All Chapters of 共鳴なき者よ、さらば: Chapter 11 - Chapter 17

原因がわからず、深一はこの訳の分からない感情を抑え込んだ。契約ももうすぐ切れるのだから、これで手間が省けると彼は自分に言い聞かせた。そう自分を慰めた深一だったが、だんだん苛立ちが増し、手にした二つの契約書をギュッと握り締めた。突破口が見つからないまま、彼の視線は風に吹かれて地面に落ちた妊娠検査の報告書に触れた。震えながら彼はしゃがみ込み、それを拾い上げた。そこには、すでに胎児が形成された超音波写真と、検査を受けた人の名前が記されていた。日笠星乃という文字が彼の目を刺した。彼は全く信じられなかった。「ありえない、ありえない、彼女が妊娠するはずがない」深一は自分が彼女に何を飲ませていたかをよく知っていたので、信じたくなかった。しかし、手にした報告書は偽りではなく、数日前に星乃が彼に言った言葉が頭に浮かんだ。彼の心を打ち砕くほどの真実がゆっくりと迫ってきていた。一つ一つの出来事が目の前に展開し、診察室の前の看護師の言葉が脳裏をよぎった。彼は全身が震え、振り返って病院へと駆け出した。ナースステーションの看護師は、赤く腫れた彼の目を見て驚いた。看護師が動かなかったので、深一はもう一度繰り返した。「3日前に、日笠星乃という名前の人が入院していましたか？」彼の声は自分でも気づかないほど震え、向き合うのが怖いようだった。だが真実は彼の恐怖によって変わることはなかった。看護師はパソコンを数回叩いた。「はい、その方は切迫流産をされて、今後の妊娠も難しいと診断されました。今日、ちょうど退院されたばかりです。失礼ですが、どちら様でしょうか？」一瞬にして、深一の周囲の音はどんどん遠のき、頭の中には耳鳴りだけが響き渡った。星乃は彼の子どもを妊娠していたが、その子は彼のせいで亡くなった。深一は手に握った妊娠検査報告書を見下ろし、胸が張り裂ける思いだった。無数の感情が彼を押し潰し、体がまっすぐに伸ばせなかった。彼がどうやって病院を出たのかもわからず、気づけばバーに座り、一杯また一杯と酒をあおっていた。彼が呼んだ友人たちが周囲に座っていた。彼らは深一に呼ばれてきたが、何も言えず、ただ酒を飲んでいた。一人が聞いた。「深一、どうしたんだ？」深一は杯を手に取り一口飲み、しばらくしてから口を開

星乃は病院で医療ボランティアをしている仲間と合流し、飛行機に乗った。現地の空港に着くと、責任者が彼らを今回の護衛を担当する軍人に紹介した。星乃はそこで見覚えのある顔を見て驚いた。「星乃」辰哉はのんびりと手を振った。彼の表情には少しも驚きはなく、まるで彼女が来ることを前から知っていたかのようだった。星乃は驚いて口を開いた。「どうしてここにいるの？」辰哉は彼女の医療バッグをさっと取って言った。「君がいると聞いて、申し込んで来たんだ」この動作は昔から二人の間でよく見られたものだった。学生時代も辰哉はよく彼女のリュックを持ってくれたので、特に違和感はなかった。戦地に着くと、危険なので、ほとんどの医者に護衛が割り当てられていた。辰哉は星乃の護衛に選ばれた。それ以来、彼が治療をするたびに、辰哉は彼女の後ろをついて回った。星乃は確かに令嬢だが、医療を選んだ時点で医療援助に備えていたため、今の生活にはすぐに慣れた。深一は数日寝ずに駆けつけたとき、星乃はちょうど負傷した患者を治療していた。彼女はすっきりとしたポニーテールにマスクをし、全身の雰囲気が変わっていた。以前、彼女にあった甘えん坊な面は消えた。一瞬、深一は呆然と見つめてしまった。星乃が包帯を巻き終えて、去ろうとした時、深一ははっと我に返った。でこぼこした地面を越えて、彼はよろめきながら彼女の元へ走り寄ると、慌てて呼んだ。「星乃！星乃！」星乃は呼ばれて振り返ると、目の周りが真っ赤で、目の下にくまを作り疲れ切った深一の姿が目に入った。驚いた彼女は思わず一歩後退した。深一は彼女が退いたのを感じ、胸が締め付けられた。彼は痛みを抑え、一歩前に出て彼女の前に立った。「星乃、俺だよ」星乃は少し驚いただけで、すぐに彼を認識した。彼女の目は嫌悪を隠さず、冷たい口調で言った。「何しに来たの？」深一の突然の登場に星乃は全く予想していなかった。彼女の頭の中は疑問でいっぱいだった。深一の目は深い情をたたえ、彼女の手を握りながら、異常に優しい口調で言った。「星乃、俺と一緒に帰ろう。ここは危険すぎる。お前はここにいてはいけない」星乃は彼の言葉が意味不明だった。彼女が残したものは見ていなかったのか？それとも、それらは彼女

深一は全身が震え、まるで凍りついたかのようだった。彼は確かに怖かった。その子供は契約書よりも彼にとって痛みが大きかった。だから本能的に触れようとしなかった。しかし、触れないからといって、存在しないわけではなかった。その子供は永遠に二人の間に横たわる鋭い剣のようなものだった。それを自覚した深一の心は刃物で切られるように痛んだ。彼の肩は落ち込み、全身に力が入らなかった。深一は何を言えばいいかわからず、ただただ謝罪の言葉を繰り返すしかなかった。「ごめん、ごめん、星乃……」子供を失ったとき、星乃は、深一がそれを知ったらどうなるのか、一度は考えたことがあった。彼女は少し意地悪な気持ちで、彼が後悔し苦しむ姿を見たかった。しかし、その光景を本当に目にした時、彼女は全く復讐の快感を感じず、ただ深く心を刺す痛みだけだった。絶望的な謝罪の声の中で、星乃は冷たい表情を取り戻した。彼女はすべての感情を押し殺し、深一には自分のどんな感情も与える価値がないと思った。「あなたがどうしようと勝手にして。はっきり言うけど、あなたの目的は達成できないし、私は許さない」そう言い終えると、彼女は振り返って去っていった。数メートル歩いたところで、辰哉を見かけた。彼女は驚いて二歩後ずさりして逃げようとした。しかし辰哉は黙って彼女の手首を掴み、小高い丘の上へと連れて行った。星乃は不思議そうに彼を見たが、辰哉は説明せず、「しばらく静かに待て」とだけ言った。彼女は素直に従い、しばらくすると周囲に小さな光が点々と灯った。星乃は驚いて目を見開いた。「ホタル？」辰哉は彼女の嬉しそうな様子を見て、ゆっくりと口を開いた。「君がもう過去のことを気にしたくないのは知ってる。だから西村深一に何もしなかった。でももし気が変わったら、いつでも言ってくれ」星乃は手のひらに落ちたホタルを見つめて、微笑んだ。「相変わらずだね。昔、誰かにいじめられたら、あなたは倍返ししてくれたわ。いつも私の意見は聞かなかったけど。でも、今は少なくとも私の気持ちを大事にしてくれてるようだね。少しでも褒めてあげるかね？」辰哉は微笑みながら答えた。「ずっと言ってきた。君を苦しませたりしないって。君のために復讐するのは、自分の無力さを恨んでて、君を守れなかった

深一は彼女の考えを知らずに、彼女の手を引いて外へ連れ出そうとした。星乃は彼の力に逆らって、ここを離れなかった。「辰哉はまだ戻ってないよ」ここに閉じ込められた後、辰哉は彼女にここで隠れるよう言い、安全な脱出ルートを探しに行った。深一は彼女の言葉を聞いて、嫉妬が心を締め付けた。再び口を開くとき、その声には嫉妬の色がにじんでいた。「彼が一人で逃げたかもしれないぞ……」それは深一らしくない言葉だった。星乃は眉をひそめて彼をにらんだから、彼はその後の言葉を飲み込むしかなかった。その時、辰哉が戻ってきて、余分な人間を見ながら眉をひそめたが、何も言わなかった。彼は近づくと、深一を無視して星乃に言った。「安全な脱出ルートを見つけた」三人は隠れながら外へと進んだ。外に出る直前、星乃は突然誰かに後ろから抱きしめられた。「星乃！危ない」彼女の耳元で低い呻き声がした。辰哉は状況をすぐに把握し、深一を背負って車に乗せた。「星乃、彼の手当てをしてくれ、俺が運転する」星乃は頷き、後部座席に座った。先ほどの混乱は過ぎ去った。星乃は深一が自分をかばって撃たれたことを理解した。彼女は冷静に彼の負傷した脚を簡単に包帯で巻いたが、最後にこう言った。「ありがとう」深一は少し頭がふらつきながら、その言葉に優しく笑い、昔のように言った。「お前が無事でよかった」星乃の心は複雑で、その馬鹿げた可能性が再び頭に浮かんだ。しかし彼女は深く考えたくなかった。その可能性があまりにも馬鹿げていたからだ。医療ステーションに戻ると、深一は手術室に運ばれ、星乃は彼が中に入るのを見届けてから立ち去った。その後、深一が手術室から出てきても、星乃は彼に会いに行かなかった。彼女はもう彼と関わりたくなかった。その銃弾は子どもに対する償いのように思えた。しかし、深一はどうしても彼女に世話をさせたかった。もし相手が他の人なら、彼は決して協力しなかった。仕方なく、星乃は世話に行った。数日ぶりに再会した時、深一の目には隠しきれない喜びがあった。だが、星乃はずっと淡々とした表情で、黙って彼の薬を取り替えた。全て終わった後、彼女は荷物をまとめて言った。「あなたは一体何がしたいの？」その言葉に病室は数秒の静寂に包