「佐和子、大好きだよ。弱いところもすべて可愛くてしかたがないよ。これからはきちんと伝える。だからもう一度俺のところに戻っておいで」やっぱり宗次郎にはかなわない。「宗次郎のバカ。仕方ないから戻ってあげる」そう言えば、彼は嬉しそうに私を抱きしめた。そのあと、なんとなくいい雰囲気になった私たちだったが、目の前に積まれた仕事にため息をついた。「佐和子、それにしても頑張ったな。ここの契約本当に難しかっただろう」いつの間にか私の仕事を見ながら、残務処理を手早く始めていた宗次郎。「ごめん、宗次郎も疲れてるでしょ? 先帰って?」本当は今日ぐらい宗次郎の家に行って、おいしいものを食べて、お酒を飲んで。それから……。いちゃいちゃすることを考えてしまい、急に顔が赤くなってしまう。そんな邪念を頭から追い出していると、宗次郎は口を開いた。「帰っていいの?」「それは……」また素直じゃないことを言ってしまった私は口ごもる。「あー、悪い。こういうところだよな」何を思ったのか宗次郎はクシャりと髪をかき上げると、私を見て微笑む。「早く終わらせて、俺の家に直行。今日は帰さない」「え?」ストレートに言ってくれた宗次郎の言葉に、私は涙が零れそうになる。宗次郎も一緒にいたいと思ってくれた。それだけで心が満たされていく。「いいの?」「俺が一緒にいたいの」少し照れたように言う宗次郎をジッと見てしまった私を、彼は椅子ごとパソコンに向ける。「早
last updateLast Updated : 2025-07-31
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第三十六話

その後、宗次郎の部屋へ行くと、初めて玄関を入ってすぐに壁に押し付けられた。「ちょっと……そう……」抱き合うことにしても、それほど求められたこともない私は、あまりにも激しいキスにめまいを覚える。こんなキス、したことあった?「佐和子、いつも俺が我慢してたの知ってる?」「え??」キスの合間に私が答えれば、宗次郎は眉根を寄せた。「優しくしないと嫌われる。そう思ってた」早急に私の服を脱がしにかかる宗次郎。「なんで? どうしてそんなこと思ったのよ」いつも穏やかで優しく、抱き合うことに不満があったわけではないが、もっと求めてほしいと思っていたことも事実だ。まさか宗次郎がこんなことを思っていたなんて、まったく想像もしていなかった。「じゃあ、いいんだな?」初めて見るかもしれない、欲を孕んだその熱の灯った瞳に、一気に身体が熱くなる。「うん……」私の肯定と同時に抱き上げられ、乱暴にベッドに落とされてからは、もうただ熱に浮かされるしかなかった。「ダメ……」本当は嫌でもダメでもなく、羞恥で零れる嬌声を宗次郎はキスで塞ぐ。それでも今日は手を止めることはなかった。「初めて佐和子を抱いたとき、今みたいに、ダメ、嫌って言われた」首筋に舌を這わせながら、耳元で宗次郎がささやく。それはただ口から出てしまっただけだったのだが、まさかそれを気にしていたとは思わなかった。「嘘……。本当は嫌じゃない」どこまでも優しい宗次郎。ずっと私を思っていてくれていたことだとわかった。「優しくしているつもりだったことが、佐和子を不安にしてたんだ。俺もこれからは変わるようにする」「え? うそ、違う……」抱き方を変えるの? そう思ったが最後、快感に落とされ、もう何も考えられなかった。でも、宗次郎もこうしたかったのなら、嬉しい……。そんなことを思いながら、私は眠るように意識を失う寸前、「佐和子、おかえり。愛してる」そう聞こえた。ぼんやりと目を開ければ、まだ暗くて朝ではないことがわかる。どれぐらい眠っていたのだろう。時計を見れば一時間ぐらいしか経っていない。そして、後ろに温かい体温を感じる。ギュッと抱きしめられていることに、泣きたいくらい幸せな気持ちになる。起こさないように彼の腕の中で向きを変えて、眠る宗次郎をじっと見つめた。幸せを感じながら昔のことを思い出していると、
last updateLast Updated : 2025-07-31
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第三十七話

「ふーん。そういうことか」仕事終わりの週末、私は佐和子に呼び出されて、にぎやかなバルにいた。会社から少し離れたこの場所は、適度に人もいて、かしこまるような雰囲気でもなく、意外と秘密を打ち明けるにはうってつけの場所なのだ。「そう、ごめん。勝手に誤解してたの。尋人と佐和子のこと」「私はまったく尋人に興味ないって、わかってたでしょ?」スパークリングワインを飲みながら、ジロリと私を睨みつける。「それは、わかってた。でも尋人は絶対に佐和子が好きだって思ってたの。だから……」「でも、ずっと弥生は尋人のことが好きだったんでしょ」あっさり言われたその言葉に、私は小さく頷いた。「それで結婚まで……」「だから、それは完全にお酒の勢いでね」慌てて否定するも、佐和子は私をじっと見つめた。「違うわよね。結局」「え?」言われた言葉に、私はフォークを一度テーブルに戻した。「弥生も尋人も、お互い好きだったから、そんなバカな真似したに決まってるじゃない」呆れたように言う佐和子に、私はポカンとしてしまう。「お互い嫌いだったら、いくらお酒が入ってたって、誰が結婚なんてするのよ。私なら絶対無理」パクリとアヒージョを口に入れると、佐和子は一気にグラスを空にした。「そう……かも」今となれば、確かにその通りかもしれない。お互い勘違いから始まったけど、すれ違いつつも、ずっと一緒にいた。「まあ、弥生と尋人らしいわ」そう言われてしまえば、もう何も言えない。「でも、結局うまくいってるんでしょ?」「ああ、うん。まあ……」うまくいっているとは思う。尋人は優しいし、一緒にいて楽しい。幸せだ。でも……あの寝落ちしてしまった日以来、一度もそういう雰囲気にならない。「なに? なんか歯切れ悪いわね?」そんな私に気づいたようで、佐和子がじっと見据える。「ねえ、佐和子。仲直りしたんでしょ?」いきなり話を振ると、佐和子は少し恥ずかしそうにしたあと、「うん」と頷いた。「もう……した?」「は?」いきなり何を聞かれたのかわからず、佐和子が目を丸くする。そして、驚愕した表情に変わった。「うそ。まさか……」私の言いたいことがわかったようで、佐和子が口をパクパクさせる。「尋人、嘘でしょ! 一年一緒に住んでて何もなかったとかありえない……!」「ちょっと! 佐和子!」いくら周
last updateLast Updated : 2025-07-31
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第三十八話

「ねえ、見て弥生。めっちゃテンション上がる!」佐和子の言葉に、私も思わず周りを見回して楽しくなってくる。二週間後、仕事がひと段落し、私たちはテーマパークに来ていた。佐和子のいう「強制的」というのがこれなのだが、私はそんなことをすっかり忘れて、目の前の光景に心を奪われていた。仕事が忙しいのはもちろんだけど、やっぱり、好きな人と一緒に来たい。そんな可愛らしいことを思っていた時期を通り越して、だんだんと足が遠のいていたけれど、こうして四人で来れたことが、私は嬉しくて仕方がなかった。「ねえ、佐和子! あそこ見て!」声をかけると、佐和子はいきなり私の耳元に顔を寄せてくる。「ねえ、弥生、ちゃんとお泊りの準備してきたのよね? ちゃんと勝負下着?」こそこそと話していると、ため息交じりに後ろから抱き寄せられる。「弥生、俺のこと放置しないで?」尋人の声に、私はハッと我に返って動きを止めた。「ごめん」「なんで謝る?」そのセリフに、私は羞恥で耳が熱くなる。いい年して、なにをはしゃいでるんだと思われても仕方ない。取り留めもなく謝っていると、いきなりグイッと手を引かれた。「宗次郎たち、また後でな」そう言いながら、尋人は走り出した。「ちょっと! 尋人!」「そんな楽しそうな弥生を、宗次郎に見せてやることない。俺と二人じゃ嫌なのか?」少し拗ねたように言う尋人に、私はポカンとしてしまう。「そんなことない。私も二人がいい」せっかく佐和子がお膳立てしてくれたんだ。今日こそ尋人と絶対に……素直になることを目標に、私はそう言って、ギュッと尋人の手を握り返した。しかし、久しぶりのパークということもあり、私は目的を忘れて遊びまくってしまった。「弥生、まだ乗るのか?」「もちろん! ねえ、その前にあれも食べよ!」ワゴン限定のパフェを見つけて、尋人の手を引く。「わかったよ」なんだかんだ言って、私に付き合ってくれる尋人に完全に甘えて、私は遊びつくした。「弥生、満喫したな。本当に意外だよ」夕食だけ合流して一緒のレストランに入ると、キャラクターが乗ったオムライスを前に目を輝かせていた私に、宗次郎くんが声をかけてくる。「意外」――確かに普段の私からすれば、こんなふうに楽しむ姿は想像つかないかもしれない。少し恥ずかしくなって、尋人も呆れてるかもとチラリと横を見
last updateLast Updated : 2025-07-31
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第三十九話

「本当に楽しい」ニコニコしながらオムライスを運んでいた私だったが、ホテルに入り、お互い別々の部屋の鍵をもらったところで我に返った。――そうだ。佐和子に相談して、お膳立てしてもらったのだ。気合を入れて下着もつけてきたし、身体のお手入れもばっちり。……そこまで考えて、私は自分が汗でベタベタになっていることに気づく。下着だって汗臭くなっているんじゃないか。はしゃぎすぎた自分を、今さら後悔しても遅い。尋人が予約してくれた部屋は、テラス付きで、そこからパークが見える最高のロケーションだった。シックで落ち着いた雰囲気の中にも、随所にキャラクターがいて、本来ならばテンションが上がるはずなのに――でも、今はそれどころじゃない。「どうした、弥生? この部屋、気に入らない?」急におとなしくなった私に、尋人が心配そうに声をかけてくれる。ふるふると否定するように首を振れば、彼は私の瞳をじっと覗き込んできた。「じゃあ、どうした?」何も気にしていないような尋人の表情に、もうこのまま何もなくてもいいかもしれない――そんな気持ちが、心のどこかで芽生え始める。「なんでもない。めちゃめちゃ可愛い、この部屋」わざとテンションを上げて、テラスに出たり、部屋を探索してみせる。そんな私を、尋人がじっと見ている。「緊張してる?」抑揚のない声が、後ろから聞こえた。テラスからパークを見ていた私は、振り返る。「え?」そう言うと、尋人もテラスに出てきて、私を見下ろした。「俺が何かすると思って緊張してる? そういう意味」はっきりとした言葉に、私は動きを止めた。そしてそのまま、彼を見つめ返す。……今の私は、汗臭いし、完璧じゃない。どうしよう。自分から誘うって決めてたのに。泣きそうになっていた私の頬に、そっとキスが落ちる。「大丈夫。何もしない。弥生がいいって思えるまで。前回、完全に暴走して……反省したから」――え?寝落ちしたあのことを、そんなふうに思っていたなんて。驚いて、私は部屋に戻っていく尋人の背中を見つめた。「テレビでも見る? それとも、明日のアトラクションの乗る順番でも……」リモコンを手にテレビへ向かっている尋人。その背中に向かって、私は思わず勢いよく抱きついた。羞恥で目を見られなくて、彼の胸に頭を埋めたまま、私はようやく気持ちを伝える。
last updateLast Updated : 2025-07-31
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第四十話

そこで抱きついていた自分に、ハッとする。今も、汗臭いのではないだろうか――。「ごめん、汗臭い?」慌てて離れようとした私だったが、不意に身体が宙に浮いたのがわかった。「尋人っ!!!」驚いて声を上げるも、そのまま尋人は広いバスルームへと入っていく。そして、不意に唇をふさがれ、私は目を見開いた。「バカな弥生」「ん……!」そう呟いた尋人は、さっきよりもずっと激しく、あっさりと私の唇を割って深くキスを仕掛けてくる。そのキスに意識を奪われているうちに、いつの間にか私は下着姿になっていた。「めちゃくちゃ可愛い。いや、綺麗」鏡越しに視線が絡み合う。上半身裸の尋人に、後ろから抱きしめられるような格好の下着姿の私。「汗なんて、むしろそそるだけ。俺は全然気にしないけど」そう言いながら、目は閉じず、そのまま鏡の中の私を見つめたまま、私の首筋にキスを落とす。そして手は、私のお腹や太ももをゆっくりと撫でていく。その熱を孕んだ瞳と、鏡に映る自分の姿に頭は沸騰しそうになる。けれどそれと同時に、私の中で芽生える欲求――もっと触れてほしい、もっと感じたい。そんな自分に驚きながらも、私は尋人の熱い視線から目を離せなかった。「今日はもう、何があっても抱く。我慢しない」私を思ってくれていたことに安堵しつつ、はっきりと意志を示された言葉に、心が震える。ゆっくりと私が頷いたのを確認すると、尋人は私の身体をくるりと反転させ、激しくキスをしてきた。焦れたように自分の服を脱ぎ捨て、私の下着も手早く取り払われる。「シャワー、浴びたい?」そこだけは譲れないと思い、私は小さく何度も頷いた。すると尋人は私をそのまま、それほど広くはないシャワーブースへと連れて行った。熱いシャワーを頭から浴びながら、キスを交わしつつ汗を流していく。「ゆっくり洗いたいとか、今は無理。だから、これで我慢して」手にボディソープを取り、尋人が私の肌をやさしく撫でる。浴室に響く、自分の甘い声に驚いて、私は唇をぎゅっと噛んだ。「誰も聞いてない。聞かせて」諭すようなキスを受け、その合間に、また声が漏れてしまう。頭上から降り注ぐ細かな水が、お互いの顔にかかり、髪を濡らしていく。シャワーブースから出ると、バスタオルで包まれた私は、お姫様のように再び抱き上げられた。「尋人、重いから……」そん
last updateLast Updated : 2025-07-31
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