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第25話

Author: 魚ちゃん
光は、なにかを感じ取ったように、このところずっと孝幸に寄り添っていた。

彼ももうふざけることはせず、ただ静かに孝幸のそばにいた。

「お兄ちゃん、いつになったら遊園地に連れてってくれるの?」光がベッドの脇に顔を乗せ、唇をとがらせる。

孝幸は咳を数回こらえ、無理に体を起こした。

「光、今日はお兄ちゃんが連れてってやる、いいか?」

光はパッと顔を上げ、「本当?」と目を輝かせたが、何かを思い出したように肩を落とした。

「やっぱりやめよう。お兄ちゃん、体が悪いから、僕わがまま言わない」

「光はもう十分しっかりしてるよ。世界一しっかりした子だ」

孝幸は光の頭を優しく撫でた。

光は少し照れながら、「じゃあ、夕月ちゃんとおじさんも呼んでいい?」

「もちろんだ」

四人は連れ立って遊園地へ向かった。

「お兄ちゃん、これずっと乗りたかったんだ!」

光は興奮気味にジェットコースターを指差す。

孝幸はわずかに体をこわばらせた。

「よし、俺が一緒に行ってやる」隼平が光を引っ張ってジェットコースターの方へ行った。

10分後。

「おえっ!」

隼平はマンホールの脇で吐いていた。

光は首を振る。「おじさん、やっぱりダメだな」

「今、なんて言った!?」

光は舌をぺろっと出す。「じゃあ海賊船も一緒に行こうよ」

「行くぞ!」

さらに10分後。

「おえっ!」

隼平がまたもマンホール脇でしゃがみ込む。

夕月は笑った。「光くん、迷路に行かない?」

「そうだ、君とお兄ちゃんで競争だ、どっちが先に出られるか」

光は飛び上がった。「やったやった!」

「僕が一番だよ!お兄ちゃんのバカ!」

光が先を走り、夕月は隼平を支えながら笑いをこらえた。「まだいける?」

隼平は口元をぬぐい、「いける!」

四人は昼から日が暮れるまで遊び続け、くたくたになってようやく足を止めた。

「お兄ちゃん、最後に観覧車乗ろう?」

光が期待に満ちた目で袖を引っ張る。孝幸がうなずくと、光はこっそり笑みを浮かべた。

幼稚園の友達が言ってた。観覧車が一番高いところに来た時にお願いすると、すごく叶うんだって。お兄ちゃんがずっと生きててくれるようにお願いしよう。

光と孝幸は同じゴンドラに、夕月と隼平は別のゴンドラに乗り込んだ。

頂上に差しかかった時、光は目を閉じて両手を合わせた。お兄ちゃん
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