午後七時。湿度を含んだ初夏の夜だった。 地元の駅前は、雨上がりの水たまりがまだところどころに残り、アスファルトの表面が薄く光っていた。 唯史は、傘を持たずに駅を出た。 空気は重たく、湿った風がシャツの裾を揺らす。 けれど、その風が頬を撫でる感覚は、どこか懐かしかった。居酒屋「やまじん」の赤提灯が、微かに揺れている。 提灯の表面には、水滴がいくつも貼りついていて、照明の光をぼやかしていた。 昔から変わらないその光景に、唯史は一歩足を止めた。 思い出の中の「やまじん」と、今目の前にある「やまじん」が重なる。 十五年経ったのに、看板も暖簾も、そのままだった。 ただ、自分たちが変わっただけ。 そんな事実が、胸の奥を静かに締めつけた。入口のガラス戸には、まだ水滴が残っている。 指で一つをなぞると、冷たい感触が指先に伝わった。 そのままガラガラと戸を引き、唯史は中へ入った。「おー、唯史やん!久しぶりやな!」座敷からいきなり声が飛んできた。 中学時代のクラスメイトたちが、すでに何人か集まっている。 皆、笑顔で手を振っていた。 丸テーブルの周りに座る顔ぶれは、懐かしさと同時に、どこかぎこちなさもあった。 それは「大人になった自分たち」と「中学時代の自分たち」が、同じ空間にいる違和感だった。「老けたなあ」「変わらんなあ」そんな言葉が飛び交う。 髪が薄くなったやつ、体型が変わったやつ、仕事の話をし始めるやつ。 でも、笑い方や表情は、あの頃のままだった。唯史は、少しだけ笑顔を作った。 形だけの笑み。 心から笑っているわけではなかった。 だが、それが同窓会というものだと分かっていた。「唯史、帰ってきたん?」誰かが声をかけてきた。「いや、まだ大阪市内住みやで」唯史はそう答えた。 言葉は簡単だったが、その裏には「離婚して」「仕事も変えて」「いろいろあって」という説明が隠れている。 けれど、
Last Updated : 2025-07-28 Read more