「沙耶、今日の参観日は、真美さんも一緒に行くから、君は行かなくていいよ」白川達也(しらかわ たつや)の隣には、知的で上品に着飾った香坂真美(こうさか まみ)が立っている。白川沙耶(しらかわ さや)はスカートの裾を握りしめ、学校の参観日のためにわざわざ支度を整えていたことを言い出せずにいた。しかし、どんなに努力しても、真美の前に立つと、自分が色あせた存在に思えてしまう。ただそこにいるだけの影のような――そんな自分を思い知らされるだけだった。息子の颯太(そうた)が五歳になったとき、達也は高い報酬で育児コンサルタントの真美を家に招いた。それ以来、この家にはもうひとりの「女」がいる。沙耶と達也の結婚生活も、いつの間にか「三人で歩むもの」に変わっていた。最初は、沙耶の貧しい家柄を気にせず、家族の反対を押し切ってでも彼女を妻にしたいと決意してくれた達也。結婚後、彼女の家柄を侮辱するような噂話が聞こえれば、達也は必ず徹底的に相手に報復した。沙耶は信じていた――たとえ世界中が自分を見下しても、達也だけは絶対に自分を見下さないと。だが、真美が家に来てから、すべてが変わった。「真美さんは名家のご令嬢で、教養もあって上品だ。彼女に子どもの教育を任せられるから安心できるんだ」その言葉で、沙耶は初めて気づく。達也は心の奥底で、彼女の家柄を「卑しい」と感じ、「何ひとつ取り柄がない」と思っていること。――母親として子どもを導くことすら、許されていなかったのだ。達也が守ってきたのは、沙耶ではなく、自分自身のもろいプライドだった。真美には、さまざまな肩書きがある。海外帰りの才女、一流大学出身、育児心理の専門家――眩いばかりの称号が、沙耶の心をますますかき乱す。彼女が家に来てからは、沙耶が子どもに何か教えようとするたび、必ず横やりを入れてくる。そして達也は、いつも真美の意見を最優先する。次第に、達也と真美はまるで「夫婦」のように見え、颯太も真美にばかり懐いていく。沙耶だけが、この家の「よそ者」になっていった。そんな沙耶の額に、達也がキスを落とす。それから、どこかごまかすような口調でつぶやいた。「俺と真美さんで行けば、先生たちや他の保護者に子どもが見下されずに済む。君ならきっと、俺の気持ちを理解してくれると思う」
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