All Chapters of 娘が死んだ後、クズ社長と元カノが結ばれた: Chapter 1431 - Chapter 1440

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第1431話

病室には泣き声が絶えず響いていた。敬一郎は低く咳き込み、その声はさらに掠れていく。「......瑛司が、何かしたのか?」涙で目を潤ませていた優奈は、その言葉に一瞬呆けた。「それ、お兄ちゃんと何の関係があるの?」敬一郎は身体を起こそうともがき、優奈と和人が慌てて支える。「気をつけて」まだ座りきる前に、敬一郎は和人の腕を掴み、掠れた声で問い詰めた。「早く話せ......いったい何があった」澄江が前へ出て、涙を拭いながら俯く。「お父さん......明彦が警察に連れて行かれました」敬一郎の瞳が震え、目尻の皺までも揺れたように見えた。声はさらに重く、低くなる。「......理由は?」澄江は敬一郎の視線を受け、胸が震えた。だが覚悟を決めたように口を開く。「お父さん......本当は理由なんて分かってるんじゃないですか?」彼女は思い切るように続けた。「久米川瑠々の件です。誰かが証拠を提出して、診断書の偽造疑惑が立証されました。しかも、明彦名義の海外口座から、瑠々の主治医へ多額の送金がされていたんです。主治医への贈賄の疑いがあるとして、連行されました」敬一郎は息を詰まらせ、危うく呼吸が止まりかけた。和人の腕を握りしめ、しばらくしてようやく落ち着きを取り戻す。澄江もそれ以上はすぐに口を開けなかった。やがて敬一郎の呼吸が整うと、澄江は一気に問いかける。「お父さん、教えてください。明彦はこれまで一度も瑠々の件に関わっていません。それなのにどうして......海外口座が彼の名義なんですか?」彼女は飲み込んだ言葉があった。――瑠々のために動いていたのはお父さんだったはずなのに、どうして明彦なんですか?敬一郎ほどの人物が、その含みを理解できないはずがない。優奈と和人も、不安と焦りを滲ませた目で彼を見つめていた。その視線には、もはや「問い質す」という文字が浮かんでいるようだった。敬一郎は再び胸が詰まる感覚に襲われる。何度も深呼吸を繰り返し、白くなった唇を震わせた。「......瑛司を呼べ」優奈の不安はさらに強くなる。「え、お兄ちゃんなら今会社に――」敬一郎は重々しく遮った。「いいから呼べ。今すぐだ!」優奈には分からなかった。だが澄江は、その瞬間に敬一
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第1432話

瑛司がここへ来たのは、敬一郎の容体が少しでも良くなったか確認するためだけだった。先ほど主治医から、敬一郎に命の別状はないと聞かされている。二、三言だけ話して帰るつもりだった。瑛司は片手をポケットに入れたまま、淡々と言った。「前にも言ったはずだ。たとえ俺じゃなくても、彼女はいずれ辿り着いていた」敬一郎は荒い呼吸を繰り返した。「......だから、証拠を彼女に渡したのか?」「会社の仕事があるので、用がないなら失礼する」そう言って背を向けた瞬間、敬一郎は怒りに任せて手を振り上げ、ベッドサイドの物を片っ端から床へ叩き落とした。ガシャガシャと激しい音を立て、破片が辺りに散らばる。「この馬鹿者が!松木家はいつかあの女に潰される......あの時、認めるべきじゃなかった......!」言っているのは、あの夜のことだった。敬一郎は最終的に折れ、瑛司が蒼空を松木家へ連れて来ることを認めた。孫嫁として受け入れると口にした夜だ。瑛司は静かで黒い瞳で彼を見つめ、ふっと笑った。「じいさんが認めなくても、彼女を連れて帰るつもりだった。だがそれ以前に、俺が望んでも、彼女はきっと松木家に戻らないのだろう」ずっと、蒼空の方が松木家へ戻ることを拒んでいた。主導権は、最初から最後まで彼女の手にある。その言葉を口にした瞬間、瑛司の脳裏に、あの澄んだ瞳がよぎった。再会して以来、彼女は彼を見るたび、その綺麗な目に拒絶と警戒を宿していた。今も変わらない。もともと表情の薄い顔だったが、その目を思い出したせいか、口元の線がさらにわずかに下がった。敬一郎の目尻の皺がぴくりと動く。「だから何だ。松木家の人間を相手に、あの女の肩を持つのか!」瑛司は質問には答えなかった。「借りたものは、返さなければならないんだ」敬一郎は歯を食いしばった。「お前......!」瑛司は澄江へ視線を向けた。「明彦さんは何も知らなかったわけじゃない。あの口座が何のためのものか理解していたし、じいさんとも取引して利益を得ていた。無実ではない」澄江の顔色は真っ白になった。瑛司も敬一郎も明言こそしていない。だが断片的な言葉だけで、真実は十分に理解できた。次の瞬間、彼女は力を失ったように椅子へ崩れ落ちた。優奈と和人は、完全に
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第1433話

しかも明彦の件など、松木家にとっては所詮ただの醜聞に過ぎない。うまく隠し通して外部に知られなければ、松木家が本当に打撃を受けるはずがないではないか。せいぜい、瑛司が蒼空に騙され、彼女の肩を持っているという程度の話だ。松木家にとって、それくらい大した問題ではない。どうして「松木家は自分の身を守るので精一杯」などという話になるのか。優奈も同じ疑問を口にした。問いかけた相手は敬一郎だ。たとえ瑠々を助けられなくても、松木家まで巻き込まれるわけがないでしょう、と。敬一郎は目を閉じたまま、低い声で言った。「最近、瑛司を見張っておけ......いや、今すぐだ。あいつが何かしでかさないようにな」そう言われれば言われるほど、優奈の胸の不安は強くなる。「それは、どうして?」「いいから行け」言い終えると、胸を押さえながら激しく咳き込む。優奈は慌てて駆け寄った。「おじいちゃん......!」しばらくして呼吸を整えると、敬一郎は声を押し殺すようにして呟いた。「瑛司は......あいつは、松木家全員に蒼空へ頭を下げさせるつもりだ......」優奈の手が震えた。「そんな......」敬一郎は目を閉じ、彼女の手を払いのける。「だから早く行け。全員で会社へ行って瑛司を見張れ。何か動きがあったら、すぐ他の役員にも連絡するんだ。絶対に奴を止めないと。馬鹿な真似をさせるな」優奈はなお問い詰めようとした。だが、激しく脈打つ鼓動のせいで、じっとしてなどいられなかった。何かしなければ、この状況は変えられない気がした。彼女は不安げに和人を見た。相手もまた、彼女と同じように途方に暮れている。優奈は唇を噛んだ。敬一郎がここまで言うからには、きっと理由がある。彼女はすぐに和人の手を掴んだ。「わかった」そして澄江へ向き直る。「お母さんはここでおじいちゃんを見てて。何かあったら電話して」そう言い残し、優奈は和人を引っ張るようにして病室を飛び出した。澄江は、まだ動揺の冷めない顔で敬一郎を見る。敬一郎の顔色は土気色で、これまで見たこともないほど老いと衰えが滲んでいた。若い頃、意のままに人を動かし、権勢を振るっていたこの人物が、本当に老いたのだと、澄江は初めて実感した。「......間に合え
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第1434話

そう考えた瞬間、安莉の胸に、急激な悔しさが込み上げた。両脇に垂らした手をぎゅっと握りしめ、どこか意地を張るような声で問いかける。「社長......関水社長は、あなたにとってそれほど大切な存在なんですか?」松木グループの名誉や、暴落していく株価よりも。窓の外から差し込む淡い光が、床まで届くガラス越しに無口な男の身体を照らしていた。光が当たっているはずなのに、男の輪郭はむしろいっそう深く鋭く際立ち、その瞳と固く結ばれた唇には、なおさら重たい沈黙が宿っている。安莉は息を潜めたまま、彼の返答を待った。視線は真っ直ぐ、瑛司の双眸を見つめている。瑛司はまず目を細めた。黒い瞳の奥に鋭い光が走り、空気がわずかに張り詰める。「それは君には関係ない。余計な詮索はせず、自分の仕事をこなせ」声音は淡々としていたが、そこに込められた叱責の色は誰にでも分かるものだった。見えない平手打ちを食らったような感覚だった。羞恥が足元から這い上がってくる。安莉の顔色がさっと白くなり、握った両手にはさらに力が入る。爪が手に食い込むほどだった。瑛司は彼女を一瞥した。その視線の中で、ふと彼女の出自を思い出したのか、眉間の鋭さが少しだけ和らぐ。「今後、仕事に関係ないことは聞くな。昔の件があるから、君は安心してグループに残っていればいい。それ以上は考えるな」その一言で、彼が自分の考えをすべて見抜いていたことが明白になった。まだ口にすらしていない想いを、先に拒絶されたのだ。安莉の顔に怯えと羞恥が浮かぶ。彼女は歯を食いしばり、小さく答えた。「......分かりました」「下がっていい」ドアを閉めたあと、安莉は俯いたまま立ち尽くした。諦めきれない思いと焦燥が胸の奥から湧き上がってくる。本当に、瑛司の言う通り、このまま諦めるべきなのだろうか。彼女は山奥の観光地で働くサービス係の娘だった。シングルマザーの母は彼女に大きな期待を寄せていた。山を出て、一流都市の名門大学へ進学したのも、人生を変え、上へ這い上がるため。幼い頃のほんの一度の善意によって、一気に人生を変えられる道を掴めるはずだった。なのに、その「道」本人に拒絶された。安莉は目を伏せたまま、暗い感情を瞳の奥に沈める。何度か深呼吸したその時、秘
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第1435話

受付は本当は、「松木社長も今は手一杯で、面会する時間なんてないはずです」と言いたかった。だが優奈はそんな言葉を聞こうともせず、和人の腕を掴んだまま足早に進み、すでにエレベーターの前まで駆けていた。受付は仕方なく、秘書室へ電話を入れて優奈が来ていることを伝えようとする。ところが振り返る前に、優奈の目の前でエレベーターの扉が開いた。スーツに包まれた長い脚が、一歩外へ踏み出す。その姿を見た瞬間、優奈の表情が固まった。次の瞬間には、瞳に大きな安堵と頼もしさが溢れる。「お兄ちゃん、やっと会いに来てくれた......」瑛司はエレベーターから降り、視線を落とした。その目が、青ざめた優奈の顔に向けられる。声音は淡々としていた。「帰れ」優奈は、祖父の看病をしに戻れという意味だと思い込み、その言葉を気にも留めなかった。彼女は瑛司の腕を掴む。まるで最後の支えであり、最後の命綱を掴むように。「お兄ちゃん、外はもう大変なことになってるの!みんなこの件を知ってるし、グループの株価もストップ安になっちゃった......!早く何とかしないと。できればメディアを抑えて、悪い記事とか動画とか全部揉み消して、これ以上広まらないように――」瑛司の後ろに立っていた安莉が、複雑な眼差しで彼女を見ていた。優奈は気づかないまま、必死にまくし立てる。「おじいちゃんに見張ってこいって言われたけど、何を見張ればいいのか分からなくて......」「もう見張る必要はない」瑛司の声は低く、少しかすれていた。優奈はおそるおそる彼を見る。「......え?」瑛司は視線を落とし、彼女が掴んでいた自分の腕から、その手を静かに外した。「じいさんの言いたいことは分かってる。お前が来ても意味はない。それに、俺がやりたかったことは、もう終わったって、帰って伝えろ」優奈には何一つ理解できなかった。手の中が空っぽになったようで、心までぽっかり穴が開いたように苦しい。彼女はまた瑛司の腕を掴もうとする。「どういうこと......?全然分かんないよ......」だが瑛司は腕を引き、わずかに彼女の手を避けた。空を掴んだ優奈は、茫然としたまま顔を上げる。瑛司は低い声で繰り返した。「もう帰れ」優奈の目が赤くなる。「なんで?
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第1436話

優奈と和人は理解していた。あれは単なる脅し文句なんかじゃない。瑛司は、本気で言ったことを実行する人間だ。二人は、瑛司から答えも解決策も得られないと悟り、すぐに会社を後にした。車を走らせ、急いで病院へ戻る。このことを一刻も早く敬一郎に伝えなければならない。典子へ折り返しの電話をしたのは、病院へ向かう車の中だった。通話が繋がった瞬間、優奈の鼓動はさらに激しくなる。電話の向こうから聞こえてきたのは、かすれて懇願するような典子の声だった。「優奈......ずっと電話待ってたのよ。いったいどういうことなの?絶対にバレないって言ってたじゃない。これからどうすればいいの......?」優奈の喉はひどく重かった。やっとのことで言葉を絞り出す。「おばさん......この件、私も今知ったばかりなんです......わ、私も、どうしたらいいか分からなくて......」電話の向こうがしばらく静かになる。そのあと、小さなすすり泣きが聞こえた。「じゃ、じゃあ......敬一郎さんは?あの人は何て言ってるの?」優奈は目を閉じた。病院で敬一郎が口にした言葉を思い出す。――もう瑠々の件には関わりたくない。優奈自身にも、もうどうすることもできなかった。完全に行き詰まっていた。目が熱くなり、涙がぽろぽろと零れ落ちる。雫が手のひらにぽたぽたと落ちた。彼女は太腿の布地を強く掴み、震える喉から無理やり声を押し出す。「ごめんなさい、おばさん......本当に、ごめんなさい......」典子の声が不安に揺れる。「それ、どういう意味......?何があったの?」優奈はもうその声を聞いていられなかった。慌てて通話を切り、顔を背けて手の甲で涙を拭う。隣の和人が黙ったままティッシュを差し出した。優奈はそれを受け取り、顔を埋める。涙も鼻水も、白い紙に滲んでぐしゃぐしゃになった。病院へ戻ると、優奈は必死に気持ちを整えた。頬を軽く叩き、なるべく平静を装う。それでも目元も鼻先も赤く染まったままだった。病室では、敬一郎がまだ目を覚ましていた。濁った瞳で、重たげに窓の外を見つめている。澄江は俯き、力なく椅子に座っていた。近づいてくる足音に気づき、二人が顔を上げる。そこにいたのは、目
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第1437話

「見た?」小春は壁にもたれ、腕を組んだまま眉を上げて蒼空を見た。蒼空はスマホを見下ろしていた。画面には、松木グループに関する報道がびっしり並んでおり、その注目度と話題性は凄まじい。小春は唇を尖らせる。「たしかに今回の件は性質が悪いけど、松木の手腕なら、ここまで騒ぎが大きくなるはずないんだよね。たぶん松木家の内部が揉めてて、わざと騒ぎを大きくしてるんじゃない?」蒼空はニュースをもう数秒眺めると、スマホを置いた。「それもあの人たちの問題よ。私には関係ない」小春もそれは理解していた。「まあ、そうだよね。でもさ、てっきり、今回の件って久米川家が裏で動いてるのかと思ってた。松木家って、久米川瑠々にそこまで情があるんだね。こんな状況でも助けようとしてさ。結果、自分たちまで巻き込まれてるし。悪いことしたら返ってくるってやつかな。これで少しは大人しくなって、もう余計な騒ぎ起こさなきゃいいけど」そう言いながら、小春は応接ソファへ歩いていき、腰を下ろすとポットを持ち上げて自分に水を注いだ。「ほんと意味わかんないよ。久米川瑠々の件なんて、もう完全に決着ついてると思ってたのに、次から次へと問題ばっかり。何回もヒヤヒヤしたし。今度こそ静かにしててほしい」蒼空は彼女を一瞥した。「変なフラグ立てないで」小春は胸元を押さえ、不吉な予感でもするように顔をしかめる。「やめてよ、私そんな不運じゃないって」蒼空は少し考え込んだ。今の状況はあまりにも混沌としている。何が起きても不思議じゃない。慎介と典子もここまで追い詰められている以上、常軌を逸した行動に出ない保証はない。多少なりとも不安を覚えた蒼空は、文香に電話をかけようとした。だがスマホを手に取った瞬間、オフィスのドアが外からノックされた。三輪がドアを開けて入ってくる。眉間には深い皺が寄り、表情にも不安が浮かんでいた。「関水社長、あのご夫婦がまた来ています。しかも大声で騒ぎ続けていて、こちらで追い返そうとしてもどうにもならなくて......どう対応するか、ご指示をいただきたくて」小春は不思議そうに蒼空を見た。「誰のこと?」蒼空は簡潔に答える。「瑠々の両親だよ」小春は一瞬で眉をひそめた。「え?何しに来たの?」声音には露骨な苛立ちと不満
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第1438話

蒼空は、電話の向こうから澄依がはしゃぐ笑い声をかすかに聞いた。彼女は唇を引き結び、やはり澄依の楽しそうな時間を邪魔したくはなかった。「あまり遅くまで遊ばせないで。暗くなる前には帰るんだよ。それから周りにも気をつけて、少しでも変だと思ったらすぐ離れて」文香はあまり気にした様子もなく答える。「はいはい、わかってるわよ。そんなに心配しなくて大丈夫」そう言って、文香はすぐに電話を切った。それでも蒼空は、どこか胸騒ぎがして落ち着かなかった。以前、遥樹が彼女の護衛として人を付けてくれていたことを思い出し、蒼空は遥樹からその数人の連絡先を聞き出した。そのうちの一人に電話をかけ、ショッピングモールで文香と澄依を見守っていてほしいと頼む。電話を受けた男には「クロ」というあだ名があった。生まれつき肌が黒く、どれだけ日焼け対策をしても白くならないからだ。クロは以前から遥樹に「蒼空の頼みはできる限り聞いてやれ」と言われていた。蒼空の依頼を聞くと、すぐ立ち上がってショッピングモールへ向かった。モールに着いたクロは、文香と澄依のいる場所を見つけ、近くの席へ適当に腰掛けて周囲を観察する。しばらく見回しても、不審な人物は特に見当たらない。時計を見ると、ちょうど昼時が近かったため、そのまま近くのレストランへ入って食事を取ることにした。ここ数日、彼にとってはかなり気楽な日々だった。毎日やることといえば、蒼空が家にいない時に近くで見守るだけ。蒼空が会社にいれば、彼はビルの下で座って暇つぶしにゲームをしたり動画を見たり。別の場所へ行けば、やはり近くでゲームや動画を見ながら待機。唯一面倒なのは、外で借りたモバイルバッテリーを返す時、返却口に空きがあるかわからないことくらいだった。今日も暇で仕方ない。見守る相手が変わったとはいえ、退屈な場所が変わっただけだ。食事を終えた彼は、ふと顔を上げて児童向けプレイランドの方を見た。視線が一巡した瞬間、目つきが鋭く変わり、椅子から立ち上がる。文香と澄依の姿が消えていた。クロは落ち着いたまま先に会計を済ませ、すぐ外へ出る。鋭い視線で人混みを見渡し――あるレストランの入口で目を止めると、ようやく表情を緩めた。文香が澄依の手を引き、店先の広告看板を眺めていた。
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第1439話

青年はドアを閉めると、そのまま運転席へ回り込んで座った。蒼空が先に口を開く。「時友社長、私を呼ばれたのは何かご用ですか?」哲郎はゆっくりと目を開け、少し低い声で言った。「関水さんに食事でもご一緒していただきたくてね。これから予定はあるかな?」蒼空は視線を前方にやると、車はすでに走り出していた。今さら断る余地など最初からない。彼女は唇に笑みを浮かべ、静かに言った。「もし遥樹のおじいさまとして私に会いに来てくださったのなら、お時間はあります」哲郎は彼女を見やる。その目には意味深な色が滲んでいた。蒼空も微笑みを返す。哲郎はゆっくりと言った。「ならよかった。ちょうど今日は遥樹の祖父として会いに来ている」蒼空は軽く唇を結び、もう何も言わなかった。車はやや人通りの少ない一軒の料亭の前で止まった。店内は古風で落ち着いた造りになっており、客の姿も少ない。店員の足音すら聞こえず、ただ静かな笛の音だけが流れている。店員に案内され、二人は個室へ入った。席につくなり、哲郎は単刀直入に切り出す。「関水さんなら、私が今日来た理由くらい察しているだろう。君の時間も貴重だろうから、遠回しな話はしない」蒼空は店員から渡された水を受け取り、一口飲んでから静かに顔を上げた。哲郎の濁った瞳は、あからさまな値踏みを含んだ視線で彼女を見据えている。しばらく見つめた後、哲郎は再び口を開いた。「遥樹は、本当に君のことが好きなんだな」蒼空は一瞬だけ動きを止め、グラスを置いた。そして口元を緩める。目元には陽だまりのような明るい笑みが宿っていた。「ええ、知っています」迷いも躊躇もない、断定的な口調だった。哲郎は息を吸い込み、言った。「率直に言えば、私は君をあまり気に入っていない」蒼空は変わらず口角を上げたまま、眉を軽く上げる。「それも知っています」哲郎は彼女を見る。「理由を聞こうとは思わないのか?」蒼空は答える。「正直、以前はどうしてそこまで私を気に入らないのか気になっていました。でも後になって考えがまとまったんです」「何を?」「人は生きていれば、誰かを不快にさせたり、気に入られなかったりするものです。無理に全員に好かれる必要なんてありません。時友社長が私を好ましく思わない
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第1440話

蒼空の目元に浮かんでいた笑みは、ゆっくりと薄れていき、静かな落ち着きだけが残った。「はい。必ずそうします。そのために、ここまで努力してきました。きちんと片付けたら、また遥樹と一緒に改めてご挨拶に伺います」哲郎は彼女をじっと見つめた。その言葉が本心かどうかを見極めるように。そして蒼空に、本当にその問題を片づける力があるのかを量るように。だが蒼空には、一つ気になっていることがあった。「一つ、お聞きしてもいいですか。どうして急に、私に話してくださったんですか?」以前の哲郎は、彼女を好いていなかった。顔を合わせて話そうとさえ思っていなかったはずだ。それが今回は、わざわざ会い、しかも機会まで与えようとしている。その間に、何かがあったのだろう。哲郎は彼女を見つめ、それからふっとため息をつき、顔を背けた。「......あの馬鹿孫のせいだ」蒼空は一瞬目を瞬かせた。「遥樹が?何かあったんですか?」このところ遥樹はずっと忙しく、毎日の電話すらまともに取れないほどだった。仕事が立て込んでいると言っていた。蒼空自身も忙しかったため、特に不思議には思っていなかった。哲郎は低い声で言った。「日下菜々のことは知っているだろう。少し前、チャリティーディナーがあった。遥樹の友人が主催したものでな、日下家にも招待状が届いていた。その席で、菜々が大勢の前で遥樹に告白して、プロポーズまでしたんだ」そこまで聞き、蒼空はわずかに眉を動かした。哲郎は続ける。「私は、仮に断るにしても、相手の顔は立てるべきだと思っていた。人目のない場所へ連れて行ってから断れば、双方のメンツも保てる。昔も似たようなことは何度かあったし、遥樹なら上手く処理すると思っていた。だが――」哲郎の声が重く沈んだ。「あの馬鹿は、その場で堂々と断ったうえに、さらにあんなことまで言った」蒼空の好奇心が刺激される。「......何を言ったんですか?」哲郎はぎゅっと目を閉じた。あの日の会場には、多くの人間がいた。時友家と日下家の話を耳にしていた者も多く、皆が興味津々で遥樹を見ていた。その視線の中で、遥樹は眉を上げ、誇らしげに大きな声でこう言ったのだ。「私にはもう婚約者がいます。皆さん、私の恋愛事情を気にしてくださってありがとうござ
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