小雪は、これまでの媚びるような従順さをすっかり消し去り、露骨にうんざりした表情で彼を見た。そもそも、誰だって狂人相手にいつまでも穏やかでいられるはずがない。しかも、あの事件のあと、加瀬家が経営する会社の株は急落し、投資家たちは我が身可愛さに次々と手を引き、これまで順調に取引してきた企業までが一斉に離れていった。圭太は完全に信用を失い、芸能界での道も閉ざされ、過去に大ヒットした作品は軒並み配信停止、巨額の違約金を抱えることとなった。紬がなんとか穴埋めはしたものの、孫を育てる費用以外の金は一切出さないと言い放ち、今の暮らしは決して貧しくはないが、かつての贅沢な生活とは比べ物にならない。小雪は子を身ごもっているため、逃げ出すこともできず、目の前のこの狂った男を我慢するしかなかった。「いや、狂ってなんかいない」圭太は小雪の腕を掴み、言い放った。「本当に見たんだ……蛍を!」「圭太、私たち結婚してもう一か月。ほとんど毎回、私と一緒に妊婦検診に行くたび、蛍を見たって言うのよ。いい加減にして!」小雪は苛立ちながら腕を振りほどいた。しかし、今回の圭太はいつものように落ち着きを取り戻すどころか、いきなり平手打ちを食らわせてきた。小雪は衝撃でバランスを崩し、ソファに倒れ込む。彼女はお腹をかばいながら叫んだ。「圭太、正気なの?私は子どもを身ごもってるのよ」「駄目だ。お前に俺の子を産ませるわけにはいかない。もし蛍が知ったら、きっと怒る。だから産ませない!」圭太は突然、包丁を手に取った。小雪は悲鳴を上げて身をかわし、慌てて叫んだ。「お義母さん!圭太がまた狂ってる」彼女が必死にリビングへ走り、紬の姿を見つけてようやく息をつく。小雪が紬にすがりつき、泣きじゃくった。「お義母さん、圭太がお腹の子を殺そうとしました」「圭太、いい加減にしなさい!」紬の声を聞いた途端、圭太の目に一瞬だけ正気が戻り、手から包丁が落ちた。荒く息を吐きながら、その場に立ち尽くす。「子どもは無事なの?」紬の関心は小雪の怪我などではなく、孫の安否だけに向けられていた。小雪は奥歯を噛みしめつつも、従順そうな顔で答えた。「大丈夫です、お義母さん。圭太は急に取り乱しただけで、本気で傷つけようとしたわけじゃありません」「無事でよかったわ。この子は加瀬家唯一の希望なのよ
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