警察署。久我一臣(くが かずおみ)の体に残るあざを見て、桐谷希和(きりたに きわ)は思わず眉をひそめ、心配な眼差しを向ける。「またケンカ?もう衝動的にならないって、ちゃんと約束したよね?」一臣が答える前に、隣の警察官がふっと笑って口を挟んだ。「ふふ。彼、なかなかすごかったですよ。彼女が不良に絡まれてるのを見て、たった一人で五人に立ち向かってね。結果、その五人、全員病院送りです。一人はまだ意識が戻ってないらしくて……」その話に、希和の体がピクリと強ばる。声には戸惑いがにじんでいた。「……彼女?」警察官が何か続きを言おうとした瞬間、一臣は希和の肩を抱き、彼女を署の外へ連れ出した。そして何事もなかったかのように話し出す。「俺の彼女、綾瀬ひより。可愛いだろ?今度、希和にも紹介するよ」突き出されるように見せられた写真を見つめながら、希和の喉の奥に、ぎゅっと締めつけられるような痛みが走った。昨夜まで、二人は激しく抱き合っていた。ベッドにも、バスルームにも、ソファにも愛し合った痕跡が残るほどに。しかしたった一日、顔を見なかっただけで……希和の目が一瞬で赤く染まり、指先に力が入り、爪が掌に食い込む。「その子があなたの彼女なら……私は何?」一臣は肩から手を離し、顎を少し上げて希和を見下ろした。嘲るような視線が、真っ直ぐ彼女の胸を射抜く。「セフレに決まってるだろ?なあ、希和。俺たちはただの友達だ。まさか、本気だったわけじゃないよな?」三年も夜を重ねてきたのに――「ただの友達」だと、その一言で切り捨てられた。体の芯がどんどん冷えていく。それでも希和は諦めきれず、一臣の薄ら笑いを見つめながら問いかける。「じゃ……どうして、その彼女に迎えに来てもらわなかったの?」「ひよりは体が弱いし、怖がりなんだ。こんな大雨の中、来させたら可哀想だろ」あまりにもあっさりとした口調に、希和の喉から苦いものが込み上げてくる。「可哀想」だから、無理はさせられない。でも希和なら、当然のように呼びつけていい。「怖がり」だから、嫌な思いはさせられない。でも希和は、こんな状況を何度も経験してきた……今日、希和が食あたりで体調を崩していたことを、一臣は知っていた。それなのに、無理して迎えに来た彼女に、労いの言葉ひとつもなかった。
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