婚約式の三日前、久我真一(くが しんいち)から電話がかかってきた。「婚約式、ひと月延ばしてくれないか。その日は詩音が帰国して初めての演奏会なんだ。行かないわけにはいかない」「延期になるだけなら、大したことじゃないわ」これで一年の間に三度目の延期だ。最初は氷川詩音(ひかわ しおん)が海外で虫垂炎になり、入院したからだと言って、彼は看病のために慌ただしく飛んで行った。二度目は詩音が「気分が落ち込んでいる」と言ったから、彼はうつ病になるんじゃないかと心配して、すぐに飛行機のチケットを取った。そして今回が三度目。私は「分かった」とだけ答え、電話を切ると、隣に座る端正で気品ある男性に向き直って尋ねる。「結婚に興味はない?」「本気なのか?」隣にいた男性が顔を上げる。「だって君たち、何年も付き合ってきたんだろう?」私は眉を軽く上げる。「三度の婚約のチャンスを全部逃すなんて、多分それほど私を愛してないのよ。彼が私を好きじゃないなら、私だってしがみつく必要はない。それなら彼を自由にして、私も解放されるわ」九条貴臣(くじょう たかおみ)は迷いなく立ち上がり、私に手を差し伸べる。「じゃあ決まりだな。婚約の段取りは全部俺がやる。君は何も心配しなくていい。約束する、この京市で俺たちの婚約式より豪華なものは存在しない」目の前の彼を見上げる。オーダーメイドのスーツが端正な立ち姿を際立たせ、整った顔立ちは社交界の女性たちの憧れそのもの。何より、貴臣が私を見つめる瞳には、真一が一度も見せたことのない誠実さと確固たる意志がある。「ええ」微笑みながら、その手に自分の手を重ねる。別荘に戻り、私物をまとめていると、突然真一が戻ってくる。私を見るなり眉をひそめる。「また何するつもりだ?家出か?婚約式が一か月延びただけだろ。いい歳して、いつまで子供みたいに騒ぐんだ」私は淡々と答える。「ただの出張よ」彼は眉を緩める。「なんで先に言わないんだ?」「会社で急な用事ができたの。それに、あなたも忙しいでしょう?邪魔したくなかったの」彼はうなずき、当然のように続ける。「ああ、それと詩音が数日後、うちに泊まるかもしれない。まだ帰国したばかりで、住むところが見つかってないから」「分かったわ」私は無表情のままスーツ
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