自宅マンションへ戻った萌香は、急いで普段着に着替え、三年前の事故を管轄した警察署へと向かった。警察署の受付で、捜査一課・田辺敦彦の名刺を差し出すと、警察官は訝しげな表情で内線の受話器を手に取った。しばらくそちらでお待ちください。と言われ、萌香は薄暗いロビーの硬い椅子に腰を下ろした。チラチラと揺れる蛍光灯の下、壁には指名手配犯のポスターが所狭しと貼られ、埃っぽい空気が漂う。音のないその空間は、日常とはまるで別世界のように感じられた。 萌香は緊張で高鳴る鼓動を抑えようと、ショルダーバッグの肩紐をギュッと握りしめた。時計の針がゆっくり進む中、過去の記憶が頭をよぎる。あの事故の日、彼女の人生は一変したのだ。 「お待たせしました」 くたびれたワイシャツに緩んだネクタイ、角刈りに無精髭の恰幅の良い中年の刑事が、スリッパの音をパタパタと響かせながら階段を降りてきた。萌香が軽く会釈をすると、刑事は少し面倒そうに襟元を指で掻き、首を傾げた。 「近江ですが・・・・あなた、どなたさんですか?」「お忙しいところ申し訳ありません」 そのぶっきらぼうな口調に、萌香は一瞬たじろぎながらも、気を取り直して田辺の名刺について説明し始めた。すると、近江と名乗る刑事がほん
Last Updated : 2025-08-04 Read more