Home / 恋愛 / ゆりかごの中の愛憎 / Kabanata 21 - Kabanata 30

Lahat ng Kabanata ng ゆりかごの中の愛憎: Kabanata 21 - Kabanata 30

52 Kabanata

はじまりの一歩

 湊は、賢治の不倫を証明する為に、ゆき に1枚のSDカードを託した。そのSDカードは ゆき の手から菜月に手渡され、菜月は賢治が運転するアルファードの車載カメラのSDカードを、数日置きにすり替えた。「お母さん、これが今週の分」  菜月は、SDカードを数枚入れた封筒を ゆき に手渡した。 「ご苦労さま、菜月さん。でも本当に大丈夫?」 「うん、大丈夫」  賢治に外出禁止を言い渡され、マンションに軟禁状態だった菜月は、日に日に疲労の色が濃くなっていた。「湊とお父さんには元気だって伝えて」「ええ」 菜月は ゆき を凝視した。「お父さんに、賢治さんの不倫の事はもう話したの?」「いいえ、まだ・・・とても言えないわ」「まだ言わないで」「ええ、分かったわ。でも菜月さん、無理しないでね」「うん」 ゆき と菜月が話していると、玄関ドアが勢いよく開いた。賢治だった。まだ勤務中の筈だが、こうして度々、菜月の様子を伺いに来ていた。玄関先に ゆき の西陣草履を目にした賢治は「チッ」と舌打ちをした。「菜月」 その行為は監視に近く、菜月は顔色を変えた。 ゆき は慌てて白い封筒をハンドバッグに仕舞い込んだ。「お義母さん、来ていらしてたんですか」「ええ、菜月さんの好きなケーキを差し入れに来たの」「毎週、毎週、ありがとうございます」 賢治は嫌味ったらしく ゆき を見下ろした。 ゆき はその太々しい態度に、社長夫人らしく毅然と「勤務時間でしょう、お仕事に戻りなさい」と立ち上がった。緊張感が走った。「お義母さん、家まで送りましょうか?」「いえ、結構です。用事がありますから」「そうですか」 ゆき は吐き気を催した。娘婿が不倫相手とお愉しみの時間を過ごした車になど乗りたくもなかった。「分かりました、菜月」「は、はい」「今夜は会合だから夕食は要らない」「はい」「では、お義母さん、ごゆっくり」 玄関ドアが不満げな音で閉じた。ゆき は菜月の痩せ細った手を握って涙を流した。「もう、郷士さんに打ち明けても良いんじゃない?」「賢治さんの事が許せないの」「弁護士さんに入ってもらって、慰謝料を頂けばいいんじゃないの?」「それだけじゃ許せないの」「でも」「湊 が助けてくれるから、大丈夫」 菜月はスカートをきつく握りしめた。 タクシーで綾野の家に乗り付けた ゆき
last updateHuling Na-update : 2025-07-08
Magbasa pa

はじまりの一歩②

 湊 は言葉を失った。「・・・なつ、き」 陰鬱なリビングに立ち尽くす菜月の姿からは生気が消え、頬は痩せこけ、手足はまるで棒きれのように細っていた。彼女の目は虚ろで、かつての輝きは失われていた。ぐるりと部屋を見回したが、そこには幸せな新婚生活の欠片すら感じられなかった。あちらこちらにシミが浮くカーテン、薄汚れたカーペットが痛々しい。壁やフローリングには不自然な凹凸が刻まれ、過去の争いの痕跡を物語っていた。菜月の心は重く、賢治との生活が残した傷が、この部屋の空気と共鳴しているようだった。「・・・湊」 湊は震える脚を踏み出し、ゆっくりと菜月を抱きしめた。元来、菜月は華奢だったが、今その四肢はゴツゴツと骨張り、痛々しいほどに細っていた。彼女の身体はまるで壊れ物のように軽く、湊の胸に収まった。「湊」と小さく呟く声は弱々しく、ぶらりと垂れていた菜月の腕が、ゆっくりと湊の広い背中に回された。その腕は小刻みに震え、湊のスーツの襟を涙で濡らした。やがてその震えは嗚咽へと変わり、菜月の抑えていた感情が溢れ出す。湊はただ黙って彼女を抱きしめ、静かにその悲しみを受け止めた。過去の傷を癒すように、そっと菜月の背中を撫で続けた。「菜月、これはなんなの?」「賢治さんが」「賢治さんが、どうしたの?」 湊 はその手首に醜いあざを見つけた。それは既にどす黒く周囲は黄色く変色していたが、明らかに外部から圧を掛けられた痕だった。「菜月、ちょっと見せて」 湊 が菜月の7部袖を捲り上げようとすると、菜月はその手を振り払った。「見ないでっ!」「どうして」「こんなもの、湊には見られたくない!」「こんなものって・・・まさか・・・?」 菜月の目には涙が浮かび、止めどなく頬を伝った。「こんな、こんなみっともないもの、見せたくない!」「菜月、落ちつて、菜月!」「湊 には、見せたくないの!」 すると玄関先で革靴の音がした。「では、私に見せて下さい」 そこには、黒縁眼鏡を掛けた竹村誠一が手を伸ばしていた。菜月は一瞬、誰か分からず後ずさったが「あぁ!」と思い出し肩の力を抜いた。「ええと、湊 のお友達の警察の方・・」「はい、竹村です」「県警の方、ですね」「はい」ー昨日 湊 は、菜月の引越しの手伝いを竹村誠一に依頼した。「竹村、手伝って欲しい事があるんだ」「嫌だよ。たまの
last updateHuling Na-update : 2025-07-08
Magbasa pa

はじまりの一歩③

カコーン   鹿威しが響く座敷には、黒縁眼鏡の竹村誠一が正座していた。その隣には、両手で抱えるには少し難しい大きさの、段ボール箱が積み重なっていた。「はいはいはい、どうぞ」 白髪混じりの白い割烹着、着物姿の高齢の女性が、座敷テーブルに茶托と湯気が上がる緑茶、黒光りするこし餡の羊羹を置いた。「ありがとうございます、頂きます」 竹村誠一は、手を合わせ爪楊枝を摘むと羊羹に刺した。スッと通る質感に、唾が出た。「お名前はなんて仰いましたかね?」「竹村誠一です」「あらあら、まぁまぁ。ごめんなさいね、忘れっぽくて」「いえ」 朱塗りの盆を抱えた多摩さんは、竹村誠一が 湊 の友人だと聞き、興味津々の様子だった。なんせ 湊 は仕事一筋で、友人の”ゆ”の字も出て来ない。なんなら、菜月に心を奪われている 湊 に浮いた話はひとつもなく、”女性の友人”が訪ねて来た事もなかった。「どうなさいました?」 あまりにも、多摩さんの視線が頬に痛い竹村誠一は、愛想笑いでその顔を覗き込んだ。「いえいえ、 湊 さんのお友だちがいらっしゃるなんて珍しくて」「はぁ」「ごめんなさいねぇ」「いえ」 そこへ、郷士と ゆき が顔を出した。「多摩さん、お茶をくれんか」「はいはいはい」 多摩さんは、すっと立ち上がると機敏な動きで台所へと向かった。かちゃかちゃと湯呑みを準備する音が聞こえて来る。座敷テーブルに郷士と ゆき が座ると、竹村誠一は太ももに手を置き、深々とお辞儀をした。「いやいや、そんな畏まらんでも」「そうですよ、お顔を上げて下さい、ね?」「はい」 竹村誠一は警察手帳を取り出すと、 湊 とは大学時代からの友人で、今回は引越しの手伝いに駆り出されたのだと話した。ふと見ると、 ゆき の表情が硬い。なにかある、と察した竹村誠一は、菜月がドメスティックバイオレンスを受けていたという事実を伏せた。ゆき から安堵の息が漏れた。(やはり、父親には隠しているのか) 郷士は辺りを見回して、菜月と 湊 の姿がない事を訝しがった。「竹村さん、2人はどうしたのかな」「みな・・綾野くんと菜月さんは細々とした物を運び出すと言ってマンションに残られました」「そうなのね、竹村さんにこんな大きな荷物を任せて、 湊 はなにをしているのかしら!もう!」 竹村誠一は腕時計を見た。逆算すれば、例え
last updateHuling Na-update : 2025-07-08
Magbasa pa

顧問弁護士 佐々木

 黒いスーツに身を包んだ上背のある男性が、綾野家の引き戸に静かに手を掛けた。戸が滑るかすかな音に気付いた家政婦の多摩さんは、白い割烹着の裾で手を拭きながら、急いで玄関へと迎え出た。そこには、細いフレームの銀縁眼鏡を掛けた男性の背中が、すっと伸びていた。三和土に黒い革靴が丁寧に揃えられ、静かな威厳を漂わせている。「あらあらあら、あんたかいね」「婆ちゃん」「なに、今日は母屋に用事なんか?」「あぁ、湊さんに呼ばれとるんや」「そうか、そうか」「湊さんは?」   多摩さんが「湊さんなら、奥の和室にいるよ」と告げた。男性はギシギシと音を立てる縁側を進んだ。青々とした芝生が広がる庭園には、石楠花の花が鮮やかに咲き誇り、その美しさにいつ来ても見惚れてしまう。心を奪われながら歩を進めると、突然、湊から穏やかな声で呼び止められた。和室に通され、2人は畳の上で真向かいに正座した。静かな空気の中、湊の落ち着いた瞳が男性を見つめる。庭の花の香りがほのかに漂い、部屋に安らぎを与えていた。男性は姿勢を正し、湊との会話に備えた。過去と未来が交錯するような、緊張と期待が混じる瞬間だった。「佐々木」「湊さん、お待たせしました」「いや、急がせてすまない」「いえ、今日はどうなさいましたか?」 湊は押し入れからゴミ袋を引き摺り出すと、スーツや白い小箱を取り出し、佐々木の前に広げて見せた。「今日は顧問弁護士ではなく、一弁護士として佐々木に頼みたい事がある」「それは、どういう意味でしょうか?」「綾野住宅株式会社ではなく、僕からの依頼だ」「湊さん、個人の」「うん」 家政婦の多摩さんの孫、佐々木冬馬は、綾野住宅株式会社の顧問弁護士として辣腕を振るっていた。湊は、賢治の不倫行為という身内の恥を外部に晒すことを避けたい一心で、佐々木に相談を持ちかけることにした。佐々木の冷静な判断力と信頼性なら、穏便に事を進められると湊は信じていた。座敷で向き合った佐々木は、銀縁眼鏡の奥で鋭い目つきを光らせ、湊の話を静かに聞いた。賢治の裏切りが菜月に与えた傷を思うと、湊の胸は締め付けられたが、佐々木の落ち着いた声に希望を見出した。解決への道筋を模索する二人の会話は、午後の静けさに吸い込まれた。「これは、なんでしょうか」 佐々木は、白檀の香りが匂い立つ、スーツジャケットとカルバンクラインのネクタイ
last updateHuling Na-update : 2025-07-08
Magbasa pa

不正疑惑

 湊は綾野住宅株式会社の事務所で、施設管理の不備についての報告書を確認していた。「・・・・っ」 数ページの書類を捲っていた湊は、突然、鳩尾に鈍い痛みを感じた。思わず腹を押さえて屈み込む姿に、近くにいた女性事務社員の久保が心配そうな顔で駆け寄った。「湊さん、大丈夫ですか?」と声をかけ、彼女の目には本気の不安が浮かんでいた。湊は無理に笑みを浮かべ、「ちょっと胃が・・・・大丈夫」と答えたが、痛みは引かず、冷や汗が額に滲んだ。久保は慌てて水を持ってきて、椅子に座るよう促した。書類の山には賢治の不倫の証拠が並び、湊の心を締め付けた。菜月の憔悴した顔が脳裏に浮かび、痛みはさらに深まるようだった。久保の優しい声が、静かなオフィスに響いた。「部長、具合悪いんですか」「ちょっと胃が痛くてね」「お薬、お持ちしましょうか」「ありがとう、でも良いよ。精神的なものだから」「精神的、ですか」「うん、色々とあってね」 菜月と賢治の離婚問題は、湊の強い意向で社員には一切伝えられていなかった。綾野住宅グループは「幸せな家庭」を謳い文句に掲げており、会社社長の賢治の不貞行為が明るみに出れば、グループ全体のイメージが致命的に損なわれることは必至だった。湊はその重圧を一人で抱え込み、菜月を守りながら会社への影響を最小限に抑えようと奔走していた。その気遣いとストレスが原因なのか、湊は度々、鋭い胃痛に苛まれた。書類を手にすれば賢治の裏切りが脳裏に浮かび、菜月の憔悴した姿が胸を刺す。湊は唇を噛み、痛みを堪えながら、静かに次の一手を考え続けた。「綾野部長」 久保は一通の水色の封筒を手にして周囲を見回すと、湊の座るデスクの脇に身を潜めた。「どうしたの」「あの、私、社長宛の封書を間違えて開いてしまって」「あぁまた封をすれば良いじゃない、そんなに酷く破いてしまったの」「いえ、それは大丈夫なのですが」 手渡された封筒を裏返して見ると四島工業株式会社 四島 忠信の印が押されていた。賢治の父親から賢治個人に宛てた郵便物だった。「これがどうしたの?」 久保が心配そうに「中身を改めてくれないか」と水色の封筒を指差した。「それが・・・」と湊が言い淀む雰囲気に、ただ事ではないと察した彼は慎重に封を開けた。A5版の白いコピー用紙に折り込まれた一枚の請求書が出てきた。それは綾野建設株式会社が四島工業
last updateHuling Na-update : 2025-07-08
Magbasa pa

午後の情事

 廃墟と化した老人介護施設の裏手駐車場は、雑草がアスファルトの隙間を突き破り、かつての喧騒を忘れた静寂に包まれていた。午後の陽光は、くすんだコンクリートにまだらな影を落とし、賢治の黒いアルファードだけがその場に不釣り合いに光沢を放っていた。 車は前後にリズミカルに揺れ、バックドアから覗く女性の膝まで下ろされたパンティストッキングが、陽光に照らされてかすかにきらめく。桜貝のようなネイルが、彼女の指先で妖しく輝いていた。賢治の息は荒く、額に汗が滲む。彼の動きは激しく、情熱に突き動かされていた。車内の空気は熱を帯び、窓ガラスが曇るほどだった。 彼女、吉田美希のあどけない顔に浮かぶのは、快楽とわずかな抵抗の入り混じった表情だ。彼女の嬌声が狭い車内に響き、賢治の興奮をさらに煽る。「美希! 美希!」 彼の声は切迫し、まるで彼女の名前を呼び続けることでこの瞬間を刻みつけようとしているかのようだった。「あ、ん・・・・」美希の声は小さく、しかしその抑えきれない響きは、賢治の心をさらに掻き立てた。「美希!」「・・・・・・!」 二人の濃密な時間は、まるで永遠のように感じられたが、30分ほどで終わりを迎えた。情熱の波が引くと、車内にはかすかな気まずさと余韻が漂う。美希は不満げな表情を浮かべ、ブラジャーのホックを留め直すと、脱げかけたパンティストッキングを慌ただしく引き上げた。彼女の指先は、桜貝のネイルが光るたびに、どこか不満を訴えるように動いた。「部ちょお・・・・」 美希の声は甘く、しかしどこか拗ねた響きを帯びていた。「もう、社長だよ」 賢治はスラックスを履き、ベルトを締めながら軽く笑った。ルームミラーに映る自分の乱れた髪を掻き上げ、余裕を取り戻すように身だしなみを整える。その仕草には、どこかこの関係を支配しているという自負が垣間見えた。「部長は、部長だもん!」   美希はさくらんぼのような唇を尖らせ、頬を膨らませて抗議した。彼女の瞳には、愛らしい不満と、言いたいことを抑えたもどかしさが揺れていた。 「で、なに。なにか言いたそうだけど」 賢治は彼女の表情を読み取り、からかうような口調で問いかけた。シートに凭れ、煙草に火をつける仕草は、まるでこの瞬間をさらに味わおうとしているかのようだった。 「どうしていつも車の中でするんですか!」 美希の声は少し高く
last updateHuling Na-update : 2025-07-08
Magbasa pa

黒いセダン

 吉田美希は、桜貝のネイルが光る手をひらひらと振って、賢治の黒いアルファードを見送った。午後の陽光が、廃墟と化した老人介護施設の裏手駐車場に長く影を落とし、雑草がアスファルトの隙間から無秩序に伸びていた。アルファードのテールライトが遠ざかり、エンジン音が静寂に飲み込まれると、美希の胸に重いため息がこみ上げる。賢治の最後の言葉が、耳元でまだ熱く響いていた。「いつか妻とは別れるから」 彼の低く甘い囁きは、いつも彼女の心を掻き乱すのに、その気配は一向に見られなかった。 美希はピンクの軽自動車のドアを開け、シートに身を沈めた。車内には、彼女の甘い香水の匂いが漂い、助手席に投げ出されたバッグからリップクリームが転がり出る。彼女は大きなため息をもう一度吐き、ルームミラーで自分の顔を確認した。さくらんぼのような唇は、さっきまでの情熱の名残を宿しているのに、瞳にはどこか満たされない影が揺れていた。 「また、いつもとおんなじ」 美希は小さくつぶやき、髪を掻き上げた。賢治との関係は、燃えるような瞬間と、こうして後に残る虚しさの繰り返しだった。彼の「社長」と呼ばれたい軽い冗談も、彼女を「美希」と呼ぶ熱っぽい声も、すべてがこの廃墟の駐車場で始まり、そして終わる。 彼女はハンドルを握り、軽やかなエンジン音とともに車を走らせた。ピンクの軽自動車は、雑草が伸び放題の駐車場を横切り、ひび割れたアスファルトを軽快に進む。  だが、その背後、垣根の向こうに、黒いセダンタイプの乗用車が息を潜めるように停まっていた。陽光に照らされたボディは、まるでこの廃墟の静寂に溶け込むように鈍く光る。車内の影は動かず、まるで二人の秘密をじっと見つめていたかのようだった。美希はそれに気づかず、軽自動車を県道へと滑り込ませる。彼女の心は、賢治の言葉と自分の期待の間で揺れていた。 廃墟の駐車場は、かつて老人の笑い声や車椅子の軋む音で賑わった場所だったが、今はただの忘れられた空間だ。雑草が風に揺れ、遠くで鳥の鳴き声が響く。美希の軽自動車が遠ざかると、静寂が再びその場を支配した。だが、黒いセダンは動かない。まるでこの場所に根付いた亡魂のように、じっと佇んでいる。  美希の心には、賢治への想いと、どこかで感じる罪悪感が交錯していた。彼の妻の存在、彼女自身の日常、そしてこの関係の行く末。すべてが頭の中で渦を巻く。
last updateHuling Na-update : 2025-07-08
Magbasa pa

黒いセダン②

(もしかしたら、浮気調査の人?) 吉田美希の頭に、背後に纏わりつく黒いセダンが探偵社の素行調査員ではないかという考えが浮かんだ。賢治との不倫関係を暴こうと、誰かが雇ったのかもしれない。だが、こんなにあからさまに後を追ってくるだろうか? 彼女の心臓はまだ激しく鼓動し、脇に滲む汗が冷たく感じられた。 次の瞬間、脳裏を今後の不安が駆け巡る。 (やだ、不倫がバレちゃったらどうしよう!) 賢治が綾野家に婿養子として入る際、美希は四島工業から手切金として100万円を受け取っていた。あの約束を反故にしたとなれば、懲戒解雇は免れないだろう。 彼女の軽自動車が県道を走る中、頭の中は最悪のシナリオで埋め尽くされる。正妻、綾野菜月への慰謝料支払い。家族や同僚の冷たい視線。すべてが一気に崩れ落ちる恐怖が、彼女を締め付けた。(あとは、あとは!?)  美希は自分の迂闊さを呪った。不倫が露見するなんて、想像もしていなかった。無我夢中でアクセルを踏み、一時停止の道路標識でハンドルを握る手が震える。恐る恐れルームミラーを覗くと、黒いセダンの姿はなかった。ほっと安堵の溜めがこまり、彼女はシートにもたれかかった。(気のせい、気のせい、たまたま同じ方向だっただけ) 左にウィンカーを出し、大通りに合流すると、遠くに四島工業株式会社の看板が見えてきた。来客用の茶菓子を買いに出かけた助手席には、有名和菓子店の紙袋が無造作に置かれている。廃墟の駐車場での情熱の時間も、黒いセダンの恐怖も、まるで夢のようだった。(あぁ、ドキドキした・・・) 美希はさくらんぼのような唇を軽く噛み、心を落ち着けようとした。だが、その瞬間、ショルダーバッグからけたたましく鳴り響く携帯電話の音に、彼女は飛び上がった。 LINE通話ではない着信音。それは、社長からの直々のお叱りかもしれない。 (今日は早かったのにな、ちぇっ) 四島工業の駐車場に車を停め、ブレーキを踏んだ美希は、震える手でピンクの携帯電話を取り出した。画面を見つめ、彼女は息を飲んだ。 「やだ、だれ、これ・・・」  発信者番号は非通知。よくある詐欺や悪戯の着信かもしれない。だが、その無機質な文字からは、なぜか禍々しい気配が漂い、彼女の手が震えた。 あの黒いセダンの女性の深紅の唇が、ルームミラーに映った歪んだ笑みが、頭に蘇る。サングラスの奥の視線
last updateHuling Na-update : 2025-07-08
Magbasa pa

黒い封筒

 夕暮れの県道を走る吉田美希のピンクの軽自動車は、まるで彼女の不安を映すように、ぎこちなく進んだ。自宅アパートに向かう道すがら、彼女はハンドルを力いっぱい握りしめ、ルームミラーで何度も何度も後続車両を確認した。黒いセダンの一件が頭から離れず、背筋に冷たいものが走る。交差点で隣の車線に黒い車が並ぶと、心臓が鷲掴みにされたような恐怖が全身を駆け抜けた。 (大丈夫よ、なにを怖がっているのよ) 美希は自分を落ち着けようと心の中でつぶやいたが、声は震えていた。桜貝のネイルが光る指先は、ハンドルに食い込むほど強く、汗で湿っていた。黒いセダンが探偵社の素行調査員だったのかもしれないという恐怖は、彼女の心を締め付ける。だが、それ以上に気にかかるのは、携帯電話に残された非通知の着信だった。あの禍々しい気配を放つ画面が、彼女の頭から離れない。 美希は、迷惑電話対策として携帯電話番号を極力公開しないようにしていた。会社の緊急連絡先には自宅の固定電話番号を登録し、個人情報を守ることに細心の注意を払ってきた。彼女の携帯番号を知る者は限られている。賢治、四島工業株式会社の社長である四島忠信、そして父親と母親だけだ。なのに、なぜ非通知の着信が? あの黒いセダンの女性の深紅の唇と歪んだ笑みが、まるでその着信と繋がっているかのように、彼女の想像を掻き立てる。(賢治さんの奥さんが・・・・) 賢治の妻、綾野菜月の存在が再び頭をよぎる。美希は彼女の顔を知らないが、賢治が「いつか別れる」と囁くたびに、その影がちらつく。あるいは、四島社長が何か気づいたのか? 手切金として受け取った100万円の約束を破ったことが、すでにバレているのかもしれない。考えれば考えるほど、恐怖の連鎖が止まらない。  夕陽が地平線に沈みかけ、県道の両側に広がる田んぼが赤く染まる。軽自動車のエンジン音は軽快だが、美希の心は重く沈んでいた。ルームミラーに映る自分の顔は、さくらんぼのような唇が青ざめ、疲れと不安で曇っている。彼女はカーラジオをつけ、雑音で頭を紛らわせようとしたが、音楽すら耳に入らない。 交差点で信号待ちをしていると、隣の車線に停まる黒い車のシルエットに、彼女の息が止まった。だが、よく見ればそれはセダンではなく、ただのコンパクトカーだった。安堵と苛立ちが同時にこみ上げ、美希は唇を噛んだ。(落ち着け、大丈夫!)
last updateHuling Na-update : 2025-07-08
Magbasa pa

黒い封筒②

 桜貝のネイルが光る指先が震え、3階に着く頃には肩で息をし、動悸と目眩で視界が揺れた。一刻も早く部屋に入らなければ。あの黒い封筒を郵便受けに入れた人物が、まだ近くに潜んでいるかもしれない。(誰、誰が!)  チカチカと点滅する通路の蛍光灯が、彼女の不安をさらに煽る。部屋のドアの前にたどり着くと、足元に再び黒い影が目に入った。2通目の黒い封筒だった。美希はそれを跨いで部屋に逃げ込もうとしたが、まるで引き寄せられるように手が伸びる。震える指で封を開けると、そこにはまた金色のペンで書かれた一言。『後ろを見て』  背筋に冷たいものが走り、彼女はゆっくりと振り返った。壁際に、黒い小箱がひっそりと置かれている。喉仏が上下し、耳鳴りが頭を支配する。 (開けてはならない、開けてはならない!) もう一人の自分が警告する声が響くが、彼女の好奇心と恐怖がそれを上回った。 震える手で蓋を開けると、中には全裸で手足がバラバラに捥がれた人形と、黒いカードが入っていた。美希は小さな悲鳴を上げ、膝がガクガクと震えた。恐る恐るカードを指で摘むと、そこにはまた金色のペンで書かれた文字。 『死ね』 「…ひっ!」 彼女はカードを落とし、ドアの鍵を慌てて開けた。部屋に飛び込むと、鍵を二重にかけ、背中でドアを押さえつけるようにして息を整えた。 部屋の暗闇が、まるで彼女の恐怖を吸い込むように静まり返っている。 (誰なの・・・何なの、これ・・・) 黒いセダンの女性の深紅の唇、非通知の着信、黒い封筒、バラバラの人形。すべてが繋がっている気がして、彼女の心はパニックに支配されていた。賢治との不倫、四島工業の手切金、綾野菜月の存在。彼女の秘密を知る誰かが、彼女を追い詰めている。 吉田美希は、黒いカードに書かれた金色の『死ね』という文字を手に震えながら見つめていた。ショルダーバッグの中で、携帯電話がけたたましく着信を知らせる。LINE通話ではない。画面には、禍々しい気配を放つ「非通知」の文字。 (・・・・・・非通知・・・) 彼女の指は、まるで操られるように通話ボタンに伸びていた。着信音が止み、電話の向こうからかすかな息遣いが聞こえる。 「もしもし?」「・・・・・」「あなた、誰! なんなのこれ!」 沈黙を破り、地の底から響くような女の声がした。 「賢治と別れろ」  美希の心臓が凍りつく。
last updateHuling Na-update : 2025-07-08
Magbasa pa
PREV
123456
I-scan ang code para mabasa sa App
DMCA.com Protection Status