十五年目の同窓会~ただ、君の隣に帰るために

十五年目の同窓会~ただ、君の隣に帰るために

last updateLast Updated : 2025-07-23
By:  中岡 始Updated just now
Language: Japanese
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妻・希美の浮気が発覚した夜、唯史は、自分の中に空洞があることをはっきりと自覚した。 希美の不倫は、ただの裏切りではなかった。それは、唯史が自分から目を逸らしてきた「本当の自分」に気づかせるきっかけだった。 離婚を決め、地元の大阪郊外に帰郷した唯史は、十五年ぶりに佑樹と再会する。 「中学の頃から、お前だけが好きやった」 その言葉と共に重なる唇。崩れかけた心に、温度が染み込んでいく。 友情と愛情の境界、身体と心の欲望、所有と共生。 すれ違いと独占欲を重ねながら、二人は「恋人」という名前以上の関係に進んでいく。 「お前は、俺の帰る場所」 ――壊れた日常から始まる、情感と官能が交差する十五年目の恋。

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Chapter 1

プロローグ

夜のリビングは、静まり返っていた。時計の針は夜十時半を指している。初夏の湿った空気が窓の隙間からゆるやかに流れ込み、カーテンの端をわずかに揺らしていた。外は曇り空で、雨上がりの湿度が部屋の中まで入り込んでくる。肌にまとわりつくその重さが、不快というよりも、ただ鈍く心を締め付けていた。

間接照明だけが灯るリビングには、冷めきったコーヒーカップがテーブルの上に放置されている。その横には、開きっぱなしの雑誌と、希美のスマホが置かれていた。ソファのクッションには彼女の髪の毛が一本、細く落ちている。それを見つけた唯史は、何も考えずに指で摘み、そっと膝の上に置いた。

唯史はソファに深く腰を沈め、足を投げ出していた。身体は疲れているはずなのに、まぶたは重くならない。目の奥がじんわりと熱い。何も考えたくないのに、頭の中は妙に冴えている。冷めたコーヒーを一口飲んだ。口の中に広がる苦味は、今の自分にとって唯一の確かな感覚だった。

唯史は二十九歳。三年前に結婚した。中学時代から「超絶美少年」と呼ばれた過去を持ち、今もその面影を残している。黒髪、色白、切れ長の目。細身の体は昔とほとんど変わらず、時折「なんでそんな綺麗な顔してんの」とからかわれることもある。けれど、自分ではその「綺麗さ」に興味がなかった。鏡を見ても、他人事のようにしか思えない。どこか遠くから、自分を見下ろしているような感覚。それが唯史の日常だった。

結婚相手の希美は、二十八歳。昔は可愛い系だったが、最近は「女としての色気」を意識するようになった。茶髪のセミロングに、整えられた眉。柔らかい声と、きれいに手入れされた指先が特徴だ。付き合い始めた頃は、素朴でナチュラルだったのに、結婚してからはメイクも服装も少しずつ派手になっていった。その変化を、唯史は遠くから眺めていた。何も言わなかった。ただ、見ていただけだった。

希美は今、風呂に入っている。リビングには彼女の気配がない。そのことが、唯史には心地よかった。誰かと一緒にいることに、最近は疲れを感じることが多かった。結婚生活というものが、こんなにも重いとは思っていなかった。いや、重いというより、じわじわと身体の奥に染み込んでくるような違和感。それが日々積み重なっていった結果、今の状態がある。

テレビはつけっぱなしだが、音は消してある。画面だけが淡々と映像を流している。何かのドキュメンタリー番組が、字幕と映像だけで進んでいく。その無音の映像を、唯史はぼんやりと眺めていた。集中しているわけでもなく、ただ目を向けているだけだった。

テーブルの上にある希美のスマホが、ふいに光った。

「ぴろん」

通知音が、小さく鳴った。唯史の指先がぴくりと動いた。スマホの画面が一瞬だけ明るくなり、すぐに消えた。その一瞬の光に、唯史は目を細めた。何気なく、画面を見てしまった。無意識だった。そこには、LINEのポップアップが表示されていた。

「ありがとうね♡またね」

唯史のまつ毛が微かに震えた。唇の端が、わずかに上がる。それは笑みともつかない、曖昧な表情だった。ああ、やっぱりな…と心の中で呟いた。

相手は、職場の先輩だった。希美がよく名前を出していた男だ。飲み会が多い部署で、遅くまで帰ってこない日が続いていた。そのことに疑問を持たなかったわけではない。けれど、問い詰めることもせず、唯史はただ黙っていた。

心臓が一度だけ跳ねたが、すぐに平坦な感情が戻ってきた。怒りも、悲しみも、嫉妬もなかった。ただ、「そうか」と思っただけだった。

ソファに座ったまま、唯史は希美のスマホから目をそらした。画面はすでに消えている。指先に残るコーヒーカップの感触だけが、現実を繋ぎとめていた。

雨上がりの夜風が、窓の隙間から吹き込んでくる。カーテンが、ふわりと揺れた。その動きが、やけにゆっくりに見えた。

唯史は、ただその風景の中に溶け込んでいた。自分の心が、どこにあるのかもわからなかった。ただひとつ、確かなことは…この静寂が「何かが壊れる前の静けさ」だということだった。

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プロローグ
夜のリビングは、静まり返っていた。時計の針は夜十時半を指している。初夏の湿った空気が窓の隙間からゆるやかに流れ込み、カーテンの端をわずかに揺らしていた。外は曇り空で、雨上がりの湿度が部屋の中まで入り込んでくる。肌にまとわりつくその重さが、不快というよりも、ただ鈍く心を締め付けていた。間接照明だけが灯るリビングには、冷めきったコーヒーカップがテーブルの上に放置されている。その横には、開きっぱなしの雑誌と、希美のスマホが置かれていた。ソファのクッションには彼女の髪の毛が一本、細く落ちている。それを見つけた唯史は、何も考えずに指で摘み、そっと膝の上に置いた。唯史はソファに深く腰を沈め、足を投げ出していた。身体は疲れているはずなのに、まぶたは重くならない。目の奥がじんわりと熱い。何も考えたくないのに、頭の中は妙に冴えている。冷めたコーヒーを一口飲んだ。口の中に広がる苦味は、今の自分にとって唯一の確かな感覚だった。唯史は二十九歳。三年前に結婚した。中学時代から「超絶美少年」と呼ばれた過去を持ち、今もその面影を残している。黒髪、色白、切れ長の目。細身の体は昔とほとんど変わらず、時折「なんでそんな綺麗な顔してんの」とからかわれることもある。けれど、自分ではその「綺麗さ」に興味がなかった。鏡を見ても、他人事のようにしか思えない。どこか遠くから、自分を見下ろしているような感覚。それが唯史の日常だった。結婚相手の希美は、二十八歳。昔は可愛い系だったが、最近は「女としての色気」を意識するようになった。茶髪のセミロングに、整えられた眉。柔らかい声と、きれいに手入れされた指先が特徴だ。付き合い始めた頃は、素朴でナチュラルだったのに、結婚してからはメイクも服装も少しずつ派手になっていった。その変化を、唯史は遠くから眺めていた。何も言わなかった。ただ、見ていただけだった。希美は今、風呂に入っている。リビングには彼女の気配がない。そのことが、唯史には心地よかった。誰かと一緒にいることに、最近は疲れを感じることが多かった。結婚生活というものが、こんなにも重いとは思っていなかった。いや、重いというより、じわじわと身体の奥に染み込んでくるような違和感。それが日々積み重なっていった結果、今の状態がある。テレビはつけっぱなしだが、音は消してある。画面だけが淡々と映像を流している。何かのドキュメ
last updateLast Updated : 2025-07-21
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湿った夜
希美の行動がおかしくなったのは、ここ数ヶ月のことだった。急にスマホを手放さなくなり、LINEの通知を見ては微かに笑うようになった。口紅の色も、服の趣味も変わった。仕事帰りに飲み会だと言って帰る時間が遅くなることも増えた。それでも、唯史は何も言わなかった。言う資格があるのかどうか、それすら分からなかった。唯史はスマホの画面を、ただ眺めていた。相手の名前が表示されている。職場の先輩。希美がたびたび話題にしていた男の名前だ。飲み会が多い部署だと聞いていた。なるほど、そういうことかと、唯史は静かに思った。心臓が跳ねたのは、一瞬だけだった。すぐに、何も感じなくなった。怒りも、悲しみも、嫉妬もなかった。ただ、どこか遠い場所で、誰かがそんな気持ちを抱いているかのように、自分の感情が他人事のように感じられた。唯史はカップをテーブルに置いた。指先が冷たい陶器に触れた瞬間、ふと自分の手が汗ばんでいることに気づいた。だが、それもどうでもよかった。「……」声にならない吐息が漏れた。胸の奥が空っぽだと感じた。希美が誰と何をしていようと、唯史には関係がない…そんな気がしていた。いや、ほんとうは関係があるのだと分かっている。けれど、自分にはどうすることもできなかった。ここ一年、希美に触れようとしたことはなかった。自分から手を伸ばすこともなければ、求めることもなかった。そうしているうちに、希美の目は変わっていった。女として見られていないと、何度も責められた。でも、どうしても欲情できなかった。努力してみたつもりだった。だが、身体が反応しなかった。唯史は目を閉じた。まぶたの裏に、希美の笑顔が浮かぶ。結婚したばかりの頃は、たしかに笑い合っていたはずだった。新婚旅行で撮った写真。肩を寄せ合って微笑んでいたあのとき、自分は本当に幸せだと思っていた。それなのに、今は。「……しゃあないな」唇の端から、低く呟きが漏れた。唯史は、希美のスマホから目をそらした。画面はすでに消えている。薄暗いリビングには、再び静けさが戻っていた。テレビの映像だけが、音もなく流れ続けている。唯史はその光を見つめながら、何も考えずにまばたきした。胸の奥には、微かな痛みが残っている。その痛みさえ、どこか懐かしいもののように感じた。外では、雨上がりの湿った風が、窓ガラスをかすかに揺らしていた。
last updateLast Updated : 2025-07-21
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崩れた会話
寝室の天井には、間接照明の柔らかな明かりが滲んでいた。カーテンの隙間からは、街灯の光が細く差し込んでいる。時計の秒針が静かに刻む音だけが、耳に残った。布団の中は生ぬるく、湿度を含んだ夜気が肌にまとわりついている。唯史は、枕元に転がったままのスマホを手に取ろうとして、やめた。隣では希美が横になっている。背中を向けているせいで、顔は見えない。けれど、呼吸のリズムがわかる。その背中が、わずかに上下しているのを唯史は見つめていた。こんなに近い距離にいるのに、声をかけることができない。いや、かけたらすべてが終わるとわかっているから、躊躇していた。それでも、言わなければならないことがある。そんな気がして、唯史はゆっくりと唇を開いた。「浮気してるんか?」声は驚くほど静かだった。自分のものとは思えないくらい、平坦で、感情の起伏がなかった。希美の肩が、ほんの少しだけ動いた。けれど、すぐに元に戻る。まるで、それが呼吸の動きに過ぎないかのように。やがて、彼女はゆっくりと身体を起こし、唯史の方を向いた。目と目が合う。希美は一瞬だけまばたきをした。けれど、その目は逸らさない。そのまま、はっきりと答えた。「うん」その「うん」は、何の揺れもなかった。謝罪でもなければ、言い訳でもない。ただ、事実を淡々と認めただけの声色だった。唯史はまぶたを閉じた。まぶたの裏で、何かがぽきりと折れる音がした。それが心なのか、過去の記憶なのか、自分でもわからなかった。「そっか」それ以上の言葉が出てこなかった。脳の奥がしんと冷えていくのを感じた。怒りはなかった。悲しみも、たぶんなかった。ただ、身体の奥で、何かが静かに終わっていく感覚だけがあった。希美は、唇をひらいて何かを言いかけたが、一度それを飲み込んだ。手元に置いてあったリップクリームを取り、無意識に唇に塗る。乾いた唇に、透明な光沢が広がる。その仕草を、唯史はただ黙って見ていた。「私、もう我慢できへんかったんや」希美の声は、やっぱり震えていなかった。冷たいわけでも、強がっているわけでもない。むしろ、どこか諦めたような、落ち着ききった声だった。「そうか」唯史は目を伏せた。胸の奥に、微かな痛みが走る。その痛みすら、どこか他人事のようだった。「最初は、ちゃんとしよう思ってたんよ。結婚して、ちゃんと家庭作って、あんたと一緒に…」希美は視
last updateLast Updated : 2025-07-21
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夫婦という役割の終わり
区役所の窓口は、午前中の手続きが一段落したあとの静けさに包まれていた。数組の年配夫婦が年金相談の案内を待ち、子供連れの若い母親が保険証の更新について話している。そんな日常の風景の中、唯史と希美は並んで、離婚届の記入台に向かって座っていた。目の前の書類は、何も特別なものには見えなかった。薄い緑色の用紙に、きちんと罫線が引かれ、印刷された文字が並んでいる。そこに、ただ自分たちの名前を書き込むだけ。婚姻届と同じ形式だ。違うのは、「婚姻」を「離婚」に置き換えただけだった。唯史は、ペンを手に取った。黒いボールペンの先端が、紙に触れる。すっと線を引くと、インクが静かに紙の上を滑った。自分の名前を、癖のある字で丁寧に書く。一画ずつ、慎重に、しかしどこか機械的に。それはまるで、誰か他人の名前を書いているかのようだった。続いて希美が、迷いなくペンを走らせていた。その手元を、唯史は横目で見た。希美の指先は震えていなかった。肩の力も抜けている。まるで、日常の買い物メモでも書いているかのように、自然だった。それが不思議だった。いや、正確に言えば、不思議に感じている自分自身に、唯史は戸惑った。「こんなもんやろな」心の中で呟いた。それでも、胸の奥が「しん」と冷えた。まるで、冬の朝に凍った水を一口飲み込んだような、そんな感覚だった。指先が少し汗ばんでいるのに気づき、ハンカチを取り出そうとしたが、思いとどまった。希美は何も言わなかった。書き終えた離婚届を、静かに机の端に置く。その手つきは、まるで家計簿を閉じるときのように落ち着いていた。唯史は自分の手を見た。ペンを握る指が微かに湿っている。けれど、動悸はしていなかった。ただ、胸の中が妙に静かだった。何も感じていない…そう思い込もうとしたが、実際には、何かがひっそりと冷たくなっていくのを感じていた。カウンターの奥から、事務員が声をかけた。「お二人とも、こちらでお間違いないですか」唯史はうなずいた。希美も同時に頷く。二人の髪が、蛍光灯の光を受けて無機質に反射していた。その光は、まるで二人の関係をすでに過去のものとして切り取るかのように、冷たく淡い。窓口の事務員が、淡々と手続きを進めていく。離婚届の確認をして、印鑑を押す場所を指差す。唯史は朱肉を手に取り、静かに判を押し
last updateLast Updated : 2025-07-21
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空っぽの部屋
唯史は、目を開けた。天井の白いクロスが、薄い朝の光を受けてぼんやりと滲んでいる。雨上がりの湿った空気が、カーテンの隙間から入り込んで、部屋の中を静かに漂っていた。時計の秒針が、「コチ、コチ」と途切れなく音を刻んでいる。その音が、今朝はやけに大きく感じられた。希美の気配が消えた部屋には、生活音というものがまるでなかった。テレビもついていなければ、キッチンから何かが煮える音も聞こえない。布団の端に手を伸ばしてみても、そこはもう冷たかった。唯史は、ベッドの縁に腰を下ろし、肩を落とした。昨日まで妻だった人間の荷物は、すでに全て運び出されていた。クローゼットの中は、ぽっかりと空洞になっている。引き出しを開けても、下着もタオルも、希美のものは一枚も残っていなかった。洗面所の棚には、いつも並んでいた基礎化粧品のボトルがごっそり消えていた。棚の中には、自分の歯ブラシと、男物のシェーバーだけがぽつんと残っている。「……」声にならない息が漏れた。唯史はゆっくりと立ち上がり、リビングの方へ歩いた。ソファの上には、希美がよく使っていたクッションがひとつだけ残されている。それが、なぜか余計に空虚さを増していた。テーブルの上には、前日から置きっぱなしにしていたコーヒーカップ。すっかり冷めた液体が、薄い茶色の輪を描いている。指先でそのカップを持ち上げると、手のひらがわずかに震えていることに気づいた。それでも、気にしなかった。いや、気にできなかった。スーツケースを引き寄せて、荷物をまとめ始める。何を持っていこうかと考えて、ふと手が止まる。「何も持って帰るもんがないな」小さく呟いたその声が、リビングに虚しく響いた。唯史の持ち物は、驚くほど少なかった。衣服も、ほとんどが共用のクローゼットに収めていたから、改めて自分の物だけを取り出してみると、ほんの数着しかなかった。スーツ、ワイシャツ、Tシャツにジーンズ。
last updateLast Updated : 2025-07-22
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実家の玄関
駅を出ると、湿った空気が肌にまとわりついた。雨上がりの郊外は、どこかぼんやりとした匂いがする。アスファルトから立ち上る生ぬるい匂いと、遠くの草むらから漂ってくる青臭い湿気が、唯史の鼻腔をくすぐった。キャリーバッグの車輪が、ガタガタと歩道の段差を乗り越えるたびに小さな音を立てる。その音だけが、唯史の耳に響いていた。駅前の自転車置き場を通り過ぎる。中学のとき、部活帰りによくここで友達とだべっていたことを思い出す。あの頃と何も変わっていない自転車の列。錆びついたガードレールも、同じ位置に歪んだままだった。公園の横を歩くと、滑り台が見えた。昔はよくあの滑り台の上で、夕焼けを眺めていた。今は、誰も遊んでいない。湿ったベンチの上には、濡れた新聞紙が一枚、風に揺れているだけだった。角を曲がると、古びた商店街が目に入った。シャッターが閉まったままの店が多い。開いているのは、昔からある駄菓子屋と、八百屋くらいだった。その八百屋の前を通ると、店主のおばちゃんが唯史に気づいて「おかえり」と小さく手を振った。唯史は、軽く会釈を返した。その表情は微笑みだったが、目の奥は空虚だった。キャリーバッグを引きずりながら、実家の前にたどり着く。玄関の前には、鉢植えの花がいくつか並んでいた。雨のせいで、葉っぱがしっとりと濡れている。それを見ながら、唯史は「母さん、まだこれ大事にしてるんやな」と思った。それだけで、胸の奥が少しだけ軋んだ。ポケットから鍵を取り出す。けれど、鍵を使う前に、玄関の扉が開いた。「おかえり」母の声がした。穏やかで、柔らかい声だった。エプロンをつけたまま、母が立っていた。白髪が少し混じった髪を後ろで束ねている。表情は変わらない。けれど、その目だけが、少しだけ曇っているように見えた。「ただいま」唯史は微笑んだ。けれど、その笑みは形だけだった。目
last updateLast Updated : 2025-07-23
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