直樹は棠花より三歳年上だった。棠花が高校に入学した頃、彼はすでに志望の大学に合格し、教師たちから「優秀な卒業生」として語られる存在になっていた。普通なら、二人の人生が交わることはなかったはずだ。だが、大学一年の休みに直樹が高校の恩師を訪ねた帰り、偶然にも、トイレで同級生たちにいじめられている棠花を目撃してしまった。男である自分が女子トイレに入るべきではない――そんなことは分かっていた。しかし、あの時は何かに突き動かされるように、恥も外聞も捨てて中へ飛び込んだ。いじめていた生徒たちを一喝して追い払ったのだった。それから何年経っても、直樹の中にあの時の棠花の姿は鮮明に残っている。汚れたトイレの中、頭には臭い紙くずが乗り、体にはサイズの合わないボロボロのジャージ。それでも彼女の瞳だけは、まるで清らかな泉のように澄み切っていた。その時、直樹は初めて手を差し伸べた。棠花は一瞬迷ったが、そっとその手を握り返した――それが、二人の運命が交差した始まりだった。彼は棠花の絵の才能を見抜き、デザインの世界へと導いた。そして「大学でまた会おう」と約束した。だが、直樹は後に別の理由でデザインを諦め、国文学科へと進路を変えたのだった。今、目の前で自分を庇って立つ棠花の姿に、直樹はまるで前世の記憶を見ているような錯覚を覚えた。何度も再会の場面を想像してきたが、まさか彼女が他の男の妻になっているとは、夢にも思わなかった。棠花と悠翔の間に何があったのか、どんな関係だったのかはどうでもいい。ただ一つ確かなのは、もし棠花がここにいたくないのなら、彼はすぐにでも彼女を連れてここを離れる覚悟があるということだ。「違う……」悠翔は首を振って否定する。彼はずっと棠花を探していた。彼女の死を何度も否定してきた。だが、まさか彼女自身の口から「自分は死んだ」と聞かされるとは思ってもみなかった。肉体ではなく、心が死んだのかもしれない――彼女はもう、自分に対して何の希望も持っていないのだろうか。だが、彼はこの結末を受け入れるつもりはなかった。「棠花、俺は一度だけ過ちを犯した。でも、君はその一度すら許してくれないのか?それに陽菜とはもう完全に縁を切った。彼女は自業自得で、子どもも仕事も失って、今や世間の笑い者だ。お願いだ、もう怒らないで。俺と一緒に帰ろう?」彼の目に
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