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第22話

Auteur: 夕凪サキ
茜は鈍感な方ではなかった。遼平の言葉に、明らかな含みがあることにはすぐ気づいた。

「花澤さん、それはどういう意味ですか?」

「今日ここで会ったのが偶然だと思ってるんですか?」

その言葉に、茜は言いかけた言葉を飲み込んだ。ふと店内を見渡し、手元の時計を確認した。

お見合いの約束時間はとうに過ぎているのに、カフェにいるのはさっきと同じ顔ぶれ――中年男性に学生、そして妙に化粧の濃い少年。

改めて遼平を見つめ直したその瞬間、ようやく彼がどんな眼差しで自分を見ていたのか、茜ははっきり理解した。

「まさか、私のお見合いの相手って......あなた?」

「そうですよ」

遼平はあっさり認めた。

茜は呆れて、思わず笑いそうになった。iPadを引き寄せ、背もたれに軽くもたれて、彼との間に目に見える距離を取った。

しかし、頭の中では数日の出来事が急速に一本の線につながっていく。

「じゃあ......最初から、私がお見合い相手だって知ってたんですね?」

「はい。知ってました」

「私に家の設計を頼んだのも、最初からの計画だった?」

「そのとおりです」

茜は一瞬、言葉を失った。けれど次に浮かんできたのは、疑問ではなかった。

「あなた、私のことが好きだったのですね」

その声は、確認ではなく確信に近い響きだった。

遼平は、テーブルの上のレモン水を一口飲み、少しの沈黙の後、まっすぐ茜を見据えた。

「ああ、好きです。結構前から」

彼の率直さに、茜も驚いた。そして同時に、自分も驚くほど冷静であることに気づいた。

こんなにストレートに好意を向けられるのは、きっと本来なら嬉しいことだ。

でも――

「花澤さん、好意を寄せていただけるのは嬉しいです。本当に。わざわざ私を指名してくれて、大金まで払ってくれた。でも......私が離婚したばかりなのはご存じですよね」

少し声を落としながらも、茜ははっきりと言った。

「私はしばらく、恋愛とは距離を置きたいんです」

それが今の自分の精一杯の正直だった。遼平はしつこいタイプではないと思っていたから、きっとこれでわかってくれるはずだと信じていた。

「夕凪荘のデザインについては、契約通り最後まで責任を持ちます。ですので、今後のご連絡はスタジオの方へお願いします」

椅子から立ち上がろうとした瞬間、遼平の手が茜の腕にそっと触
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