沙耶は目を細め、胸の奥に怒りが込み上げてきた。今は夜のアメリカ。慣れない土地にたどり着き、やっと荷ほどきを終えてシャワーを浴びて戻ってきたばかりなのに、達也からは一方的な罵声を浴びせられた。母親失格だと、そう言いたいのだろうか。達也も颯太も、あれほど「真美さんのほうがいい」と言ってきたくせに、だったら、最初から真美さんに子どもの世話を任せればよかったじゃない。もう離婚もした。親権だって達也が無理やり奪ったのに、どうして自分だけが責められなきゃいけない?沙耶は子どものことを思うと胸が痛むが、颯太を一人家に残したと聞けば、心配にならずにはいられなかった。「まず、私たちはもう離婚してるわ。あなたがどうしても親権を取りたがったんだから、本来なら子どもを家でちゃんと守るのはあなたの役目でしょ?それなのに、そんなあなたが息子をひとり家に置き去りにして、自分は遠い街で愛人と遊んでる。反省すべきなのは私じゃなくて、あなたのほうよ。あなたこそ、本当に父親の資格があると思ってる?」達也は絶句した。沙耶がここまできっぱり言い返すのは、初めてかもしれない。しかも、まったくの正論だった。悔しさと恥ずかしさがごちゃまぜになり、思わず反論しようとしたそのとき、受話器の向こうからは無機質な「プープー」という音が響いた。沙耶に、電話を切られたのだ。――彼女が、自分の電話を一方的に切るなんて。以前の沙耶なら、絶対にこんなことはしなかった。どんなことをしても、沙耶はいつも黙って受け入れてくれた。その穏やかで柔らかな性格が好きだったはずなのに、いつの間にか、その「おとなしい」一面が物足りなく思えてきた。真美がそばに寄ってきて、なだめるように言う。「きっとあの人、帰ってきてほしくて強がってるだけよ」達也はすぐに乗せられ、すっかり不機嫌な顔になる。「俺は一番、脅迫されるのが嫌いなんだ」自分がいなければ沙耶は何もできない。八年間、専業主婦をしてきた彼女は、この先すぐに音を上げて、きっと自分のもとに戻ってくる。達也はそう信じて疑わなかった。真美も、わざとらしく優しく微笑んでみせる。「怒らないで。今は急いで家に戻りましょう。颯太くん、きっと不安でたまらないはず」達也は真美にやわらかなまなざしを向けた。「やっぱり君の方が、ちゃんと物事がわ
Magbasa pa