Semua Bab 彼女しか救わなかったから、子どもが死んでも泣かないで: Bab 551 - Bab 559

559 Bab

第551話

けれど、星乃は肩に掛けられた上着を外そうとはせず、軽く肩を寄せるようにして、律人との会話を続けた。少し大きめのメンズジャケットを羽織った姿は、それだけでいつもとは違う雰囲気を醸し出していた。少し離れたボックス席では、誠司が向かいに座る悠真をおそるおそる見ていた。先ほど星乃の姿を見かけてからというもの、悠真の機嫌は明らかに悪かった。しかも今、星乃が律人のジャケットを羽織っているのを見て、手にしたスプーンが曲がってしまいそうなほど強く握りしめている。「悠真様、だったら別の店に移りませんか……」誠司がおずおずと切り出した。誠司はネットの旅行ガイドを参考に、このレストランを選んだだけだった。それなのに、まさかこんなに偶然が重なるとは思わなかった。食事をしに来ただけで、星乃と鉢合わせするなんて。星乃一人なら、まだよかった。ところが律人まで一緒にいて、そのうえ二人は見るからに仲がよさそうだった。悠真は何も答えず、ただ視線を逸らした。複雑な表情を浮かべたまま、何を考えているのか分からない。「悠真様……?」誠司が探るように声をかける。悠真は顔を上げ、独り言のように呟いた。「前に一度、結衣が帰国したとき、クラブで帰国祝いのパーティーを開いたことがあったのを覚えてる……あの夜、星乃が俺に会いに来た。でも俺は、ただ鬱陶しいと思って、店の人間に外で足止めさせた。そのあと、あいつはクラブの前の花壇の縁に座って、一晩中俺を待ってた」あのときの星乃も、きっと今の自分と同じ気持ちだったのだろう。その話を聞いて、誠司はすぐには何も言えなかった。これまでの五年間、似たようなことがあまりにも多かったからだ。実は、ずっと口にできずにいたことがある。悠真がどれだけ星乃を追いかけたとしても、おそらくもう、星乃が振り向くことはない。誠司には、そんな気がしてならなかった。食事を終えると、星乃は律人と一緒に近くの市場を見て回り、遥生や遥香たちに現地のお土産をいくつか買った。それを済ませてから、二人はようやくホテルへ戻った。その後の二日間も、星乃と律人は近くの観光スポットをいくつか巡り、二人でたくさんの写真を撮った。その中で何度か、星乃は人混みの中に悠真の姿を見つけた。けれど、もう一度よく見ようとしたときには、悠真がいたはずの場所には誰もいな
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第552話

さっきまで悠真は、頭の中が星乃と律人のことでいっぱいで、部屋に誰かいることなどまったく気づいていなかった。「誰だ?」悠真は勢いよく身を起こし、警戒しながら声のしたほうを振り向いた。男がリビングの反対側から歩いてきて、悠真の前まで来ると、ソファに腰を下ろした。男は名刺を差し出した。「女はたいてい、自分より上だと思える男に惹かれるものです。復縁したいなら、ただ指をくわえて見ているだけじゃ何も変わりませんよ」悠真は目を細め、さらに警戒を強めた。「俺を尾けてきたのか?」目の前の男に心当たりはない。だが、相手は明らかに自分のことをよく知っている。とはいえ、相手の目的が分かるまでは、悠真も手を出すつもりはなかった。男は何も言わず、ただ口元に薄く笑みを浮かべ、名刺をもう一度悠真の前へ差し出した。悠真はそれを受け取り、目を落とした。「東條浩也……UMEの前の取引先か?」以前、UMEから人を引き抜こうとした際、悠真は誠司に遥生の情報をすべて調べさせていた。そのため、名刺に書かれた会社名を見ただけですぐに分かった。浩也は笑った。「俺のことをご存じとは光栄ですね。これなら、わざわざ詳しく説明する必要もなさそうです。このところ、冬川グループとUMEの間でいろいろあったことは俺も聞いてます。悠真社長もUMEにはかなり手を焼いているでしょう。俺も同じです。だから、悠真社長と一度、取引の話をしたいと思ってね」悠真は鼻で笑った。「どういう取引だ?」浩也は答えた。「悠真社長の会社が引き受けた案件の中に、UMEからの注文がいくつかあるはずです」それは、悠真が星乃への償いのつもりで、UMEの窮地を救うために別の会社を買収したときに引き受けたものだった。まさか、そこまで調べられているとは、悠真も思っていなかった。浩也は続けた。「俺が望んでいるのは、その注文にちょっとした問題を起こしてもらうことです。大した問題じゃありません」長年、ビジネスの世界に身を置いてきた悠真に、その言葉の意味が分からないはずがなかった。悠真は嘲るように笑った。「俺はそんな汚いやり方はしない。他を当たれ」悠真がそう答えることを予想していたのか、浩也は顔色一つ変えずに言った。「もう少し考えてみたほうがいい」「もちろん、UMEなんて相手にしてないことくらい
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第553話

そのあと、悠真は部屋の奥へ戻り、すぐにフロントへ電話をかけ、いきなり激しい口調で責任を追及した。フロント側は何度も謝罪し、二度と同じことがないと約束した。電話を切ると、悠真はようやく疲れ切ったようにベッドへ身を沈めた。ベッドに横になった悠真は、ぼんやりと天井を見つめていた。頭の中には、星乃と律人が一緒にいる場面ばかりが次々と浮かんでくる。星乃の優しく楽しそうな笑顔。律人の腕にそっと手を絡めたとき、二人が交わしていた甘い視線……突然、心も体も疲れ果ててしまったような気がした。会社の仕事に追われ、三日間ほとんど休まず働いた時よりも、ずっと疲れているように感じる。遥生とも律人とも、これまでに関わったことがある。遥生は理性的なタイプだが、恋愛になると引いてしまうところがある。もし星乃が選んだ相手が遥生なら、まだなんとか対処できる。だが、相手は律人だ。思っていた以上に手強い。自分が流させた記事はことごとく押さえ込まれ、律人もそんな噂などまるで気にしていないようだ。それどころか、今日の律人は何度も、自分を挑発してきた。そして星乃は……まるで律人しか見えていないかのように、自分の存在などまったく目に入っていない。そこまで考えたところで、悠真の胸にどうしようもない苛立ちが込み上げてきた。どれほど時間が経ったのか分からない。悠真は起き上がった。こめかみを揉みながら、独り言のように呟く。「だったら、もう諦めるか」世の中には女なんていくらでもいる。自分だって、星乃でなければならないわけじゃない。悠真は腹立たしさとやるせなさを抱えながらそう自分に言い聞かせ、スマホを取り出して誠司に連絡し、帰国便を手配してもらおうとした。だが、電話をかける前に、花音から着信が入った。……ホテルでは。星乃はスーツケースを床に広げ、そのそばで荷物を整理していた。ここ二日ほど街を歩き回って買った、遥生や遥香たちへの土産も、きちんとスーツケースの中にしまってある。「本当に、もう二日くらい延ばすつもりはないの?」寝室から出てきた律人は、星乃に荷物を渡しながら尋ねた。星乃の手が止まる。この二日間、律人とここで過ごしている間は、面倒なことも危険なことも何もなかった。まるで現実から切り離されたような場所だった。星乃も、正直なところ少
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第554話

星乃は少し驚いたように、首を傾げた。「どこで見つけたの?」そう聞いてから、彼女はその指輪が以前のものとほんの少し違うことに気づいた。前の指輪と比べると、ダイヤがほんのりピンクがかっている。ただ、よく見なければほとんど分からない程度の違いだった。律人は唇の端を上げ、彼女の指先にキスをした。「見つけたんじゃない。デザイン画をもとに、もう一度作ってもらった。でも、こういうダイヤはなかなか見つからなくて。少し時間も手間もかかったけど」星乃は一瞬、言葉を失った。胸の中は複雑だった。少し申し訳ない気持ちもあった。「ごめんね」星乃は小さな声で言った。「今度はちゃんと大事にする」前の指輪は律人が自分で作ったものだ。どれだけ手間と時間をかけたのか、考えなくても分かる。それを自分がなくしてしまった。どれだけ手をかけたかということだけでなく、ダイヤそのものの価値を考えても、星乃は申し訳ない気持ちになった。けれど、律人は笑って、彼女の髪を優しく撫でた。「なんで謝るんだよ。星乃のせいじゃないだろ。この指輪は、もともと君の身を守るために作ったものだから。なくしたなら、また作ればいい」それでも星乃が俯いたままでいるのを見て、律人は少し身をかがめ、彼女の頬を両手で包むと、額にそっとキスをした。「僕がいないときは、自分のことをちゃんと守れよ。何よりも、自分の身の安全を一番に考えて」星乃は笑って、彼の頬を軽くつまんだ。「律人もね。今回ここに来てから、前より顔色がよくない気がする」星乃は瞬きもせず、律人の顔をじっと見つめた。そして間近で彼の瞳を見た瞬間、わずかに目を見開いた。気のせいかもしれない。けれど、律人の目には赤い血管がいくつも浮かんでいて、瞳の感じも以前とは少し違って見えた。「目が……」星乃がもっとよく見ようとすると、律人は視線を逸らした。星乃は彼の顔を両手で押さえ、焦ったように言った。「やっぱり、目が前と少し違う気がする。ちょっと見せて」律人の顔が、再び星乃のほうへ向けられる。星乃がじっくり見ようとしたそのとき、律人が手を伸ばし、その手のひらで彼女の目を覆った。温かな手のひらの感触が、肌越しにまぶたへ伝わってくる。星乃は思わず息を止めた。律人は強く押さえているわけではない。指の隙間から、ぼんやりと光が差し込み、その
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第555話

電話を受けた星乃は、一瞬呆然とした。顔から笑みが少しずつ消えていく。「どうした?」電話を切ると、律人は星乃の様子がおかしいことに気づいた。星乃はぼんやりと彼を見つめた。「登世おばあちゃんが……亡くなった」……星乃は瑞原市へ戻る一番早い便のチケットを取った。エコノミークラスに空席がないと分かると、迷わず追加料金を払ってファーストクラスを取った。飛行機に乗ると、また悠真と鉢合わせた。悠真の目は少し赤くなっていて、悲しみを必死にこらえているようだ。いつも以上に険しい顔つきで、全身から人を寄せつけないような冷たさが漂っている。星乃が自分の席を確認すると、ちょうど悠真の隣だった。前の時は偶然なのか分からなかったが、今回は本当に偶然だった。ファーストクラスの二つの席はそれほど離れていない。星乃は隣にいる悠真の様子を、目の端で自然と捉えてしまう。悠真はずっと窓の外を見ていた。ぼんやりしているようにも見える。けれど星乃には分かっていた。これは、悠真がひどく悲しんでいる時に見せる反応だ。登世は本当に優しい人だった。たった五年間一緒に過ごした自分でさえ、こんなにも悲しい。悠真にとっては、なおさらつらいはずだ。大切な家族を亡くしたのだから。以前、雅信の容体が悪くなったときも、悠真は同じような状態だった。あの頃、悠真が辛そうにしていることに気づいて、なんとか気を紛らわせようと、いろいろと気を配った。その後、雅信は無事に危険な状態を脱した。けれどその一方で、母は手術中に容体が急変し、そのまま手術台の上で亡くなった。あの時、悠真はどうしてくれたっけ……悠真は何度も「ごめん」と繰り返してくれた。そして母が亡くなって間もない頃、父の正隆が綾子と美優を家に連れて帰ってきた。それを知った悠真は激怒し、何としてでも自分のために筋を通そうとしてくれた。あの頃、途方に暮れていた自分の前に、悠真は光のように現れてくれた。何度も、自分を温めてくれた。たとえ隣にいるのが見知らぬ人だったとしても、こんな状況にいると知れば、自分だって一言二言、声をかけていたはずだ。ましてや、相手はかつて本当に好きだった人なのだから。星乃は少し考え、悠真のほうへ顔を向けて小さな声で言った。「……大丈夫?あまり無理しないでね」悠真は振り向きも
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第556話

星乃は声のしたほうへ顔を向けると、遥生が大股でこちらへ歩いてくるのが見えた。遥生は星乃の前まで歩み寄り、何気なく彼女のスーツケースを持ち上げた。「どうして来たの?」星乃は少し驚いて尋ねた。「律人さんから、今夜予定より早く戻ってくるって聞いたんだ。こういうことなら、先に一言言ってくれればよかったのに」遥生は軽く笑ったが、その口調に責めるような響きはなかった。「帰ろう」そう言って、遥生は歩き出した。星乃は悠真のほうを一度見た。遥生が冬川家で何があったのか知らないのだと思い、説明しようとした。「冬川家のことなんだけど……」最後まで言う前に、遥生が言葉を遮った。「聞いてる。でも、今の星乃はもう冬川家の人間じゃない。弔いに行くとしても、今このタイミングで……」遥生は悠真を一瞥してから、続けた。「彼と一緒に冬川家へ行くのは、やっぱりよくない。明日、僕と一緒に行こう」そう言われて、星乃は一瞬言葉を失った。遥生の言うことはもっともだった。今の自分は冬川家とはもう何の関係もない。すでにきっぱりと縁を切っている以上、部外者の自分が今から冬川家へ行くのは、確かにふさわしくない。さっきは突然の知らせに頭が真っ白になって、そこまで考える余裕がなかった。それでも、冬川家にいた頃、自分に一番優しくしてくれたのは登世だった。冬川家の誰もが自分を好いてくれない中で、何度も抱えきれなくなった気持ちを受け止めてくれたのは、登世だった。だからこそ、最後に何かしてあげたかった。悠真も星乃の迷いに気づいたのか、喉を詰まらせながら言った。「星乃、よく考えてみろ。あの頃、おばあちゃんが一番可愛がってたのはお前だ。実の孫娘みたいに思ってた」「でも、実の孫娘じゃない」星乃が何か言う前に、遥生がその言葉を引き取った。「本当の孫娘だったなら、あんなに長い間、冬川家で苦しめられることもなかったはずだ。それに……」遥生は星乃を見た。そして、星乃に言い聞かせるように続けた。「登世おばあさんが亡くなったことは、もうマスコミにも伝わってる。今、星乃があの場に行けば、それだけでマスコミに好き勝手書かれる材料を与えることになる。何を書かれるか分からない。少しは律人さんの気持ちも考えたほうがいい」律人の名前を出されて、星乃もようやく我に返った。遥生の言っていることも、決して間違
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第557話

星乃は、あれから今に至るまで、まだ気持ちの整理がついていなかった。先ほど、遥生が悠真に言っていたことを思い出し、少し考えてから説明した。「おばあちゃんだって、私があの人たちに好き放題されるのを黙って見てたわけじゃないよ。ただ、おばあちゃんにもどうにもできないことはあったの」遥生は黙ったまま、何も言わなかった。ちゃんと聞いてくれたのかは分からなかったが、星乃もそれ以上は何も言わなかった。しばらくして、星乃がぼんやりしてしまうほど時間が経ってから、遥生が口を開いた。「どうして悠真と一緒に帰ってきた?」星乃はまだ気持ちを引きずっていて、頭がうまく回らなかった。二秒ほど経って、ようやく質問の意味を理解した。「飛行機でたまたま一緒になったの」「そんな偶然ある?」遥生は少し間を置いて聞いた。その声に疑うような響きがあるのを、星乃は感じ取った。遥生が、自分と悠真にあまり近づいてほしくないと思っていることも分かっていた。以前の星乃なら、きっと躍起になって彼を安心させ、疑いを晴らそうとしただろう。けれど今日は、少し疲れていた。体も心も、もうあれこれ説明する気力がなかった。星乃は頷いた。「向こうに出張に行ってて、帰りにたまたま一緒になったの」それだけ言って、それ以上は説明しなかった。星乃が疲れていることに気づいたのか、遥生もそれ以上は聞かなかった。二人は道中、ほとんど言葉を交わさなかった。それでも、遥生の中にあった疑いが消えたわけではない。少し前、悠真と星乃が一緒に空港にいる写真が出回ってから、今では二人が復縁するのではないかという噂が周囲で広まっていた。最初はさほど気にしていなかったが、今日、空港に現れた星乃が悠真と親しげにしているのを見て、遥生はひどく心配になった。このまま星乃が間違った道を選んでしまうのではないかと、怖かった。遥香と彩花も、どうやらあらかじめ事情を聞いていたらしく、星乃が帰ってきても何も聞かなかった。星乃は部屋に戻ると、ベッドに横になった。一晩中飛行機に揺られた疲れと、心にかかった重圧で、もうくたくただった。それなのに、翌朝になっても眠ることができなかった。目を閉じるたびに、あの頃の登世が優しく自分の手を握り、にこにことこちらを見つめていた姿や、冬川家の人たちに責め立てられた自分を迷うことなく
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第558話

空はどんよりと曇っていた。弔問に訪れた人々は喪服に身を包み、冬川家全体が重苦しい空気に包まれていた。星乃が中に入ると、弔問客に応対している冬川家の人たちが目に入った。「来るのが遅いじゃない!昨日電話したでしょ」星乃が入ってくるなり、花音が目を赤くして歩み寄ってきた。しゃくり上げながら言った。「おばあちゃんは昔から星乃のことを一番かわいがっていたんだよ。それなのに、こんなに遅く来るなんて、おばあちゃんが悲しむと思わないの?」花音の口調には、責めるような響きがあった。けれど、言い終えると、こらえきれなくなったように星乃に抱きつき、堰を切ったように泣き出した。自分でも、なぜこんなことをしたのかわからなかった。ただそのときは、どうしても星乃に抱きしめてほしかった。昔のように、優しい声でなだめてほしかった。昨夜、兄の悠真が帰ってきたとき、彼は一言も発さず、ずっと黙り込んでいた。怒るわけでもなく、悲しむわけでもなく、取り乱すこともなかった。ただ、妙に落ち着き払っていた。けれど、その姿が花音にはかえって不気味だった。何かが、いつの間にか変わってしまった。そんな気がしてならなかった。その変化が怖くてたまらなかった。今まで感じたことのない不安に襲われ、どうしていいのかわからなかった。星乃に抱きしめてもらえたら、少しは気持ちが落ち着く。そんな気がしたのだ。「花音、こんなところで何をしているの?」花音が星乃にしがみついて泣いていると、母親の佳代がいつの間にかそばまで来ていた。佳代は花音を引き離し、冷ややかな目で星乃を見た。星乃が悠真と離婚してからというもの、佳代は星乃に冷たい態度を取り続けていた。花音も、それはよくわかっていた。結衣が刑務所に入ったあとも、佳代の星乃に対する態度は変わらなかった。以前、花音が星乃と悠真を復縁させようとしたときも、佳代はそれを知った途端、不快感をあらわにした。「冬川家に嫁ぎたい女なんて、いくらでもいるわ。星乃や結衣より条件のいい女性だって、瑞原市には掃いて捨てるほどいるのよ。冬川家が、たかが女ひとりに振り回されるなんて、あってはならないことよ」あのとき、花音は母に言い返したかった。母の言うことは、どこか違う気がしたからだ。以前の花音も、星乃の代わりに別の女性が冬川家の妻になったところ
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第559話

星乃が振り返ると、二人の女性がすぐ後ろで、まだ顔を寄せ合ってひそひそと話していた。星乃の視線に気づくと、二人は気まずそうに口をつぐんだ。前を向き直した星乃は、すぐ隣から視線を感じた。顔を上げると、悠真がそばに立ち、こちらを見ていた。屋敷に入って登世の姿を目にしたときから、星乃は悲しみでいっぱいだった。周りのことなど気にする余裕もなく、悠真がどこにいるのかさえ目に入っていなかった。だから、彼が最初からそこにいたのか、それともいつの間にか近くまで来ていたのか、わからなかった。一瞬、目が合った。けれど、先に視線をそらしたのは悠真だった。まるで、今のは星乃の気のせいだったとでもいうように。悠真の黒い瞳は、ひどく冷ややかだった。底の見えない深い水のように、何の感情も読み取れない。彼が何を考えているのか、星乃にはわからなかった。「ありがとう」少しして、悠真はほかの弔問客に接するのと同じように、軽く頭を下げた。礼儀正しく、どこまでもよそよそしい態度だった。まるで、初めて会った相手に礼を述べているかのように。二人の間に何があったのかなど、もう関係ないと言わんばかりに。星乃も軽く頭を下げて応じた。たったそれだけのやり取りだった。それなのに、二人の様子は周囲の人々の間でちょっとした話題になっていた。【ねえ、さっきの星乃の目、見た?まだ悠真のことが好きなんじゃない?】【そう?私にはそこまでわからなかったけど】【だって、何とも思ってないなら、わざわざ冬川家まで来ないでしょ。悠真に会いたかったんじゃないの?】【登世さんの株が目当てだったんじゃない?】【でも、あの株はもう返したって聞いたよ】【えっ、返したの?登世さんの株を持っていれば、冬川家での発言力だって相当なものなのに?】【それだけ悠真のことが忘れられないってことじゃない?】……けれど、そんな噂が外にまで広まることはなかった。ごく親しい人たちの間だけで、ひっそりと盛り上がっていた。星乃はもともと、こうした人々の付き合いとは縁がなかった。だから、自分についてどんな噂が立っているのかも知らなかった。帰ろうとしたところで、佳代に呼び止められた。「少し話があるの」佳代の声は冷たかった。冬川家にこれほど大きな不幸があったというのに、佳代は少しも取り乱して
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