Semua Bab 愛されずに捧げた、私の鼓動: Bab 11 - Bab 20

アルゼンチンに飛行機が着陸したのは、もう夜明け間近だった。芽依は入国審査を終え、見知らぬ空港に、どこか緊張を覚えながら、自分が本当に瑛士から離れてしまったのだと実感した。芽依は所在なさげに空港の出口に立ち、スマホを握る手が少し震えていた。海外に出たこともなければ、外国語などひとつも話せない。幼い頃から母について、あちこちの雇い主の家で働き、十二歳で学校に通うのをやめた。十六歳で、母が亡くなり、雨宮家へ。一生、雨宮家でメイドとして働くのだろうと思っていたが、すべてが予想外の展開になってしまった。「ヘイ、お嬢ちゃん、どこへ行くんだ？」突然、たどたどしい英語の男の声が、芽依の耳に飛び込んできた。芽依は慌てて数歩後ずさりし、必死に首を横に振った。「要りません」男はニヤリと口角を上げた。「お嬢ちゃん、なかなか可愛いな。いい所に連れて行ってやろうか？」そう言いながら、男は芽依に手を伸ばした。芽依が避けようとした瞬間、男は彼女の動きを読んでいたかのように、彼女を強く抱きしめた。芽依は必死にもがいた。「離してください。あなたを知らない。これ以上、そんなことをしたら警察に通報します！」男は芽依を全く無視し、彼女を引きずりながら、向かいのワゴン車へと歩いて行った。芽依は恐怖で全身が震え、泣きそうな声で男に懇願した。「お金ならある。お金をあげるから……」男が芽依をワゴン車に押し込もうとしたその時、突然、誰かの手が男の行く手を阻んだ。女性は流暢な外国語で男に何かを言い続けた。男は顔を曇らせ、しぶしぶ芽依を女のそばへ突き飛ばすと、そのままワゴン車に乗り込み、走り去っていった。芽依は呆然としたまま女性を見つめ、涙が止まらなかった。彼女は女性に何度も頭を下げた。「ありがとうございます。ありがとうございます。ありがとうございます」女性は芽依の腕をつかんだ。「私のことを覚えていない？あなたは佐野さんの娘さんでしょう。さっきから遠目で見ていて、あなたにそっくりだと思っていたの。まさか本当にあなただったなんて。昔、私の母が心臓発作を起こした時、あなたとお母様が病院に運んで、寝る間も惜しんで看病してくれたお陰で助かったんです。あなたたちがいなかったら、私と兄が帰国するまで母は持たなかったでしょう。この数年、

綾女は病室のドアの前で、どこか不安げに中の瑛士を見つめていた。彼女は顔を横に向け、背後に立つ奇妙な格好をした男に囁いた。「月島、今回こそ、彼から香坂芽依に関する記憶を全て消し去るの。そして、彼に母親を憎み抜き、私のことだけを愛させる」催眠術師・月島悟（つきしま さとる）は、不気味な笑みを浮かべた。「鳴海さん、それは欲張りすぎですよ。あなたが支払う金額を少なくとも二倍にしなければ、これほど多くのことはできません」二倍だと！そもそも、鳴海家の資金繰りが悪化していなければ、彼女が金のために危険を冒し、瑛士のブレーキを壊すような真似はしなかったはずだ。ここ数年、鳴海家は細々と生き延びており、彼女は瑛士の記憶を改ざんするために、ありったけの金を使い果たしてしまった。今、この四億円は、ローンで手に入れたものなのに、彼は今になって二倍にしろと言うのか。そんな金、どうして用意できるだろう。「そんなお金、ありません」悟の手が、ゆっくりと綾女の体に伸びてきた。「君が俺の女になるなら、俺がこれらの事を手伝うのは当然だ」綾女は必死に拳を握りしめ、既に意識を取り戻している瑛士の姿を見て、一か八かの賭けに出ることを決意した。彼女は爪先立ちになり、嫌悪感を抱きながら悟の頬にキスをした。「いいわ」悟は満足そうに笑った。「彼を刺激して錯乱状態に陥らせたら、その隙に彼を殴り倒すんだ。後のことは俺に任せろ」悟の姿が廊下に消えていくのを見送り、綾女はそっと息を吐き、瑛士の病室のドアをノックした。綾女の姿を見ると、瑛士は嫌悪感を露わにし、冷たく鼻で笑った。「お前は、そんなに死にたいのか？」綾女は目に涙を浮かべながら、瑛士を見つめた。「今日、私はあなたに、これまでの全てのことを話そうと思って来たの。医者は、あなたが全てのことを思い出すことで、あなたの体が完全に回復すると言ったわ。だから、罪滅ぼしのために、私は全てのことをあなたに話すつもりよ。香坂の死を含めて……」瑛士はハッと顔を上げ、鋭い視線で綾女を睨みつけた。「芽依の死だと！どういう意味だ？はっきり話せ！」瑛士がこれほど芽依を気にかけている様子を見て、綾女は嫉妬に駆られ、拳を強く握りしめた。彼女は椅子を引き寄せ、瑛士の向かいに座った。「九年前、あなたのお母様は、私たちを引き離す

芽依はこの一ヶ月で、さまざまな手続きをほぼ済ませた。愛梨の手配で、彼女は無事に学校の語学クラスに入ることができた。芽依はゼロからのスタートだったため、クラスの生徒は皆、比較的年齢が低い。それに比べると、芽依はいくらか場違いな感じがしたが、それを不快には思わず、むしろ全ての精力を学習に注ぎ込んだ。語学クラスのカリキュラムはとてもタイトで、毎日午前中は文法と語彙の学習、午後は会話とリスニングの訓練だ。芽依はスタートこそ遅かったものの、真面目な学習態度で朝早くから夜遅くまで勉強し、それに加えて愛梨の助けもあり、すぐに簡単なコミュニケーションができるようになった。土曜日の朝、愛梨がドアを開けると、芽依はすでに身なりを整え、単語を暗記していた。彼女は少しばかり不満そうに首を横に振り、手を伸ばしてその単語帳を閉じると、彼女の手を引いて外へ向かった。「今日は週末だから、兄さんが友達を連れてきて家でバーベキューをするの。手伝ってちょうだい」手伝いと聞いて、芽依はすぐに立ち上がった。「いろいろ作れます。今日の夕食は私が作りましょうか」芽依の様子を見て、愛梨は少し心を痛め、彼女の肩を軽く叩いた。「彼らはバーベキューをするだけだから、食材は全部買ってきたものよ。あなたは食器を並べるだけでいいの」芽依はすぐに承諾した。彼女はここに長く住んでいるが、いつも愛梨が食事を作ってくれていた。彼女が家賃を払おうとしても愛梨は受け取らず、毎日仕事が終わってから彼女の勉強を見てくれている。彼女は愛梨にとても感謝しており、愛梨のために何かできることがあればとても嬉しい。昼近くになると、愛梨の兄が数人の友人を連れて次々とやって来た。芽依が愛梨の兄に会うのは初めてだった。彼は背が高く、シンプルな白いTシャツとジーンズを着ており、顔には穏やかな笑みを浮かべていた。見た目は愛梨によく似ていたが、雰囲気はもっと落ち着いていた。愛梨が言っていた、あれこれと注文が多くて扱いにくいイメージとは全く違っていた。愛梨は肘で芽依をつついた。「兄さんの外見に騙されないでね。あそこの家のお手伝いさん、またクビにしたみたいよ。また私に探してくれって頼んでくるんじゃないかって心配だわ」御堂洋平（みどう ようへい）はふざけて怒ったように愛梨を見た。「俺のそんな欠点を

「行かないで！」瑛士はベッドから飛び起き、苦しそうに心臓を押さえた。激しい痛みに冷や汗が止まらない。彼はよろめきながら起き上がり、冷凍庫の中の芽依を見つめ、自嘲気味に冷たく言い放った。「芽依、もうどれくらい経った？いつになったら目を覚ましてくれるんだ？」綾女には人工心臓を移植し、柊一成との結婚までさせた。あの日の結婚式には俺も行った。盛大で、豪華だった。でも、式が終わらないうちに柊一成は綾女の美貌に耐えられなくなり、舞台上で……」瑛士は鼻で笑った。「これはまだ始まりにすぎない。彼女がお前に借りたものは、少しずつ返してやるとも」瑛士は震える手で、そっと芽依の頬に触れようとしたが、触れた瞬間、慌てて芽依の顔に厚く塗られたファンデーションを力任せに剥がした。芽依の素顔を見た後、彼は突然狂ったように笑い出し、すぐにアシスタントに電話をかけた。「母さんの周りのアシスタントを調べてくれ。ここ二ヶ月間のすべての足取りだ。できる限り詳しく頼む」瑛士が握る携帯電話を持つ手は、微かに震えていた。芽依は死んでいなかった。こんなにも気づかれずに自分の目の前で人を連れ去り、これほど似た替え玉を用意できるのは、自分の母親しかいない。瑛士は冷凍庫の中で芽依と少し似ている遺体を見つめ、「芽依、お前がどこに送られたとしても、必ず見つけ出してやるからな」と呟いた。翌朝早く、瑛士は手配していた葬儀屋に連絡し、芽依の遺体を運び出させた。雨宮夫人はそれを見て満足そうに頷いた。「瑛士、考えが変わってよかった。人は死んだら生き返らない。自分の体を大切にするのよ」瑛士は冷たく頷き、悲しそうな顔で葬儀屋の車に乗り込んだ。瑛士の後ろ姿を見ながら、雨宮の母は内心穏やかではなかった。彼女はアシスタントの方を向き、「事は綺麗に処理したのでしょうね？絶対に証拠を残してはいけませんよ」と念を押した。アシスタントは頷いた。「ご安心ください。名前はすべて変更済みで、すべての書類も抹消済みです。若様には決して調べられません」雨宮夫人は安心して頷いた。綾女はすでに柊一成と結婚させられた。間もなく、あの変態に命を奪われることになるだろう。今、瑛士は芽依が死んだことから立ち直った。来月の古川家の令嬢との縁談の話を進めることができる……瑛士は手に持っていたばかり

芽依は一瞬戸惑った。次の瞬間、すぐにトイレに隠れようとしたが、もう間に合わなかった。瑛士は芽依の手首を強く掴み、嗄れた声で必死に言った。「芽依、逃げないでくれ！」芽依は慌てて瑛士の手を振りほどこうとしたが、瑛士はますます強く握りしめた。「全部知っているんだ。七年前のこと、綾女がお前にしたこと、全部知っている。わざと綾女と一緒になってお前を傷つけたり、いじめたりしたんじゃない。彼女に催眠術をかけられ、記憶を改ざんされて、彼女が俺を救ってくれたと勘違いしていたんだ。芽依、俺は今、全部知っているんだ。俺の胸にあるこの心臓はお前のものだ。俺もそうだ。もう一度チャンスをくれ。二度と失望させない。俺と一緒に帰ってくれ」芽依は瑛士を見つめ、心臓が激しく鼓動した。声が震えながら言った。「あなたとは帰らない。私たちはもう関係ない。私は芽依じゃない、古川佳代だ。離して……」瑛士は呆然と芽依を見つめた。彼女は自分とは帰らないと言った。自分たちにはもう関係がないと言った。今まで、芽依は彼に一度も「いいえ」と言ったことがなかった。それなのに、離れてからどれくらい経っただろうか。彼女はもう拒絶することを覚えてしまったのだ。瑛士の手は微かに震えた。彼は芽依をじっと見つめた。「古川佳代？名前を変えただけで、俺たちの間のすべてを消せると思っているのか？お前は俺のものだ。どんな名前だろうと、お前は俺のものだ！」芽依の心臓がチクリと痛んだ。彼女は力を込めて彼の手を振り払い、一歩後退し、冷たく毅然とした声で言った。「私は誰のものでもない。私は私自身だ私はもう雨宮家のメイドではない。あなたを世話する必要もないわ！それに、あなたにはもう綾女さんがいるんでしょう。だから、もう私のことには関わらないで」瑛士は体を揺らし、よろめいた。「彼女はもういない。彼女の心臓はもう、一番質の悪い人工心臓に取り替えた。彼女がお前に与えた傷は、すべてそっくりそのまま返してやった。芽依、俺が悪かった。騙されていたんだ。お前にあんなにも多くの苦痛を一人で背負わせてはいけなかった。残りの人生をかけて償いたい。頼むから……もう一度チャンスをくれ！」頼む！選ばれた人間、高みにいる雨宮の御曹司が、頼むと言うとは。しかし、もう遅いのだ。芽依は手を上げて自分の胸を庇い