Lahat ng Kabanata ng さようならは蜜の味: Kabanata 11 - Kabanata 20

25 Kabanata

第11話

一臣は、確かにどうかしていた。希和がいなくなったと知ってからというもの、彼女のことを思い出さない日は一日たりともなかった。「会いたい」――その想いは、消えるどころか日に日に強まっていった。だが、誰に聞いても、希和の居場所は教えてもらえなかった。希和は一臣の連絡先をすべてブロックしていたので、仕方なく、一臣は友人のスマホを借りてメッセージを送るしかなかった。それでも、送った瞬間に彼からだと見抜かれているかのように、返信はいつも決まっていた。【もう二度と私に関わらないで】「……クソッ!」一臣は暴れ出し、テーブルの上にあった酒瓶を次々に床へ叩き落とした。ガラスの割れる音が部屋に響く。怒っている最中の一臣に、誰一人として近づこうとする者はいなかった。ただひよりだけが悲しげな表情で彼を見つめ、そっと彼の手からグラスを奪い取る。「一臣、お願い、もう飲まないで……」だが、一臣の目は血のように赤く染まり、ひよりを激しく突き飛ばした。「触るな!」ひよりは勢いよく倒れ、運悪く床に散ったガラスの破片に手をついてしまった。「っ……一臣、痛いよ」その声に少しだけ酔いが覚めたのか、一臣は額を押さえながら、ゆっくりと彼女に視線を落とした。だが、その足は一歩も動かなかった。一臣は苛立ったように口をひらく。「真司、俺の女――じゃなくて、そいつを家まで送ってやってくれ」その言葉を聞いた瞬間、ひよりの血の気がすっと引いた。これ以上残ったら、一臣の機嫌が悪くなるだけだ。そう悟ったひよりは、黙って立ち上がると、何度も振り返りながら部屋を後にした。再び一人になった一臣は、手当たり次第に酒をあおった。胃が焼けつくように痛んでも、止める気にはなれなかった。――ふと、記憶が蘇る。あの夜、ひよりと希和を初めて引き合わせたとき、ひよりが熱湯をこぼし、希和が火傷を負った。あのとき、彼女はどれほど痛かっただろうか。けれど自分は、その傷に気づきもせず、責めるような言葉だけをぶつけていた。病院で見たあの火傷は酷かった、痕になってしまったのかなと、彼は考えていた。そして彼が考えていることが無意識に漏れてしまい、近くにいた友人の一人が意外そうな顔をしながら、正直に答えた。「たぶん、痕は残ると思うよ。結構熱かったし……」そ
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第12話

一臣は、希和と過ごした幼い日々を思い返していた。彼女は一つ年下で、どこかふんわりとした可憐な雰囲気を纏っていた。けれど最初の頃、希和は一臣とはあまり遊びたがらず、よく隣に住んでいた年上の男の子――瀬尾湊(せお みなと)と一緒にいた。湊に嫉妬し、一臣は希和の前でわざと湊の悪口を言うようになった。やがて瀬尾家が海外へ移住すると、希和の遊び相手は自然と一臣になった。それからというもの、ふたりはいつも一緒にいた。大学の卒業式の夜、酔った勢いもあって、一臣は希和と一線を越えた。希和は拒まなかった。そのとき、一臣は確信した、彼女も自分を愛しているのだと。高鳴る胸の音は、今もはっきりと覚えている。だが、付き合い始めの甘い時間が過ぎると、一臣はその気持ちを忘れ、いつの間にか希和を口説いていたのは自分だったことすらも忘れていた。三年もの間、ふたりの関係は人知れず続いた。そして一臣は、ひよりに心を惹かれ、希和を切り捨てようと決めた。それでも、彼が本当にずっと好きだったのは、希和だけだった。ひよりはただの希和の影にすぎなかったのだ。けれど、彼は自分の本当の気持ちに気づくことも、向き合うこともできずにいた。そのうえ、自分の手で何度も希和を傷つけ、遠ざけてしまった。――だけど今は違う。一臣ははっきりと理解したのだった。自分は、希和を失いたくない。最初から最後まで、自分が好きだったのは希和だけだと。「真司、お前の家って桐谷家と取引してたよな。最近、向こうの海外事業に動きがないか調べてくれ。借り一つってことで、頼む」「一臣さん、本気で希和さんを探すつもりですか?ひよりさんのことは?」一臣はきっぱりと言い切った。「彼女には申し訳ないが、きちんと慰謝料は払うつもりだ。ひよりと希和、どちらか一人しか選べないなら……俺は希和を選ぶ」一臣には知らなかったが、扉の外にいたひよりはその言葉をすべて聞いていた。けど、その決意も想いも、希和には届いていなかった。明海市を遠く離れた希和は、すでに見知らぬ異国の地を踏みしめていた。機内モードを解除すると、母親からのメッセージが届いていた。【希和、あんたが出発したあと、一臣くんが空港まで来たの。行き先を何度も聞いてきたけど、私たち、ちゃんと黙っておいたから安心して】その文
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第13話

一臣はプライベートサロンを後にすると、自宅ではなく、かつて希和と暮らしていたマンションへと向かった。玄関のドアを開けた瞬間、一臣は立ち尽くした。視界の先に広がっていたのは、がらんと空っぽになった部屋。脳裏に浮かんだのは、希和がここを家にするために、ひとつひとつ家具や小物を丁寧に選んで揃えていた光景だった。込み上げてくる涙を堪えきれない。ここを家にするために、二人は三年をかけた。だが、それをすべて消し去るのに、ほんの数日しかかからなかった。最後にこの部屋で希和に会ったとき、自分は希和に命令していたっけ。ひよりにバレないように、この部屋の物は全部片付けておけと。しかし、いざ空っぽの部屋を前にすると、一臣は呼吸すら辛いと感じた。ここ数日、頭の中では「希和」と「ひより」、ふたつの選択肢が絶え間なくぶつかり合っていた。その答えを見ようとせず、一臣は酒に逃げた。けれど、今こうしてぽっかりと空いた部屋の中に立ち尽くしていると、一臣はようやく気づいた。希和は、もういないと。そして、その「選択」の答えが、ようやくくっきりと輪郭を持って浮かび上がった。自分にとっての正解は、最初からずっと希和しかなかった。リビングのテーブルには、ひとつだけ彼女の痕跡が残されている。それは、希和が使っていた合鍵だ。彼女が選んだペアのキーホルダーが付いたままだった。一臣は自分の鍵を取り出し、そっと並べる。ふたつのチャームが寄り添って、ひとつのハートを形作る。でも隣に、もう彼女はいない。震える手で鍵を胸に抱きしめると、一臣は新しいSIMカードをスマホに差し込み、希和の番号を押した。呼び出し音が鳴る間、心臓の鼓動が耳の奥で鳴り響いた。そして、聞き慣れた声が、困惑気味に答える。「……もしもし?」「……希和、俺だ。一臣だ」次の瞬間、無情にも電話は切られた。スマホを握りしめたまま、一臣は声にならない嗚咽をこぼした。本気で自分との関係を断ち切ろうとしているから、希和は迷いもせずに電話を切ったのだ。それでも、引き下がるわけにはいかない。希和を傷つけたのは間違いなく自分だ。彼女にどれだけ嫌われても、罵倒されても、殴られても構わない。彼女が戻ってきてくれるなら、何をされてもいい。涙で滲む視界の中、再び番号を押す。何度も
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第14話

一臣は、真司から送られてきた住所を何度も心の中で繰り返していた。それがすっかり頭に染み込み、逆さにしても言えるほどになって、ようやく目を閉じた。希和が去ってから初めて訪れた、深い眠りだった。翌朝、彼女に会いに行こうと、一臣は朝早くから支度を整え、実家へ向かった。「父さん、母さん。やっと希和の居場所が分かったんだ。これから飛行機のチケット取って、会いに行くよ!」久しぶりに心が晴れ、喜びを隠せないままリビングに足を踏み入れた一臣は、そこにひよりがいることに気づかなかった。「一臣、昨夜どこにいたの?何度も電話したのに、出ないから心配したのよ。それと……話したいことがあるの」ひよりの声に、ようやく現実に引き戻される。彼女は、はにかむように微笑みながら静江と手を取り合っていた。まるで、本物の母娘のように。静江が、優しく声をかける。「ほら、一臣。座ってちょうだい。……さっき、何か言ってたかしら?」一臣が口を開きかけたそのとき、静江が笑顔のまま先に話し出した。「そうそう、ひよりね、赤ちゃんができたの。病院に診てもらったけど、もう一ヶ月になるって。お腹が大きくなる前に式を挙げようって話してるの。籍も入れて、赤ちゃんにとって良い環境を整えてあげましょ?」一臣の胸を満たしていた喜びは、母に告げられた計画にかき消されてしまった。やっとの思いで希和の手がかりを見つけ、彼女に会いに行こうと決めたこのタイミングで、ひよりが自分の子を身ごもっているんだと?「……ダメだ!」一臣は椅子を蹴るようにして立ち上がり、叫んだ。「俺は……ひよりと結婚しない!」その言葉に、健一郎が激昂し、手にしていたカップを床に叩きつけた。「何をバカなことを言ってるんだ!この前まで結婚すると言い張っていたのはお前だろう!久我家の子を私生児にするなんて、絶対に許さん!籍は入れてもらうぞ!」父の怒声が響いても、一臣の耳にはもう届いていなかった。彼は無言でひよりの手首をつかみ、そのまま玄関へ向かおうとする。「結婚なんてしない。子どもも産ませない」この子が生まれたら、希和とやり直せる可能性がゼロになってしまう。その思いだけが、一臣を突き動かした。彼の目にもはやひよりを気遣う色はなく、ただ強引に彼女を引きずるように玄関へと向かう。
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第15話

一臣の頑なな拒絶、静江の必死の説得、そして健一郎の怒鳴り声。そのすべてが、ひよりの放った言葉によってかき消されてしまった。「……今、なんて言ったの?」ちょうどその場に到着した文陽と秀子。ひよりの声は、彼らにもはっきりと届いていた。希和が姿を消して以来、一臣は魂が抜けたように酒に溺れていた。見かねた健一郎と静江は、ついに桐谷夫妻を久我家へ招き、娘の行方を直接問いただそうとした。しかし、まさかこの口論を桐谷夫妻に目撃されるとは……怒りで顔が真っ赤になった文陽はひよりのもとへ歩み寄ると、冷たく睨んだ。「綾瀬さん、発言にはくれぐれもお気をつけください。これ以上、娘の名誉を汚すような真似は、たとえあなたが一臣くんの婚約者であっても、絶対に許しません!」秀子もまた、怒りの矛先を久我家へと向けた。「一臣くん、まさか、希和を侮辱するような女性と付き合っていたなんて。そんな人が、あなたの隣にふさわしいと本気で思っていたの?」騒然とする中、健一郎と静江はすぐに我に返り、桐谷夫妻に詫びを入れた。だが、誰も気づかなかった――騒ぎの中、一臣はずっと頭を垂れたまま、ひと言も発さず、ただ沈黙を貫いていた。ようやく場が少し落ち着いた頃、ひよりがどこか冷たく、皮肉めいた笑みを浮かべて口を開いた。「別に希和を貶めるつもりなんてないわ。信じられないなら、一臣に聞いてみて。私が言ってることが本当かどうか、一番よく知ってるのは彼でしょう?」一斉に注がれる視線。一臣は顔を伏せたまま動かずにいると、その場にいた全員の心がわずかに沈んだ。苛立ちを募らせた静江が、思わず息子の肩を押して詰め寄る。「一臣、本当なの?黙ってないではっきり答えなさい!」重い沈黙のあと、一臣は小さく、だが確かに頷いた。皆に見られ、彼は罪悪感に押しつぶされそうになった。するとひよりは涙を流しながらも、どこか嘲るように、苦しげに笑った。「三年よ。彼、希和と三年も関係を持ってたのに、彼女は結婚どころか、恋人としてでも認めてもらえなかったの。本当に、惨めよね」一臣が俯いたままぽつりと口を開く。「全部、俺が悪かった。俺が……」だが、その言葉が終わるより早く、文陽の拳が一臣の頬をとらえた。続けて、秀子の平手が左右から容赦なく飛ぶ。「一臣くん……希和は
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第16話

久我家が渡航の準備を整えていたその頃、文陽と秀子は、すでに娘と会っていた。希和は両親の突然の訪問に驚きを隠せなかった。「どうして突然来たの?」と尋ねると、二人は何も語らず、ただただ彼女を案じる眼差しを向けるだけだった。希和は困惑しつつも、あれこれ詮索する性格ではなかったので、きっと会いたかったのだろうと受け止めた。渡航から一ヶ月、湊のサポートもあって、希和は仕事にすっかり慣れ、生活も順調だった。何より、瀬尾夫妻は彼女をまるで自分の娘のように受け入れてくれたので、慣れない土地で感じていた心細さも、いつの間にか和らいでいた。そんな中で両親と再び会えた喜びが、小さな疑問をも押し流していった。「父さん、母さん。瀬尾さんご夫妻と湊さんがすごく良くしてくれたの。今夜、三人で挨拶しに行こう?明日はあちこち案内するね!」希和はここでの出来事を楽しそうに語った。一臣のことで落ち込む様子が全くなかったので、文陽も秀子もようやく胸を撫で下ろし、久我家で起きたことを話題にすることもなかった。その晩、希和は両親を連れて瀬尾家を訪ねた。もともと長年の付き合いがある両家。連絡も途切れることはなく、久しぶりの再会とは思えないほど、あたたかな空気が流れた。文陽と秀子は、瀬尾家の厚意に丁寧に頭を下げた。すると湊の母、百合子(ゆりこ)がにこやかに微笑む。「そんな、お礼を言うのはこちらの方ですよ。うちの子、希和さんが来るまで本当につまらなかったんですから。仕事ばっかりで、毎日暗い顔してましたよ。でも最近は見違えるくらい明るくなって。希和さんには感謝してもしきれませんわ。できれば……うちの娘になってほしいくらいですよ」百合子の冗談めかした言葉に、場が一気に和んだ。ただ、桐谷夫妻は心のどこかでまだ一臣の存在を引きずっており、その真意まではうまく汲み取れなかった。それでも、久しぶりの再会に包まれた時間は、穏やかで心安らぐものだった。その夜遅く、希和は両親とともに瀬尾家を後にした。その後の数日間、希和は両親を案内して、各地を巡った。笑顔に満ちた日々だが、思わぬ形で、その穏やかな日常は破られる。ある日、レストランで食事をしていた希和は、思いがけず静江と鉢合わせた。「希和さん……やっと会えたわね」その声に、希和は少しだけ眉
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第17話

「希和、そんなに……俺に会いたくないのか?」希和が話し終えた直後、一臣の声が聞こえた。実は、静江は希和を見つけたその瞬間、一臣に連絡を入れていたのだ。希和の顔から、一気に血の気が引いていく。だがその怒りが噴き出すより早く、健一郎が一臣の足を蹴りつけ、強引に土下座させた。「いいから早く希和に謝れ!」その異様な光景に、希和は眉をひそめた。いったい、彼らは何をするつもりなのか。ここはレストラン。人の出入りが多く、周囲の視線も次第にこちらに集まり始めていた。そこへ、希和を心配して探していた文陽と秀子が現れ、場の状況を目の当たりにする。久我家のやり方に、二人の顔には明確な嫌悪の色が浮かんだ。希和の前に立ちはだかるようにして、文陽が静かに、だが怒りを込めて口を開いた。「これが君たちの謝罪か?一臣くんをこんな公の場で土下座させて、希和を責め立てる?周りの目を使って、無理やり許しを得ようっていうのか?そんなやり方、通用すると思うなよ」言葉を投げ捨てるようにして、文陽と秀子は希和を連れて再び個室へと戻っていく。久我家の三人も、それに続いて部屋に入った。そのとき、ようやく希和はすべてを理解した。両親が突然訪ねてきた理由は、「ただ会いたかった」からではなかった。久我家がここまで事を荒立てたのも、一臣が彼女を山に置き去りにした件のためだけではない。今回の騒ぎに心当たりのある希和は、顔色がサッと青ざめ、唇を噛んで必死に感情を押し殺した。個室の扉が閉まると、一臣は期待を込めた眼差しで、希和へと近づいた。「希和、俺、ひよりとは婚約してないんだ。だから……」けれど、その言葉は希和の冷たい声によって遮られた。「あなたとひよりのことに興味がないし、私に報告する必要もない」その非情な返事に、一臣は完全に言葉を失った。あれほど自分を慕っていた希和が、自分に対して一切の感情を閉ざしている。その事実を前にして、一臣はようやく、自分が失ったものの大きさを理解したのだった。静江が慌てたように口を挟んだ。「希和さん、あなたと一臣のことはもう全部聞いたわ。二人は幼い頃から一緒に育ったし、婚約の口約束もあったよね?もし私たちが二人の関係を知っていれば、こんなことにはならなかったのよ。一臣はひよりさんと婚約して
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第18話

まるで体中の血が抜け落ちたように、一臣は青ざめ、ただ「ごめん」と繰り返すばかりだった。それ以外に、何を言えばいいのかさえ分からない。希和の目を見る勇気はなかった。視線が合ったら、きっとそこに映るのは「嫌悪」に違いないから。ふと、一臣の胸にひとつの疑念が湧き上がる。希和は、本当に自分を許してくれるのだろうか?彼女がどれほど自分を想ってくれていたかを知っているからこそ、一臣は思い込んでいた。謝れば、誠意を見せれば、きっと許してくれるはずだと。だが今、目の前に立つ希和を見て、一臣の自信が揺らいだ。気づけば、自分は彼女を何度も傷つけ、裏切っていた。もう、二度と許してもらえないかもしれない。思い返せば、あの雨の夜、「彼女がいる」と言い放ったあの瞬間から、二人の関係はもう元には戻らなくなっていたかもしれない。希和は鼻で笑うと、怒鳴りも泣きもせず、淡々と話し出した。その冷静さは、一臣の心を震わせた。「もう、『ごめん』なんて言わないで。私は、ただ誠実に扱ってほしかっただけよ。あなたは言ってたよね。私たちは、ただ利用し合うだけのセフレだって。その関係はもう終わったし、今後はもう私に関わらないで」そう語る希和の口調はすごく穏やかだったが、「セフレ」を口にした時の絶望の深さは、誰の耳にも痛いほど伝わった。そんな立場で扱われてきた彼女は、きっと悲しかったのだろう。健一郎も静江も、一臣を庇うことはできなかった。文陽と秀子は怒りに震えていた。ついにその場を離れようと立ち上がり、希和を連れて出口へと向かう。久我家の三人の前を通り過ぎようとしたとき、秀子がピタリと足を止めた。その顔には、はっきりとした失望が浮かんでいた。「希和は、もうあなたたちに会いたくないって。これ以上、娘に関わらないで。それから、子どもの頃の婚約なんて言葉、もう言わないで。正式な婚約じゃなかったって、一臣くん自身が言ってたでしょう?それに、子どもの頃の婚約があったとしても、相手が久我家だとは限らないわ」それだけ告げると、秀子はきっぱりと背を向け、希和の手を引いてレストランを後にした。帰宅後。玄関に入るなり、秀子は希和をそっと抱きしめ、初めて涙をこぼした。「私たちがもっと早く気づいてあげていれば……こんなに辛い思い、させなくて済んだの
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第19話

そうと決めた文陽は、その日のうちに最も早い便を手配し、帰国する準備を整えた。帰りの機内では、偶然にも久我家の三人と鉢合わせたが、文陽は彼らを一瞥することすらなく、完全に無視を貫いた。健一郎が関係の修復を図ろうと話しかけたものの、文陽は返事すらせず、相手にもしなかった。自分たちの過ちを痛感していた健一郎は、それ以上言葉を重ねることもできず、黙り込んだ。明海市に戻った文陽は、山で起きた一件を調査する前に、ある信じがたい噂を耳にした。それは、希和が一臣に三年間も必死に尽くしていたが、最終的には捨てられ、傷心のまま海外へ逃げたという内容だった。しかも、その話が街中に広まっていたのだ。まるで希和が一臣に尻尾を振る都合のいい女だったかのように語られ、その悪意ある脚色に文陽は激怒した。すぐさま久我家へ乗り込み、誰がそのような話を広めたのか詰問した。健一郎と静江は謝ったが、彼らから発信された話ではないと主張した。調査を進めた結果、その噂の出どころがひよりであることが判明した。ひよりは嫉妬心から、意図的に希和を貶めるような話を流していたのだった。文陽にできることは、ひよりの悪行を裏付ける証拠を掴み、然るべき法の裁きを受けさせることだった。希和は知らなかったが、実は、あの山にカメラがあった。野生動物の生態調査のために設置された小型監視カメラで、業界関係者の知人からその情報を得ていた文陽は、映像に証拠が残っている可能性にかけて動いた。確実性がなかったため、それまでは家族にも黙っていたが、ようやく一週間の奔走の末、ついに映像の入手に成功した。希和が転落した斜面の近くには五台のカメラが設置されており、そのうち三台が決定的な瞬間を捉えていた。文陽はその映像を警察に提出し、希和の診断書や入院記録など、関連資料をすべて揃えて持ち込んだ。これでひよりは傷害罪として立件できるはずだった。だが、捜査が進められる中で、警察から驚くべき報告が届く。ひよりはすでに明海市を離れ、海外へと出国していたのだ。一方、一臣はといえば、バーで数人の男たちに囲まれていた。両親に無理やり連れ戻されて以来、酒に溺れ、無気力な日々を過ごしていたが、そこで浴びせられた言葉に我を失う。「聞いたぜ、一臣。三年も希和と遊んで、最後はポイ捨てだってな?
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第20話

人だかりが散った後、一臣はその場に崩れ落ちるように仰向けに倒れ込んだ。体内には大量のアルコールが残っており、もはや思うように体を動かせなかった。先ほどまで立っていられたのは、ただの意地だったに過ぎない。その姿を見た真司は慌てて駆け寄り、肩を貸して一臣をバーの外へと連れ出した。「一臣さん、飲みすぎですよ。家まで送りますね」一臣はポケットから鍵を取り出し、真司に差し出した。「……俺と希和の家に帰る」真司の表情に一瞬だけ戸惑いの色が浮かんだが、何も言わず、頷いて車を出した。夜風が窓から吹き込み、酔いが少し引き始めた頃、一臣はふと、バーで聞いた言葉を思い出す。「ひよりのやつ……希和の噂を流しただと?絶対に許さない。今どこにいる?」「最近は文陽さんも彼女の行方を追ってるみたいです。海外に逃げたって話ですが、まだ調査中ですね」海外?その言葉に、数日前に希和と再会したとき彼女が話したことが、頭の中でよみがえった。最初の出会いからずっと、ひよりは意図的に希和を傷つけ、陥れていた。熱湯をかけたあの日も、誕生日パーティーの夜も、登山の日も。すべては、一臣に誤解を抱かせるために仕組まれた罠だと、希和はそう訴えていた。もし、それがすべて真実だとしたら?考えた瞬間、一臣の心が凍りついた。ひよりは、自分に捨てられたことに逆上し、今度は希和に復讐しようとしているのではないか?そんな最悪の可能性が、頭をよぎる。一臣は真司に、今すぐ希和の元へ行ける一番早い便を手配するよう頼み、そして、ずっと胸の奥にしまっていた問いを口にした。「なあ真司……俺、やっぱり希和にひどいことしすぎたよな。許してもらえると思うか?」自嘲気味な口調に、真司は目を伏せた。そして気の毒に思いながらも、事実を包み隠さずに語った。「たしかに、やりすぎましたよ。一臣さん。希和さんは、ずっとあなたを大切に思ってました。それを踏みにじったのは、あなた自身です。怒られて当然です。最初にひよりさんに会ったときのことだけど……俺、見てたんです。あれは完全に、彼女がわざと水を希和さんにかけたんです。希和さんが受け取らなかったなんて、全部嘘でした。それから山での件も、文陽さんが監視映像を手に入れたそうです。俺の叔父が警察に勤めてるんですが、その
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