All Chapters of 恋も夜も、終わりにして: Chapter 11 - Chapter 20

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第11話

「規定通り火葬にしました……」その言葉が、毒を塗った氷の錐のように風真の耳に突き刺さった。もう耐えきれず、風真はその場に崩れ落ち、スマートフォンが手から滑り落ちてコンクリートの床で音を立てて割れた。心臓を誰かに生きたままえぐり出され、高速回転のミキサーに放り込まれたような感覚だった。その激しい痛みが血管を伝い、全身の骨の髄までしみわたる。全身の骨が鈍いナイフで何度も切りつけられるように痛み、風真は身を丸めて地面に倒れ、苦しそうにうめき声をあげた。いつの間にか涙があふれ、熱い雫がシャツにこぼれ、深い染みを広げていく。今日はこのために、わざわざ薄いグレーのシャツを選んで着てきた。結衣は、この色が一番優しく見えると言ってくれたからだ。助手席には、結衣の好きなマンゴームースと、花屋で買ったばかりの白いバラの花束が置いてあった。風真は会いに行ったとき、どんな言葉をかけて、どうやって結衣を少しでも笑わせるかまで考えていた。だが今、誰かが「結衣はもういない」と告げている。「そんなはずがない……」風真は歯を食いしばり、口の中に血の味が広がった。「そんなはず、あるものか!」きっと、結衣の策略だ。逃げるためなら、どんな嘘でもつくに決まっている。必ず見つけ出して、今度こそ結衣の足も口も縛り付けて、一生、自分の目の届くところに閉じ込めてやる――風真は、涙で真っ赤になった目で立ち上がり、車をレーシングクラブへと走らせた。結衣が一番大切にしていた改造車は、たとえ逃げるとしても絶対に手放さないはずだ。しかも、すべての車の底には、風真がこっそり仕込んだGPSが付いている。居場所を調べさえすれば、すぐに足取りが分かる。「この数日間、結衣は来てないか?」クラブに駆け込むなり、風真は大声で問いかけた。コーチたちは顔を見合わせ、年配のコーチがためらいがちに口を開く。「いや、もう半月も姿を見てないですよ。来月にはレースの招待状も届くし、何度も連絡しようとしたけど、全然つかまらなくて……」風真は返事もせず、そのままオフィスへと向かった。パソコンの画面には、すべての車の位置がクラブのガレージにあると表示されている。風真は苛立ってマウスを机に叩きつけ、そのまま狂ったようにガレージに飛び出し、隠れられる場所を片っ端から探しま
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第12話

結衣さえ出てきてくれるなら、もう閉じ込めたりしない。世界中の名医を呼んで足を治してもいい。大切なペンダントも返してやる――風真は鍵を鍵穴に差し込み、そっと音を立てないように扉を開けた。玄関の靴箱に鍵を置き、優しい声で呼びかける。「結衣、もう一度だけチャンスをやる。俺を怒らせるな。自分から出てこい。何だって約束する」広いリビングに、彼の声だけが虚しく響いた。どれだけ待っても、何の返事もなかった。風真の顔から徐々に笑みが消えていき、唇は固く閉ざされ、奥歯を噛みしめる。「結衣!」突然声を荒げる。「俺を試すな!家が燃えたっていい、俺は怒らない!とにかく戻ってこい。俺のそばにいれば、何もかもやる!」胸の奥で暴れまわる苛立ちが止まらず、瞳の奥が赤く染まっていく。それでも、固く閉ざされた寝室のドアは、微動だにしなかった。とうとう我慢できずに、風真はドアを蹴ろうとした。その瞬間、わずかに隙間から光が漏れ、ドアが細く開かれた。小さな影がドアの向こうで身を縮めていた。風真は思わず手を伸ばし、すぐにでもその体を引き寄せて縛りつけようとした。だが、その顔をはっきり見た瞬間、動きが止まった。「……誰だ?結衣はどこだ?」ドアの向こうにいた少女は涙を浮かべながらも、無理に強い態度で背筋を伸ばす。「私、その人は知らない。ここは私の家よ。不法侵入だから、もう警察呼んだから。今すぐ出てって!」風真の全身が固まる。「何が君の家だ。ここは結衣の家なんだぞ!」少女はすぐに部屋へ駆け戻り、数秒後には書類の束を持って戻ってきた。「この家は二週間前に私が買ったの。ちゃんと契約書もある」そう言って書類を差し出すと、ふいに思い出したように続けた。「あ、前の持ち主が確か結衣って名前だったかも」風真は震える手で一枚一枚書類をめくり、見覚えのある署名を目にした瞬間、愕然と立ち尽くした。そんなはずはない。この家は結衣の両親が遺した家だった。結衣がこの家を手放すはずがない。頭の中で「ありえない」と何度も繰り返した。だが、契約書の文字はすべてが現実であることを突きつけていた。それでも信じきれず、契約書を放り出して家中を探し回った。枕や布団を引っ掻き回し、クローゼットも浴室も隅々までひっくり返した。それでも、結衣の気配は
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第13話

「藤崎さん、家主から事情は聞いています。予備の鍵はこちらで処分します。今後、無断で他人の家に立ち入るのはやめてください」風真はうつむいたまま、喉の奥でかすれた声を絞り出すように「ありがとうございます」とだけ答えた。踵を返し、ようやく歩き出そうとしたそのとき、警察官に呼び止められた。「ちょっと待ってください」警察官が手帳をめくりながら言う。「あなたは藤崎結衣さんの恋人ですね?今朝電話したときは来なかったようですが、ちょうどいいので、これから一緒に死亡手続きとご遺骨の引き取りをお願いします」その言葉を聞いた瞬間、風真は顔を上げ、ひきつった笑みを浮かべた。「遺骨?それは詐欺の電話じゃないんですか?結衣が誰かに頼んで仕組んだことですよね?」平静を装いながらも、その目は動揺を隠しきれず、警察官の視線から逃れるように泳いでいた。若い警察官が思わず口元を緩めて言った。「用心深いのはいいことですね。でも今回は本当に詐欺じゃありません」年配の警察官が風真の肩を軽く叩き、静かな声で告げた。「亡くなった人はもう戻ってきません。お気持ちはお察ししますが、ご一緒にお願いします」風真はどうやって結衣の本人確認書を自分の手で切り落としたのか覚えていなかった。印鑑の押された死亡証明書や、ずっしりと重たい黒い骨壺をどう受け取ったのかも思い出せなかった。気がつけば、もう自分は焼け落ちた別荘の廃墟に座り込んでいた。焦げた木片が手に刺さっても痛みを感じず、ただ骨壺に貼られた写真を何度も撫でていた。そこに映っているのは結衣の証明写真。髪はきちんと後ろでまとめ、口元にわずかな不満げな笑み――あのとき、風真が無理やり撮らせた写真だった。その顔を見つめているうちに、風真の体が突然激しく震えだす。胸に押し込めていた感情が、一気に決壊した堤防のように溢れ出し、彼を呑み込んでいった。骨壺を腕の中でしっかりと抱きしめながら、風真は喉の奥で嗚咽を押し殺し、一言も声を上げることができなかった。誰もが知っている風真は、市の中心にある総合病院で一番几帳面な医師で、白衣はいつも真っ白だった。それなのに今は、焼け跡の灰まみれになったまま、すべてを投げ出して呆然と座っている。彼の中には、もう生きている証さえ残っていなかった。どうしてこんなことに
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第14話

風真は車を路肩に停め、柴田さんからのメッセージをじっと見つめていた。【風真さん、お話したいことがあります。電話に出てくれませんか?】胸の奥に強い予感があった。きっと、結衣のことだ――すぐに電話をかけるが、電源が切れていた。何度かけても同じ応答。風真は悔しさにハンドルを拳で叩き、目に涙を浮かべて大きく息をついた。もう一度かけると、今度は番号が使われていないという案内が流れる。最後の望みも絶たれ、風真は思わずスマートフォンを助手席に投げつけた。そのとき、スマートフォンが突然鳴る。何も考えずに取ると、柴田さんの泣き声が聞こえてきた。「風真さん、ごめんなさい……もし火事の日、私があなたの帰りを待っていれば、結衣さんは……」泣きながら、何度も「ごめんなさい」と繰り返す。風真は違和感を感じて、戸惑いながら問いかけた。「どういうことですか?」柴田さんは風真が幼い頃から知っている人だ。風真の声が涙で震えているのを聞き、もう怖がる気持ちも忘れて、すべてを正直に話し始めた。「火事の日、すぐにあなたに電話したんです。結衣さんを助けてほしくて、でも私には家の鍵がなくて……でも電話に出たのは玲奈さんでした。すぐあなたに伝えるって約束してくれて、私には早く逃げて、ケガしないようにって。それで、私はあなたが帰ってくるのを待たずに家を出てしまいました……それから何日かして、何人かが家に来て、たくさんのお金を渡されたんです。今すぐ家族全員で引っ越して、携帯の番号も全部解約しろって言われて、従わないと、もう二度と家から出られなくするって脅されて……怖くて家族みんなで急いで引っ越しました。この二日ほどニュースを見て、やっと気づいたんです。結衣さん、もしかしてもう……全部、私があなたの帰りを待たなかったせいなんです。ずっと胸が苦しくて、どうしても伝えなきゃいけない気がして……そうしないと、結衣さんが安らかに眠れない気がして。本当に、あの子はいい子でした……」柴田さんが電話の向こうで泣きながら懺悔を続けている間、風真の首筋には怒りで青筋が浮かんでいた。だから、誰からも連絡が来なかったんだ!すべてが一気につながった。なぜ自分には電話が来なかったのか。なぜ別荘が火事になったことを何も知らなかったのか。そのすべてが、玲奈のせいだった。
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第15話

「前から言ってたでしょう、玲奈さんは本当に厄介な人だって。風真さんは全然信じてくれませんでしたけど、これ、見てください」村瀬悠斗(むらせ ゆうと)は、プリントアウトされたチャット記録の束を風真の前に突き出した。そこには、ここ半月で玲奈が結衣に送り続けた、数えきれないほどの嫌がらせメッセージが並んでいた。【結衣さん、いい加減に自分の居場所じゃないって分かったらどう?あなたが自分から出て行くかと思ってたのに、本当に図太い女だね。風真さんが「子どもは自分に似ている」って。どう思う?】【これで、あなたが風真さんの心の中でどれだけの存在か分かったでしょう?私がもっと早く戻ってきてたら、あなたの居場所なんてなかったのに】【五年も結婚して妊娠できないなんて、あなた本当に女として大丈夫?それとも風真さんがあなたに興味ないの?彼、私には夢中なのに。本当に笑っちゃう】【見てよ、私と風真さん、あなたが一番大切にしてるレースカーの中でイチャイチャしちゃった。最高だった】……そんな内容のメッセージが何百通も続き、挑発的な写真も大量に添付されていた。風真は一枚一枚ページをめくりながら、顔つきがどんどん険しくなっていった。抑えていた怒りが、さらに大きく膨れ上がっていく。まさか玲奈が裏でここまでやっていたとは思いもしなかった。そして、結衣はそのことをすべて知っていながら、一言も自分に言わなかったのだ。――もう、とっくに自分に絶望していたのだ。風真はチャット記録を握りしめて立ち上がったが、村瀬に腕を押さえられた。「風真さん、まだあります」村瀬は薬のボトルを差し出した。「これ、もともと風真さんが結衣さんに処方したビタミンCですよね?でも玲奈さんが中身を避妊薬にすり替えていました。それも、結衣さんはずっと知っていたみたいです」風真は眉をひそめ、薬を手に取って噛んでみた。口の中に広がる苦味で、すぐにそれが何の薬か理解した。胸の奥に、どうしようもない罪悪感と痛みが押し寄せてくる。結衣は薬がすり替えられていると知りながらも、風真が「ちゃんと飲んで」と言うたび、何も言わずに従っていたのだ。――自分はいったい、何をしていたのか!村瀬はさらにパソコンの画面を操作し、動画ファイルを開いた。「これもです。まさかここまでやるとは思いません
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第16話

玄関に立つ風真の姿を見て、玲奈の顔が一瞬で真っ青になった。玲奈は慌てて男の体から転がり下り、服を掻き寄せながら取り乱した声で言った。「風真さん、どうしてここに……?」風真は部屋の様子を一瞥し、怒りに混じった驚きがこみ上げた。まさか玲奈が自分に隠れて浮気しているとは思わなかった。男をにらみつけ、低く笑うと、そのまま男の体を蹴りつけた。「出ていけ!」男は何も言えず、服を抱えたまま慌てて逃げ出した。部屋には玲奈だけが残り、服を必死に抱えたまま、固い表情で言い訳を探している。耳元の髪をいじりながら口を開きかけた瞬間、風真の手が彼女の首を強く締め付けた。玲奈の顔はみるみるうちに赤くなり、驚きに満ちた瞳で見上げる。「風真さん……」まさか本当に手を出してくるとは思っていなかった。すぐに涙がにじみ、玲奈は苦しそうに風真の手をたたきながら、やっとの思いで言葉を絞り出す。「違うの……ちょっと待って……説明させて……」だが風真はさらに力を込めて首を締め上げ、歯を食いしばって低く唸った。「俺はひどいことをしたか?君が家で暮らしていたあの頃、どんなものだって用意したはずだ。婚約の前日に君が逃げ出したときも、俺は誰にも追わせなかった。君が海外で苦労していると知って、俺は結婚してからも必死で迎えに行ったんだ。君は『安心できないから子どもがほしい』って言った。それも『父親がいなきゃ戸籍に入れられない、まず結婚してほしい』って頼んできて、俺は全部君の言う通りにした。俺と結衣よりも先に子どもまで作って、それでもまだ満足できなかったのか?結衣のビタミンCを避妊薬にすり替えて、あげくに彼女を殺そうとまでした!俺が君に甘すぎたから、俺のすべてが勝手に触れていいものだと思ったのか!?」風真の声は玲奈の耳にただ響くだけになっていた。酸素がどんどん薄くなり、肺が破裂しそうになり、舌も動かず顔色はどす黒く変わっていく。玲奈の瞳は驚愕に染まる。どうして?どうして風真は全部知っている?自分が結衣を殺したことまで……ありえない、宮野はすべて隠蔽したと言っていた。風真はきっと脅しているだけだ。玲奈はなんとか否定しようとする。「違う……本当に……何のことか……分からない……」玲奈の呼吸がどんどん弱くなっていくのを見て、風真
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第17話

録音から流れてきた声を聞いた瞬間、玲奈はそれが自分の声だとすぐに気付き、もがく手が一瞬止まった。風真は彼女を水から引き上げ、床一面に水しぶきが飛び散る。「これでも『できない』って言うのか?」玲奈はうつむいたまま激しく咳き込み、顎から滴る水が床に落ちた。風真の目を見ることすらできなかった。どうしてこんなことに?柴田さんはとっくに宮野に遠ざけられたはずなのに、どうしてこの録音がまだ残っているの?監視カメラもすべて消したはずなのに、なぜ風真の手元に?玲奈が考えを巡らせる暇もなく、風真に顎を強くつかまれた。骨が軋むほどの力だった。「玲奈、君が結衣にしたこと、全部十倍にも百倍にもして返してやる」玲奈はもうごまかせないと悟り、最後の望みにすがって震える声で言った。「風真さん、あの日私が電話に出たのは本当。でも、私は結衣さんが嘘をついていると思って……結衣さんはいつも逃げようとしてたから、もしかして柴田さんと一緒にわざと結婚式を台無しにしようとしてたのかもって。まさか本当に火事だったなんて知らなかった……私はただ、ちゃんとした結婚式がしたかっただけなの。それの何が悪いの?」玲奈の目には涙が浮かび、心底傷ついたような表情を見せる。これまでは玲奈がこうして泣いてすがれば、風真はいつも心を許してきた。だが今回は、彼の目にはまったく感情の色が浮かばなかった。その冷たいまなざしに、玲奈の心は恐怖で満たされ、最後の自信も消えていった。玲奈は必死で風真のズボンの裾をつかんだ。「風真さん、お願い……」パシッ――言葉が終わらないうちに、鋭い平手打ちが玲奈の頬を打った。玲奈はそのまま床に倒れ、口元から血がにじむ。血を吐き出すと、折れた歯が混じっていた。頬はみるみるうちに腫れ上がっていく。あまりの衝撃に玲奈は呆然とし、視界が何度も暗くなった。そのとき、部屋の奥から子どもの泣き声が聞こえ、玲奈は我に返った。必死で這いながら寝室に駆け込み、子どもを抱き上げて風真の前に差し出す。「風真さん、もう二度と隠しごとはしない、あなたに嘘もつかない。お願い、私のことはどうでもいいから、せめてあきらのことを考えてあげて。まだこんなに小さいのに、父親がいなくなったらかわいそうじゃない……」玲奈は、風真の心の弱いところをよく知っている。
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第18話

玲奈は運転席に座っている宮野の顔を見た瞬間、頭の中に狂気じみた予感がよぎった。「やめて!お兄ちゃん、だめ!やめて!」宮野の手はハンドルを握りしめ、掌は汗でびっしょり、唇は真っ白だった。「どうした、できないのか?できないなら、お前がここに横になれ」風真の声が冷たく響く。宮野の体がびくりと震え、やっと顔を上げて、手早くサイドブレーキを外した。彼は玲奈の方を見て、唇を動かした。「ごめん」玲奈が反応する間もなく、エンジンの轟音が響き渡った。玲奈の目の前で、あの見覚えのあるピンク色のレーシングカーがどんどん近づいてくる。その恐怖は一瞬で、宮野に対する憎しみに変わった。次の瞬間、激しい痛みが脚を貫いた。「ああっ!」絶叫が響き渡る。玲奈の顔は苦痛で歪み、額から冷や汗が滴り落ちた。これが終わりかと思ったそのとき、車は突然バックし、再び玲奈の両脚を真っ直ぐ轢きつけた。皮膚が裂け、骨まで突き抜けるような激痛が体中を駆け巡る。息をするのさえ痛みが伴った。もう叫ぶこともできず、本能的に体を丸めようとしたが、テープでしっかり地面に固定されていて、微動だにできない。再びエンジンが唸りを上げ、今度は車が近づく前に、恐怖で玲奈の意識が飛んだ。だが数秒後、また車輪が身体を踏みつける痛みで、玲奈は無理やり目を覚ました。こうして、意識が飛んでは戻り、戻ってはまた痛みで気を失うことを何度も繰り返した。最後には声も出なくなり、車が体を踏みつけても、もう痛みすら感じなかった。ただ、自分の膝から下が、真っ赤な血肉の塊に変わっていくのを、呆然と見ているしかなかった。どれほど時間が経ったのか、やっと拷問は終わった。玲奈は完全に意識を失った。目を開けると、自分がどこかの部屋に閉じ込められているのがわかった。そこは、かつて結衣が監禁されていた部屋と全く同じだった。手首には手錠がかかり、部屋の中も隅々まで見覚えがある。でも、あの別荘はもう焼け落ちて跡形もなかったはず。起き上がろうとしたが、下半身はまったく動かなかった。恐る恐る目を落とすと、そこには真っ赤な血肉がこびりついているだけで、もはや足とは呼べなかった。絶望的な恐怖に突き動かされて手首を振り回すが、扉の外から風真の声が聞こえた。「治療?そんなもの必要ない。痛
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第19話

「なんで全部私のせいにするのよ!悪いのはあなたよ!全部、あなたのせいなんだから!」玲奈は炎の中で叫んだ。「私はもっといい人生を送れるはずだったのに、小さい頃から『いずれはこの家に嫁ぐんだ』って言われて育てられてきた。そのせいで、自分の人生なんて最初からなかった!子どもの頃、あなたは優しかったけど、あなたのおばあさんは最初から私のことを目の敵にしてた。あんなに意地悪されなければ、私だって逃げ出したりしなかった!私はただ、あなたと普通に暮らしたかっただけ。結婚式も家も、まともなものがほしかっただけなのに、あなたは追いかけてもくれず、すぐ他の女を愛し始めた。裏切ったのはあなたなの!それに、私が結衣さんにしたこと、全部気づいてたくせに知らないふりして、私を甘やかしたのはあなた!結衣さんを殺したのも、あなたじゃない!あなたに結衣さんは救えない!たとえ助けられたって、彼女の心はもうあなたには戻らない!結衣さんはとっくにあなたを憎みきってる!あなたはクズよ。私以外に、誰が本気であなたに向き合ったっていうの!」パチン、と鋭い音が響き、風真の平手打ちが玲奈の言葉を遮った。風真の目には怒りの炎が宿っている。「黙れ!そんなはずがあるか!結衣は俺を愛してた。俺のために帰国してくれたんだ!君さえいなければ、俺はきっと彼女を救えた!全部お前のせいだ!」風真は机の上の薬瓶をつかみ、玲奈の口をこじ開けて乱暴に薬を押し込んだ。「君が結衣の薬をすり替えて、誤解させたんだ。今度は君が、結衣よりもっと苦しい思いをしろ!」薬が喉を通った瞬間、玲奈の内臓は焼けるような痛みに襲われた。必死で口を閉じても、風真は顎を押さえて無理やり薬を全部飲み込ませる。手を離した風真の顔は、氷のような無表情だった。「何を言っても無駄だ。結衣が受けた苦しみから、お前ら誰一人逃れられない」空になった薬瓶を投げ捨て、ドアに鍵をかけて出ていく。ドアが閉まると同時に、炎が隙間から這い込み、床のガソリンは燃え広がった。絶望が一気に玲奈を飲み込む。彼女は必死で手錠を引きちぎろうとしたが、鉄の鎖は手首に食い込んで血がにじんだ。それでも感覚のなくなった脚を思い出して狂ったように叫ぶ。「お兄ちゃん!助けて!死にたくない!」宮野は濃い煙の中で必死に顔を上げ、目は煙で涙が止まら
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第20話

玲奈が再び目を開けたとき、自分が病院にいることに気づいた。生きているとわかった瞬間、ほっと息をついたが、次の瞬間、これまでに感じたことのない激しい痛みが身体の奥底から湧き上がってきた。骨の髄までじんじんと鈍い痛みが広がり、少しでも動かせば、死ぬほどの激痛が走る。玲奈はかすれた声で医者を呼んだ。看護師が応じて病室に入ってくる。玲奈は深く息を吸い込んで、しゃがれ声で訴えた。「痛い……痛み止めを打って」「これは普通のことですよ」看護師は淡々と言う。「手足を切断したあとはみんなそうです。天気が悪い日にはもっと痛くなります。本当は痛み止めを使う予定でしたが、お兄さんが『あなたは薬にアレルギーがあるから』って言って、身体のためにも自分で我慢するようにと言われています」「……切断?」玲奈の頭の中で、鈍い耳鳴りが響いた。足はただケガをしただけで、ぐちゃぐちゃになったとはいえ、まだちゃんとついていたはずなのに。あの時、逃げ出すときも確かに見えていたのに。現実を飲み込めないまま、思わず叫ぶ。「何が切断よ!私の足はちゃんとあるはずよ!痛いだけで、なんで切断になるの?あなたの名前は?訴えてやる!」そう言って、何か証明しようと必死に上半身を起こし、痛みに耐えながら布団をめくった。「ああっ!私の足……足がない!」布団の下には、ただ無残な肉の塊が二つあるだけだった。玲奈は狂ったように看護師の腕をつかみ、何度も何度も自分の足がどこにいったのか問いただした。看護師はこうした場面を見慣れていて、形式的に慰めるとすぐに立ち去った。病室のドアが閉まると、玲奈は一人きりでベッドに横たわり、完全に正気を失った。玲奈は口の中で誰にもわからない言葉をぶつぶつと呟き、顔つきはどんどん歪んでいった。ベッドの上の布団を激しく引き裂き、ようやく枕元のスマートフォンを手に取って電話をかけようとしたそのとき、ドアが再び開いた。「桐谷玲奈さん」数人の警察官がドアの前に立ち、厳しい表情で告げた。「あなたは二件の放火事件と一件の殺人未遂の容疑で、同行していただきます」玲奈は聞こえないふりをして布団をめくり、ベッドから降りようとした。その目は憎しみに満ちている。だが次の瞬間、両手首には手錠がはめられていた。気がつけば、玲奈は車椅子に座らされ、警察車両
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