All Chapters of 遅咲きの向日葵: Chapter 1 - Chapter 10

ちょうどその時、インターホンが鳴った。宅配員が大きな荷物をいくつも運び込んでくる。全て優子のものだ。優子は私を無視するようにして、次々と荷物を開けていった。「これ全部、翔太が選んでくれたの。妊娠中に少しでも快適に過ごせるようにって、デパートごと買い占めたみたい。あら、これはたぶんおまけ品ね。私の赤ちゃんには使えないから、佐藤さんにあげるわ」翔太が渋い顔でたしなめると、優子は逆に彼の腕にしがみついて甘えた。「翔太、妊婦の精神状態ってすごく大事なのよ。そんなに怒ったら、お腹の赤ちゃんが怖がっちゃうわ」優子の大げさな芝居に、翔太は完全に乗せられていた。彼はすぐに表情を和らげ、心配そうに優子のお腹に手を当てた。まだ形になりたての胎児が、どれだけ「怖がる」というのだろう。私は何も言わず、静かに部屋に引き返した。この瞬間、待ち望んでいたはずの我が子の存在が、間違いだったような気がしてならなかった。翔太がすぐ後を追ってきて、ドアを閉めた。「美咲、優子の家の事情は知ってるだろ？俺が助けなければ、彼女は生きていけない。お前は俺の妻だ。理解してくれ。もし俺と優子に本当に何かあったら、お前と結婚することなんてなかったんだぞ」あの日、妊娠が判明した優子は翔太のもとに駆けつけ、震えながら彼に抱きついたという。翔太は心を痛め、すぐに優しく彼女をなだめた。しかし次の瞬間、優子の両親が怒りに満ちた表情でドアを開け、「家名を汚す不届き者め」と罵倒したのだ。優子は恐怖で震え上がり、翔太の胸に顔を埋めた。桜井家は由緒正しい旧家で家訓が厳格だ。優子の妊娠など到底許されることではない。恐怖のあまり、優子は子供の父親を翔太だと偽った。そして翔太は彼女を守るため、その嘘を認めてしまったのだ。「美咲、お前の腹の子が俺の子だとわかっていれば十分だ。他人が何を言おうと関係ない」私の心は少しずつ死んでいった。それでも聞かずにはいられなかった。「なぜ彼女は中絶しないの？」「優子は産みたいと言っている」「あなたにも子供がいるのに、彼女は自分の子が『私生児』と呼ばれるのが嫌だから……つまり、彼女の子は正当で、私とあなたの子は『認知されない子』でいいってこと？」もう涙は出なかった。ただ、冷ややかに眼前の男を見つめ

おそらく翔太から何か言われていたのだろう。優子はこの家に住みながらも、私を挑発することはなく、まるで存在しないかのように振る舞った。私は毎日、どうやって外部と連絡を取るかばかり考えていた。そしてふと、優子を利用することを思いついた。意外にも、彼女は即座に拒否した。「佐藤さん、翔太の言うことは絶対なの。翔太との絆は理解できないでしょう。翔太の願いなら、どんな犠牲を払ってでも叶えるの」わざと私を苛立たせているようには見えなかった。彼女の瞳に浮かんだ確信は、本物としか思えなかった。もしかし、私の想像とは違うのかもしれない――翔太と優子の間には、揺るぎない信頼と絆が存在しているのだ。だからこそ翔太は、妻と実の子を犠牲にしても、優子の秘密を守ろうとする。翔太は毎晩帰宅すると、真っ先に優子の部屋に直行した。そして自ら温めたミルクを渡していた。彼女が眠りにつくまで傍にいた。私の元にやってくるのは、いつも深夜になってからだ。私は彼を無視し、ベッドに横たわって虚空を見つめた。この部屋は狭く、ベッド以外の家具は何もない。窓もない。メイドルーム以下の環境だ。家の全ての部屋は優子に占有されていた。子供部屋、ピアノルーム、そして彼女の荷物置き場に。翔太でさえ、毎晩彼女と共に寝る。こんな狭苦しい空間に現れた彼の存在は、不自然に映った。沈黙が続き、空気が薄くなるほどの重苦しさ。私はついに堪忍袋の緒が切れた。「何しに来たの？」翔太はため息をつき、私のベッドの端に腰を下ろした。「美咲、どうして俺の気持ちを理解してくれないのですか？どうして信じてくれない？君と子どものことは、ちゃんと面倒を見ると約束したでしょう？」私は笑った。周りを見回しながら。「これがあなたの言う『面倒』？」彼は眉をひそめた。「美咲、俺と結婚しなかったら、こんな大邸宅には住めなかったんだぞ。優子は君とは違う。小さい頃からお嬢様育ちで、狭い部屋なんて耐えられない」少し間を置き、声のトーンを柔らかくして続けた。「俺の愛を疑わないでくれ。ただ無事に子供を産んでくれ。中絶なんて考えないでくれ」その言葉を聞いて初めてわかった。私は彼の中で、どんな屈辱にも耐え、どんな扱いも受け入れる存在なのだ。「愛」という言葉さえ、彼の口から出ると安っぽく聞こえた。彼の言葉

この日が来るのを、私は心から待ち望んでいた。冷たい処置台に横たわり、命が体内から流れ出ていくのを感じた。たとえ望まれない命だとしても、嗚咽がこみ上げた。目が覚めた時、ぼんやりと二人の人影が見えた。「美咲、遅れてごめんね……こんなに辛い思いをさせて」母が優しく私の髪を撫でる。微かに笑みを返すと、彼女の頬を涙が伝った。父は目尻を赤くし、怒りを隠せていない様子だった。「お前を傷つけた奴を絶対に許さないよ。心配するな。これからは父さんと母さんが守る。いつもそばにいるよ」その瞬間、初めて血の繋がった温もりを掴んだと思った。もう孤児ではない。帰る場所があり、決して手を離さない両親がいる。子供の頃、孤児院の剥げた壁の隅で空を仰いでいた。周りの子供たちは次々と里親に引き取られ、家族の輪に融けていく。だけど私は、誰の選択肢にもならなかった。大人になってからもずっと独りきり。どんなに生き地獄でも、ただ歯を食いしばるしかなかった。そんな私に、翔太は暗闇の灯のように現れた。暗闇に囚われた者だけが知る、光への渇望。無視され続けた魂だけが持つ、愛されたいという飢え。私は命のように彼の愛を慈しんだ。欲しかったのは「藤原の妻」という肩書きではなく、ただ翔太の隣にいることだけだった。本来なら、彼を恨むべきだ。優子のために私と子供を傷つけたのだから。でも、責めはしても恨めなかった。彼がかつての救いであり、私の世界に色を与えてくれたから。ただ思う――それほど優子が大事なら、なぜ私を選んだのか。選んだ以上、なぜ大切にできなかったのか。恨みは瞬く間に消えても、この失望は骨髄に刻まれる。おそらく一生、赦すことはないだろう。体が完全に回復した後、実の両親はプライベートジェットに私を乗せ、新たな人生へと羽ばたいた。

三ヶ月が過ぎ、優子は無事に男の子を出産した。翔太はとても喜び、優子の願いは何でも聞いた。しかし産後の体調管理が必要で、赤ちゃんも飛行機に乗れる状態ではなかったため、翔太は帰国できなかった。それに、美咲を心配する様子を見せると、優子はすぐに涙を流し、彼は全てを放り出して彼女の世話をしなければならなかった。家政婦から美咲も男の子を出産したと聞き、翔太はやっと安心した。「翔太、美咲さんの子供だけを愛して、私の産んだ子は嫌いにならない？」優子の質問に、翔太は答えに詰まった。人は誰でも自分の子供が一番可愛いはずだ。優子の子も自分の子として育てると決めたが、やはり違いがあった。彼の躊躇いを見て、優子はまた泣き出した。彼女が泣くと、そばにいた赤ちゃんも泣き出し、翔太はてんてこ舞いになった。「そんなことない。二人とも同じように愛する。約束通り、君の子供は俺の子だ」この言葉を口にした時、翔太はすでに美咲との約束を完全に忘れていた。時が経ち、優子の子が生後六ヶ月になった頃、翔太は再び帰国すると伝えた。これ以上遅らせられないと悟った優子は、母に電話した。「お母さん、翔太は美咲さんの子供がとても好きみたい。私が藤原家の夫人になれなかったら……」「何を心配しているの？」優子の母は自信たっぷりだった。「あなたが産んだのは藤原家の長男よ。立場が違うんだから心配いらないわ。美咲の子は所詮私生児。翔太さんが本当の息子のように育てると思う？財産相続だって、あの子の分け前なんてないのよ」母の言葉一つ一つで、優子の心は苦しくなった。これって彼女のことじゃない？彼女の子は翔太の子じゃないのに……今はただ、翔太の心の中で自分が美咲より大切だと思われるよう願うしかなかった。翔太が家に戻ると、美咲のものは全て片付けられていた。彼女がいなくなってすぐ、私物は全て捨てられたのだ。この光景を見て、翔太は信じられない様子だった。両親と優子の両親が待っている中、翔太は不吉な予感がますます強まった。「美咲は？子供は？」翔太の母が離婚届を取り出した。「美咲は署名して去ったわ。子供も堕ろした」「ありえない！」翔太の目に恐怖が浮かんだ。「美咲が子供を堕ろすはずがない！お前たち、いったい何をしたんだ！」そばで聞いて

私は実の両親に連れられて帰宅した時、初めて彼らの実力が藤原家の十倍も上だと知った。目の前には御殿のような屋敷が広がり、入り口だけでもいくつもある。偶然にも、私と実父同じ姓だったため、私は名前を変える必要がなかった。家系は数百年の歴史を持つ家系で、世界中に資産を有していたが、一族の人数は非常に少なかった。父の世代では、兄弟の中で子供を持てたのは父だけで、私は唯一の後継者となった。私が行方不明になってから、両親は一度も探すのを諦めなかった。私が戻ってきた今、両親をはじめ一族の誰もが大きな期待を寄せている。再会の喜びも束の間、父はすぐに後継者としての教育を始めた。失われた二十余年分の教育を受けさせる。幸い私はこの方面に才能があったようで、幼い頃から培った忍耐強さもあり、過酷な訓練にも耐え抜いた。毎日スポンジのように知識を吸収した。三年間で六か国語を習得し、学業を修了すると、父は国内の一部事業を任せてくれた。これを記念して開かれたパーティーには、世界中の名士が集まった。その席で、父は一人の男性の前に私を連れて行った。男性が振り向いた瞬間、私の胸が締め付けられるような感覚。彼が微笑むと、父は熱心に紹介した。「美咲、これが父が選んだ婚約者だ。我が家は政略結婚はしないが、娘にふさわしい男でなければならない。気に入らなければ替えてもいい」私は気づいた。「替える」と言った時、男性の目にかすかな失望が浮かんだのを。彼の第一印象は悪くなかったし、私は独身でいるつもりもなかった。だが見知らぬ相手とすぐに結婚するのは無理だった。「まずは友達から始めて、お互いを知りたい」その言葉に、書斎にいた二人の男性は明らかに喜んだ。パーティー後、父は私を書斎に呼び、慎重な口調で言った。「娘よ、まだ藤原翔太のことが忘れられないのか？」その名前を聞いて、私は一瞬だけ記憶がかすんだ。父は厳しい表情を浮かべた。「あんな男に未練など持つな。お前をあんな目に遭わせたのだ。絶対に許せん！」私は笑った。「父さん、その名前を聞いてもすぐに誰だかわからなかったくらいよ」嘘ではなかった。私はすでに翔太のことをほとんど忘れていた。時間は最高の癒し手だ。この失望は一生続くと思っていたが、実際は重要でない人間のことはすぐに忘れられるのだと証明された。