All Chapters of 娘が死んだ後、クズ社長と元カノが結ばれた: Chapter 1441 - Chapter 1450

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第1441話

哲郎が蒼空を見る眼差しは、さらに複雑なものになっていた。もともと彼は、遥樹と蒼空の関係など所詮は若気の至り、遊び半分の恋愛にすぎないと思っていた。今日は愛を誓い合っていても、明日には喧嘩別れしていてもおかしくない――その程度のものだと。だが、会社で働く遥樹の様子を見る限り、彼には日下家へ頭を下げるつもりなど微塵もなかった。それどころか、本気そのものだった。哲郎は胸の内で小さくため息をつく。遥樹の性格とやり方を考えれば、ここまでやるということは、完全に蒼空を選び取ったということだ。それが、哲郎の考えを変えた理由の一つだった。そしてもう一つの理由も、やはり遥樹自身にある。遥樹は長年、会社経営には関わってこなかった。本格的に会社へ入ったのは、ここ数か月のことだ。時友家の事業は全国でも指折りの規模を誇る。だからこそ哲郎は、これほど巨大な家業を遥樹が本当に支えられるのか、不安だった。それで日下家との縁談を進め、遥樹の基盤をより強固なものにしたかったのだ。だがチャリティーディナーの件が起きた後、日下家は一方的に、時友家との未完了の協力案件を打ち切った。その影響で時友家が揺らぐほどではなかったが、それでも決して軽い痛手ではない。ところが遥樹は、この数日ずっと会社に詰め、騒動の最中でも表情一つ変えず、淡々と物事を処理していった。複数の企業トップと立て続けに連絡を取り、わずか数日で、日下家が抜けた穴を埋める目処まで立ててしまった。社内運営も安定したままだ。驚いたのは哲郎だけではない。これまで遥樹の能力に不満や疑念を抱いていた取締役たちまで、彼を見直し始めていた。遥樹の才能は、すでに誰の目にも明らかになっていた。そして彼は、その行動で哲郎に示していたのだ。――日下家の後ろ盾などなくても、やっていける。今回の件を経て、哲郎も認めざるを得なかった。自分は遥樹を見くびっていた。そして、遥樹の蒼空への想いも。哲郎は昔から、この孫を大切にしてきた。遥樹には能力があり、蒼空への気持ちも揺るがない。ならば、自分に反対する理由など、もう残っていない。あとは蒼空が、自分側の問題をきちんと片づけられるかどうか。それさえできれば、哲郎も認めるつもりだった。哲郎は蒼空を見つめた。
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第1442話

蒼空は軽く頷き、去っていく背中を見送った。哲郎が頼んだ料理はどれも上質で、このまま残すのももったいない。蒼空はそのまま腰を落ち着け、静かに食事を始めた。家へ戻った頃には、文香と澄依もすでに帰宅していた。蒼空はリビングで二人としばらく話してから、自室へ入り、シャワーを浴びる。風呂から出たあと、蒼空は遥樹へ電話をかけた。出てくれるかどうかは分からない。ここ数日の遥樹は忙しすぎた。大小さまざまな会議が次々押し寄せ、電話をする時間すらろくに取れていない。夜9時を回っていても、彼が応答できる保証はなかった。だが予想に反して、遥樹はすぐ電話に出た。繋がった瞬間、いつもの軽薄そうな声が耳に届く。「そんなに俺の声が聞きたくなったのか?」普段なら、蒼空はこういうからかうような台詞をまともに相手にしない。だが今日は珍しく、小さく「うん」と答えた。「会いたい」今度は遥樹のほうが固まった。胸の奥にじわりと喜びが広がり、疲れ切っていた目元に笑みが浮かぶ。唇も自然と持ち上がった。「......どうしたんだよ急に。明日は槍でも降るのか?」全身の疲労が一瞬で吹き飛んだようだった。遥樹は俯いてくすりと笑い、それでも我慢できずに言う。「もう一回言って。そういうの、好き」その言葉を口にした瞬間、彼はきっと、蒼空から「ふざけないで」とでも返されると思っていた。だが蒼空は静かに繰り返した。「遥樹に、会いたいの」遥樹はもう笑みを隠しきれなかった。目元から口元まで、喜びがそのまま溢れている。隣にいた秘書ですら、その様子に何度も彼を見てしまうほどだった。だが喜びが落ち着くにつれ、遥樹の口元から少し笑みが引く。今日の蒼空は、あまりにも様子が違う。彼は声を柔らかく落とした。「で、いじめられた?」次の瞬間、声音が鋭く変わる。「誰に何されたか言って。俺がやり返すから」蒼空は低く答えた。「誰にも何もされてないから。ただ、ある話を聞いたの」「何の話?」「チャリティーディナーでのこと。遥樹が言った言葉も、全部」蒼空はふと目を上げ、宙を見る。「あなたって本当に、自分に逃げ道を残さない人なんだね」――ああ、その件か。遥樹は胸を撫で下ろした。さっきまで本気で、蒼空
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第1443話

ここ数日、時間はあっという間に過ぎていった。警察と裁判所が、瑠々の精神疾患診断書が偽造だったと正式に認定したことで、松木グループのスキャンダルはさらに拡大し、株価は連日ストップ安となっていた。失われていく金額は滝のようで、唖然とするほどの規模に達している。そして今日、松木グループからさらに不利な情報が流れた。松木家の中心人物である敬一郎が、いまだ昏睡状態から目覚めていないというのだ。その影響で、松木グループの株価は再び大きく乱高下し、社内の人間たちは皆不安に包まれていた。すでに株主の中には松木グループ本社へ押しかけ、説明を求める者まで現れている。さらに、多くの報道陣が機材を担ぎ、本社ビル前でこの件を報道していた。瑠々の診断書偽造事件が暴露された当日、松木グループの公式アカウントが当たり障りのない声明を一度出したきり、それ以降は一切音沙汰がない。今日の午後、瑛司は記者会見を開いた。だが、記者からの質問は一切受け付けなかった。会見全体を通しての彼の主張はただ一つ――グループ内部に問題はなく、状況は必ずコントロールできる、だから過度に心配する必要はない、というものだった。会見時の写真や動画はすぐに拡散され、蒼空もそれを目にした。スーツを隙なく着こなし、以前と変わらぬ端正な容姿。表情は冷たく厳格で、狼狽した様子は微塵もない。会見が終わると、彼はそのまま壇上を降りた。護衛と秘書が前へ押し寄せようとする記者たちを制止する。記者たちはカメラを瑛司の背中へ向け、必死に撮影しながら、次々と鋭い質問を浴びせていた。「御社の株価暴落で破産し、飛び降り自殺した株主がいる件について、松木社長はどうお考えですか?」「こちらの知る限り、多くの企業が御社との提携を打ち切っています。この件についてはどう対応されるのでしょうか?」「松木明彦氏が逮捕されましたが、それについてコメントはありませんか?」「松木敬一郎氏が昏睡状態というのは本当ですか?」「松木社長、どうか質問にお答えください!」動画の最後、蒼空は誰かが小声で吐き捨てるのを聞いた。「こんな状況になっても、まだ取り繕ってるのかよ」壁が崩れれば皆が押し倒しに来る。今の松木家は、まさに最悪の状況だった。瑛司は現在の松木グループの実権者だ。
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第1444話

蒼空はいくつか確認の言葉を交わし、それから澄依とも少し話して電話を切った。それから一時間後、クロから電話がかかってきた。着信音はひどく切迫していて、鳴った瞬間、蒼空の胸が理由もなく大きく跳ねた。嫌な予感が、じわじわと胸の奥を這い上がってくる。彼女はすぐに電話に出た。繋がった瞬間、受話器の向こうから荒い息遣いが聞こえた。蒼空は眉を寄せる。「クロさん?」クロは何度か息を整えてから言った。「いなくなった......文香さんと子供が、二人とも消えた......」その瞬間、蒼空の頭に血が上り、頭の中が真っ白になった。「消えたって、どういう意味?」クロは簡潔に説明した。「途中で渋滞に巻き込まれて、澄依ちゃんがトイレ行きたいって言ったんです。文香さんも一緒に行って、ショッピングモールのトイレに向かったんですが、俺は車で待ってて......でもずっと戻ってこなくて。モールのトイレも探しました。でもいない。電話も、繋がらない......」蒼空は両手を強く握り締めた。まるで巨大な手で心臓を掴まれているようだった。彼女は低く問う。「全部探したの?」「はい。探しました。でも見つかりませんでした」蒼空は電話を切り、すぐに文香へかけ直した。案の定、出ない。何度かけても繋がらなかった。蒼空は唇をきつく結び、目を冷たく沈める。誰の仕業だ。一番可能性が高いのは、慎介と典子。そう考えた矢先、電話が鳴った。見知らぬ番号だった。彼女は即座に出る。向こうはしばらく無言だった。「もしもし?」すると、典子の声が聞こえた。「関水蒼空、あんたのお母さんと子どもは、今こっちにいるわ」蒼空の目元が険しく沈む。「条件を言って」「話が早くて助かるわ。対馬さんに示談書を書かせて」蒼空は拳を握り締め、呼吸が浅くなる。だが彼女は迷わず答えた。「いいよ。でも先に二人の声を聞かせて。無事だと確認したい」向こうで衣擦れの音がした。どうやら人を連れてくるために移動しているらしい。蒼空もこの間ぼんやりしていたわけではない。彼女はスマホを二台持っている。一台は仕事用、もう一台はプライベート用だった。空いているもう一台で、遥樹へメッセージを送る。その直後、受話器の向こう
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第1445話

遥樹は勘が鋭かった。蒼空が電話を繋いだ直後に切ったことで、彼女が誘拐犯と通話中なのだとすぐ察した。【その番号送って。場所を特定する】その時、典子が電話の向こうで冷たく釘を刺した。「警察には連絡しないでね。一度でも通報したって分かったら、この二人は無事に帰れないわ」蒼空は深く息を吸い、できるだけ平静な声で答える。「分かってる」典子は冷たく鼻を鳴らした。蒼空は典子との通話を切ると、すぐにその番号を遥樹へ送った。一刻も無駄にはできない。彼女はすぐ美紗希へ連絡し、状況を包み隠さず説明した。話を聞いた美紗希は、低く悪態をつく。「頭おかしいんじゃないの?また?!」――本当に、まただ。蒼空は心身ともに疲弊したような感覚に襲われ、片手で眉間を押さえた。「とにかく先に書いて」美紗希は眉を寄せ、ある問題に気づく。「前に蒼空さんが誘拐された時、私が示談書を提出しに行っただけで警察に怪しまれたでしょ。今回また私が持って行ったら、絶対気づかれるよ」それは蒼空も案じていたことだった。「先に警察へ説明しておいて。気づかれないようにしてもらわないと」「分かった」電話を切っても、蒼空の胸の鬱屈は晴れなかった。不安と怒りが眉間に重く沈む。窓の外から差し込む冬の日差しが、冷たい風を越えてオフィスへ入り込んでくる。室内は十分暖房が効いているのに、蒼空の両手は氷のように冷え切っていた。慎介と典子は、娘を思うあまり冷静さを失っていたのかもしれない。今回は驚くほど簡単に現在地を割り出せた。典子は行動を隠そうともしておらず、使っていた番号も普段通りのものだった。遥樹から、契約者情報と位置情報が送られてくる。蒼空のいる場所から二十数キロほど先。ただ、典子たちは移動を続けているらしく、今はもっと遠くへ向かっているはずだ。彼女はメッセージを見て一瞬止まり、それから車のキーを掴んで立ち上がる。エレベーターへ向かいながら、美紗希へメッセージを送った。――すぐに警察へ連絡して、ショッピングモールの監視カメラを確認して。見れば分かる。今回の慎介と典子は準備不足だった。隠蔽工作すらしていない。しかも人を連れ去ったのは、監視カメラだらけのショッピングモール。おそらく、防犯カメラには
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第1446話

瑛司からの着信は、何度も何度も鳴り続けた。だが蒼空は一度も出なかった。このまま瑛司から電話がかかり続ければ、もし典子から再び連絡が来た時に気づけなかったらどうする。そう思い、いっそ瑛司の番号を着信拒否に設定しようとした。だが手を伸ばした瞬間、瑛司から届いたメッセージが目に入る。【さっき君を見かけたが。何かあったのか?】蒼空の動きが止まった。見かけた?ということは、瑛司も首都に来ているのか。それでも彼に構う気にはなれず、蒼空はそのまま運転に集中した。小春が書類を持って蒼空のところへ相談に来て、そこで初めて彼女が外出したことを知った。しかもその書類はかなり急ぎの案件だった。小春は、まだ蒼空のオフィスに残っていた三輪を捕まえた。「蒼空は?」三輪は困ったように首を振る。「分かりません......ついさっき出て行かれたばかりで、車のキーを持っていました。かなり急いでる様子でしたけど、何があったのかは何も......」小春は蒼空のデスクへ視線を向けた。机の上には開きっぱなしの書類。ペンのキャップも閉められていない。パソコンの電源すら落としていなかった。どれだけ慌てて出て行ったのかが分かる。仕方なく、小春は蒼空に電話をかけた。蒼空はすぐに応答した。「もしもし、蒼空?どこ行ったの?」電話の向こうで、蒼空は落ち着いた、それでいて早口な声で、さっき起きたことを簡潔に説明した。小春は聞き終えた瞬間、頭を抱えた。「また誘拐!?久米川一家、もう完全にあんたを逃がす気ないじゃない」蒼空はしばらく黙ったあと、「まだ移動中だから、いったん切る」と言った。「ちょ、待って待って待って!」小春は額を押さえながら言う。「場所送って。私も行くから」「仕事あるんじゃないの?」その言葉に、小春は一気に声を荒げた。「何言ってんの!?仕事とおばさんと澄依の安全、どっちが大事?!いいから早く送って!今すぐ行くから!」その態度はあまりにも強硬で、蒼空も断れなかった。電話を切ると、すぐに住所を送った。小春は書類を三輪へ押し付けるように渡し、慌ただしく出て行こうとする。三輪は訳が分からず目を丸くした。「え、相星社長、この書類かなり急ぎって言ってませんでした?一体どこへ?!」
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第1447話

小春は口元をわずかに吊り上げ、笑っているのかいないのか分からない表情で言った。「松木社長、首都へ来る余裕なんてあったんですか?」今や誰もが知っている。松木グループは世論の渦中にあり、崩壊寸前だと。本社で火消しに追われているはずの瑛司が、まさかこんな時に首都へ来るとは。小春は彼の顔をじっと観察した。疲労や焦燥の痕跡でも見つけようとしたのだ。だが残念ながら、この男は相変わらずだった。取り澄ました顔で、まるで世界中が自分に借りでもあるかのような、あの不機嫌そうな空気を崩さない。小春には彼に付き合う暇などなかった。視線を落とし、配車アプリを開く。瑛司は顔を向け、彼女を観察するように見た。小春の表情には明らかな焦りが浮かんでいる。「何があった?」だが小春はただ苛立っていただけだったし、そもそも瑛司を好いてもいない。口を開けば皮肉になる。「あんたには関係ないでしょ」しかし瑛司は気にした様子もなく、彼女のスマホを操作する手元を見ながら言った。「どこへ行く。送る」小春は反射的に「必要ない」と言いかけた。だが途中でふと止まり、複雑な目で瑛司を見上げる。この男は確かに好感の持てるタイプではない。それでも前回、蒼空が誘拐された時には、大きな力になっていた。今回も瑛司を連れて行けば、文香と澄依をもっと早く見つけられるかもしれない。それに、彼女が今持っている住所は、蒼空から聞いた限りではあくまで経由地だ。慎介と典子が最終的な隠れ場所を市街地にするはずがない。つまり、二人は今も移動中。そうなると、たとえタクシーでその場所へ向かったとしても、蒼空と合流できなければ、結局また別の車を捕まえて追いかけることになる可能性が高い。けれど今は瑛司の車がある。その心配は必要ない。考えをまとめた小春は、すぐにスマホをしまい、瑛司へ笑いかけた。「じゃあ遠慮なく」そして極めて自然な動作で反対側へ回り込み、車へ乗り込む。運転手に蒼空から送られてきた住所を見せた。「ここへ。できるだけ急いで」言い終えるとスマホをしまい、瑛司を見た。瑛司は両手を組み、あの黒い瞳を静かに沈めたまま、説明を待っている。小春は軽く瞬きをし、事の経緯を最初から最後まで包み隠さず話した。全部話し終
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第1448話

蒼空は最初に割り出した住所の近くまで車を走らせ、路肩に停めた。典子は疑わしげな声を出す。「もう?」蒼空はスマホ画面で跳ねる数字を見つめながら、低く言った。「あの二人に早く帰ってきてほしいから」典子は冷笑する。「あんたもようやく私が味わった苦しみを知ったのね」蒼空のまつ毛がわずかに揺れた。だが何も言わない。典子は続ける。「そう焦らないで。警察署のほうの状況を確認できたら、その時に解放してあげるわ。あんたにもっと、この苦しさを味わわせてあげないと」そう言い終えると、典子は電話を切った。蒼空はしばらく待った。すると遥樹から、典子の現在位置が送られてくる。続けて、心配そうなメッセージ。【もうすぐ着く。待っててくれないか?一緒に行こう】蒼空は指を動かす。【大丈夫。先に行く】スマホを置き、車を出そうとしたその時――一台のロールスロイスがハザードを点けたまま、彼女の車の後ろに停まった。蒼空は一瞬動きを止める。そしてバックミラー越しに、後部座席から降りてくる小春の姿を見た。小春はそのまま駆け寄ってきて、勢いよく助手席のドアを開け、どかっと座り込む。ドアを閉めながら、息もつかずに尋ねた。「どう?何か分かった?」蒼空は後方の車をじっと見つめる。あの車、まさか......彼女は答えた。「新しい場所が分かった。今から向かう」小春は即座にシートベルトを締める。「じゃあ行こ」蒼空は眉を寄せた。「あの車、誰の?」その問いに、小春は少しだけ後ろめたそうに唇を引き結んだ。慎重に言葉を選ぶように話す。「今日、電車で会社行ったから車なくて。あんたのところ来るならタクシー拾うしかなかったんだけど、ちょうど松木に会ったんだ。前回も結構助けてくれたでしょ?今回も役に立つかもって思って、それで乗ってきた......まずかった?」蒼空は目を伏せた。「別に」そう言ってアクセルを踏む。バックミラーを見ると、後ろのロールスロイスがぴたりとついてきていた。蒼空は唇を真一文字に結んだまま」、何も言わなかった。彼女たちが走り去って間もなく、遥樹の車も凄まじい速度でその一帯を駆け抜け、同じ方向へ向かっていく。慎介と典子が、ほとんど準備をしていなかったことは明らか
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第1449話

蒼空は反論せず、瑛司を一瞥すると、そのまま中へ足を踏み入れた。瑛司は唇の端にかすかな笑みを浮かべ、その後を追うように歩き出す。だが、静まり返った夜の中、遠くからエンジン音がゆっくりと近づいてきた。鋭いヘッドライトの光が蒼空たちの足元を横切る。振り返ると、一台の車が凄まじい勢いで滑り込むように停車した。蒼空はそのナンバーを見た瞬間、鼓動が速くなる。次の瞬間、運転席から長い脚が伸び、隙のないスーツ姿の遥樹が車を降りた。彼は素早くその場の全員を見渡す。瑛司を視界に入れた瞬間、その目がわずかに沈み――蒼空を見つけると、一気に表情が明るくなった。そのまま大股で蒼空のもとへ歩み寄る。彼は蒼空の前に立つと、まっすぐ彼女を見つめた。「俺、間に合った?」蒼空は唇を引き結び、小さくうなずく。「ええ」少し不思議だった。どうして遥樹はこんなにも早く来られたのだろう。彼の服装を見て、蒼空はすぐ察した。きっと公の場からそのまま飛び出してきたのだろう。急いで来たせいで、きっちり整えられていた髪も少し乱れていた。横で小春がぱん、と手を叩く。「ちょうどいいタイミングじゃん。みんなで入ろ」廃工場の長い鉄扉は錆びだらけで、空気には細かな埃が漂っていた。扉の隙間から覗く内部は、完全な闇に沈んでいる。蒼空が先頭を切って進もうとした、その時――両腕を突然掴まれた。左右それぞれ、違う方向から、違う人物に。遥樹と瑛司だった。蒼空は眉をひそめ、腕を引こうとする。だが動かない。「何してるの?」横で小春が眉を高く上げ、完全に面白がるように眺めていた。遥樹は横目で、蒼空のもう片方の腕を掴む手を見た。――本当に癪に障る手だ。その手を辿るように視線を上げると、瑛司の漆黒の瞳とぶつかる。遥樹の整った目元には、薄く笑うような色が浮かんでいた。「松木グループは最近ずっと炎上続きだろ。松木社長に外へ出る暇なんてないと思ってたけど?」瑛司は答えなかった。ただ視線を落とし、蒼空を見る。蒼空も、同じように思っていた。けれど、聞く気にはなれなかった。そんなことを聞けば、自分がどれだけ気にしているかを認めるようなものだから。彼女はただ、瑛司を一瞥しただけだった。その時点でも、二
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第1450話

この廃工場はかなり広く、サッカーコートが四面も入るほどの広さだった。中央には化学工場で使われていた巨大な機械が鎮座し、その周囲を取り囲むように、事務室や倉庫がびっしり並んでいる。中へ入ってまず目に飛び込んできたのは、幅1メートルほどのベルトコンベアだった。危険がないことを確認すると、遥樹は蒼空のそばまで下がる。一行は物音を立てないよう静かに進んでいった。すると突然、ギィ――という扉の開く音が響いた。まぶしい光が舞い上がる埃を貫き、蒼空たちへ真っ直ぐ差し込む。不意に強い光を浴び、蒼空は目を細めた。光に慣れてから顔を上げる。そこにいたのは――典子だった。典子は懐中電灯を手に、蒼空たちから10メートルほど離れたボロボロの事務室から出てきて、怯えたような目で彼女たちを見ている。「ど、どうしてあなたたちが......」蒼空はわずかに眉を上げた。向こうから出てきてくれたなら、わざわざ探し回る手間が省ける。蒼空はそのまま彼女へ近づいた。すると典子は即座に数歩後ずさりし、鋭い声を上げる。「近寄らないで!これ以上来たら、わ、私は......!」蒼空は目を細め、足を止めた。典子は思い切って文香と澄依を誘拐したものの、どうやら本気で二人に危害を加える覚悟までは持てていないように見える。それでも蒼空は危険を冒せなかった。その場に立ったまま、静かに彼女を見る。「いつ二人を解放するつもり?」典子は焦りを隠せないまま、それでも強い口調で言った。「今は無理よ。示談書の件は――」蒼空は淡々と答える。「安心して。もう届けてあるわ」典子は眉をひそめた。「そんなの嘘よ」「本当だよ」蒼空は依然として落ち着いた口調だった。確かに嘘ではない。示談書はすでに届けられている。ただし、警察は受理せず、そのまま人員を連れてこちらへ向かっている最中だった。典子は逡巡した後、後ろを振り返った。蒼空もつられて視線を向ける。事務室の扉はわずかに開いており、中からかすかな薄暗い光が漏れている。その中にいるのは、おそらく慎介と、文香、それから澄依。典子は唇を強く噛み締め、目の奥に鋭く暗い光を走らせた。だが周囲が暗すぎて、蒼空たちは誰もそれに気づかなかった。次の瞬間、典子はふっと
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