Semua Bab 真夏の夜の別れ: Bab 11 - Bab 20

21 Bab

第11話

3年前、染花は柚葉の手を切り落とすという狂気の行動に出た。そのとき彼女が賭けたのは-――鷹真が、それに「感動」するという可能性だった。なにせ、彼は狂気と冷酷を併せ持つ男。そんな彼ならば、常軌を逸した愛の証明に、心を動かされるかもしれない。そして、彼女は賭けに勝った。怒りを晴らし、嫉妬してやまなかった柚葉を傷つけただけでなく、鷹真という男をついに「手に入れた」のだ。今回も、彼女は賭ける。「あなた……じゃなくて、夜月さん、すぐに身分証明書を持ってくる。少しだけ待ってて」3年間住み慣れた別荘、彼女は慣れた足取りで寝室に向かい、身分証明書を手に取ると、そのままバスルームへ。数分後。出てきた彼女の表情は、すでに確信に満ちていた。なぜなら、彼女は確かめたからだ――自分には「切り札」がある、と。たとえ今日、離婚することになったとしても、自分と鷹真は、もう二度と離れることはできない。いつか彼が今日の自分の忍耐と犠牲を思い出す日が来る。そのときには、きっと倍の愛情と補償が返ってくるに違いない。車が発進し、役所へ向かった。鷹真は既に秘書に、柚葉の身分証明書を取りに行かせていた。彼の権力と腕前をもってすれば、特例で即日離婚も再婚もできる。3年前と、まったく同じように。離婚手続きはスムーズに進み、あっという間に二通の離婚の事実が記載された戸籍謄本が差し出された。たとえこれが「戦略的離婚」だったとしても、染花の目にはうっすらと涙が滲んでいた。やはり、未練がある。だが鷹真はそんな彼女を見ても、何の感情も示さず、冷たく言い放った。「もう帰っていい。今夜中に荷物をまとめてそこを出てくれ。秘書が20億を渡すよ。それだけあれば、十分に暮らしていけるはずだ」染花は胸の痛みを堪えながら答えた。「分かった。ありがとう、夜月さん……」20億円は庶民にとって莫大な金額だ。だが、彼のような兆社長と暮らしてきた彼女にとって、それはあまりに小さい額だった。彼女が今従順に見えるのは、すべて後の「逆転劇」のためだ。切り札を握っている自分は、いずれ誇らしく戻ってくる。染花が去ってしばらくして、秘書が柚葉の身分証明書を持ってきた。鷹真の冷たい表情が、ふっと和らいだ。「柚葉は家にいるか?」秘書は丁寧に答える。「夏見さんは家にいません。使用人
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第12話

柚葉が身分情報を抹消した?鷹真の最初の反応は、信じられないというものだった。彼らはあれほど愛し合っていた。彼女が彼に隠してこんなことをする理由なんて、あるはずがない。だが、問い詰める言葉が口をついて出そうになったとき、ふとあることを思い出した。あの深夜、彼が染花を探しに出かけようとした。振り返ったとき、柚葉の目に映ったのは、波一つ立たない死水のような無表情だった。それから、彼が染花を使用人として連れて帰ったときのこと。柚葉の目にはあまりにも多くの感情が浮かんでいたが、最終的には、淡々と「分かった」と答えた。……もしかして、あの時から彼女は、すべてを知っていたのではないか?その考えが浮かんだ瞬間、鷹真の手が微かに震えた。かつて怖いものなしの彼の心に、初めて「不安」が湧き上がった。彼は自分を無理に落ち着かせ、冷静に言った。「……本当に抹消されているなら、新しい身分情報を調べろ。できるだけ早く」そう命じると、すぐに車を走らせ、家に向かった。彼には数え切れないほどの不動産があるが、「家」と呼べる場所は、たった一つ。柚葉と5年間共に暮らしてきた、あの別荘だけだ。家の中は、一見すると変わった様子はなかった。あの豪華なジュエリー、数え切れないドレスもそのまま。彼が彼女に贈ったプレゼントも、すべて元の場所にあった。しかし、鷹真は微細な違和感に気づいた。彼女の日用品がない。洗面台のコップから歯ブラシも消えていた。柚葉は、あるブランドの歯ブラシしか使わなかった。かつて笑いながら、こんなことを言った。「歯ブラシと恋人だけは、他人と共有しちゃダメなの」と。その時、鷹真は泡だらけの彼女にキスをして答えた。「もちろん。俺は、永遠に君だけのものだよ」……だが、彼は約束を破ったのだ。胸の中に、恐慌が押し寄せてきた。そのとき、彼の目に、書斎の机で何かがキラリと光った。近づいて見て、彼の瞳孔が一気に縮んだ。それは、彼が柚葉に贈った指輪だった。だが、その指輪には、わずかに「血の跡」がついていた。柚葉が……傷ついた?いつ?なぜ?どうして彼は何も知らなかった?「社長、ご依頼の指輪をお持ちしました」秘書が駆けつけ、メンズの指輪を届けた。内部にはレコーダーがあり、過去の音声を再生すれば、何があったかが分かるか
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第13話

真実は、すぐに鷹真のもとに届けられた。事件当日の監視映像には、柚葉が別荘の入り口で気絶させられ、連れ去られる姿がはっきり映っていた。彼女が全身傷だらけで、足を引きずりながら別荘に戻ってきたのは、その夜になってからだった。髪はまるで犬に噛まれたように不揃いに短く切られ、ドレスには鮮やかな血の痕が広がっていた。その後間もなく、彼女は小さなスーツケース一つだけを持ち、別荘を去った。その背中は、決意に満ちていた。彼女は一度も振り返らなかった。鷹真は震える手で、画面に映る柚葉の姿をなぞるように撫でた。彼の目は真っ赤に染まり、ついに涙が零れ落ちた。「……ごめん、柚葉……君は俺の宝物だったのに……俺は、なんと君を傷つけてしまった……」あの九十九回の鞭打ちは、すべて彼自身の手によるものだった!さらに、彼は彼女に薬を盛らせ、百人の乞食に――鷹真は突然胸を押さえた。その痛みは、まるで生きたまま肉を削がれるようだった。もし、あのときそれが柚葉だと分かっていれば、絶対に、絶対にあんなことはしなかった!自分を傷つけても、柚葉だけは決して傷つけたくなかった!罪悪感に押しつぶされそうになった瞬間、彼は口から血を吐き出し、苦しみでもがいた。「柚葉の……新しい身分、調べられたか?」彼の声は弱く、それでも必死だった。これは自分の過ちだ。あまりにも、大きすぎる過ちだった!彼は、何としても柚葉を取り戻すと心に誓った。「調……調べられませんでした……」秘書は視線を落とし、顔を上げることができなかった。「向こうから、『夏見さんの個人情報は開示できない』と断られました」鷹真は一瞬、言葉を失った。彼ほどの権力を持つ人間が、たった一人の身元を調べられないとは?「個人情報」などという言い訳は、誰かが意図的に彼に知らせないようにしているという意味だった。しかも、その「誰か」は、彼と同等か、それ以上の力を持つ存在だ。そのため、関係機関も恐れて情報を渡さないのだ。鷹真には信じがたかった。柚葉の家柄はごく普通、多少のデザインの才能があり、業界に少し人脈はあったが、今はすでにデザイナーも辞めている。彼女の最大の肩書きは、「夜月鷹真の妻」だった。彼女が姿を消して、わずか3日。いったい誰が、彼女を守っているというのか?一方、染花のこ
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第14話

「妊娠したの、夜月さん。私のお腹の中には、私たちの子どもがいるのよ!」染花は顔を上げ、鷹真の目に喜びの色が浮かぶのを必死に探そうとした。「ずっと子どもが欲しいって言ってたじゃない?今、その子は私のお腹の中にいるの。私がこれまでやってきたことは、全部夜月さんを愛していたから……赤ちゃんのためにも、許して……あっ!」突如、染花は耳を裂くような悲鳴を上げた。まるでネズミの尻尾がドアに挟まれたかのような叫びだった。彼女は自分のお腹を信じられないような目で見下ろした。鷹真の足が、容赦なく彼女の腹を踏みつけていた。しかも、それをぐりぐりと押し付けていたのだ。「柚葉が産んだ子どもだけが、俺の子と呼べる。お前の腹の中にあるのは、ただの腐った肉塊だ」彼の目には、驚きも、憐れみも、一切浮かばなかった。まるで気持ち悪いことを聞いたように顔をしかめていた。鷹真は兆の資産を持つ名実ともに成功者。子どもを望まないはずがない。だが、彼は柚葉を深く愛しすぎていた――だからこそ、彼女に一片の危険すらも許せなかった。いかに医学が進歩しても、出産は常に命がけだ。羊水塞栓などが起これば、ほぼ助かることはない。だからこそ、彼は子どもを諦めても、彼女の安全を優先した。「社長、鞭をお持ちしました。塩の他に、メンソールと唐辛子水も塗ってあります」秘書が早足で入ってきて、恭しく一本の鞭を差し出した。染花の顔から血の気が引いた。その鞭は、以前ナイトクラブで柚葉に使ったものよりもさらに太く、無数の返し針がついていた。見るだけで全身が震えた。「やめて!」彼女は恐怖に駆られ後ずさったが、逃げ場はなかった。「パシッ!パシッ!パシッ!」最初の三発は容赦なく腹を打ち据えた。長く裂けた傷口は、まるで帝王切開の痕のようだった。激痛に意識が飛びそうになりながらも、染花は絶叫し続けた。九十九発が終わる頃には、彼女はすでに瀕死。下には血が広がり、悪夢がようやく終わったかと思ったそのとき――鷹真の声が氷のように響いた。「乞食を百人集めろ。今日はこれで終わりだが、明日も同じように九十九発の鞭打ちと百人の乞食を用意しろ。これから毎日、同じようにやれ。柚葉が受けた苦しみは、何千倍、何万倍にもして返してもらう」鷹真は胸を締め付けられるような痛みに襲われた。こ
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第15話

飛行機の中で、客室乗務員が何度も柚葉に声をかけてきた。あまりにも顔色が悪かったからだ。「大丈夫です、ありがとうございます」彼女はなんとか笑顔を作り、そう答えた。体にはトレンチコートを羽織り、全ての傷を覆い隠していた。顔の傷もファンデーションで丁寧に隠した。髪も空港近くで整えてきたため、不自然さはなかった。セレーヌに着くまでは、安全とは言えない。だからこそ、彼女は必死で普通を装った。彼女の視線は、微かに震える両手に落ちた。唯一救いだったのは、あの地獄のような拷問の中で、両手がきつく縛られていたこと。だから、手だけは無傷だった。この手だけは、絶対に守らなければならない。長いフライトの末、ついに飛行機はセレーヌに到着した。入国審査を無事に終えたとき、柚葉はようやく深く息をついた。生き延びた。そう思えた瞬間だった。荷物を取って出口へと歩いていく途中、不意にある若い女性が目に入った。彼女は淡いブルーのジーンズに白いTシャツ、軽やかなポニーテールを揺らしながら歩き、背中には気楽そうなキャンバスバッグ。その姿は自信に満ち、太陽のように明るく自由だった。柚葉の唇が、思わずふわりとほころんだ。あの子、昔の私みたい。鷹真と出会う前の、自分らしかったあの頃の彼女。彼女は優しい目で、その少女の背中を見送った。「これからは、自分を取り戻せますように」と、そんな願いが心に浮かんだ。だが、視線を外そうとしたその瞬間、少女のバッグの金具に、鋭い光が反射するのを見た。そこには、鬼のような形相の女がナイフを持って突進していた。その鋭い刃先は、まっすぐ少女の背中を狙っていた。柚葉の息が止まった。記憶が、一瞬にして3年前へと引き戻された。あの日、彼女も同じように、机の上の写真立ての反射光に気づいた。そして次の瞬間、染花がナイフを振り上げて突っ込んできた。迷いもなく、彼女の手首を斬りつけた。あの一撃が、彼女を地獄へと叩き落とした。あと少しで、すべてを失うところだった。あの時は本当に痛くて、あまりの痛さに……だからこそ、似たような暴力が目の前で起きようとする今、柚葉はどうしても黙って見ていられなかった。理性よりも先に体が動いた。自分でも驚くほどのスピードで少女を引っ張り、その場から引き離した。
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第16話

鷹真は、光京市の上流社会で有名な御曹司。だが、その光京市政商界では、こんな言葉がささやかれていた。――「もし朝倉静真が国内にいれば、夜月鷹真はせいぜい第二位だ」鷹真のような狂気じみたカリスマとは対照的に、静真は典型的な名門エリート。冷静沈着で抑制の効いた振る舞い、そして端正な容姿と気品を兼ね備えていた。彼が率いる朝倉グループは、その資産と権力において夜月グループをも凌ぐと評判だ。ただ、近年は朝倉グループのビジネスの重心が海外に移っており、彼自身もあまり帰国しなくなっていた。「……実は、お願いしたいことが一つあるんです」柚葉は、乾いた唇をそっと舐めた。すぐさま、女の子が水を注いで差し出した。そのとき、部屋の外からノックの音が三度、響いた。入ってきたのは、一人の若い男性。高身長で整った顔立ち、清冷な雰囲気の中にも陽光のようなあたたかみがにじんだ。「お兄ちゃん!」と女の子が笑顔で紹介した。「彼が私のお兄ちゃん、朝倉静真です。私は朝倉礼香(あさくら れいか)です。あ、そうだ、あなたのお名前、まだ聞いてなかったですよね?命の恩人さん、何てお呼びすればいいですか?」「秋月(あきづき)でいいです」それは、柚葉が新たに名乗るために選んだ名前。夏のあとに来る、実りの秋。苦難を超えた自分に、希望を込めた名前だった。「秋月さん」静真が静かに口を開いた。低くて優しい声が、耳に心地よく響いた。「妹を助けてくださって、ありがとうございます。お願いは一つどころか千個でも、俺にできることなら、どうか何でも仰ってください」「お兄ちゃんがそう言うんだから、もう間違いなしですよ」と礼香が弾む声で言った。「この世で彼にできないことなんてないんですから!」もう迷う理由はなかった。「……私、今回国外に出たことで、身元や行き先を調べられるかもしれません。もし可能でしたら……私に関するすべての情報を秘匿していただけませんか?」「もちろん可能です」静真は穏やかにうなずいた。「秋月さんは、ここで安心して静養してください」その語り口はどこまでも淡々としているのに、不思議なほど説得力があった。まるで、彼の言葉だけで周囲の空気が変わるようだった。柚葉の胸にあったわずかな不安も、すっと消えていった。これで、鷹真がどれだけ探しても、彼女を見つけるこ
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第17話

違っていたのは、礼香が運よく傷つかずに済んだこと。もっと違っていたのは、彼女がその幼なじみに対して何の恋愛感情も持っていなかったことだった。「みんなは当然のように、私たちはそのうち付き合うものだと思ってたけど……私は全然興味ないわ。恋愛とかってめんどくさいじゃない?人間って、まずは仕事を頑張るべきだと思うの」そう言いながら笑う礼香には、いわゆる「お嬢様」らしさなどまるでなかった。服装も飾らず、自分が心地よいと思うものだけを身に着けていた。その瞬間、彼女全体がまるで光を放っているように見えた。柚葉は、思わず微笑んだ。心の底から、彼女の生き方に敬意を抱いたのだ。たくさんの個人的なことを話してくれた礼香は、やがて柚葉の義手に興味を持ち始めた。少しだけためらった後、柚葉は語り始めた。「礼香の話を聞いていて、ちょっと似てるなって思ったの。私はデザイナーだったんだけど、夫の熱狂的なストーカーに右手を切られて……これは義手よ。でも、あとになって気づいたの。夫はその女と付き合っているんだ。私が夢を追い続けるより、不完全なままで彼のそばにいてほしかったんだって。だから、私は逃げた。左手で、もう一度夢を追い始めたの」鷹真の正体と、自分が名前を変えたこと以外、柚葉はほとんどすべてを正直に話した。人と人との相性というのは本当に不思議なもので、彼女たちはまるで長年の親友のようにすっと心を通わせた。礼香は怒りを隠さず、「その男、最低!」と声を荒げた。同時に、そんな状況から立ち直った柚葉に、深い敬意を示した。「そっか、それで……他人に身元を知られたくなかったんだね」ふと思い至ったように礼香が言った。「秋月さん、今回セレーヌに来たのは、もしかしてデザインコンテストに出るため?」柚葉は一瞬驚いた顔をして、うなずいた。「すごいじゃん!」と礼香は目を輝かせた。「絶対、現地に応援に行くからね!」1週間後。柚葉の体はようやく落ち着いてきた。まだ傷跡は残っていたし、痛みもあったが、服を着てしまえば外見ではほとんどわからなくなった。礼香は何度も「うちに泊まって!」と勧めてくれたが、柚葉は丁寧に断った。彼女の誠意は疑っていなかったが、あれほどの大豪邸での生活は、今の自分には見合わないと思ったのだ。せっかく手に入れた新しい人生。その一歩一歩を、
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第18話

セレーヌデザインコンテストは世界中から参加者を募る大規模な大会で、出場者も各国から集まっていた。その中でも優勝候補として名が挙がっていたのが、地元セレーヌ出身の選手――ヴィヴィアンだった。彼女は「国民の初恋」と呼ばれる愛らしい顔立ちに、スーパーモデルのような抜群のスタイル、そして名家の出身という華やかなプロフィールを持っている。その圧倒的な条件から、多くのファンを魅了していた。彼女はあらゆる面で優れており、本来ならこのようなコンテストには出場しないはずだったが、密かに想いを寄せる相手のために、例外的に参加した――そんな噂が流れていた。柚葉も他の出場者たちと同じように、そんなヴィヴィアンに強い関心を抱いていた。だがヴィヴィアンはというと、どこか高慢で、人と話すときも決して目を合わせようとはしなかった。コンテストは順調に進み、残すは最後の一枠というところで、まだ登壇していないのは柚葉とヴィヴィアンの二人だけだった。主催者側は話題性を狙って、二人を同時にステージに上げるという演出を仕掛けてきた。柚葉は深く息を吸い込み、舞台に足を踏み出した。観客席はすでに満員だったが、過度な緊張はなかった。第一列に座る礼香がにっこりと応援してくれているのが見え、柚葉もつい微笑んでしまった。……だが、審査員席の中央に座る人物を見た瞬間、その表情が一瞬固まった。朝倉静真だった。まさか、彼がこのコンテストの審査員長だったとは。とはいえ、それも一瞬の動揺に過ぎなかった。柚葉はすぐに気持ちを切り替え、落ち着いた声で自らのデザインコンセプトを語り始めた。「私がデザインしたのは、一見シンプルなTシャツです。ですが、私はシンプルイズベストと思います。優れたデザインと適切な素材が合わされば、服は水のように自然で自由になります。その人の良さを最大限に引き出し、束縛されず、向上する力を与えてくれるはずです――」彼女は流暢なセレーヌ語で語っていた。かつて海外留学に備えてセレーヌ語を学び始め、その後も左手でデザインを続けながら練習を重ねてきた。今やその言葉は、まったく努力を感じさせないほど自然に聞こえた。彼女の誠実で力強いプレゼンテーションは、審査員のみならず多くの観客の心にも響いた。隣で立っていたヴィヴィアンは、鼻で笑うように軽く鼻息を鳴
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第19話

ヴィヴィアンの言葉が落ちた瞬間、会場はざわめきに包まれた。柚葉は、まさかヴィヴィアンがこのような形で自分のプライバシーを暴露するとは思ってもみなかった。しかしこれは、彼女がいずれは乗り越えねばならない壁でもあった。彼女はもう3年前の、才能を見せ始めた天才デザイナーの夏見柚葉ではない。彼女は無名の左手デザイナー秋月だ。成功とは、ピラミッドの頂点に向かって登るようなもの。孤独で、挫折に満ちている。それでもいずれ通る道であるなら――彼女は決して逃げない。「私は元々、右手でデザインをしていました。ですが手の事故をきっかけに、3年かけて左手で一からやり直しました。過去の実績を語らなかったのは、それがもう過去のことですから。自分は新しい成功を生み出すと信じています。疑い、調査、挑戦――どれも受け入れます。今ここで再びデザインすることでも構いません。何でもどうぞ!」その声は柔らかくも、力強かった。ヴィヴィアンはすぐさま、二枚のスケッチボードを要求した。「口では何とでも言えるわ。だったら今すぐ描いてみなさい!」だが、彼女の目の前で――柚葉は左手と義手の右手、両手にペンを取り、何の迷いもなく、スムーズな線を描き出していった。同じデザイナーである彼女には分かる。この滑らかで迷いのない線を描くには、どれほどの努力と時間が必要か。ヴィヴィアンの顔色がさっと曇った。だが、これ以上言葉を発することはなかった。会場は一瞬、静まり返った。次の瞬間、割れんばかりの拍手が響き渡った。誰もが、絶望から這い上がり、再び立ち上がった彼女の勇気に感動していた。静真も口を開いた。「他人の優秀さを認めることは、時に難しいです。だがそれはきっと、ヴィヴィアンさんがこれから学ぶべき課題でしょう」この準決勝を通じて、柚葉は一躍、注目の出場者となった。そして決勝戦では、準決勝で発表したTシャツのデザインを、実際の衣服として完成させる必要がある。布地を選び、修正を重ね、幾度も試作を経て――ついに、彼女の一着が完成した。ところが決勝戦の前夜。突然、彼女に関するネガティブなニュースがSNSのトレンドに急浮上した。その内容は「朝倉静真と関係を持ったことで、裏から支援を受けている」という悪質な内容だった。柚葉の心はわずかに沈んだ。この噂はコンテスト
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第20話

彼がそう言えば、部下たちは当然逆らえなかった。「承知しました、社長」「秋月さんの才能と性格からしても、自由に活動する方がずっと合っている。俺は秋月さんの選択を応援したいし、全力でサポートするよ」柚葉は少し感動した。だが、それ以上に申し訳なさを感じていた。「朝倉社長、実は……以前、私が妹さんを助けたのは、本当にただの偶然で……これまでたくさん助けていただいて、本当にもう十分すぎるくらいよ」静真は一瞬目を見開き、そして苦笑した。いつもは冷たく澄んでいた瞳が、今は翡翠のように柔らかく、優しい光をたたえていた。「秋月さん、どうやら俺のことを少し誤解しているようだね。はっきりさせておきたい。俺は品のある、正常な男性だ。だから、秋月さんのような勇敢で強くて才能があって、優しくて可愛くてそれに美しい女性に、抵抗できるわけがない。君を初めて見た瞬間から好きになった。そしてその想いは、日を追うごとに深まっていった。公の立場でも、私的な気持ちでも、俺は君を助けたい。もし君がこれからも、俺にそうするチャンスを与えてくれるのなら、感謝してもしきれないし、一生をかけて守っていきたいと思っている」柚葉の顔がゆっくりと赤くなり、思わず笑いそうになった。どうしてこの人は、こんなに真面目な顔で告白を、ビジネスみたいに話せるんだろう?けれど不思議と、その率直さが心地よい。確かに彼は彼女を好きだと言った。だがそれは鷹真のように、所有したがる愛ではない。相手のありのままを尊重し、もっと輝けるようにそっと背を押す――それが静真の愛の形であり、柚葉がずっと夢見ていた愛の姿だった。……ただ、今はまだ、恋愛のことを考える余裕がない。静真は、彼女の戸惑いにすぐ気づいた。「大丈夫、突然すぎたね。無理に応える必要はないよ。今はただ君がしたいことだけを、思いっきりすればいい」柚葉の鼻が少しツンとした。彼女は静かにうなずいた。その時、「秋月さん、ここにいたのね。今日は優勝したのだから、みんなでお祝いしなきゃ!」礼香が満面の笑みで控室に飛び込んできた。「三人で行こうよ、ね?」柚葉は笑ってうなずいた。静真は、まるで奇跡の援軍でも見たかのように、妹に感謝の眼差しを向けた。三人は朝倉グループ傘下のミシュランレストランへ。柚葉はふと、前回ミシュランで食事した
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