遥が帰った後の家は、やけに静かだった。玄関のドアが閉まる音が、耳に残っている。リビングには、夕方の光が柔らかく差し込んでいた。窓の外では、近所の子供たちが自転車で遊ぶ声がかすかに聞こえる。その日常の音が、妙に遠く感じられた。唯史は、冷蔵庫から缶ビールを取り出した。プルタブを開ける音が、小さく響いた。泡が一瞬だけ盛り上がり、すぐに落ち着く。グラスに注ぐと、氷がカランと音を立てた。その音がやけに大きく聞こえた。「なあ、唯史」佑樹が、隣のソファで足を伸ばして言った。「ん?」「遥、昔からあんなやつやったよな」「……まあな」唯史は、曖昧に返した。視線はグラスの中の氷に向けたままだった。佑樹は、特に気にしている様子はなかった。遥がどれだけ距離を詰めようと、冗談めかして触れてこようと、佑樹は昔と変わらない態度で受け流していた。その自然体の佑樹が、唯史には余計に眩しく見えた。「何が嫌なんやろ」心の中で、また呟いた。遥が佑樹に触れること。笑いかけること。それを見ている自分の胸が、なぜこんなにざわつくのかが分からなかった。嫉妬…なのかもしれない。でも、それがどういう種類の感情なのか、唯史にははっきりしなかった。遥に対しての嫉妬なのか。それとも、佑樹が誰かに取られることへの不安なのか。「……わからん」小さな声で呟いた。その言葉は、誰にも聞こえなかった。グラスを傾けて、ビールを一口飲む。けれど、その冷たさも、胸の奥のざわめきを鎮めることはできなかった。「なあ、唯史」佑樹がまた声をかけた。「なに」「明日、どっか出かけるか?気晴らしに」「……別にええけど」
Last Updated : 2025-08-06 Read more