All Chapters of 十五年目の同窓会~ただ、君の隣に帰るために: Chapter 11 - Chapter 20

49 Chapters

同窓会

午後七時。湿度を含んだ初夏の夜だった。 地元の駅前は、雨上がりの水たまりがまだところどころに残り、アスファルトの表面が薄く光っていた。 唯史は、傘を持たずに駅を出た。 空気は重たく、湿った風がシャツの裾を揺らす。 けれど、その風が頬を撫でる感覚は、どこか懐かしかった。居酒屋「やまじん」の赤提灯が、微かに揺れている。 提灯の表面には、水滴がいくつも貼りついていて、照明の光をぼやかしていた。 昔から変わらないその光景に、唯史は一歩足を止めた。 思い出の中の「やまじん」と、今目の前にある「やまじん」が重なる。 十五年経ったのに、看板も暖簾も、そのままだった。 ただ、自分たちが変わっただけ。 そんな事実が、胸の奥を静かに締めつけた。入口のガラス戸には、まだ水滴が残っている。 指で一つをなぞると、冷たい感触が指先に伝わった。 そのままガラガラと戸を引き、唯史は中へ入った。「おー、唯史やん!久しぶりやな!」座敷からいきなり声が飛んできた。 中学時代のクラスメイトたちが、すでに何人か集まっている。 皆、笑顔で手を振っていた。 丸テーブルの周りに座る顔ぶれは、懐かしさと同時に、どこかぎこちなさもあった。 それは「大人になった自分たち」と「中学時代の自分たち」が、同じ空間にいる違和感だった。「老けたなあ」「変わらんなあ」そんな言葉が飛び交う。 髪が薄くなったやつ、体型が変わったやつ、仕事の話をし始めるやつ。 でも、笑い方や表情は、あの頃のままだった。唯史は、少しだけ笑顔を作った。 形だけの笑み。 心から笑っているわけではなかった。 だが、それが同窓会というものだと分かっていた。「唯史、帰ってきたん?」誰かが声をかけてきた。「いや、まだ大阪市内住みやで」唯史はそう答えた。 言葉は簡単だったが、その裏には「離婚して」「仕事も変えて」「いろいろあって」という説明が隠れている。 けれど、
last updateLast Updated : 2025-07-28
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昼の静けさと、ひとりの時間

昼下がりのリビングには、静かな時間が流れていた。唯史はソファに腰をかけ、パソコンの画面を睨んでいた。キーボードを打つ音だけが部屋に響く。そのリズムは一定で、時折途切れながらも続いていた。窓の外からは柔らかな陽射しが差し込み、カーテンの隙間から光の筋が床に伸びている。画面に映る文字は、書類のチェックだった。けれど、集中力は長くは続かなかった。ふと手を止め、唯史は視線を上げた。リビングのテーブルには、佑樹がいつも使っているマグカップが置かれている。底に少しだけ残ったコーヒーが、光に反射して小さく揺れた。その隣には、佑樹が昨夜脱ぎ捨てたネクタイが、きちんと畳まれずに置かれていた。いつもなら「ちゃんと片付けろよ」と文句を言っていたはずだった。けれど、今日はそのだらしなさが、なぜか愛しく思えた。唯史は、ゆっくりと背もたれに体を預けた。首筋に汗が滲むほどではないが、微かな湿度が肌にまとわりつく。パソコンの電源を切り、静かな部屋に耳を澄ました。時計の秒針の音が聞こえる。その単調なリズムが、逆に心を落ち着かせた。視線は自然と、部屋のあちこちへと移っていった。佑樹のスニーカーが玄関に並び、洗面台には佑樹の歯ブラシが立てかけられている。リビングの片隅には、佑樹が読みかけの本が開かれたまま置かれていた。「…完全に、ここは佑樹の生活やな」ぽつりと呟いた声は、誰にも聞かれないまま空気に溶けた。けれど、その言葉が自分の胸に深く響いた。昔のことを思い出す。希美と暮らしていた頃のこと。あのときも、同じように朝食を作り、夜になればテレビを見ていたはずだった。でも、今思えば、あの生活にはどこか空白があった。帰る場所は家だったけれど、心はいつも別の場所を探していた。希美の隣にいながら、自分はどこか遠くにいるような気がしていた。「…あのときは、帰る場所がなかったんやな」唯史は、ふとそんなことを思った。結婚して、家庭を持ったはずだったのに、自分の居場所はどこにもなかった。仕事に逃げ、夜遅くまで帰らずに過ごしていた日々。希美と並んで寝ても、触れることさえできなかった。触れたくても、心が拒否していた。けれど、今は違った。
last updateLast Updated : 2025-07-28
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佑樹との再会

ガラガラと入口の引き戸が開いた。湿った夜風が一瞬だけ店内に入り込み、座敷の空気を微かに揺らした。その風と一緒に、懐かしい声が耳に届く。「唯史、来とったんか」その声を聞いた瞬間、唯史の胸の奥が小さく「トン」と跳ねた。自然と顔を上げると、そこには佑樹が立っていた。バレー部のエースだった頃の面影を、そのまま大人に引き伸ばしたような姿だった。背が高い。昔から高かったが、さらに伸びた気がする。肩幅が広く、身体つきはがっしりしている。けれど、表情は変わらない。あの頃と同じ、少しだけ照れたような笑い方だった。「おー、唯史」佑樹が近づいてきた。座敷の端に座る唯史の前に立つと、自然に手を差し出してきた。唯史も、手を伸ばした。二人は握手を交わす。その瞬間、佑樹の手のひらが温かいと感じた。大きくて、包み込むような手。それが、唯史の指先から腕へ、そして胸の奥までじんわりと伝わる。「変わらんなあ、お前は」佑樹が笑いながら言った。その笑顔は、昔と同じだった。唯史は、少しだけ唇の端を上げた。「お前は変わりすぎや」そう言いながらも、目の奥では揺れが走っていた。佑樹の姿が、昔のままなのに、大人になっている。その違和感と懐かしさが混ざり合って、唯史の胸を締めつけた。「いや、そりゃ十五年も経ったらなあ」佑樹は照れたように肩をすくめた。その仕草も、あの頃と同じだった。「仕事は?こっち戻ってきたん?」「まあな。いろいろあってな」「いろいろって、離婚か」佑樹はさらっと言った。けれど、その言い方には責める感じはなかった。ただ、事実を知っているだけ、という表情だった。「まあ、そうや」唯史は短く答えた。それ以上、何も言わなかった。言いたくなかった。けれど、佑樹の目は、
last updateLast Updated : 2025-07-29
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遥の視線

「きゃー、懐かしい顔ぶれやなあ」そんな声とともに、店の入口から遥が入ってきた。瞬間、座敷の空気が少しだけ華やいだ。視線が一斉に彼女へと向けられる。遥は、昔から目立つ存在だった。今も変わらず、いや、むしろその派手さは増していた。茶髪のセミロングを軽く巻き、目元は濃いめのアイライン。赤いネイルがグラスを持つ手元を鮮やかに彩っている。服装はカジュアルにまとめているが、胸元の開き具合が絶妙だった。男たちは、冗談交じりに「綺麗になったなあ」と囁き合い、女たちは少し距離を置くような目を向ける。遥はその全てを分かったうえで、笑っている。「私さ、最近彼氏に浮気されてさー、別れたばっかりやねん」遥は、グラスを片手に笑いながらそんな話題を投げ込んだ。その声は明るいが、目の奥は少しだけ冷めている。自分を消費することに慣れている女の目だった。「えー、また?遥ってほんま男運ないよなあ」誰かが茶化すと、遥は肩をすくめて笑った。「せやねん。まあ、私も見る目ないんやろなあ」その言葉に、場がまた笑い声に包まれる。けれど、唯史はその輪の中に入れなかった。グラスを指先で回しながら、ただ黙ってその様子を見ていた。「佑樹、久しぶりやなあ」遥が、隣に座っていた佑樹に話しかけた。声のトーンが少しだけ変わる。女が男に向ける「興味」の色が混ざった声だった。「かっこよなったなあ。バレー部のときからモテてたけど、今もすごいやろ」そう言って、遥は佑樹の肩に手を置いた。爪の赤が、佑樹のシャツの肩口にちらりと映える。その手は、軽いはずなのに、妙に目立った。「いやいや、そんなんちゃうわ」佑樹は苦笑して、遥の手をそっと外した。けれど、その仕草は決してきつくはなかった。適度に距離を保つ、昔からの佑樹らしい対応だった。「今は地元で仕事してんの?」「まあな。工場やけどな
last updateLast Updated : 2025-07-30
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懐かしさと疎外感

飲み会はさらに盛り上がっていた。テーブルの上には、ビールのジョッキがいくつも並び、枝豆や唐揚げの皿はすでに半分以上が空になっていた。座敷のあちこちから笑い声が響く。箸を持った手が賑やかに動き、話題は尽きなかった。「うちのガキがな、こないだ初めて自転車乗れたんや」「マジで?お前の子供、もうそんな大きいんか」「七つやからな。ほんま、早いわ」誰かがスマホを取り出して、子供の写真を見せる。画面には、補助輪なしで自転車を漕いでいる小さな子供が映っていた。それを見て、周りは「可愛いなあ」と口々に言った。「ウチもそろそろ二人目やねん」「え、マジ?はよ作らな俺も負けるわ」そんな会話が、途切れなく続く。家庭の話。子供の話。仕事の愚痴と、妻との会話。当たり前のように交わされるその言葉たちが、唯史には遠い世界のものに聞こえた。グラスの底を見つめる。氷はもう溶けかけて、薄まったハイボールの残りが揺れている。指先でグラスをくるりと回した。カランと小さな音がした。それが、やけに響いた気がした。「帰りたいな」心の中で、そう呟いた。けれど、席を立つことはできなかった。まだ時間が早い。みんなが盛り上がっている中で、自分だけ「もう帰るわ」と言うのは、なんだか悪い気がした。隣では、遥がまだ佑樹にちょっかいを出していた。「佑樹って、昔からそうやんな。女子の扱い、うまいんか下手なんか、ようわからんとこ」遥は笑いながら、佑樹の肩を軽く叩く。佑樹は苦笑して、それを受け流している。適度な距離感。それが、佑樹らしかった。「せやろか。別に意識したことないけどな」佑樹の声が、柔らかく響く。その声を聞いた瞬間、唯史の視線は自然と佑樹の方へ向かっていた。自分でも気づかないうちに、目で追っている。そんな自分に、唯史は戸惑った。
last updateLast Updated : 2025-07-31
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河川敷への誘い

「そろそろ、お開きやなあ」幹事の一言で、座敷の空気が少し緩んだ。誰かが立ち上がり、会計の話を始める。スマホで割り勘アプリを開くやつ、財布を取り出すやつ。その光景が、唯史には遠く感じられた。「唯史、外ちょっと行こか」佑樹が、唐突に声をかけてきた。その声は、周囲のざわめきとは別の場所から聞こえてくるようだった。「……ええよ」唯史は、軽く頷いた。心臓が、ほんの少しだけ跳ねた。会計は他のやつらに任せて、二人は店を出た。赤提灯の灯りが、背中に揺れている。湿った夜風が、二人の間を通り抜けた。「懐かしいなあ、ここ」佑樹がそう呟きながら、駅前の通りを歩き出す。唯史も、その後をついていった。足元には、まだ雨上がりの水たまりがいくつも残っていた。靴の底が、湿ったアスファルトを踏むたび、じんわりと水気を吸う音がした。駅から少し歩いたところに、河川敷への階段がある。二人は、そこを下りた。草の匂いが、雨で湿った夜に漂ってくる。川の流れが、低い音で続いていた。「ここ、変わってへんな」佑樹がぽつりと言った。「せやな」唯史は短く返した。でも、心の奥はざわついていた。この場所に来るのは、いつぶりやろ。中学の頃、よくここで二人でだべってた。部活の帰りに、缶ジュース片手に座って、どうでもいい話をしていた。その時間が、やけに長かったような気もするし、あっという間に過ぎたような気もする。「タバコ、吸う?」佑樹がポケットから煙草を取り出した。唯史は一瞬だけ迷ったが、頷いた。「……一本だけもらおか」佑樹がライターで火をつける。オレンジ色の火が、ふっと揺れた。その火を分けてもらい、唯史も煙草に火をつける。「こんなとこで吸う
last updateLast Updated : 2025-08-01
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キスと告白

川の水音が、静かに耳の奥に残る。夜風は湿っていて、けれど冷たくはなかった。煙草の火はほとんど消えかけていた。唯史は、それを指先でつまみ、足元の地面に押し付けた。煙がふっと途切れた。佑樹が、ふと隣を向いた。視線を感じる。けれど、唯史は目を合わせなかった。ただ、夜の川面を見つめたまま、沈黙を続けていた。「離婚したんやろ」佑樹が、静かに言った。声は低く、しかしはっきりと響いた。「まあな」唯史も、低い声で返した。淡々とした答えだった。それ以外に、何も言えなかった。「……そっか」佑樹はそれだけ言って、また少し黙った。その沈黙が、夜風に溶けていく。二人の間には、何もない時間が流れた。だけど、その時間は妙に濃かった。呼吸の音が聞こえるほど、近い距離だった。佑樹が、ゆっくりと唯史の方に身体を向けた。その動きを、唯史は視界の端で捉えた。けれど、身体は動かなかった。動けなかった。次の瞬間、佑樹の手が唯史の肩に触れた。その手は、驚くほど優しかった。重くもなく、強くもなく、ただそこに置かれただけ。けれど、その一瞬で、唯史の心臓は大きく跳ねた。「佑樹……」言いかけたその瞬間、佑樹が唇を重ねてきた。一切の前触れもなく。けれど、その動きは迷いがなかった。唇が触れた瞬間、唯史の胸の奥が大きく波打った。心臓の音が、自分でも聞こえる気がした。柔らかい感触。佑樹の唇は、思ったよりも温かかった。唯史は、目を閉じなかった。開いたまま、目の前の夜空を見つめていた。星はなかった。ただ、黒い空が広がっていた。唇が離れた。佑樹は、目を逸らさなかった。まっすぐに、唯史を見つめていた。
last updateLast Updated : 2025-08-02
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同居の提案

河川敷を歩く足音が、夜の静けさに吸い込まれていった。二人並んで歩いているのに、会話は少なかった。湿った夜風が、ゆっくりと体を撫でていく。唯史は、川沿いの街灯が水面に反射して揺れているのを眺めながら、無言の時間を持て余していた。佑樹は、タバコを指先で転がしていたが、結局火はつけなかった。ただ、ポケットにしまい直して、ふっと息を吐いた。「唯史、さ」唐突に、佑樹が口を開いた。その声は低く、けれど柔らかかった。「お前、実家帰るんか?」唯史は、川面から目を離さずに答えた。「まあな。とりあえず、帰るしかないやろ」「そやけど、気ぃ遣うやろ」佑樹の声には、少しだけ遠慮が滲んでいた。けれど、それは長年の付き合いからくる自然な優しさだった。小学生のときから一緒に遊んで、中学も高校も、ほとんど毎日顔を合わせていた。そんな相手に、気を遣われるのは、かえって居心地が悪いような気もした。「まあな。母親も妹もおるし」唯史は、ポケットに手を突っ込んだ。指先が冷たかった。「やったら、うち来たらええやん」佑樹は、さらりと言った。まるで、「今日、遊びに来いよ」と言うような軽さだった。けれど、その言葉の奥には、ちゃんとした温度があった。「うち、空き部屋あるし」唯史は、一瞬だけ足を止めた。けれど、すぐにまた歩き出した。「……ええんか」「ええよ。気ぃ遣わんでええし。どっちみち一人やしな」「でも、迷惑ちゃうか?」「お前が迷惑になるわけないやろ」佑樹は笑った。その笑い方は、昔と変わらなかった。少しだけ目尻が下がる癖も、変わっていなかった。唯史は、その笑顔を横目で見た。心の奥が、ふっと温かくなる感覚があった。けれど、その温度が何なのかは、自分でも分からなかった。「
last updateLast Updated : 2025-08-03
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一軒家での共同生活

朝、唯史はゆっくりと目を覚ました。薄いカーテン越しに差し込む光が、部屋の天井をぼんやりと照らしている。聞き慣れない家の匂いが、微かに鼻をくすぐった。畳の香りと、木の家具が放つやわらかい匂い。佑樹の家。昨日から始まった共同生活。それを、まだ体が完全には受け入れていなかった。階段を下りると、キッチンからガチャガチャとフライパンを扱う音が聞こえてきた。佑樹が朝食を作っている。背中を向けて、フライパンを振るうその姿は、昔の「部活帰りにコンビニでカップラーメンを買って帰った時」とは全く違うものだった。広い背中、無駄のない動き。ただ、それはあまりにも自然で、唯史は言葉を失った。「おはよ」佑樹が振り返った。手には目玉焼きが乗ったフライパンを持っている。「……おはよ」唯史は、ぼそっと返した。声が少し掠れていた。「トースト焼けたで。バターどこやったっけな」「冷蔵庫のドアポケットちゃうか」「ああ、そうやった」二人で並んで、朝食の支度をする。キッチンの狭いスペースで、肩が少しだけ触れた。その瞬間、唯史の心臓がまた跳ねた。だが、顔には出さなかった。ただ、目の奥が一瞬だけ揺れた。テーブルに並べられたのは、トースト、目玉焼き、ハム、コーヒー。何の変哲もない朝食だった。けれど、それを二人で食べる時間が、妙に新鮮だった。「うまいな」「お前が焼いたんやし、そらうまいやろ」佑樹は笑った。唯史はその笑顔を見て、また心がざわついた。朝食が終わると、二人で洗濯物を干した。唯史は、洗濯カゴからTシャツを取り出しながら、佑樹の背中を眺めていた。物干し竿にシャツをかける佑樹の腕は、しなやかで無駄がなかった。バレー部時代の筋肉が、今も残っている。それを見ていると、胸の奥がふわりと波立つ。
last updateLast Updated : 2025-08-04
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遥の訪問

翌日の昼過ぎ、唯史はリビングで何となくスマホをいじっていた。特に見るものもなく、スクロールする指だけが無為に動いている。外は曇り。窓の外には、どこかぼんやりとした光が落ちている。湿度を含んだ空気が部屋にこもり、身体の奥までだるさを引き寄せた。そのとき、玄関のチャイムが鳴った。唯史は、背もたれから体を起こした。佑樹はキッチンで何やら作業している音がする。「佑樹ー、野菜持ってきたで」明るい女の声が、玄関から響いた。唯史は、その声が誰かすぐに分かった。遥だった。昨日の同窓会で見たばかりの顔。少し派手になったメイクと、あの軽い笑い方が、耳の奥で蘇る。「おー、遥か。開いてるで、入ってええよ」佑樹がキッチンから返事をした。それと同時に、玄関のドアが開く音がして、足音が近づいてきた。「わあ、広いなあ。昔のまんまやけど、綺麗にしてるやん」遥は玄関を上がり、そのままリビングに入ってきた。手には、ビニール袋いっぱいの野菜。茄子やきゅうり、トマトが袋の中で転がっている。「実家の畑で採れたやつやねん。佑樹、野菜好きやろ」「おお、助かるわ。ありがとうな」佑樹は、手を拭きながらキッチンから出てきた。遥は、佑樹の腕に軽く触れるようにしてビニール袋を渡した。その手つきが、妙に馴れ馴れしく見えた。「なんか作り方教えてや。味噌漬けとかさ」遥は、キッチンの方へずかずかと入り込んだ。まるで自分の家のように、冷蔵庫を開けたり、流しを覗き込んだりする。佑樹は笑いながらそれを受け流している。「味噌漬けな。まあ、簡単やで」「ほんま?私、最近そういうの覚えたいねん。女子力アップいうやつ?」遥は冗談めかして笑った。その笑い声は軽やかだったが、どこか計算が見え隠れする。佑樹に触れる指先が、さりげなく背中に回される。唯史は、それを黙って見ていた
last updateLast Updated : 2025-08-05
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