「……んもう! 後少しだっていうのに」 獲得口の近くでアームからポトリと落ちた、可愛らしいセイウチのぬいぐるみを私はまだ諦めきれずに見ていて。一度大きく息を吐いて気を取り直し、もう一度チャレンジするために持っていた財布から硬貨を取り出そうとする。 「嘘でしょう……さっき両替したばかりなのに?」 すぐそばにある両替機に千円札を入れて十分も経っていないと思う。それなのに私の財布の小銭入れに百円玉は一枚も残っていなかった。 まだ財布にお札は入っているのは分かってて。いつもなら冷静になって諦めることが出来るのに、ついムキになって私はお札を取り出し両替機に向かおうとする。 すると、すぐ後ろから誰かに肩を掴まれて……「いつまでも戻って来ないと思ったらまだここで粘っていたのか、紗綾《さや》?」「ごめんなさい、要。だって……」 そういえばそうだった。私がこのクレーンゲームを始めて、要は奥のコインゲームで時間を潰してくると言っていたのに。彼の存在をすっかり忘れてこのゲームに夢中になってしまっていた。 すると要は、ケースの中にある商品のぬいぐるみを見て……「……このぬいぐるみがそんなに欲しいのか?」 そう言って彼は小さくため息をついた。分かってるわよ、私が可愛いぬいぐるみが似合わない女だって事は。だけど、どうしてもこの子を私の部屋に置いてあげたいって思ったの。「昔からセイウチ、好きだもの」「……確かに、そうだったな」 そう言うと要は自分の財布から硬貨を取り出して投入口に入れると、ボタンを使ってアームを操作し始めた。それにしても……本人には言えないけれど、この人と可愛いぬいぐるみが景品のクレーンゲームって何だかミスマッチだわ。 一度目のチャレンジでは、少しぬいぐるみが動いただけで失敗。いくら器用な要でも簡単に取れるわけがない、そう思って後ろからジッと見ていると彼に片手で引き寄せられて。 後ろから抱き寄せるような体勢で私の手に自分のそれを重ねると、そのままアームを操作するボタンを押させる要。 「いいか紗綾、俺が『離せ』と言ったらボタンから手を離せ」 動きだすアームと、耳元で囁く要……もうどっちに集中すればいいのか分からない状況だわ。 要は人がいてもいなくても、あまり態度や行動を変えたりしない。だからこんな場所でもこんな事を平気でしてくるけれど、奥手な
Last Updated : 2025-08-25 Read more