Short
さようならは蜜の味

さようならは蜜の味

By:  吉祥天Completed
Language: Japanese
goodnovel4goodnovel
25Chapters
7.2Kviews
Read
Add to library

Share:  

Report
Overview
Catalog
SCAN CODE TO READ ON APP

幼馴染の久我一臣(くが かずおみ)がまた喧嘩騒ぎで警察に連行されたと聞き、桐谷希和(きりたに きわ)は彼を迎えに警察署へ向かった。 そこで、彼女は警察の口から思いもよらぬ事実を知らされる。 今回の喧嘩は、一臣の「彼女」が不良に絡まれていたのを助けたことで起きたのだという。しかし、そんな一臣は、昨夜まで希和と体を重ねていた。 衝撃と混乱の中、希和は一臣を問い詰める。だが返ってきたのは、冷ややかな笑みと突き刺すような言葉だった。 「希和、この三年間、俺はずっとお前を体の相性がいいだけのセフレとしか思ってなかったよ。まさか、自分が俺の彼女だなんて思ってないよな?」

View More

Chapter 1

第1話

警察署。

久我一臣(くが かずおみ)の体に残るあざを見て、桐谷希和(きりたに きわ)は思わず眉をひそめ、心配な眼差しを向ける。

「またケンカ?もう衝動的にならないって、ちゃんと約束したよね?」

一臣が答える前に、隣の警察官がふっと笑って口を挟んだ。

「ふふ。彼、なかなかすごかったですよ。彼女が不良に絡まれてるのを見て、たった一人で五人に立ち向かってね。結果、その五人、全員病院送りです。一人はまだ意識が戻ってないらしくて……」

その話に、希和の体がピクリと強ばる。声には戸惑いがにじんでいた。

「……彼女?」

警察官が何か続きを言おうとした瞬間、一臣は希和の肩を抱き、彼女を署の外へ連れ出した。そして何事もなかったかのように話し出す。

「俺の彼女、綾瀬ひより。可愛いだろ?今度、希和にも紹介するよ」

突き出されるように見せられた写真を見つめながら、希和の喉の奥に、ぎゅっと締めつけられるような痛みが走った。

昨夜まで、二人は激しく抱き合っていた。ベッドにも、バスルームにも、ソファにも愛し合った痕跡が残るほどに。

しかしたった一日、顔を見なかっただけで……

希和の目が一瞬で赤く染まり、指先に力が入り、爪が掌に食い込む。

「その子があなたの彼女なら……私は何?」

一臣は肩から手を離し、顎を少し上げて希和を見下ろした。嘲るような視線が、真っ直ぐ彼女の胸を射抜く。

「セフレに決まってるだろ?

なあ、希和。俺たちはただの友達だ。まさか、本気だったわけじゃないよな?」

三年も夜を重ねてきたのに――「ただの友達」だと、その一言で切り捨てられた。

体の芯がどんどん冷えていく。それでも希和は諦めきれず、一臣の薄ら笑いを見つめながら問いかける。

「じゃ……どうして、その彼女に迎えに来てもらわなかったの?」

「ひよりは体が弱いし、怖がりなんだ。こんな大雨の中、来させたら可哀想だろ」

あまりにもあっさりとした口調に、希和の喉から苦いものが込み上げてくる。

「可哀想」だから、無理はさせられない。でも希和なら、当然のように呼びつけていい。

「怖がり」だから、嫌な思いはさせられない。でも希和は、こんな状況を何度も経験してきた……

今日、希和が食あたりで体調を崩していたことを、一臣は知っていた。それなのに、無理して迎えに来た彼女に、労いの言葉ひとつもなかった。

そんな彼女の絶望的な表情を見て、一臣は冷たい声で言った。

「もうすぐうちのじいさんの誕生日パーティーだ。ひよりを家族に紹介する予定だからさ……お前、余計なこと言うなよ?

万が一、誤解されるようなこと言ったら……絶交だからな」

その言葉は鋭く冷たい刃となって、希和の胸に深く突き刺さる。心の奥をえぐられ、息ができないほどの痛みに変わった。

久我家と桐谷家は代々の付き合いがあり、一臣と希和は幼なじみだった。子どもの頃から、両家のあいだでは「二人を将来結婚させる」という口約束もあった。

だから、大学の卒業パーティーの夜、酔った勢いで一臣と一線を越えたとき、希和は、きっと彼も自分を想ってくれているのだと、信じて疑わなかった。

けれど、その思いは無残に裏切られた。二人は恋人ではなく、ただの体の関係だと、そう突きつけられたのだった。

そのとき、一臣のスマホが鳴った。

画面に表示された名前を見た彼の顔が、ぱっと綻ぶ。

傘を差し直し、希和から少し離れたところで通話を始めた。

雨音に混じって、一臣の声が途切れ途切れに耳に届く。

「……心配するなって、もう大丈夫だよ。さっき友達が来てくれたから、もう釈放されたんだ……」

そのひとつひとつの言葉が、針のように希和の脳裏に刺さる。体の芯まで冷え込み、骨の髄まで痛みが走った。

そのとき突然、スマホの向こうから悲鳴が響く。一臣は顔色を変え、慌てた様子で叫んだ。

「ひより?どうした!今行くからな!」

次の瞬間、一臣は希和のもとへ駆け寄り、彼女の手から無理やり車の鍵を奪い取った。

「ひよりが足を捻ったらしいんだ、車貸してくれ。お前はタクシーで帰れ」

鍵を奪われた拍子に傘がひっくり返り、希和は雨の中に取り残された。

一臣は振り返ることなく、車を走らせて去っていった。

冷たい雨が容赦なく希和の体を濡らしていく。

顔を伝うのが雨なのか涙なのか、もうわからなかった。

季節はすでに晩秋。雨の夜道に人影はなく、タクシーも一台も通らない。

体調の悪い希和が、びしょ濡れのままようやく自宅にたどり着いたときには、すでに二時間近くが経っていた。

家に入ったその瞬間、一臣から電話がかかってきた。

「希和、もう家に着いたか?」

――一臣は、まだ私のことを気にしてくれてるんだ。

一瞬、そんな淡い期待が胸をよぎった。

しかし一臣の声は、容赦なく現実を突きつける。

「ひよりさ、俺を迎えに来たのがお前だって知って、ずっと不機嫌なんだ。薬も飲まないし、何言っても聞いてくれないんだよ。

それでさ、明日ひよりを友達に紹介しようと思うんだ。お前も来て、ちゃんと彼女に説明してやってくれない?」
Expand
Next Chapter
Download

Latest chapter

More Chapters

Comments

No Comments
25 Chapters
Explore and read good novels for free
Free access to a vast number of good novels on GoodNovel app. Download the books you like and read anywhere & anytime.
Read books for free on the app
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status