結婚して五年目、西園柚葉(にしぞの ゆずは)は、四年間育ててきた息子の蒼真(そうま)が自分の実の子ではないことを、ようやく知った。病院の医師のオフィスの外で、柚葉は偶然、夫の西園直樹(にしぞの なおき)と主治医の話を耳にした。「西園さん、お子さんは特殊な血液型ですから、できれば早めに実のお母様を病院にお呼びください」直樹は苦しげに眉間を押さえ、「分かった。できるだけ早く手配する」と答えた。その瞬間、頭の中で「キーン」と耳鳴りがして、まるで雷に打たれたみたいに思考が真っ白になった。実の母親?私こそが蒼真の母親のはずなのに――柚葉は扉の外にしばらく立ち尽くしたまま、ふたりの会話の意味を必死に繋ぎ合わせた。あの「一生お前を愛して守る」と誓った男は、結婚前から裏切っていたのだ。しかも、彼女の子どもをすり替えていた――なぜ、そんなことを?ふたりは幼なじみで、一緒に育ってきた。柚葉は直樹と結婚するため、自分のキャリアまで捨てて、専業主婦になる道を選んだ。あのとき直樹は、涙ぐみながら膝をつき、「柚葉、お前はこんなにも犠牲を払ってくれた。俺は絶対にお前を裏切らない」と誓った。その誓いの言葉がまだ耳に残っているのに、現実は、柚葉にこれ以上ないほど残酷な仕打ちをした。朦朧としたまま病室へ戻ると、柚葉の胸は細い糸で締め付けられるように痛み、息ができないほどだった。もう、蒼真の顔を見ることさえできなかった。このままでは、きっと衝動的にDNA鑑定をしてしまう。いや、それ以上に、自分が取り乱して誰かに笑われるのが怖かった。柚葉は、もうその場にはいられず、病院を飛び出した。ちょうどそのとき、病院の玄関で兄の朝倉慎一(あさくら しんいち)が車から降りてきた。柚葉の動揺した様子を見て、慎一は慌てて彼女の腕をつかむ。「柚葉、そんなに慌ててどこに行くんだ?蒼真は?様子を見に来た」蒼真が病気になって以来、家族みんなが心配し、慎一も国際会議をキャンセルして夜通し帰国してくれたのだ――柚葉の両目は真っ赤に腫れ、涙があふれ出てくる。「お兄ちゃん、お願い。調べてほしいことがあるの」「何だ?」「蒼真が……」柚葉は泣きはらした目で顔を上げ、かすれた声で言った。「私の子どもじゃないかもしれない……」……【柚葉、どこにいるんだ
Baca selengkapnya