Semua Bab 静かに燃え尽きる愛: Bab 11 - Bab 20

26 Bab

第11話

その知らせが届いた瞬間、晏人は混乱の渦中にあったオープニングセレモニーを放り出し、事故現場へと駆けつけた。黒塗りのワンボックスカーと大型バスが衝突し、炎に包まれていた。晏人はそれが、今日自分が桃恵を迎えに行かせた車だとすぐに分かった。周囲に散らばったガラス片が、ぎらつく光で彼の目を刺し、まるで骨の奥まで突き刺さるような痛みとなって晏人を襲う。呼吸すらままならなかった。脚から一気に力が抜け、その場に膝をついて座り込む。「そんな……ふざけるな!」晏人は地面を這うようにして立ち上がり、炎の海に飛び込もうとしたが、警察官たちに必死で止められた。「落ち着いてください!中は危険です!二次爆発の危険があります!」「ふざけるな!離せ!俺は……俺は桃恵を助けに行くんだ!」晏人は声もかすれるほどの絶叫を上げ、目は血走っていた。その瞬間、夜空を切り裂くような爆発音が響き、炎とともに飛び散る破片が熱風に舞い、地に落ちる。晏人は再び地面に叩きつけられた。もう、立ち上がる気力すら残っていなかった。彼の愚かなまでの一途さも、絶望も、全て監視カメラに映し出され、今夜の都内のゴシップとなった。悲恋の物語は、またしても世間の格好の餌食となる。だが晏人には、もうそんなことを気にする余裕はなかった。二人の女性の間で迷い続けた晏人も、この一瞬で自分の心が誰に向いていたのか、はっきりと知った。だが、もう二度と桃恵の手を握ることはできない。晏人は炎の前で崩れ落ち、嗚咽しながら呟く。「迎えに行くべきだった、桃恵……」城ヶ崎家の御曹司、その誕生日とプロポーズという二つの祝いが、一瞬にして七年付き合った彼女の葬式へと変わった。事故は市内の話題をさらった。だが、誰も気づかぬ場所で、桃恵はすでにアイランド行きの飛行機に乗っていた。この事故は、すべて桃恵が自ら仕組んだ芝居だった。一か月も前から、桃恵はこの計画を練り始めていた。晏人の世界から永遠に消えるために。彼が少しでも自分を愛し、罪悪感を持っているのなら、失う痛みを味わえばいい。そう思った。空港までの道は長く、搭乗口は一番遠い場所だった。軽いキャリーケースを引きながら、桃恵は一度も振り返らなかった。飛行機が離陸し、雲の海を突き抜ける瞬間、桃恵は窓の外を見た。暗雲を抜けて、
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第12話

晏人は重たい足取りで、桃恵と七年も共に暮らした家へと戻ってきた。心ここにあらずのまま、ぼんやりと扉を開ける。部屋は薄暗く、広い空間にぽつんと一人。この静寂が、すべてを語っている。世界は広くて果てしない。だが、もう誰も、自分のために灯りをともして待っていてはくれないのだ。晏人は玄関でしばらく立ち尽くし、ふいに思い出した。桃恵からもらった誕生日プレゼント、まだ開けていなかったことを。彼は寝室へ駆け込み、震える手でボックスを開けた。その中に入っていたのは、病院の診断書だった。子宮外妊娠手術――太く、鋭い字が目に刺さる。手術の日付は、ちょうど一ヶ月前。あの日は、出張と偽って悠香を連れて遊びに行った日だ。しかも、桃恵の誕生日のほんの数日前。晏人は信じられなかった。胸を重い槌で打たれたような痛みで、息が詰まりそうになる。「嘘だろ……こんなの、嘘だ……」呪文のように繰り返し、赤くなった目でただ呆然と診断書を見つめた。あれほど痛みに弱い桃恵が、こんな大きな手術を一人で受けていたなんて。思えば、栄養士にずっと世話されていたのに、最近の桃恵はいつも顔色が悪く、痩せ細っていた。それを見ていながら、自分は「大したことじゃない」と、勝手に思い込んで無視していたのだ。診断書の下には、分厚い写真の束があった。どれも晏人と悠香が親しげに寄り添う写真ばかり。写真の中の彼と悠香は、激しく抱き合い、甘く絡み合い、中にはホテルの一室で見せる、あられもない姿まで。遊園地、映画館、商店街、神社……彼と悠香が会っていた全ての瞬間が、克明に記録されていて、すべて桃恵の元に届けられていた。晏人の手は止まらず震える。箱から溢れた写真が床に散らばり、まるで突然の嵐が部屋を襲ったように、世界が、音もなく覆された。桃恵は、すべて知っていたのだ……けれど、何も問い詰めてこなかった。いや、最近の桃恵の静かな目、冷たい態度、何度も言いかけては飲み込む言葉、自分への拒絶……それらすべてが、声なき問いかけだったのだ。自分の勘違いなんかじゃなかった。それなのに、自分は何一つ悔い改めることもせず、真実を認める勇気もなかった。「俺が悪い……本当に、悪かったんだ……桃恵……」大粒の涙が手術の診断書に落ち、文字を滲ませる。そのとき、スマホに連絡が入
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第13話

しばらくの間、晏人はただ呆然と立ち尽くしていた。桃恵が残した痕跡に、彼は必死で慰めを求めた。けれど、クローゼットを開けると、そこは空っぽだった。晏人の呼吸が止まる。ぎこちなく振り返り、薄く埃の積もったベッドサイドの棚を見る。あの日二人で撮った写真も、跡形もなく消えていた。恐ろしい考えが、瞬く間に晏人を飲み込む。冷たいものが背筋を駆け抜けていく。キッチン、バスルーム、物置……家中を狂ったように探し回る。でも、全部、消えていた。桃恵に関する全ては、今年の浜市に降ったたった一度の雪のようだった。静かに舞い降り、夜が明ける頃には跡形もなく溶けて消えてしまった。まるで、最初から存在しなかったかのように。一日のうちに起こったあまりにも大きな変化に、晏人は息もできなくなり、そのままベッドに倒れ込んだ。シーツからは、桃恵が好きだったラベンダーの香りすら、もうしなかった。彼女は、きっと自分を心の底から憎んでいるのだろう。何ひとつ、自分に残してはくれなかった。けれど、こうなるまでの変化は、決して一瞬で起きたことじゃない。桃恵は、晏人に気づかれないように計画したわけでもなかった。それなのに、晏人は愚かにも見て見ぬふりをしてきたのだ。まるで、桃恵が決して自分に失望しないと信じ切っていたかのように。晏人は目を閉じ、滲んだ涙が頬を伝って流れ落ちた。これが、桃恵からの罰だ。この瞬間、晏人ははっきりと確信した。桃恵は、死んでなんかいない。突然、けたたましくスマホが鳴り響く。悠香から、何度も何度も、まるで呪いのように電話がかかってくる。晏人の苛立った心は、いっそう荒れていった。画面に悠香の名前が何度も点滅するのを見て、ついに晏人は怒りを抑えきれず、電話を取った。「晏人……」「お前だろ、お前が桃恵に写真を送ったのか?」晏人の声はかすれて低く、歯の隙間から絞り出すようだった。向こうは一瞬黙りこみ、やがて泣き声で言った。「なんでそんなふうに思うの……たとえ私だとしても、それは……私が晏人を、好きだからよ!」「俺はお前に、絶対に桃恵に知られるなって警告しただろ!俺は、お前に甘すぎた」「晏……」「もううんざりだ。二度と俺の前に現れるな!これ以上くだらない真似したら、お前をこの世から消してやる!」晏人の声
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第14話

晏人が知らぬうちに、桃恵の実家はすっかり様変わりしていた。かつて庭を彩っていた花も草も、もうどこにも見当たらない。代わりに、無造作に掘り返された泥だらけの地面が広がっているだけだ。晏人はよろめきながら、桃恵が幼い頃過ごしたあの部屋へと駆け込んだ。だが、壁は真っ白に塗り直され、嫌な匂いが漂っているだけで、そこにはもう何も残されていなかった。幼い頃から積み重ねてきた、二人の思い出――晏人の一生を通しても忘れられないはずだった数々の記憶――それらは、跡形もなく消えていた。誰もが晏人を、浜市を牛耳る御曹司だと囁く。しかし今の彼は、自分の全てを捧げてきた女性が、こんなにも入念に別れの支度をしていたことさえ、気づくことができなかった。ふと晏人の目に、階段脇の監視カメラが映り込む。彼は我を忘れて監視室へ駆け込んだ。桃恵がいつ、どうやって実家の片付けを進めたのか、その証拠を探そうとしたのだ。監視カメラの機材はすべて正常に動いていた。だが、録画データはきれいさっぱり消されていた。ただ一つ、半月前の日付の映像だけが残されていた。晏人はその映像を見るのが怖くなった。手が震えながらも、再生ボタンを押す。画面は二階の階段踊り場を映している。やがて、桃恵の横顔が映り込む。「桃恵……」次の瞬間、桃恵が階段のガラス越しに庭を見下ろし、そこにいたのは、ふざけあいながらも親密な晏人と、悠香だった。あの日だ。晏人は、どうかしていた。悠香の誘いに抗えず、あろうことか桃恵の幼き日の思い出が詰まったこの場所に、彼女を連れてきてしまった。そして、この家の全てを穢してしまったのだ。視界が滲む。画面の中、崩れ落ちそうなほど泣きじゃくる桃恵の姿、その時彼女が受けた衝撃は、想像もできない。あの時、ほんの僅かでも良心が残っていたなら、あんな風に桃恵の心を踏みにじることなどしなかったはずだ。「桃恵、ごめん……本当に、ごめん……」汚れた世界を言い訳にし、己の欲望に身を任せたこと、本当にごめん。自分をごまかし、墜ちていくことを選んだこと、本当にごめん。晏人は思い出す。最初に悠香の誘惑を受け入れたのは、仲間たちに「晏人は桃恵を甘やかしすぎだ」と囃し立てられ、「一人の女ばっか可愛がってたら、いずれ天狗になるぞ」とからかわれたからだった。「たまには刺
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第15話

晏人は監視室の冷たく硬い床に崩れ落ちていた。普段はきちんと着こなしているスーツも、今はすっかり土埃にまみれている。かつて晏人は、人を圧倒する城ヶ崎グループの若き社長だったが、今の彼にその面影はない。扉の外で待機していた秘書が、何度か中に入ろうとしたが、その度に晏人は鋭い声で制した。「入るな……しばらく、一人にしてくれ」彼は虚ろな目で、真っ黒な監視モニターを眺めていた。その心もまた、何も映さない闇に沈んでいるようだった。晏人はおもむろにスマホを取り出し、アルバムに保存されていた彼と桃恵のツーショットを開く。十歳の桃恵が、彼の隣で小さな体を精一杯に伸ばして立っていた。今にも消えてしまいそうなほど、か弱く、儚げだった。あの年、桃恵の家は破産し、両親も相次いで自殺してしまった。人生で最も辛く、孤独だった夜に、晏人は桃恵の手を握り、自分の家へと連れて帰った。あの時、晏人は心に誓ったのだ。この子だけは、必ず自分が守ると。桃恵が十八歳になった時、晏人は彼女の盛大な成人式で、想いを打ち明けた。夜が更けて、晏人は桃恵を連れ出し、形式ばかりの式典を抜け出して、二人きりで花火を見に行った。夜空に咲く花火の下、桃恵は晏人の胸にそっと寄り添い、幸せそうに見上げて問いかけた。「晏人……世間じゃ恋人同士は七年目が危ないって言うけど、私たちもそうなっちゃうのかな?」「そんなこと、絶対にないよ」と晏人はきっぱり答えた。「どうして?」「だって、俺は桃恵だけを愛してるから。桃恵、お前は俺の唯一だ」「生涯ずっと、私だけを愛してくれるって、約束できる?」「もちろんさ。もし桃恵が望むなら、今だってすぐにお前をお嫁さんにしたいくらいだよ」桃恵はくすっと笑い、首を横に振った。「まだ成人ばかりだよ、私。でも……もし、晏人が他の人と結婚するなんて言い出したら、絶対に許さないんだからね!」晏人は桃恵の頭を優しく撫でて、甘えるように微笑んだ。「安心して。お前以外に、俺のわがままに付き合ってくれる人なんていないから」「もう……じゃあ、私が我慢してあげる」……思い出が脳裏をよぎり、晏人の手が小さく震えた。彼はゆっくりとスーツの内ポケットから、黒いベルベットの小箱を取り出した。蓋を開けると、そこには六カラットのダイヤの指輪が、冷たい
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第16話

晏人は、桃恵が本当に死んだなんて、どうしても信じることができなかった。彼女が去る前に残した、あの一言を見てからというもの、晏人の中の確信はますます強くなった。桃恵は、ただ自分のもとを離れたかっただけなのだ、と。けれど、もしもう一度だけでも桃恵に会えるのなら、きっと彼女の許しを得るために、何度でも頭を下げよう。そう決意していた。この数日、晏人は桃恵の行方を探し続けていた。しかし、どれだけ手を尽くしても、彼女の消息をつかむことはできなかった。一方で、晏人は悠香に決着をつけるつもりだった。あの写真は悠香が桃恵に送りつけたものだと、晏人は知っていた。彼女はあれで桃恵を追い詰めたかったのだろう。そして、もうひとつ。晏人は確かめたかった。もし、あの交通事故が桃恵の自作自演ではなく、本当に起きたものだったなら、その裏で糸を引いていたのは、もしかして悠香なのではないか。晏人は、社長室の扉を乱暴に押し開けた。そこには、四ヶ月になるお腹を大きくした悠香が、傲然とふるまっていた。ひとりの女性社員が電話の内容を聞き逃しただけで、悠香はそれを激しく叱りつけていた。苛立ちをぶつけるように、仕事が遅いだの、こんな簡単なこともできないのかと、容赦なく罵倒する。女性社員は真っ赤になりながら、必死に謝る。「秦野さん、申し訳ありません、私の不注意でした……」「もういいわ、さっさと出て行きなさい」女性社員は赦されたとばかりに、頭を下げて走るように部屋を出ていった。悠香がソファに腰掛けようとしたそのとき、ふと入口に立つ晏人の姿に気がついた。「晏人……」悠香は瞬時に、弱々しくも哀れを誘う表情を作った。だが、晏人の顔は氷のように冷たく、周囲には冷気が漂っているようだった。「桃恵の事故、お前がやったのか」その声は低く、感情の色は微塵も感じられなかった。「な、何のこと……」悠香は目を大きく見開き、まるで信じられないといった様子で、膨らんだお腹を撫でながらか細く言った。「晏人、私……何を言われているのかわからない……桃恵が事故に遭ったこと、私だって悲しいのよ……」今にも泣き出しそうな目で、涙を浮かべている。晏人は無表情のまま、鞄から写真の束を取り出すと、悠香の目の前に叩きつけた。悠香がそれを見るや否や、顔色がみるみる青ざめてい
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第17話

悠香は、晏人に連れられて城ヶ崎家の屋敷へとやって来た。城ヶ崎家では、ちょうど親族会議が開かれていた。晏人が冷たい表情のまま堂々と歩み入ると、集まっていた親族たちは互いに顔を見合わせ、空気を読んでぞろぞろと退室していく。広々とした応接間には、本家の人間だけが残された。「晏人、いったいどういうこと?」先に口を開いたのは、晏人の母だった。晏人は淡々と告げる。「伝えておくけど、悠香に子を堕ろしてもらう」その声音には、一切の情け容赦がなかった。「お願い、やめて!」悠香はすぐさま膝をつき、車椅子に座る城ヶ崎家の祖母の足にすがりついた。「おばあさま、お願いします、晏人に言ってください……お腹の子はもう五ヶ月目です。しかも、城ヶ崎家にとって唯一の血筋なんです……」その涙は頬を伝い、まるで演技のように美しく零れ落ちていた。祖母は悠香の膨らんだお腹を見つめ、濁った瞳に一瞬ためらいの色を浮かべた。彼女は何よりも子孫を大切にしてきた。かつて、もし桃恵が受け入れてくれるなら、悠香の子を桃恵の養子に――と考えたこともあった。だが、悠香を正式に家に迎え入れるつもりはなかった。しかし、今や桃恵は非業の死を遂げてしまった……祖母は、憔悴した晏人の顔を見て、その苦しみを察し、悠香のために口添えすべきか迷っていた。晏人は祖母の迷いを見抜き、冷たく言い放つ。「おばあちゃん、桃恵に俺とこの女のことを教えたのは、他でもないこの女自身だ!俺が家に戻った時には、もう桃恵はすべてを持って出て行っていた。それに、桃恵の事故も……絶対に偶然なんかじゃない!この女こそが、すべての元凶かもしれない!」桃恵の名を出した瞬間、祖母も父も母も、顔色を変えた。ようやく、今になって家族の中にわずかな良心が芽生えたのだろうか。ふと、晏人と二十年以上も共に過ごしたあの少女、家族全員に可愛がられた桃恵のことを思い出す。祖母の脳裏には、幼い頃の桃恵の姿が蘇った。小さな体で晏人の後ろをぴったりとついて回り、「おばあちゃん!」と甘える声は天使のように優しく、寂しい晩年の心を癒してくれた。成長してからも、桃恵はまるで本当の孫娘のように心配りをし、節句や祝い事には家族みんなに贈り物をし、よく話し相手になってくれた。特に、祖母が入院した時には、自分の生活を投げ捨ててま
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第18話

最初に病院へ連れて行かれ、中絶を迫られたその日、悠香は逃げ出した。自分が命がけで守ってきたものが、桃恵の死によって一瞬で消えてしまうなんて、どうしても納得できなかった。だから悠香は、城ヶ崎家の屋敷での対決を巧妙に編集した動画をネットにアップした。自分を捨てられ、裏切られた可哀想な女として世間に訴えかけるために。「晏人と桃恵の恋の話はずっと知っていました。心から羨ましかった……私も晏人のことが好きでしたが、二人の間を壊そうなんて一度も思ったことはありません!お腹の子は、晏人と私の間にできた美しい偶然。でも私は、この子を受け入れる覚悟がありました。桃恵の死が晏人に大きな罪悪感を残したことも分かっていますし、彼がこの子を認めたくないという気持ちも理解できます。私は晏人と結婚するなんて望んでいません。ただ、城ヶ崎家に私と子どもが生きていける道を残してほしい……私の唯一の拠り所を奪わないでほしいだけなんです……」悠香はカメラの前で涙をぽろぽろとこぼし、声を震わせながら訴えた。さらに、晏人との親密で際どいやり取りのやり取りも公開し、自分がどれだけ傷ついたかを見せつけるかのようだった。瞬く間に、晏人の浮気疑惑はネット上で大炎上した。何しろ、桃恵のためなら命さえ投げ出した晏人が、外で他の女と関係を持っていたなんて、誰も信じられなかったのだ。【あれだけ真実の愛とか言ってたくせに、結局浮気かよ】【恋愛なんて演技だよ、真実の愛なんて信じるほうがバカだろ】【桃恵を庇って撃たれた時、晏人は自分が浮気するなんて思ってたのかな?】【桃恵が亡くなっても、城ヶ崎家は外野女を好き放題させてるし、やっぱり名家の闇は深いよな】【桃恵は晏人の浮気を知ってたの?まさか死ぬまで隠されてたんじゃ……】【もうあの交通事故の真相すら疑わしくなってきた……】【+1】【まあでも、親がどうしようもなくても子どもは無実だろ。いくら金持ちでも子どもにまで罪を背負わせるのは違うよな?】【……】ネットの炎上は止まらず、城ヶ崎グループの株価も急落した。取締役会は緊急会議を開き、晏人に即刻この危機を収めるよう命じる。しかし、晏人はいつもの冷静さを崩さなかった。焦りもせず、怒りもせず、ただ無表情でスマホの画面を見つめ、SNSの話題を黙々と更新し続
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第19話

すべては晏人の思い通りにはならなかった。悠香はどうしても子供を堕ろそうとはしなかった。そして、世間を騒がせたあの噂も、晏人が桃恵の行方を見つけ出す助けにはならなかった。晏人は自分に言い聞かせていた。「桃恵は絶対に死んでいない。きっとこの世界のどこかで生きている。俺が心からの懺悔を彼女の耳に届けることさえできれば、まだやり直せるはずだ」と。だが一方で、どうしようもなく恐れていた。本当に悠香が桃恵を死なせてしまったのではないか、と。絶望の底に沈み、晏人の心は荒れに荒れ、日ごとに気分は不安定になっていった。悠香は晏人の魂の抜けたような様子を見て、自分の世間の噂を利用してのし上がる計画がもう完全に潰えたと悟った。彼女はもがき、かつての情を利用して晏人の同情を買おうとした。ある夜、悠香は大きく膨らんだお腹を抱え、薄いレースのネグリジェ姿で晏人の部屋の扉をノックした。わざと胸元に水をこぼし、濡れた体を晏人の胸に押し付け、甘く囁きながら誘惑する。「晏人、私も赤ちゃんも……あなたが必要なの。ねぇ、少しだけでも感じてみない?」だが晏人はただ冷たい視線で悠香を見つめ、まるで氷室に放り込まれた肉塊でも見るような目をしていた。悠香の笑顔はひきつり、背筋に冷たいものが走った。彼女は悟った。自分にはもう取り返すチャンスなど二度とない。このまま浜市にしがみついても、待っているのは破滅だけだ。彼女は別の道を選ばざるを得なかった。ある日、晏人の元に、秘書から連絡が入った。悠香が最近、社長室の出入りがやけに多く、怪しい動きをしている、と。晏人は表情を曇らせ、すぐに探偵に連絡し、悠香の一挙一動を24時間監視させることにした。まもなく探偵から報告が届いた。悠香はすでに港町で秘密裏に口座を開設し、夜な夜な両替所を渡り歩いていた。どうやら、金を持って海外へ逃げる準備を進めているようだった。晏人は煙草に火をつけ、しばし思案した後、その目に冷徹な光が宿った。彼は自ら悠香を食事に誘い、表向きは優しく接した。「子どもを……産んでもらおうと思うんだ」悠香は半信半疑だった。「晏人、本当に?嘘じゃないの?」「ああ。しっかり養育費も出す。お前と子どもが、何不自由なく暮らせるようにするよ」「本当に?よかった。嬉しい!」二
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第20話

悠香とお腹の子の死ですら、桃恵の行方を知る手がかりにはならなかった。晏人はすべての後始末を終えた後、まるで魂が抜けたかのようにオフィスのソファに倒れ込んだ。大きな窓の外には、煌めく都会の夜景が広がっている。けれど、晏人の心は空っぽで、何ひとつ入る余地がない。もう三日間、一睡もしていなかった。目を閉じるたび、脳裏には桃恵の面影が浮かぶ。疲れ切った晏人が家に帰り、電気をつけると、無機質な白い明かりの中、部屋はからっぽだった。彼の生活もこの家と同じだ。桃恵がいなくなってから、彼女の痕跡を何ひとつ掴めなくなった。晏人は二人の思い出を残そうと、かつて幸せな瞬間を幾度も写真に収めてくれた専属カメラマンを探した。けれど、桃恵はすでにその日が来ることを予想していたのか、カメラマンにすべてのフィルムを前もって処分させていた。晏人はまた、二人で神社に行き、永遠の愛を誓って縁結びの錠を掛けたことを思い出した。彼は人を雇い、神社の隅々まで調べさせたが、「晏人と桃恵、末永く離れず」と刻まれたあの錠は、どこにも見つからなかった。桃恵は本当に、晏人との過去に一片の未練も残さず、思い出さえも残してはくれなかった。晏人はベッドで寝返りを打ち続け、真っ暗な天井を見上げながら、細やかで温かな過去の記憶に胸を抉られ続けた。彼は桃恵が自分のためにしてくれた数々の小さな優しさを思い返す。彼が体調を崩したとき、桃恵は甲斐甲斐しく看病し、おかゆを作っては、一口ずつ「えらいね」と褒めながら食べさせてくれた。晏人が家業を継いだばかりの頃は、会社に泊まり込むことも多かった。そんなときも、桃恵は毎晩のように夜食を持って会社に現れ、「無理しないで、ちゃんと休んでね」と気遣ってくれた。遅くなれば、ソファで静かに横になって彼を待つ。晏人は桃恵の安らかな寝顔を見ているだけで、心が満たされ、この時間が永遠に続けばいいのにと願った。ソファは柔らかすぎて長く寝ると疲れるから、晏人は桃恵を抱きかかえ、休憩室のベッドに運んだ。ぼんやり目を覚ました桃恵が、首に腕を回して甘える。「晏人、お金はそんなにいらないし、あなたがどんなに偉くならなくてもいい。ただ、あなたが健康で幸せでいてくれれば……」そんな桃恵に、晏人は優しく鼻先をすり寄せて答える。「桃恵がいれば、そ
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