机の引き出しに、使わなくなったスマホが眠っている。 あれから一週間。 私は機種変更として、新しいスマホを買ってもらったけれど、SNSのアプリは一切入れていない。ネットの世界には、もう戻らないと決めたのだ。 朝、目が覚めると、真っ先にスマホを手に取る習慣が抜けない。拓翔からメッセージが来ていないか確認しようとして、ハッと我に返る。もう、拓翔からのメッセージが来ることはないのだ。 学校に行く準備をしながら、鏡の前に立つ。相変わらず、そこには醜い自分が映っている。でも、なぜか少し違って見える。拓翔が「優しそうな表情をした女の子」だと言ってくれた顔。本当にそう見えるのだろうか。 そんなことを考えている自分に気づいて、慌てて頭を振る。もう、彼の言葉にすがるのはやめよう。「紀子ー、朝ごはんよー」 母の声に返事をして、階下に向かう。食卓に着くと、母が心配そうに私を見つめていた。「最近、元気がないみたいだけど、大丈夫?」「大丈夫だよ」 嘘だった。全然大丈夫じゃない。胸に空いた穴は、日に日に大きくなっているような気がする。「友だちと、なにかあった? 最近、スマホもあまり見てないみたいだし」 母の優しい問いかけに、思わず涙が出そうになる。でも、説明することはできない。ネットで出会った人との恋愛なんて、理解してもらえるはずがない。「ちょっと疲れてるだけ。心配しないで」 母は納得していない様子だったけれど、それ以上は聞いてこなかった。 学校に着くと、彩音が意地悪な笑みを浮かべて近づいてきた。「あら、神林さん。ネットの彼氏とはうまくいってる?」 その言葉に、クラスメイトたちがこちらを見る。あの日から、私はクラス中の好奇の対象になってしまった。「もう、そんな人はいません」 私の答えに、彩音は満足そうに微笑んだ。「そうよね。所詮、ネットの関係なんて虚しいものよ。現実を知れば、みんな逃げていくのよ。傷が浅いうちで良かったんじゃない?」 胸に刺さる言葉。でも、違う。
Last Updated : 2025-07-22 Read more