All Chapters of 10年の愛は風と散る: Chapter 11 - Chapter 20

27 Chapters

第11話

携帯が切れると、部屋の中は再び果てしない沈黙に包まれた。悠真は写真の飾られた壁に歩み寄り、かつて写真が打ち込まれていた木板の痕をそっとなぞった。今では、そこに残っているのはぽつんとした釘だけだった。かつての写真はすべて消え去っていた。胸には無数の痛みが押し寄せ、背筋まで硬直するほどだった。そのとき、突然ドアが大きな音を立てた。執事が不安げに声をかけた。「中村社長……花音様です」その名前を聞いた瞬間、悠真の表情が険しくなった。「入れろ」ドアが開くと、花音は目を赤く腫らし、涙をぽろぽろとこぼしながら入ってきた。悠真の姿を見るや否や、彼女はすがりつくように飛びつき、泣きながら訴えた。「悠真、今ネットでひどく叩かれてるの。言葉が本当に酷くて……過激な人たちが私の家まで来て、脅してきたり、殴ろうとしたりもしたの!それに石井グループまで私を訴えて、賠償を求めてきてるの……」彼女の声は震えていて、額に張りついた髪さえも哀れに見えた。「もう行くところなんてないの……私には、あなたしかないの!」声は次第に小さくなっていったが、それでも彼女は必死に訴え続けた。だが、どれだけ話しても、悠真は一言も返さなかった。花音の胸に不安が広がり、小さな声で尋ねた。「悠真……どうしたの?」パチン――鋭い音が部屋に響いた。悠真は無言のまま、花音の頬を思い切り平手打ちした。花音の顔は一瞬で腫れ上がり、口元から血が滲み出た。彼女は信じられないといった顔で目を見開いたが、立っていられず、そのまま床に崩れ落ち、お腹を押さえながらしゃがみ込んだ。「悠真……どうして叩くの……?まさか、美咲に送ったメッセージのせい……?ごめんなさい……私、ただ、あなたのことが好きすぎて……どうしても嫉妬しちゃって……お腹が痛いよ、悠真、お願い……そんな冷たくしないで……」花音は上目遣いで見上げ、必死に許しを求めた。この角度が一番、悠真の保護欲を刺激することを、彼女はよく知っていた。これまでも、そうすればいつだって彼は折れてくれた。今回も、うまくいくはずだった。だが、悠真の視線は冷たいまま、見下ろすように彼女を見ていた。そして、何のためらいもなく――彼は花音のお腹に向かって、容赦なく蹴りを叩き込んだ。「う
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第12話

三年後。空港から出てきた女性に、周囲の視線が一気に集まった。彼女は真紅のワンピースを身にまとい、その抜群のスタイルを余すことなく引き立てている。透き通るような白い肌に、小さな顔、そして清らかな瞳――その一挙手一投足が見る者の心を奪っていった。美咲はそんな視線など気にも留めず、かつて長年過ごしたこの土地に再び足を踏み入れたことに、一抹の感慨を覚えていた。そのとき、ポケットの中のスマホが小さく震えた。画面を見下ろすと、彼女の目元にほのかな笑みが浮かぶ。陸翔からのメッセージだった。【もう着いた?迎えに行くよ】わずか二行の文章――それだけで、美咲の脳裏に三年前の記憶がよみがえる。あのときも、コンテストが終わった直後に、彼女は陸翔のもとへと連れて行かれた。彼もまた、同じように優しい言葉をかけてくれた。普段は近寄りがたいほどに冷静で気高い彼だったが、不思議と美咲に対しては、柔らかな接し方をしてくれた。陸翔のチームに加わってからというもの、美咲はあちこちを飛び回る日々。確かに大変だったが、それ以上に充実していたし、多くのことを学んだ。そして、二人の間には次第に自然な信頼と心の通い合いが生まれ――二年目には、一つの契約が交わされた。「契約結婚」だった。陸翔は率直だった。自分は家からの結婚圧力を避けたい。そのためには美咲が必要だと。一方、美咲もまた、悠真の執着から逃れるため、彼の力を借りる必要があった。美咲はよく分かっていた。悠真の性格上、あのまま終わるはずがないと。彼の前にもう一度現れたら、きっとまた執着される。彼は強大な権力を持つ男――それを正面から受けるには、それ以上の力を持つ存在が必要だった。もう、悠真とは関わりたくない。あの過去の記憶も、時間と共に風のように散っていった。今の彼女はただ、静かに生きて、働きたいだけだった。美咲は陸翔への返信を終えると、スマホの画面を閉じて外へと歩みを進めた。だが、ほんの数歩進んだところで、目の前の大型スクリーンに映し出された映像が彼女の足を止めさせた。そこには、悠真の謝罪と告白の動画が流れていたのだ。映像の中、悠真の目は真っ赤に腫れ、声はかすれていた。「美咲……君が帰ってきたのは、ちゃんとわかってる。ごめん、すべては俺のせいだ。君を傷つけた
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第13話

三年ぶりに、悠真はようやく日夜思い続けてきた人と再会を果たした。胸が張り裂けそうなほど心臓が高鳴り、目の奥からは喜びがあふれ出しそうだった。失ったものを取り戻せた興奮に突き動かされ、思わず彼女を抱きしめようと手を伸ばした。だが――美咲の方が一瞬早かった。その手が届くより先に、彼女は一歩引いた。眉間に皺を寄せたその表情には、偽りのない嫌悪が浮かんでいた。「中村社長、自重してください」その他人行儀な呼び方に、悠真は言葉を失った。瞳孔が一気に収縮し、唇がわなないた。彼女とこうして再会したとき、自分はどれだけ夢見ていたのか。こんな形になるなんて、思ってもみなかった。冷たい目線、拒絶の一歩――そのすべてが彼の胸を深く抉った。それでも悠真は感情を飲み込み、静かに声をかけた。「美咲……この三年、どれだけ君を想っていたか、君にはわからないよ。君がいない夜は、眠れなかった。君がいなくなって、ようやく気づいたんだ。どれだけ自分が愚かだったか……どれだけ君を愛しているか……君が持って行ったもの、捨てたもの、全部元通りに買い直して、同じように部屋を整えたんだ。だから……一緒に帰ろう」止まることなく、彼は胸のうちを吐き出した。だが、美咲の反応は冷淡なままだった。その態度に、どこか苛立ちすら見え隠れしていた。「邪魔だからどいてください、中村社長。会社に出勤しないと」会社……?石井グループか?その言葉がまるで胸に突き刺さるように、悠真は顔を歪めた。「他の会社に行く必要なんてない。美咲、働きたいなら、中村グループに来ればいい。君のために、もう全部用意してあるんだ」この三年、悠真は美咲のために多額の資金を注ぎ込み、個人で美術館を設立した。石井グループには及ばないものの、国内では屈指のレベルに仕上げた。希望を込めた視線で、美咲をじっと見つめる。そのとき、美咲がふと笑った。弧を描いた目元と唇。あまりに眩しくて、世界のすべてが彼女以外モノクロに見えた。悠真の心臓が一瞬止まりかけた。「今のは、つまり……」言葉が終わる前に、美咲の冷ややかな声が遮った。「お断りします」悠真の顔から血の気が引いた。美咲はまるで彼の傷心など見えていないかのように、悠真を通り過ぎてその場を去ろうとした。悠真は咄嗟に
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第14話

美咲は車の窓を開けた。夏の暖かい風が頬を撫で、複雑に絡んでいた感情が少しだけ和らいだ。そもそも、悠真とまた会う可能性は予想していた。ただ、それがこんなにも早く訪れるとは思っていなかったし、彼がここまでしつこいとは思わなかった。陸翔はバックミラー越しに美咲の様子を見て、助手席のグローブボックスに手を伸ばした。その動きに気づいた美咲が目を伏せると、そこには彼女の好きなお菓子がぎっしり詰まっていた。「何か食べなよ。退屈しのぎにね」彼はハンドルを握ったまま前を見つめていたが、その目元にはどこか優しい気配が滲んでいた。美咲の胸にくすぶっていた苛立ちも、ふっと溶けていく。思わず目元が緩んだ。「ありがとう、陸翔」陸翔は横目で彼女を見ながら、口元を軽く上げた。荷物を置いてレストランに向かったとき、美咲は隣のテーブルに悠真の姿を見つけてしまった。まるで最初から二人の予定を知っていたかのように、彼はそこにいた。二人はあえて視線を合わせず、陸翔が彼女に尋ねた。「何食べたい?」美咲が答える前に、悠真が口を挟んだ。「美咲は天ぷら、おでんとかが好きなんだよな……」彼はまるで回想に浸るように、次々と彼女の好物を口にした。「昔はよく海城の居酒屋に行ったよな。わがままでさ、骨付きの肉は俺が骨を取らないと食べなかったんだ。もちろん、俺が手をかけたやつしか食べなかった」そう言って、挑発的に陸翔をひと睨みした。自分に酔いしれたような悠真の態度に、美咲は嫌悪感しか覚えなかった。だから、彼女はすっと立ち上がり、陸翔の手を取った。「陸翔、家で食べよう。私がご飯作る」その言葉と同時に、椅子が床を擦る大きな音が響いた。悠真は慌てて立ち上がり、美咲の前に立ちふさがった。「まさか……彼にご飯を作るつもりか?」目を赤くし、苦しげに懇願する。「美咲、お願いだ……そんな風に俺に冷たくしないでくれないか?」美咲は彼を一瞥しただけで、何も言わずに手で押しのけ、陸翔と共に立ち去った。車に乗り込んだ二人をよそに、エンジンがかかる。美咲は少しだけ視線を上げ、バックミラー越しに悠真の姿を見た。彼は必死に追いかけながら、口を開けて何かを叫んでいる。「美咲……」交差点まで追いかけたところで、彼は石につま
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第15話

美咲が食事で満たされた心地よさは、一瞬で吹き飛んだ。彼女は深く息を吸い、部屋のドアを開けた。その姿を見るなり、悠真の目が一瞬明るくなった。「美咲、俺……」「うるさい」美咲は冷たい声で言い放った。「もう私たち関係ないでしょ。いったい何がしたいの?」悠真の顔から笑みが消え、唇を噛みしめて傷ついた表情を浮かべた。「美咲、俺が昔したことに怒ってるのは分かってる。でも、陸翔と付き合うなんて信じられない。だから……許してくれよ、一緒に戻ろう。君の好きなテイストに合わせて部屋をリフォームしたんだ。カップルグッズもたくさん買って……またやり直そう、な?」美咲は鼻で笑った。「どこから来たのよ、その自信?浮気したクズ男を、なんで私が拾い直さなきゃいけないわけ?バカなの?」そう言い捨てると、美咲はドアをバタンと閉めた。途端に、目の前から紙のように青ざめた悠真の顔が消えた。彼女は落ち着いた様子でスマホを取り出し、警備員を呼んで彼を連れて行くよう指示した。「美咲……そんなこと言わないでくれ、美咲……」ドアの向こうから、惨めな懇願の声が聞こえてきた。「触らないで!消えて!」どれだけ大声で叫ばれても、美咲は一度たりともドアを開けなかった。渋々ながらも悠真は警備員に引きずられて下に連れて行かれた。しかし、彼はそれでもその場を去ろうとはしなかった。悠真は執念深く上を見上げ、美咲に狂ったように電話をかけ続けた。その様子を、陸翔は窓辺に立ちながら面白そうに言った。「まだ下にいるぞ」美咲もその言葉に窓のほうへ顔を近づけたが、見える前に陸翔に抱き寄せられた。そのまま、窓に押し付けられる形になった。背中にひやりとした窓ガラスが触れ、思わず体が強張る。「な、なにするのよ……」陸翔は顔を近づけ、まるでキスするかのように唇を寄せてきた。だが、唇の寸前で動きを止めた。二人の距離は限界まで近く、美咲は彼の長くて濃いまつげの下にある、深く澄んだ瞳をはっきりと見ることができた。彼の吐息は熱く、ほのかにウッディな香りを含んでいた。美咲の心臓が急に速くなり、耳まで赤く染まっていく。二人の間に漂う空気はあまりに甘く、あまりに濃厚だった。その様子を見上げていた悠真は、まるで雷に打たれたような衝撃を受け
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第16話

「照れてんのか?」悠真が去っていくのを見て、陸翔は手を離した。美咲はまだ鼓動が激しく、心臓が破れそうだったが、できるだけ落ち着いた声で言った。「そんなことないよ」陸翔は何も言わず、ただ潤んだ彼女の唇をじっと見つめた。その瞳は深く暗い色をしていた。数日後、美咲は石井グループ傘下の博物館で働き始めた。悠真は「修復を頼みたいものがある」との理由で頻繁に彼女を訪ねてきた。だが、美咲は会うたびに彼に対してことさら冷たかった。業務的な会話以外は一切口を開かず、必要最低限の対応しかしなかった。最初は彼女の気を引こうと必死だった悠真も、次第に気圧され、声をかけるのすらためらうようになっていった。そんなある日、美咲のもとに一束の花が届いた。真紅のバラには水滴がきらめき、添えられたカードにはこう書かれていた――【愛しき君へ】それを見た同僚たちは思わず騒ぎ出した。「石井社長、ほんとロマンチストだよね!」美咲と陸翔の関係は隠されていなかった。社内では婚約者同士だというのは周知のことだったからだ。だが美咲は、その花に一瞥もくれず、無造作にゴミ箱に投げ捨てた。「えっ!?捨てちゃうの!?石井社長、怒らないの?」美咲は肩を竦めて、微笑んだ。「これ、捨てなかったら、本当に石井社長に怒られるから。怒られて残業させられたらまずいよ」その一言で、同僚たちはようやく気づいた。――この花束は、陸翔が贈ったものではない。だが、疑問も残った。「でも、なんで石井社長じゃないって分かったの?」美咲は静かに答えた。「彼は知ってるの。私が赤いバラ、好きじゃないって」かつて、悠真と付き合っていた頃。彼はよく赤いバラを贈ってきた。美咲はそれがあまり好きではなかった。ただ、当時は悠真がくれるから、という理由で受け取っていただけだった。でも今は、もう関係ない。もう、とっくに終わったじゃない――美咲が同僚たちと話しているそのすぐ近くに、悠真の姿があったことに、彼女は気づかなかった。彼はただ黙って、美咲が花を一切迷いなくゴミ箱に放り込む姿を目にした。心臓が誰かに鷲掴みにされたように締めつけられ、息苦しささえ感じた。胸の奥が、ズシンと重かった。だが、失望と痛みの中で、彼は逆に確信した―
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第17話

美咲が家に戻ると、ふわっと美味しそうな匂いが鼻をくすぐった。キッチンからは、シャツの袖をまくり上げた陸翔の腕が見える。血管が浮かぶ逞しい前腕が、何とも言えない色気を放っていた。彼は美咲に気づいて、穏やかな声で言った。「ご飯できたよ」美咲は一瞬、目を見張った。「前回の料理は歓迎の意味だと思ってたけど……まさか毎日作るつもり?ギャップがすごいね。まさか大企業の社長が、私のためにキッチンに立つなんて」陸翔は最後の一皿をテーブルに置きながら、口元にうっすら微笑みを浮かべた。「しょうがないだろ。女の心を掴むには、まず胃袋からって言うからな」その一言に美咲は思わず吹き出して、胸に溜まっていたモヤモヤが一気に晴れた。二人は軽く酒を酌み交わし、ほんのりと酔いが回った頃、陸翔は美咲をそのまま抱き上げて寝室へと運んだ。美咲はぼんやりとした意識のまま、彼の首に腕を回し、耳元で囁いた。「陸翔……」陸翔は喉を鳴らしながらも、自制心を働かせて、美咲をベッドにそっと降ろした。だが、美咲はその腕を離そうとしない。唇が彼の耳たぶをかすめ、そのまま唇の端に触れる。陸翔の瞳はそこが深淵かと思うほどに濃く染まり、彼は美咲の後頭部を抱き寄せると、その潤んだ唇を強く奪った。美咲の頭の中は真っ白で、痺れるような感覚が全身を駆け巡る。身体の芯から熱くなっていくのがわかった。しばらくして、陸翔は唇を離し、美咲の迷いを含んだ瞳をじっと見つめた。声はかすれていた。「待ってるよ。君が心から俺を受け入れてくれるその時まで……おやすみ」そう言って、陸翔はそっと彼女に布団を掛けて、部屋を後にした。扉が閉まる音が響いた瞬間、美咲の目ははっきりと開いた。頬が熱くなっていたが、その裏では自分と陸翔の関係について冷静に考えていた。心臓がドクドクと高鳴っている。その鼓動が彼への気持ちの証拠だった。だけど、あの契約のことを思い出すと、陸翔の気持ちを簡単には信じられなかった。ふぅっと息をついて、美咲はそっと目を閉じた。その頃、繁華街のバーの個室では――悠真がソファにだらしなく座り、足をテーブルに乗せたまま、酒瓶を握りしめていた。ワイシャツはくしゃくしゃで、広い肩と引き締まった腰のラインが無造作に露出している。目は血走り、ま
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第18話

花音はふらふらとした様子の悠真を見つめ、目を細めた。 彼女はわざわざ人を使って悠真を尾行させ、長い間見張っていた。そしてやっと、待ち望んだ機会が巡ってきたのだった。 「私が誰だかわかる?」 花音は悠真の肩を軽く叩いた。 悠真はぼんやりとした目で彼女を見つめ、一瞬呆けた後、すぐさま花音を抱きしめた。 「美咲…… 俺の美咲……やっぱり、俺のことが忘れられなかったんだな」 花音の顔が一瞬こわばり、指先に力を込めて自分の腕を掴むも、その痛みさえ感じないほどだった。 深く息を吸い込んだ彼女は、ほんの少し間を置いてから、囁くように言った。 「そうよ、悠真……私もあなたを忘れられなかった」 悠真は花音をしっかりと抱きしめ、まるで花音が美咲であると信じて疑わないように、何度も愛を口にした。 花音は心の奥底に渦巻く感情を必死に抑え、意識を失ったままの悠真をホテルへと運んだ。 ベッドに触れるや否や、悠真は深い眠りについた。 花音は彼の服を脱がせながら、瞳に強い憎しみを宿していた。 「悠真……あなたは、私のものよ……」 …… 翌朝。 悠真はぼんやりと目を開け、隣に横たわる花音の姿を見て、体を硬直させた。 信じられないといったように目を見開き、怒りを抑えきれず叫んだ。 「なんでお前がここにいるんだ?誰が俺のベッドに入っていいって言った?まだ罰が足りないってのか!」 彼は花音の襟を乱暴に掴み、まるで彼女を殺すかのような目で睨みつけた。 しかし花音は少しも怯まず、冷ややかに笑って言い放った。 「殺せるもんなら殺してみなさいよ! でも、私を殺しても無駄よ。昨夜の写真、全部バックアップしてあるの。しかも定時送信の設定済み。 毎日決まった時間に操作しないと、美咲のところに自動で送られるようになってるわ」 それを聞いた瞬間、悠真の脳内は真っ白になった。 思わず手を緩めると、花音は乱れた服を整えながら、涼しい顔で問いかけた。 「ねぇ、あなたも知ってるでしょ。 美咲の性格からして……今、この状況を知ったら、あなたを許すと思う?」 悠真の瞳孔がキュッと狭まり、全身に危機感が走った。 絶対に知られてはならない。 美咲には……絶対に。 彼は恐怖に襲われながらも、冷静を装って
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第19話

美咲は一方で、陸翔と一緒に登山での考古調査について相談していた。二人は標高三千メートルの山を早々に絞り込み、さっそく出発の準備を整えた。美咲の動向を常に気にしていた悠真にも、この情報は当然届いた。秘書と連絡を取って出発しようとしたその時、花音に腕を掴まれる。「悠真、私も行く」悠真はその手を乱暴に振り払った。その目は軽蔑に満ちていた。「消えろ」花音は一瞬呆然とし、顔に屈辱の色が走る。それでも彼女は深く息を吸い込み、感情を押さえ込みながら、笑顔を作った。「聞いて。私が行くのも、全部あなたのためなの。美咲に合うとき、私のほうからしつこく付きまとってるって言えばいいでしょ?ついでに、美咲がヤキモチ焼くかどうかも見れるし」悠真の足がほんの少し止まり、指先が指輪をなぞる。それを見た花音は――この仕草が彼の迷いのサインだとわかっていた。だから、ゆっくりと続けた。「知りたくないの?」しばらくして、悠真は顔を曇らせたまま口を開いた。「ついて来い」一行はすぐに登山口に到着した。美咲は悠真と花音の姿を見ても、特に驚いた様子もなく、ただただ嫌そうな顔をした。陸翔が眉を上げる。「行こう、美咲」二人は登り始め、悠真と花音はその後を付いていく。道中、美咲が少しでも息を整えようとすると、陸翔はすかさず水筒の蓋を開けて手渡した。彼が足を止めると、美咲が手を引いて休憩を促す。こうした呼吸の合った動きは、短期間で築けるものではない。汗を拭き合う二人の目には、自然と笑みと親密さが溢れていた。それを見ていた悠真の顔は、嫉妬に染まり、硬直する。まるで足が地面に釘付けされたかのように動けず、ただ目だけが二人を捉えて離さない。――あれは、俺の美咲だったのに!隣でその様子を見ていた花音は、皮肉と嘲笑が入り混じった表情を浮かべた。……やがて美咲がすべての作業を記録し終えると、ちょうど夕日が山を染めていた。紫がかった橙色の光が彼女の輪郭を優しく包み込む。美咲は口を動かし、真面目な顔で仕事の話をしていたが、陸翔にはその言葉がまったく届いていなかった。彼は彼女の長くカールした睫毛を見つめ、しばし沈黙した後にぽつりと呟いた。「ロープウェイ、乗る?」美咲は一瞬きょとんとしたが、山頂
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第20話

悠真は部屋に戻ると、胸の痛みがさらに強くなった。かつての美咲の姿が、頭の中で何度もよみがえる。あの頃の彼女の瞳には、愛が溢れていた。それが今では、彼女は自分を一目見ることすら嫌悪しているようだった。悠真の全身が冷えきり、理性は「諦めろ」と叫んでいたが、それでも彼女を見るたびに抱きしめたくてたまらなくなる。――諦めたくない。悠真は唇を引き結び、ふと昔の美咲のことを思い出した。彼女はロマンチックなことや、ちょっとした儀式が大好きだった。でも、自分は記念日すらまともに祝わなかった。だから、今度こそ真剣に告白すれば、何かが変わるかもしれない。その考えが浮かぶと同時に、悠真の胸は高鳴り、心臓が打ち鳴らされるような感覚に襲われた。告白しよう。彼女を取り戻すために。そう決意すると、悠真は電話を取り出し、ある番号を押した。……告白の前に、悠真は花音に会った。花音は一瞬驚いたが、すぐにセクシーな部屋着に着替え、素顔風メイクまで施して準備万端に。ドアを開けると、悠真の手にはまだ火のついた煙草があった。白い煙がゆらゆらと漂い、彼の顔はよく見えなかった。花音は笑顔で彼に飛びつき、甘えるように声をかけた。「悠真、やっと美咲を諦めたの?」だが悠真は眉をひそめ、彼女を強く突き飛ばした。あまりの力に、花音は床に転がった。驚いた様子で彼を見上げながら、言った。「私を呼び出したのって……」「呼んだのは、伝えたいことがあったからだ。俺たちは、今後一切関わるべきじゃない。これから先、俺とお前は他人だ」その冷たい言葉に、花音はその場で固まった。「……え?」言いようのない恐怖が彼女の中に芽生え、しどろもどろになりながら口にした。「で、でも……あの写真……」悠真は鼻で笑った。「もうその写真で脅せると思うな」彼は吸っていた煙草を床に落とし、ぐりぐりと靴で踏みつけた。まるでその煙草が花音そのものかのように。「もういい。俺は誰かに頼んで、あの写真はお前の捏造だったって証言させれば済む話だ。これ以上、お前に脅されるのはごめんだし、関わる気もない。俺は、自分の力で美咲を取り戻す」悠真は彼女を見下ろし、冷たい声で宣言した。「花音、賢くなれ。二度と俺に関わってくるな。さも
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