花火ほど鮮やかじゃなくても のすべてのチャプター: チャプター 21 - チャプター 24

24 チャプター

第21話

「私は蔵の監視カメラを調べたのよ。そしたら、あの時に絵を壊したのは沙耶さんじゃなくて、真美さんだった。あんたは真美さんと不倫して彼女を連れていき、そこで作品を壊したんでしょ。それなのに彼女は自分の過ちを認めず、あんたは自分の妻に罪をかぶせた。私まで善悪の区別もつかない愚かな人間になってしまったじゃない!」「お母さん……それと子どもの教育になんの関係が……」達也は少しうろたえた。「じゃあ、あんたは知ってる?あの絵の作者が誰だったか。上の方の偉い人がその画家をとても気に入っていて、私はあらゆる手を尽くして、その巨匠にもう一枚描いてもらえないかと頼み込んだ。どんなに高額でも出すつもりだった。でも、きっと信じられないでしょうね。その『巨匠』の正体は、他でもない。あんたの前妻、沙耶さんだったのよ!」「沙耶……!?」達也は立ち上がることもできず、信じられないといった顔をした。真美も金切り声で叫ぶ。「ありえません!お義母さん、誰かに騙されたんじゃないですか?彼女が達也さんと八年も夫婦だったのに、どんな人間かご存じでしょう?ただの田舎出身の女で、何もできない人が、どうして名のある画家になんてなれるんですか?」「名画家はあくまで外の顔よ。もともと彼女は進学のチャンスもあったのに、颯太を妊娠して家庭に入らざるを得なかった。そのあとも家庭に入る道を選んだのは、夫と子どもを愛していたからよ。でも、それは彼女が無能だという証拠じゃない。むしろ、あんたはどうなの?高給取りの『育児コンサルタント』を名乗りながら、この家の子どもを台無しにしたのよ!よく見てごらんなさい。あんたの婚約者の本当の姿を!」節子は一束の書類を達也の目の前に放り投げた。学歴、資格証明、証人の証言、録音データ。そのすべてが、真美の「名門大学卒」も「育児コンサルタント資格」も、金で買った偽物であることを示していた。さらに、真美が外で友人とアフタヌーンティーを楽しんでいる動画もある。画面の中で、真美は仕上げたばかりのネイルを眺めながら、意地悪そうにこう言っていた。「なんで他人の子どもを育てなきゃいけないの?私が『まだ小さいんだから、勉強なんか必要ない。外で自然に触れさせたほうがいい』って言っておけば、達也さんなんてお人好しだから全部信じるの。正直、あの子のことなんてどうでもいいし、できる
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第22話

達也は息子を抱きしめようとしたが、颯太は怯えて身を引いた。「ごめんね、パパが悪かった」もう一度そっと腕を広げると、今度は颯太がそのまま飛び込んできて、声をあげて泣き始めた。「パパ!ぼく、もう後悔してる。真美先生なんていらない、ママがいい!でも、前にあんなふうにママをいじめて、ママの心を傷つけたぼくたちを、ママはもう許してくれないかもしれないよね?」颯太の泣き声が、達也の胸をぎゅっと締めつけた。「そんなことないさ。ママは俺たちのことをとても愛してる。絶対に見捨てたりしないよ。パパがすぐに一番早い飛行機を取るから、明日にはきっとママに会える」達也は颯太の涙をやさしく拭った。沙耶は、夫と息子のために何もかも捨てて家庭に入った人だ。あれほどまでに自分たちを愛してくれた人が、本当に自分たちを見捨てるはずがない。達也はそう信じていた。――ギャラリーは名士たちで賑わっていた。沙耶はようやく最後の客を見送り、残りは自由観覧の時間となった。彼女はそっとバルコニーに出て、一息ついた。陰になった一角には、慶介が立っていた。慶介は手の煙草をもみ消し、沙耶に歩み寄る。「疲れた?」彼女は驚いたような目をし、やがてあたたかい微笑みを浮かべた。「疲れたけど、すごく充実してる。前は家族の世話で疲れていたけど、あの頃は『幸せ』というより、いつも自分以外の誰かのことばかり気にしてた。自分がどこにいるのか、何のために生きてるのか分からなかった。でも今は、ちゃんと自分のために生きてる。満たされてるし、存在してる実感もある」夜風に吹かれて彼女の黒髪が揺れ、慶介はその横顔をじっと見つめていた。このところ、ふたりは誰よりも多くの時間を一緒に過ごしてきた。仲間でもあり、親友のような存在でもあった。ふたりは驚くほど息が合い、時には言葉を交わさなくても、ただ目が合うだけで気持ちが通じ合うことがあった。さらに、沙耶は自分と慶介の生活リズムや食の好みが驚くほど似ていることに気づいた。おかげで、ふたりは自然と「ごはん仲間」にもなった。慶介は料理が得意で、時々プロ級のレシピに挑戦するのが趣味だったから、沙耶は彼の家にご飯を食べに行くのがすっかり日課になっていた。こうして、たとえ会話がなくても、同じ空間にいるだけで心からリラックスできる。そのとき、背
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第23話

颯太はパパの手を握りしめ、胸を高鳴らせていた。初めてこんなに長い間、ママと離れて過ごし、こんなにも強く会いたいと思ったことはなかった。飛行機の中で、颯太はずっと想像していた。久しぶりにママに会えたら、きっと嬉しくて、昔みたいに、学校のお迎えのときみたいに、ママが駆け寄ってきて、ぎゅっと抱きしめてくれる――そう信じていた。今、彼は思いきりママに飛びつきたい気持ちでいっぱいだった。けれど、不思議なことに、ママがふたりを見つけた瞬間、想像していたような嬉しさはなく、むしろ眉をひそめて、一歩後ずさりした。「どうして来たの?」そこにあったのは、喜びではなく、戸惑いと拒絶だった。「ママ、パパと一緒に迎えにきたんだよ。もう真美先生は好きじゃない」沙耶は、小さな颯太の顔を見て、胸がじくりと痛んだが、以前のように心が押しつぶされることはなかった。彼女はもう、ふたりを手放す覚悟ができていた。「私は、あなたたちと一緒に帰るつもりはない」彼女の言葉は、静かで揺るがなかった。「まだ怒ってるんだよね。怒るのは当然だよ。でも、颯太はまだ小さい。どうしても君の助けが必要なんだ」達也は懸命に訴える。沙耶は、薄く笑った。「以前あなたは、私よりも他の女のほうが子育てに向いているといって、頑なに私を子育てから遠ざけたわよね。私がしていたことなんて、誰だってできる家事だって。じゃあ、どうして私じゃなきゃいけないの?」「俺が悪かった。君をたくさん傷つけて、本当にすまなかった……毎晩、自分のしたことを後悔してる。どうか、何でもいい、怒りが収まるまで好きにしてくれ……」達也の必死の訴えを、沙耶は静かに遮った。「達也、起きてしまったことはもう消えない。私たちはもう大人よ。自分のしたことに責任を持たなきゃいけない。軽い謝罪だけで過去の傷や過ちが消えるわけじゃない」颯太は泣きながら叫ぶ。「ママ、それじゃ、ぼくのことももういらないの?今度は絶対真美先生なんか選ばない。ぼくはママを選ぶ!」「私はあなたたちに、何度も何度もチャンスをあげてきた。でも、そのたびに、あなたたちは私の気持ちを踏みにじった。私は誰かの『選択肢』じゃないし、ずっと選ばれるために待っている存在じゃない。今の私は、やりたいことも夢も見つけたし、新しい人生を歩き始めてるの。だから、あなたが今
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第24話

「いいよ」慶介は何も言わず、沙耶が望むならどこへでも連れていくつもりだった。ふたりがたどり着いたのは夜の海辺だった。砂浜には夜の散歩を楽しむ人たちが何人もいた。慶介は車を浅瀬に停め、ふたりで波打ち際を歩き始めた。広い海を見つめているうちに、沙耶の心の陰りはすぐに消えて、気持ちまで晴れやかになっていった。沙耶は海辺の売店で何本かビールを買い、「今日はちょっとくらい羽目を外してもいいよね」と思った。缶のプルタブに手をかけたとき、慶介がさっと缶を取って、「プシュッ」と開けて彼女に渡してくれた。「時には、そんなに強がらなくてもいい。ちゃんと人に頼ることを覚えないと、自分ばかり苦しくなるよ」沙耶は笑って、ビールを受け取った。喉を鳴らして一口飲むと、キリッと冷えたおいしさが、心の中の最後の曇りも、さっと消してくれる気がした。海辺では誰かが花火をしていた。沙耶はしばらくじっとその光を見つめていた。すると慶介は大またでどこかへ歩いていき、しばらくして大きな袋いっぱいの花火を持って戻ってきた。少し挑発するような、からかうような口調で言う。「花火つけれる?」「これくらい、怖いことなんて何もないでしょ!」ふたりで全部の花火に火をつけた。最後には車の脇によりかかって、夜の海辺で何本もの花火が咲いては消えるのを、黙って見つめていた。ほんのり酔いの回った沙耶の頬は、真っ赤で、どこか少女のようにかわいらしかった。慶介は車のトランクへと向かい、新しい靴を取り出して沙耶の元に戻ってきた。沙耶は何が起きるのかわからず戸惑っていると、慶介は彼女の前に来て、すらりとした長身でそっと片膝をついた。それから、沙耶の片足をやさしく持ち上げて、高いヒールを脱がせる。「慶介さん、何してるの……?」「君が高いヒールを履き慣れていないと思って、来る途中でフラットシューズを買ってきたんだ。試してみて、合うかどうか」沙耶の耳は真っ赤になった。でもお酒の勢いもあり、素直に片足を差し出す。慶介は何事もなかったかのように、淡々と靴を履かせてくれた。温かな指先が足に触れるたび、くすぐったくて、胸が少し高鳴った。靴はぴったりだった。慶介は満足そうにうなずいた。「似合う」彼は目で見ただけで、彼女の靴のサイズが分かった。しかも、沙耶が高いヒー
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