All Chapters of 出所したら、大富豪の夫に「三人目を産め」と迫られた: Chapter 11 - Chapter 20

この時、台所から、一抹の人影がこっそりと現れてきたことを小夜子親子はまだ何も気づいていなかった。小夜子は満面の笑みでリビングに向かった。礼治の姿が見えなかったので、そばにいた執事に尋ねた。「礼治さんは？」執事は答えた。「先ほど2階へ上がられました」小夜子の顔はみるみるうちに曇っていった。それを見て、恵は尋ねた。「どうしたの？」小夜子は手に持っていたスープをテーブルに置き、がっくりとソファに腰を下ろした。「さっき、凪も2階に上がったの。きっと、礼治さんも一緒に上がったのよ……」恵は眉をひそめ、彼女の隣に座った。「問いただしに行ったのかもしれないじゃない……そういえば、二人はいつ離婚するの？」彼女は3年前に小夜子と礼治を結婚させるつもりだった。しかし、その頃、礼治はまだ凪と婚姻関係にあった。そして、凪は刑務所に入ってしまった。この3年間、礼治は仕事に追われ、凪に会いに行く暇もなかったのだろう。離婚の話など、なおさらする暇はなかったはず。「凪はもう出てきてるんだから、礼治に早く離婚届を出させて、彼女を追い出してしまえばいいのよ！」「でも……」小夜子は唇を噛んだ。「礼治さんは、私が妊娠できないから、凪に子供を産ませて、それから追い出すって……」恵は目を丸くした。「何だって？」……主寝室。凪はこの部屋に戻りたくなかった。しかし、屋根裏部屋と他の客室は全て鍵がかかっていたから、彼女はこの礼治との思い出が詰まった部屋に戻るしかなかった。彼女は日記帳を取り出し、暁人が自分の手のひらに書いた文字列を覚えているうちに、急いで書き留めた――その文字列は簡単なアルファベットと数字で構成されており、彼女はすぐに意味を理解することはできなかった。彼女が考え込んでいると、携帯が鳴った。彼女は番号を確認すると、部屋のドアの方をちらりと見て、唇を噛み締め、携帯を持ってバスルームに入り、鍵をかけた。「もしもし？」彼女は声を潜めた。すると、すぐに子供の泣き声が聞こえてきた。凪の胸は締め付けられた。「伊之助？あなたなの？」すると、電話の向こうからは、子供の泣き声だけが聞こえてきていた。しばらくすると、男の焦ったような足音が聞こえてきた。そして、男が慌てて叫ぶ声が聞こえた。「伊之助くん、誰に電話してるんだ？」足音がど

礼治の目は一瞬にして氷のように冷たくなり、真剣な表情で彼女を見つめた。「山下さん、そういう根も葉もないくだらない冗談を言うな」男の顔色は重く、明らかに驚きからくる怒りを帯びていた。静江は泣きながら言った。「私はもうこの年で、先は長くないです。こんなことで嘘をつく理由はありません！」彼女は苦しみに悶えながら言った。「礼治様、私は奥様を小さい頃から見てきました。彼女がどんな人間か、誰よりもよくわかっています。彼女が人を傷つけるようなことをするなんて、ずっと信じられませんでした！」彼女の言葉は切実で、嘘をついているようには見えなかった。礼治はそれを見て、心の中で少し揺らぎ、眉をひそめた。「これは重大な事だ。証拠がない限り、信じられない」静江は何度も頷いた。「昨日、台所で料理をしていた時に、物置に探し物をしに行ったんです。そうしたら、ちょうど恵さんと小夜子さんが入ってきて、礼治様にスープを作ろうとしていて……私が物置にいるとは知らずに話していたのを、この耳で聞きました！」男が信じないのではないかと心配したのか、静江は手を上げて天に誓った。「礼治様、もし私が一言でも嘘をついていたら、天罰を受けてもいいんです！」……リビング。小夜子がリビングに出てくると、礼治がすでにそこで待っていた。男の周りには冷たく重苦しい空気が漂っていて、その瞳の奥は他の人には読み切れない深い闇があった。彼はゆったりとカフスボタンを直しながら、彼女が降りてくるのを見て、わずかに目を開き、漆黒の瞳で彼女を見つめた。「準備はできたか？」彼は証拠がないうちは、静江の言葉を信じるわけがなかった。しかし、全く影響されていないわけでもなかった。もし、過去の出来事が、本当に凪が濡れ衣を着せられたのだとしたら……男の目の色は一瞬にしてさらに沈み、恐ろしいほどに濃くなった。小夜子は思わず歩みを緩めた。なぜかわからないが、彼の目線に何かが隠されているような気がした。彼女は心を落ち着かせ、近づいて彼の腕に抱きつき、愛嬌のある声で言った。「礼治さん、今日、一緒に買い物に行ってくれない？」男は少し眉をひそめた後、穏やかな声で言った。「会社に用事があるから、先に秘書に付いて行ってもらって」小夜子は甘えた声で言った。「秘書は秘書よ。私は礼治さんに一緒にいてほしいの

礼治は彼女の避けようとする態度に気づき、さらに顔を険しくした。そして運転手に車をだすように指示をすると、車内は更に冷え切った空気に包まれた。車が走り出し、運転手は進路を変えた。凪は思わず尋ねた。「どこに行くの？」礼治は彼女を見ずに、冷たい視線を手元の書類に落とした。「病院だ」凪は腕の中の子供をぎゅっと抱きしめ、「どうして……」と呟いた。礼治は書類を置き、彼女の方を見た。「足の怪我を理由に、外出を許可したんだけど、忘れたのか？」そう言われ、凪は口を閉ざし、何も言えなくなっていた。今の凪は、心臓が止まるかと思うほどだった。礼治が病院で親子鑑定をしようとしているのではないかと、恐怖に怯えていたのだ……彼女は伊之助を腕の中に抱きしめ、彼の顔を隠そうとした。彼はまだ3歳で幼い。しかし、眉と目の間には、すでに礼治に似た面影がうっすらと見えていた。とはいえ、まだ幼いので、注意深く見なければわからない程度だった。凪は、礼治に何か気づかれるのではないかと、不安で仕方がなかった。刑務所にいた3年間、彼女は生きる希望をほとんど失いかけていた……伊之助がいなければ、今頃彼女はもうここにいなかっただろう。「凪、この子は誰の子だ？」礼治は、突然低い声で冷ややかに尋ねた。「言ったでしょ、友達の子……」「どの友達だ？」「あなたには関係ない人……」「俺が知らない友達がいるのか？」礼治は冷笑した。昔の凪は、彼にベッタリだった。彼も彼女の行動を甘やかしていた。だから、彼女の周りの友達で、彼の知らない人間はいなかった。彼女が友達と遊びに行くときも、彼は全て手配していたくらいだったから。凪もそのことを思い出し、目を閉じ、皮肉な気持ちになった。「あなたにも、私の知らないことがたくさんあるんじゃないの？」刑務所に入るその日まで、彼女は気づかなかった。自分を姫のように甘やかしてくれた男は、ずっと自分を騙していたなんて、想像もつかなかった。そして、彼女もまた、自分が知っているつもりだった彼はほんの一部でしかなかったのだと気が付いたのだ。本当の礼治を、彼女が今まで一度も知る由がなかったのだ。礼治は我慢の限界に達し、「凪、質問に答えろ。この子は一体誰の子だ？」と迫った。この子が凪を「ママ」と呼んだ時、彼は一瞬、あ

彼らの車が走り去るのを見届けて、やっと凪はほっと一息をついた。凪の緊張が解けるのを感じ、礼治は少し足を止めた。「どうした？」凪は首を横に振り、「別に。降ろして。自分で歩ける……」と言った。「足が痛いんじゃなかったのか？」「今はだいぶ良くなった」礼治は眉をひそめた。「凪、ふざけるな」凪は唇を噛み、少し元気がない様子で言った。「降ろして……」礼治は彼女の言葉に耳を貸さず、逆に彼女を少し持ち上げて、よりしっかりと抱きしめた。彼らは整形外科にかかっていた。私立病院のサービスは公立病院よりはるかに良く、金持ちはやはり一般の人たちよりも優遇されることも多いのだ。礼治は凪を整形外科の専門医の診察室まで直接抱えて行き、「彼女の足を見てくれ」と言った。すでに連絡を受けていた医師は、眼鏡をかけて近づき、凪にこれまでの病歴を尋ねた。凪は無表情で言った。「……もう3年近くになる」「そんなに長い間、今まで検査を受けなかったのですか？」「刑務所にいたので、検査を受けるのことができなかった」凪は淡々とした口調で、静かにそう言った。医師は一瞬たじろぎ、礼治の方を見た。礼治は深く沈んだ目で、何を考えているのか分からなかった。医師は仕方なく質問を続けた。「普段も痛みはありますか？」凪は答えた。「時々ある。雨の日は特にひどくなる」「まずは検査を受けてください。後ほど専門医たちと分析を行いますので」凪が頷くと、礼治は再び彼女を抱き上げ、検査室へと連れて行った。凪は、礼治の彫深い整った横顔を見つめていたが、すぐに視線を落とし彼を見ないようにした。まさにこの顔に、何年も騙されていたのだ。彼の深く情熱的な瞳は、誰にでも優しく微笑みかけているように見えた。だからこそ、凪は彼の魅力を目の前にして、囚われたかのように、抜け出せなくなってしまったのだ。大小さまざまな検査を終えた頃には、半日が過ぎて行った。礼治は凪と一緒に待合室で結果を待っていた。「さっきの子供は、奏の子供か？」と、彼は突然尋ねた。凪は、せっかく落ち着いた気持ちが再び張り詰めて、小さく頷いて「ええ」とだけ答え、それ以上何も言わなかった。礼治は凪の目をじっと見つめた。「奏に息子がいたとは知らなかった。しかもこんなに大きくなっているとは」凪は口

「たとえ私があなたの子供を産んで、小夜子に育てさせたとしても、それは彼女の実の子供じゃないんだから！彼女がそれを気にしないわけないでしょ？」礼治は淡々と答えた。「彼女はお前とは違う。きっとその子を大切に育ててくれる」凪はそれを聞いて、吹き出した。「どうやらあなたは彼女のことを何もわかってないみたいね……」礼治は黙り込んだ。情欲に染まっていた瞳は、みるみるうちに冷めていき、彼女をじっと見つめた。彼は小夜子とは幼馴染みで、凪とは知り合ってまだ数年の間柄だった。当然、小夜子のことをより深く理解していると思っていた。「凪、あの時、なぜ小夜子を階段から突き落としたんだ？」彼は、今まで自己都合に凪のことも理解しているつもりだった。しかし、まさか彼女がそこまで残酷な人間だとは思ってもみなかった。たった一つの誤解で、小夜子のお腹の子の命を奪おうとしたなんて。あの時、もう少しで小夜子は親子ともに命を落としていたかもしれなかったのだ。彼女はそれがどれほど大きな過ちなのか、本当にわかっているのだろうか？「何度も言ってるけど、私はそんなことはしていない」「じゃあ小夜子が、自ら自分と子供を危険にさらしてまで、お前を陥れようとしたと言うのか？」「彼女ならやりかねないね」凪はゆっくりとソファから身を起こし、服を身につけ、震える手でゆっくりとボタンを留めていった。「どうせあなたは小夜子の言うことしか信じない。私が何を言っても無駄でしょ。だから、私が彼女に嫉妬したからしたことだと思ってくれてもいいけど……」礼治は何とも言えない苛立ちを感じ、スーツの襟元を緩めた。静江が涙ながらに訴えてきたことを、ふと思い出した。凪は冤罪だと……目の前で凪が見せる絶望的な様子に、今まで確信してきたことが少し揺らぎ始めた。もし凪が本当に無実だとしたら、刑務所で過ごした3年間は……そんなはずはない。礼治はその考えを振り払った。自分の調査に間違いはない。もう一度調べ直したとしても、結果は同じはずだ。静江が勘違いをしているか、凪をかばっているだけだろう。その頃、検査結果はすでに出ていた。医師と専門家チームが分析を終えたところに、礼治が凪を抱えてやってきた。医師たちは先ほど起きた出来事には触れず、直接こう言った。「鷹司社長、結果が出ました