婚姻届を出すその日、私は朝から夕暮れまで民政局で待ち続けていた。藤原蒼真(ふじわら そうま)は初恋の女と一緒に登山へ出かけていた。私は十数回電話をかけたが、すべて秒で拒否された。二十回目の呼び出しで、ようやく彼が出た。「一日会えないだけで、何十回も電話してきて……まるで命を削るようだな。お前、どれほど男に飢えているんだ!」「結菜の心臓がまた悪くなったんだ。俺は病院で付き添わないといけない。婚姻届の件は、また今度にしよう。」――恋愛十年。これで百回目だった。蒼真が一方的に私を民政局の前に置き去りにし、結菜を優先するのは。百一回目、彼はメッセージを残してきた。【妻へ、十時に民政局で会おう】私は鼻で笑い、その通知を無視して国外行きの飛行機に乗った。藤原蒼真――今度こそ、私はもうあなたを要らない。いつも冷静だった男は、私が去ったと知ると狂ったようになった。電話口から、結菜の澄んだ声が聞こえてきた。「ごめんなさいね、美咲さん。私の心臓がまたおかしくなって……蒼真が心配して、入院してしばらく経過を見た方がいいって言うの。帰ったら必ず彼に謝らせるから。」私は何も答えず、受話器越しに風の音と蒼真の冷たい声を静かに聞いていた。「お前は本当に優しくて、善良だからな……そのうち誰かに利用されて殺されても気づかないだろう。美咲、お前もあまり気にするな。結菜は昔から体が弱い。今日の婚姻届はまた別の日にすればいい。」――そうか。彼は今日が婚姻届を出す日だと忘れていたわけじゃない。ただ、心の底から大事にしている彼女と一緒にいたくて、私に「行けない」と一言伝えることさえ惜しんだのだ。昔の私なら、泣き喚いて取り乱し、彼と大喧嘩をしていたに違いない。でも今は――水のように冷え切った心しか残っていなかった。「……用がないなら、切るわ。」そう告げた私に、蒼真は私がようやく「物分かりのいい女」になったとでも思ったのか、声に柔らかさを滲ませた。「そうか、それでいい。結菜の側を離れられないんだ。数日後に改めて……」私は無言で通話を切り、民政局の固く閉ざされた扉を見つめた。そして指輪を外し、傍らのゴミ箱に投げ入れた。帰り道、私は結菜のSNSを開いた。最新の投稿は、ちょうど数分前のものだった。【大好きな人と一緒に登山へ!大忙しの大企業ボスなのに、わざわざ時間を
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