応接間の扉を開くと、そこには一人の紳士が静かに立っていた。品の良いスーツに身を包み、手には深紅のバラの花束を抱えている。その姿はどこか旧時代の映画の一幕を思わせ、ひかりは思わず動きを止めた。「奥さま……お客さまをお連れしました」執事の声に背を押されるようにして進み出ると、男はにこやかに会釈しながら口を開いた。「初めまして。有坂ひかりさんですね。僕は如月稜真(きさらぎ りょうま)と申します。怜一郎の叔父にあたります」「……初めまして。如月さま」ひかりが丁寧に頭を下げると、彼は手にしていた花束を差し出した。「ご結婚、おめでとうございます。本来なら式に伺うべきだったのですが、生憎出張が重なってしまい……遅ればせながら、お祝いに」「まぁ……ありがとうございます」受け取った花束からは、かすかに甘い香りが立ちのぼる。その香りに、ひかりの胸がきゅうっと締め付けられる。「……この薔薇、母が好きだった品種と同じです」そう呟いた瞬間、稜真の目がやわらかく細められた。「やはり……似ている」「え?」「お母さまに、です」一瞬、空気がふっと変わった。稜真は少し肩をすくめながら、遠い昔を懐かしむように言葉を継ぐ。「実は、僕は……澄江さんの婚約者だったんです。もっとも、正式に結婚する前に、彼女はお父上と駆け落ちしてしまったのですが」「……!」驚きに、ひかりは手に持った花束を思わず強く握った。「そんな……そんなことが……」「驚かせてしまったかな」稜真は苦笑しながらも、その表情はどこか優しかった。「今も独身でいる僕が、未練がましいだけですよ。どうか気にしないでください。過去のことです」「でも……私の両親が……」謝ろうとしたひかりを、稜真はそっと手のひらで制した。「謝る必要なんて、まったくありませんよ。ふたりが幸せだったなら、それが一番です」彼の声音は穏やかだったが、その奥に淡い痛みのようなものが混ざっていた。やがて応接室に紅茶と焼き菓子が運ばれ、ふたりは向かい合って椅子に腰を下ろす。会話は自然と如月家の話題へと移っていった。「……名家とはいえ、如月家も今は厳しい。かつての資産は投資の失敗でほとんど消えてしまっていてね。怜一郎は長男だが、両親の強い意向で今回の結婚話を受けたようだ」そう語る稜真の目には、どこか苦々しさが滲んでいた。「怜
Last Updated : 2025-07-04 Read more