茜が帝都に戻って離婚手続きを終えた数日後、彼女は空いた時間を使って、遼平が所有する「夕凪荘」の三階建てヴィラの内装スケッチを描いていた。全体のデザインは、シンプルで洗練されながらも、どこか温かみのある仕上がりだった。流行の美意識に沿いながら、茜自身の感性も随所ににじませていた。スケッチを見た遼平から返ってきたのは、たった一つ――親指を立てたスタンプ。「異論がなければ何も言わない」と最初に言っていた通り、本当に何も言わないのだ、と茜は半ば呆れ、半ば感心した。だが、それではいけないと思った。家とは、住む人が自分の手で作り上げていくものだ。ただのコンクリートも、そこに思いを重ねることで、初めて「家」になる。森崎市に戻った茜は、何度も遼平にアポイントを取ろうとした。しかしそのたびに「用事があります」とやんわり断られ、追及すると「家のこともデザインも、すべて君に任せます」とだけ返ってきた。そのうち、ヴィラの鍵と住宅街の入場カードまで茜の事務所に宅配で届けられた。仕方ない。茜は遼平の印象から好みを推測し、細部のデザイン案を何枚も描き直した。帝都から戻って一週間が過ぎた頃、茜が正式に離婚したという噂が、とうとう叔母の耳に入った。今回は叔母自らやって来て、茜にお見合いを勧めてきた。二時間に及ぶ情と理を尽くした説得を受けた茜は、これ以上断れば「恩知らずの不孝者」と見なされると悟り、渋々了承することにした。LINEでの事前連絡もなく、渡されたのはたった一つの住所。「合言葉?そんなのいらないわ。そのカフェで一番イケメンの男が、お見合い相手よ」叔母はそう言って帰っていった。もちろん、茜がこのお見合いを承諾した条件は一つ、自分が離婚歴のあることを、事前に相手に伝えること。恋愛を始めるつもりはなかった。ただ、誠実でありたいと思った。当日、茜は約束の時間にカフェに到着した。ヴィンテージ風の内装が印象的なその店で辺りを見回すと、一番イケメンという人物は見当たらず、代わりにそこにいたのは、何度も会おうとして会えなかった、あの男だった。「これは......奇遇ですね」茜は驚き半分、苦笑い半分の表情で声をかけた。「花澤さん、まさかここでお会いするとは」遼平はスマホから顔を上げ、特に驚いた様子もなく、はっきりと彼女
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